間桐臓硯になりました。―ありえんから始まる聖杯戦争―   作:桜雁咲夜

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回る廻る3

「――――つまり……お前の魂はその女だというのか?」

 

 雁夜さんを一喝してから話し始めたせいか、私の割と長い自分の身の上話を大人しく最後まで聞くと、そう呟いた。

 ちなみに、この部屋自体には霊体すら入れないように、元の臓硯が秘蔵していた結界用の魔術礼装の一つを用いた強固な遮音結界がかけてある。その上、盗聴器の類は毎日の掃除の際に確認しているので外部に話が漏れることもないはずだ。

 

「そういうことです。先程も言った通り、この世界はあちらでは創作物の世界でした。そのため、私はこの世界の今後起こりうる出来事を知っています。もちろん、その創作物で描写されていた範囲で……ですが」

 

「……到底信じられない。それなら、まだ『臓硯が転んで頭を打ち、おかしくなった』と言われた方が俺は信じられるくらいだ」

 

 話した私が信じられないのだから、疑心暗鬼状態の雁夜さんには余計信じられないだろう。しかし、信じてもらわないことには、今後の原作の怒涛の鬱展開をひっくり返せないとも思う。

 

「では、少し話を変えましょうか。――貴方の兄が今どうしているか御存知ですか?」

 

「兄貴? そういえば、ここに居ないが……」

 

「彼は貴方が出奔した際に当主の座におかれましたが、私が臓硯になった際に自由にすれば良いと言ってこの家から開放しました。そのため荷物をまとめて出ていき……しばらくして、小説家になったようです。

 数年前にヒットした『蟲毒の夢』という映画は御存知でしょう? その原作者で、最近TVや雑誌などのメディア出演の多いあの作家ですよ」

 

「なっ……確かに、その映画は知っているが、まさか兄貴が書いたものだと!」

 

 さすがに、小説は知らなくても映画は知っていたようだ。

 それにしても、フリーライターではなかったのだろうか? 私の記憶違いか?

 あれだけ有名になれば、出版社で名前を見かけるくらいありそうなものなのに。

 

「ああ、それから。蟲蔵の中にいた淫蟲は死滅させました。今の蟲蔵は改装済でキレイなものです」

 

「…………」

 

 死滅させたという言葉に、雁夜さんは目を見開く。

 あの淫蟲は、雁夜さんが知る間桐の魔術のためだけでなく、臓硯が生きるためにも必要不可欠なものだ。臓硯が身体を乗り換える際に、あの蟲を使っていたから。

 そして、私の今の身体を形作る蟲は刻印虫と同じ種類ではあるが、淫蟲ではない。

 

「もちろん、犠牲者の方々の成れの果ては、きちんと供養して埋葬しました。あの中に御両親もいたのでしょう……?

 臓硯の記憶は受け継いでいましたから覚悟はしていましたが……どれだけ外道な魔術師だったのか、良くわかりましたよ」

 

 ずっと話通しだったため、喉がカラカラだ。

 喉を潤すために湯のみを持ち、お茶を口に含む。

 

 雁夜さんの態度は、視線を少し泳がせ始めているから、半信半疑というところか。

 いや、半信半疑くらいになったのなら、少しは信用してくれたのだろうか。

 

「だから、貴方が私達を信用出来ないのは、良くわかります。かと言って、桜ちゃんを遠坂の家には戻せないのです。先程龍之介くんが説明してくれた通り、あの子の安全と将来のためにも……。

 雁夜さん。桜ちゃんを救うために、命を落としても構わないと、この家に来たというなら、今までの生活は既に捨てた後ですよね。でしたら、信用できるまで……納得できるまで、この家で貴方の目で確めてはいかがですか?」

 

 初恋を引きずっていることを指摘しても、現状では良い方向には向かない。

 だから、私は下手に説教地味たことは言わない。

 今の生活を見れば、感じれば、考えを変えてくれるはず。

 

「わかった。ただ……魔術を教える際には、俺も同席させろ。外道な真似をしたら、すぐにでもあの子を連れて出ていく」

 

 少なくとも、私が臓硯ではないことは信じてくれたらしい。

 臓硯が相手なら、こんな提案はしたくとも出来ないはずだ。

 

「ええ、構いません。むしろ、知識として貴方にも知っていて欲しいので同席をお願いするつもりでしたから」

 

 私は笑みを浮かべて、彼に手を差し伸べた。

 

 

 

 

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 

 

 

 

 間桐臓硯と名乗った人物の話は、良く言えば出来過ぎたお伽話、悪く言えば戯言の作り話だ。だいたい、今自分がいる世界が創作物の世界だったなどと言われて、すぐに信用できる方がおかしい。

 しかし、真摯に話す態度を見ている限り、嘘や戯言と決めつけて片付ける事は雁夜にはできなかった。

 

 だから、話が終わった後に一緒に夕食をと誘われ断ろうとしたものの、食事や酒の席では本質を垣間見ることもできるので相伴にあがることにした。その後に良い笑顔で桜がお腹を空かせて待っていると聞かされ、何故それを先に言わなかったのかと一悶着があったことは置いておくとして……

 

「こんばんは、雁夜おじさん!」

 

 ダイニングに龍之介に案内され、室内に入ると桜が嬉しそうに雁夜の腰に抱きついた。

 

「ああ……桜ちゃん。こんばんは」

 

 髪の色も眼の色も、控えめだがクルクルとよく変わる表情さえも養子に来る前と全く変わらない。

 

「むぅ。桜ちゃん、俺にお帰りは言ってくれないの?」

 

 先ほどの会話中は携帯ばかり弄っていた"自称臓硯"の弟子の龍之介が、少し悲しそうに雁夜に抱きついたままの桜を覗きこんだ。

 

「あ、忘れてた。ごめんね、龍ちゃん。お帰りなさい!」

 

 龍之介を見上げてそう言うと、彼は満足したように人好きする笑みを浮かべて「ただいま、桜ちゃん」と返して、彼の席と決まっているのであろう場所に座る。

 

「えと、おじさんの席はこっち。私のとなりです!」

 

 笑顔の彼女に手を引かれるようにして食卓につかされ、桜がその隣りに座った。

 

 食卓に並ぶカレーとシーザーサラダ、きゅうりの漬物。桜が嬉しそうに説明してくれたが、全ておじい様――間桐臓硯と名乗った人物……もう面倒なので、雁夜はその名前にイラつきながらも臓硯と彼を呼ぶことにした――の手作りだそうである。

 

「……使用人はどうしたんだ? 確か通いの家政婦さんがいただろ?」

 

「随分前に歳になって通いはツライからと辞めましたよ。今は使用人は誰もいません」

 

 先にこちらに戻った臓硯が、真っ白な割烹着を身に着け、手には水出し緑茶か抹茶色の飲み物の入ったグラスが四つ並んだトレイと、ガラスポットを持って現れた。

 

 確かに、一連のこの行動からして別人である。これが()()臓硯なら料理など、まずしないし、人にかしずかれて暮らすことが当たり前なのに給仕のようなことなど絶対にするわけがない。魔術の研究や()()()()()()に時間を割いているはずだ。

 

 全員が揃ったところで「いただきます」と挨拶をして食事をはじめた。

 

 龍之介が今日一日の出来事を話し、桜が龍之介の失敗談で楽しそうに笑い、それにまるで母親のように臓硯が諭しつつも一緒になって笑う。どこにでも有りそうな(実際はありえないが)一般家庭の姿がそこにあった。

 雁夜は出されたカレーを少しは口にしたものの、手を止めてそれを見ていた。

 

「おじさん、カレー美味しくない?」

 

 食事が進まない雁夜を桜が見上げた。

 

「あ、いや……美味しいよ。コンビニの弁当やジャンクフードぱっかりだったから、こういう料理は久しぶりで」

 

「そうなの? ……あのね。もう少し大きくなったら、おじい様がお料理いっぱい教えてくれるって言ってたの。そしたら、おじさんに作ってあげる!」

 

 明るく、楽しそうに彼女はそう言った。臓硯や龍之介はそれを微笑んで見ている。

 

「……ありがとう、桜ちゃん」

 

 確かに桜はこの家に養子としてきているが、懸念していた酷い扱いはされていないし、何よりも臓硯は違う人物になっている。

 魔術に対しては嫌悪感しか抱けないが、桜に関することなのだから、もう少し詳しい話を落ち着いて聞いてもいいかもしれない。

 桜を家族……遠坂葵の元へ帰すことは諦めてはいない。

 しかし。それを想うあまり、肩に力が入りすぎていたかもしれない……と、雁夜は心のなかで呟き、苦笑した。

 そして、残りのカレーを雁夜はきれいに食べ、おかわりまでしたのだった。

 

 

 

 

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 

 

 

 

「ケイネスには銃器の勉強もさせたし、起源弾の脅威は伝えた。後は、何か見落としているものがあるかしら……」

 

 燃えるような赤い髪の少女……いや女性、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ。ここ数年で、少女から大人の女性へとその姿を変えた。

 彼女は魔術師としては珍しく現代の機器にも精通し、PCや携帯を使う。

 その影響か、彼女の婚約者のケイネスも携帯だけは使用するようになった。

 

 そんな彼女が視線を落としているのは、自室のPCのディスプレイだ。

 そこには東洋の島国の言語……日本語による、時間系列を並べた表のようなものがある。

 その表を見ながら、更に別のチェックシートに彼女はチェックを入れていく。

 

 戦争まで後、約一年。

 アレキサンダー大王……イスカンダルの聖遺物がなかなか見つからず、ケイネスは別の英雄の聖遺物も探し始めている。恐らく、それはあの輝く貌の騎士ディルムッド・オディナのものだ。

 もしそれを手に入れたのなら、召喚はこの英国で行うようにケイネスに伝えなくてはならない。

 サーヴァントは知名度補正を受ける。イスカンダルはともかく、ディルムッドでは知名度は日本では圧倒的に低く、こちらで召喚した場合と比べてステータスが一ランク以上下がるだろう。

 伝説では、彼は本来は剣と槍を同時に扱う騎士としてはかなり変則的な戦い方をする英雄だ。

 破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の二本の槍と魔剣大いなる激情(モラ・ルタ)、名剣小さき怒り(ベガ・ルタ)の二本の剣。

 適正としてはランサーかセイバーしかないが、どちらで呼ばれたとしても剣と槍どちらかしか宝具とすることができず、両方が揃うということはない。

 

 ……だが、それはあくまでも"宝具"としてということだ。

 

 過去の英雄たちが使った武器は概念武装、魔術礼装としてのこの世に残っている可能性がある。

 小さき怒り(ベガ・ルタ)は、刃身は粉々に砕け柄の部分しか残されなかった。だが、大いなる激情(モラ・ルタ)は破損されたという伝説はない。

 

「まあ……勝つために必要なら探すしか無いわよね」

 

 資金は問題ない。暇潰しにやっていたオンライントレードで手に入れた資金は潤沢だ。 足りなくなれば、ケイネスにも話を持っていくだけだ。

 

「私の勝利条件はケイネスと一緒に生き残ってここに帰ってくること。その為ならなんでもするわ」

 

 クスクスと笑いながら、ソラウはキーボードを叩き続けていた。




モラ・ルタとベガ・ルタの日本語訳は何種類かあります。
原作では出てこないので、その内の一つを選び今回は表記しました。
大いなる怒りと小さき激情でも良かったんですけど、なんか違うと思ったんですよね……

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