東方妖火煉   作:超絶暇人

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今回の話は、心綺楼篇。

暫くぶりに出掛けた煉は人里に向かう、しかし、人里で煉が目にしたモノは…


三話 感情の面

ーーーー幻想郷、今の天気は曇り気味の晴れ模様と言った、何とも中途半端な天気状態である。近く悪天候が続いた幻想郷からすれば、暫らくぶりの良い天気と言ったところで、雲が空にいくら蔓延(はびこ)ろうと、全く気にされた事では無い。

 

そして香霖堂では、霖之助がいつもの席に座り、本を読み耽っていて、肝心の煉はと言うと、エセ晴天とは言え、暫らくぶり晴れの所為か、香霖堂内の奥から探し見つけ出した薄茶色の革製の斜め掛けショルダーバッグを肩に掛け、必要な荷物を詰めていた。

 

「ん? 煉、これから何処か出掛けるのかい?」

 

「そうだよ、ここ最近雨ばっかだったからねぇ。だから、外に出て散歩でもしようかな〜っと思ってね」

 

さっきまで本に集中していた霖之助が、ふとして煉の様子に気付き、下に向けていた顔を上げて煉に尋ねる。煉は荷物を詰めながら霖之助の問い掛けに答えつつ荷物を詰め終わり、ショルダーバッグのチャックを閉めた。

 

「しかし煉、ここ最近は雨だけで無く、幻想郷の人里の様子がおかしい。何かの異変が起こっているかもしれないから、止めておいた方が…」

 

霖之助は幻想郷の異変を指摘し、煉に散歩は控えるように勧めた。すると煉はその場から立ち上がり、服のフードを被りながら霖之助の居る方向を振り向いた。

 

「心配御無用、私は火の妖怪だよ? 大丈夫、いざとなったら燃やすから!」

 

煉は決め台詞のように言葉を吐き捨て、霖之助の止めとツッコミを受ける間も無く店から飛び出た。この事がキッカケで、煉は様々な出来事に巻き込まれる事すら知らずにーー

 

 

 

ーー香霖堂の入り口扉を閉め、その入り口を背に煉は深呼吸を始めた。ゆっくりと酸素を吸い込み、二酸化炭素を一気に吐き出し、両腕を真上に伸ばし、嬉しそうに唸った。

 

「あぁぁ! 何だか気持ちが昂ぶる! いや、ここはテンション上がる! だね。さて、どこ行こうかなぁ? 実は霖之助さんに教えてもらった人里以外の道は知らない篝火さんなのです」

 

楽し気に独り言をかます煉は、香霖堂を出て右側の人里の方面へと歩いて行った。足取りは非常に軽く、何かの鼻歌交じりにスキップをし始め、まるで遠足をひた待ちにしていた子供のような姿だ。

 

そんな愉快な気分のスキップで道を進んで暫らく、煉は足を止めたーーいや、正しくは"止まった"のだ。ふと左右を見渡し、真っ直ぐに前を見た時、煉は自身の目で"何か"を捉えた。

 

煉が見つめる視線の先には、周囲に幾つもの物体を浮かべ歩く、桃色の長い頭髪を持つ少女の姿が在った。少女は煉の視線に気付いたのか、コチラを振り向いた後に少女の顔面に"何か"が浮かび上がり、直後蜃気楼のように姿を消した。

 

「何今の? ーーまぁ良っか!」

 

かなり距離が有ったとは言え、不思議現象に出くわした筈の煉はあっけらかんとして再び歩みを進めた。さすがは妖怪、自分自身が怪奇そのものの所為か、ちょっとやそっとの事では全く驚かないほど肝が座っている。

 

「何か今珍しいモノ見れたし、気分も上々、これはもう早く人里に行くしかないみたいだね!」

 

無邪気な様子で煉は跳ねながら手を叩き、さっきまでのスキップから走行に切り替えて走り出した。そんな楽し気な煉に待っていたのは煉自身の気分とは天と地の差並の真反対な現実だった。

 

走り出して数分、煉は漸く目的地の人里に到着した。覚えたての道を走り、覚えたての場所に立ち、深く息を吸って人里の入り口を抜けた直後、煉の笑顔は無に帰った。

 

いつも人で賑わっている人里が見渡す限り、誰一人として人の出歩いている姿は無い。ただ空洞のように抜けた人里の家屋の間の道を吹き抜けていく風が在るだけで、そこには"人"が居なかった。

 

「何これ? ひょっとしてこれが異変ってヤツなの?」

 

煉は周囲を見渡しながら"異変"と言う言葉を口にし、暫しの間無言を貫く。その無言の中で煉は俯き、両手に握り拳を作ると、肺の中の空気を全て吐き出し、顔と体を反らせて胸一杯に空気を吸い込み、天を見つめて叫ぶ。

 

「おもしろそう!!! すんごいおもしろそうじゃん! 異変!! この事態、私も混ざっちゃって、良いよね! 答えは聞いてない!」

 

煉は未だ嘗て出した事の無いハッキリとした声で目を輝かせながら雄叫びのように言葉を張り上げた。そうと決まれば、そのような意気込みで煉は自分の入ってきた道の反対方向の出口へと走り抜けて行った。

 

「ん? でも手掛かりも何も無いからなんにも出来ないね」

 

走り始めた煉は頭にハテナを浮かべて立ち止まり、頭を掻きながら考え始めた。その時、どこからともなく女の子のクスクスと言う笑い声が煉の耳に入ってきた。

 

煉は考えるのを止めて耳を澄ますと、女の子の笑い声ならず、次には女の子のシクシクと言う泣き声が聞こえてきた。声は絶えず聞こえ続け、実に怪奇現象そのもの。

 

声が聞こえて後、煉は滅多に下げない口角を下げ、口の形を直線にすると、今度は眉毛の内側を下げ、外側を上げて目つきを鋭くした。この時、煉は初めて自身の表情に"警戒"と"怒り"を持った。

 

声は女の子の声、男の子の声が聞こえ、大人の女性の声、大人の男性の声も聞こえてきた。笑い声、泣き声と、悲鳴、怒号だけで無く、唸り、叫びが人里全体に木霊する。

 

「居るんだよね? そんなに変な声を沢山出して、見つけて欲しいんでしょ?」

 

愉快な喋り口調の煉だが、その表情は厳かで、その手には握り拳が作られていた。すると煉は自身の両手に火を灯し、また初めて"戦闘態勢"をその時自然に身に付けた。

 

「隠れん坊はルールを知らないからわからないんだぁ。だから出てきなよ、じゃないと本気で燃やしちゃうよ?」

 

煉の燃え盛るような意や声が届いたのか、煉の真っ正面の方向から誰かが歩いてくる。長い桃色の頭髪、周囲に浮かぶ幾つもの仮面、そして仮面から覗く無の顔、その姿を煉はその目でしかと覚えていた。

 

「あッ! さっきの不思議ちゃん!」

 

その姿を確認した煉は思い出したように火の灯った右手の人差し指で仮面の少女を指差した。少女は煉の姿を見た後、おかめの面を顔に着け、クスクスと笑い声を漏らした。

 

「またお会いしましたね、篝火さん。待ってましたよ」

 

「ん? 何で私の名前を知ってるの? 私の名前は霖之助さん以外知らない筈だけど」

 

おかめの面を着けた少女は突然に煉の名を口にして、煉の頭上に疑問符を打った。何故彼女は自分の名前を知っているのか、と言った疑問符と共に煉は警戒の念を更に強く色濃く放った。

 

「私はあなたが生まれる時を見ていました。ですから、わかるのです。あなたの名前も、あなたに感情が生まれた瞬間を」

 

「何だかストーカーみたいだね。そんな事してると、ストーカー規制法違反で逮捕しちゃうぞ! いや、燃やしちゃうぞ! って言いたいところだけど、ここは現代じゃないね」

 

「私はあなたの感情が欲しいのです。あなたのその個性豊かで光と暖かみに溢れた感情が。あなたの感情には、他に無いモノがある。出来れば争いたくはありません、だから、感情を譲って頂きたいのです」

 

少女は顔に着けているおかめの面から半分だけ顔を覗かせて御辞儀をする。その姿を見た煉は頭を掻き、それから顎に手を当てて暫し唸った末、素の表情で一言放った。

 

「やだ」

 

その一言は実に煉らしく、その言葉は仮面の少女を少し驚かせたようにも見えた。煉の一言の後、仮面の少女は仮面をおかめの面から狐の面に変えた途端、少女の全身から急激な威圧が放たれる。

 

「ならば仕方がありません、不本意ですが。あなたが万が一"希望"の面である事を考え、手加減しましょう」

 

瞬間、仮面の少女の服の右肩を高速で飛来する焔の弾丸が掠めて焦がす。焔の弾丸は煉が右手から飛ばしたモノで、煉の顔には笑顔と言うより今までに無い修羅の顔が在った。

 

「"手加減"なんて言葉を軽々妖怪の前で言うもンじゃないよ。もし"手加減"なんてしてみなよ、それこそ宣言通りに跡形も無く燃やすから…」

 

無表情に見えるほどの冷たい笑み、斬れ味凄まじい業物のような目つき、付喪神(つくもがみ)である彼女は元の持ち主の状態が移るので、ひょっとせずとも煉は持ち主の表情になっているのかもしれない…

 

 

 

 

 

 

 

続く




極稀に発現する持ち主の"感情転移"。

それは煉であって放火魔の一面を全面に押し出すモノ。果たして、仮面の少女とはどうなる?

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