間桐臓硯になりました。―ありえんから始まる聖杯戦争―   作:桜雁咲夜

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さくらとおじいさん 後編

 あ、あれ?

 

 意外すぎる反応に私は面食らった。

 もしかして、時臣はこういった治癒魔術も桜には見せていなかったのだろうか。

 確かに、跡継ぎでない者には魔術は秘匿するものではあるが……それにしても……

 

「……うん。桜ちゃんも出来ると思う」

 

「どうやればいいの? おしえて!!」

 

「でもね、桜ちゃん。それは今は教えられない」

 

「どうして?」

 

「これはね、使い方によっては人を傷つけることもできるんだよ。さっき、桜ちゃんは何をしようとしていた? 黒い何かにすごく嫌なことをお願いしていなかったかい?」

 

 ビクンッと桜は叱られたように黙り込んだ。

 

「お家に帰ったらその黒い何かのことと今日の出来事をちゃんとお父さんに話すんだよ。そうしたら、きっとお父さんはそれがどういうものか教えてくれるはずだから」

 

 話をうつむいて黙って聞いている桜は、家族から除け者にされているように感じて寂しかっただけなのに、いなくなってしまえばいい――などと思ってしまったことに反省しているようだった。

 

「おとうさん……ちゃんとおはなしきいてくれる?」

 

「大丈夫。もし聞いてくれないというのなら「マトウさんから聞いた」と言えばいい。きっと効果テキメンだよ」

 

 いたずらっぽい笑みを浮かべ、桜の頭を撫でる。

 

 時臣は父親であり、完璧な魔術師だ。

 さすがに、子供から「間桐」と魔術の話を聞かされて、きちんと説明しないなどということはないだろう。

 

 そして、私は桜と手を繋いで歩き、交番に預けて自宅に戻った。

 

 後日、その日のことについて遠坂時臣より、問い合わせが来たので見たままのことを知らせた。

 その上で、更に養子に出す際にどうして養子に出すのか、桜に説明をすることを求めた。

 それでも、言葉が足りるとは思わない。

 

 子供の寂しさは、子供と接する機会が少ない父親では気づきにくいのかもしれない。

 男女平等といわれるが、少なくとも子供の世話を母親に任せきりの家庭はまだ多いし、何よりも魔術の秘匿を完璧にしているのであれば、余計に桜と接する時間は少ないのだろう。

 

 

 

 ――それから。

 

 数年経ち、迎えに遠坂家にお邪魔した時、私と昔会ったことを桜本人は忘れているようだった。

 無理もない。物心がつくかつかないかという本当に幼い頃にたった一度だけ会っただけなのだから、完全に覚えているという方が難しい。

 

 龍之介が運転する車の中で、私は隣に座る桜に再度彼女が養子に出される理由を説明した。

 

 殺されたり、実験材料にされたくない。生きていてほしい。健やかに育ってほしい。

 そんな両親の想いがあるのだということを。

 

 そんな私を桜は見上げ、少し考え込んだ後に口を開いた。

 

「……おじい様。わたし、前におじい様と会ったことありませんか?」

 

「おや? どうしてそう思うんですか?」

 

「小さい頃……本当に小さかった頃に、はじめて魔術にさわらせてくれた人が、確かおじい様と同じ名前だったような……」

 

「ふふ……そうですか」

 

 ――完全に覚えては居なくとも、少しは覚えていてくれたようで。

 

 私は、苦笑とも微笑とも言いづらい笑みを口元に浮かべて、桜の頭をなでた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 回想を終えた私は、目線を桜に合わせるように屈む。

 

「……桜ちゃん。家に帰れなくても、いつでも家族と会ってもいいと言ってるじゃありませんか?」

 

 そして桜の頭を撫でて、微笑んだ。

 

「でも……会っちゃいけないって……」

 

「お母さんに言われたのですか?」

 

「うん……お父さんがダメって言ってるって、お母さんが……」

 

 と……時臣ぃぃぃぃぃぃ!!

 

 思わず、心の中で叫んだ私は悪くない。 

 桜に自分の真意が通じていないのではなく、父親が拒否しているのである。

 

 いや、確かに父親に会うのはさすがにアレだとは思うけどさ?

 母親や姉と会うくらいいいじゃないかと思うんだが。

 

 眉間にしわを寄せて、頭痛を抑えるように手でこめかみを抑えた。

 

「臓硯さん、あきらめたら? あの人、自分の考えを改めないだろうし。例の古い盟約があるからって言われたらそれまでだよ」

 

 龍之介がそう続けて、呆れたようにため息をつく。

 

「困ったものですね……話を聞かない、思い込みが激しいは間桐の十八番だと思っていましたが」

 

 こめかみを揉むように指先を動かしながら、桜のそばでオロオロとしている雁夜さんを見て私はつぶやいた。

 

「……それは、俺に対するあてつけか?」

 

「あてつけではありません。事実でしょう?」

 

 憤慨する雁夜さんに苦笑しつつ、何せ"前の間桐臓硯"がそうでしたから、血は争えないのだと思いますがと続けた。

 

「まあ、その件についてはまた別の機会にしましょう。さて、中断してしまいましたが、雁夜さんの属性を調べましょうか」

 

 そう言いながら、魔法陣の描かれた羊皮紙を広げた。

 

 

 

 

 ――――結論から言えば、雁夜さんの属性は水。

 

 間桐の血筋なら納得できるものだが、いじられた形跡がある。

 もしかすると、別の属性だったものを臓硯が間桐の魔術にあわせるためにいじったのかもしれない。そのせいか、開いている魔術回路の本数の割に魔力生成量は龍之介に比べても、お粗末なものだった。

 確かにこう言っては何だが、この程度の魔力量では元の臓硯もわざわざ探しだす価値もないと思ったのだろう。

 

「龍之介くんよりも魔力量が少ないとは思いませんでした。これは底上げが必要でしょうか……」

 

「底上げ? どうせ、蟲を寄生させるんだろう?」

 

 私の言葉に被せるように雁夜さんは、吐き捨てた。

 

「いえ。間桐の血で、おそらく吸収系の魔術と親和性が高いと思いますし、私が指定する蟲を今後教える魔術で吸収していってもらいます」

 

「寄生と吸収とどう違うんだ?」

 

「寄生は肉体に負担をかけますが、吸収は負担が少ないのですよ。時間はかかりますが、蟲は蟲と言う形ではなく肉体の補修という形で溶け込みます。回路数の割に生成量が少ないことから……恐らくこの方法を試せば、魔力量が現在よりも数割程度上昇するはずです」

 

 これは臓硯が若かりし頃に開発した魔力の増強に使用した手段だ。

 しかし、歳を経るにつれてこの手段を使用するよりも、刻印蟲を植え付けて相手を苦しませるという外道を好んでいった。

 

 魂が腐ると畜生道に落ちていくものなのだろうか?

 私も今は私という意志があるが、いつ臓硯のように腐っていくかわからない。

 できることなら、変わらないものでいたいものだが。

 

「その反応を見る限り、この方法については知らなかったのでしょう? もっとも、臓硯自身が雁夜さんにこのことを教えるはずが無いと思いますから当たり前でしょうが……」

 

 あの顔を思い出したのか、雁夜さんは渋い表情になり、更に不機嫌になった。

 

「はい、臓硯さん。俺も今知った! そんなお手軽魔力強化方法があるのに、なんで俺に教えてくれなかったんすか!?」

 

 龍之介が羊皮紙を片付ける手を止めて、まるで挙手するかのように手を挙げる。

 

「龍之介くんには無理なんですよ。これは開いている回路数の割に劣った魔力生産量の持ち主にしか意味がありません。そして、ゾォルケンの魔術的手段ですから"マキリ・ゾォルケン"の血を引いている者しかできません。それに、あなたは治療魔術が得意で他の魔術はさっぱりじゃないですか」

 

「う……そう言われると、何も言えないっす……」

 

 事実、龍之介は使い魔の使役は一匹か二匹を維持するのがやっとである。その上、他の魔術は伝達系の魔術以外は全くと言って使いものにならない。

 そのかわり、元の龍之介の影響なのか、人体の治療魔術においては私と肩を並べるかそれ以上の素質を持っているのだ。

 

「……わたしは?」

 

「桜ちゃんにはもっと必要ありませんよ。優秀な回路とそれに見合う魔力量がありますからね」

 

 心配そうに見上げる桜の頭を撫でてから私は台の上の物をまとめて、がっくりしている龍之介に押し付けた。

 

「さて、今回は、ここまでにしましょう。雁夜さん。今のままでも魔術は使用できますが、身体に負担が大きいです。負担を減らすならば、先ほど言った底上げが必要ですね」

 

 私の言葉に雁夜さんは無言だった。

 まあ、昨日今日で不信感が取れるわけではないし、あやしんでいる雁夜さんからすれば私の提案は胡散臭い事この上ないだろう。

 時間はあるのだから、慣れていってもらえばいいのだ。

 

 道具の片付けを龍之介に任せて、桜と手をつなぎ地上の部屋へと戻る階段を登る。

 

 今日はこの後はどうしようか。

 人数も増えたことだし、必要な物を新都の方へ買い出しに出かけるべきか。

 

 そんな取り留めもなく考えていた私に、先に手を引きながら階段を登っていた桜が声をかけてきた。

 

「あれ? おじい様、手……どうしたのですか?」

 

「ん? 手がどうかしましたか?」

 

 言われて桜の左手に繋がれた自分の右手の甲を見て、私は驚愕した。

 そこには、見たこともない文様が刻まれている。

 

 そして、私の知識が叫んでいる。

 

 これは、令呪の兆しとなる聖痕だと――――――――――。


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