リアルがごたついていたのに加え出来上がっていたものに加筆してたらあれよあれよと言う間に遅くなってしまいました。
あと白亀西が死んだことさらっと流してしまいましたが、私白亀西好きだったんですよねぇ。
宮元より命を受けた魏の戦車隊は秦軍の第四軍、第二軍を散々に蹂躙した後、勢いそのままに隣の戦場へ布陣している秦の第一軍を強襲すべく平原を爆走していた。
魏軍に有利な平原へと布陣した上に無為無策のまま兵を見殺しにしている秦軍を恐れる理由など彼らには無かった。
白亀西将軍は秦の第一軍相手に苦戦しているというが、今しがた相対する兵は違えど同じ秦軍を蹂躙してきた彼等にとってこの程度の相手に苦戦するということが俄かに信じられなかった。
「隊長前方に煙が・・・」
「ふん、煙程度で中華最強の戦車隊である我らの爆進を止められるものか!!」
一抹の不安、しかしその不安を先の戦闘で秦軍を一方的に殲滅する事が出来たという自信と魏軍戦車隊としての誇りが搔き消した。
中に進めば進むほど濃くなる煙はさもすれば隣の戦車を見失いそうになるほどに戦車隊の視界を覆い尽くしていた。このまま広がれば逸れる隊もでるかもしれないと考えた戦車長菅来はお互いの姿がもっと近くに見えるように距離を取れと指示を出す。
少々密な陣形になるが、その分圧縮された破壊力は相当なものとなるだろう。それに加えてこちらは奇襲、敵は我らに気付く暇すら与えられず殺されるのだ。
走る、そして前方にぼんやりと巨大なものが写りこんだ刹那ーー視界が反転した。
馬が、人が、台車が、宙に浮いたのだ。一拍置いて飛来する底冷えするような浮遊感。地に激突して軋む体。
口の中は切れて鉄の味が充満し、肋骨の骨が折れているのか呼吸する事すらままならない。
「い、一体何が起こって・・・」
煙幕の中、よく目を凝らしてみれば多数の戦車が引っ繰り返り戦闘不能に陥っていた。倒れて動かない者、台車や馬に押しつぶされている者、屍累々、最前列の部隊は最早その原型を止めてはいなかった。
「・・・何なんだこれは」
終いには一つの要塞とも言えるほどの様相を持った槍、槍、槍、超大な槍の群れが目の前に君臨していた。
これが、魏の戦車隊を殺した武器。その槍は一つ一つが人3人を並べてもなお余る程の巨大さ。
唖然とするのも束の間、未だ衝撃から立ち直れてい無い戦車隊に対して容赦無く空一面を覆い尽くすかのような弓矢が降り注いだ。
立ち上がる者さえいなかった戦場は直ぐ様、阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わり菅来自身も顔、胸、腕、足、体のあらゆる所に矢が突き刺さり命を失うのも時間の問題だった。
薄れ行く意識の中、こちらの奇襲を見破り策に嵌めたまだ見ぬ敵将に菅来は戦慄する他なかった。
******
7千の騎馬隊を率いていく彼女の背を見送りながら燕亮は深い溜息を吐いた。
彼女に限って万が一ということは無いだろうが、やはりこういうときは心配してしまう。
煙で敵との戦闘が中断されてることを利用して一度兵を引き上げて軍を整えさせる。
彼女が飛び出していけば必ず敵将の首を持って帰ってくる。ならば歩兵たちを突っ込ませるようなことはせず守りを固める方が得策だ。
「左の戦場より戦車隊が迫ってきております」
「密集陣形を取れ。長槍隊配置し、右翼に展開していた弓隊を左翼に回せ」
彼女の予想通り隣の戦場から戦車隊が乗り込んできた。まったく本当にあの人は底が知れない。
敵の戦車隊は待ち構えていたこちらの動きに驚く暇もなく文字通り串刺しにされていく。
戦車隊の足が完全に止まったところで矢が雨のように注ぎ込まれる。生憎煙でその姿は見えないが、魏兵の狼狽する声と絶え間なく聞こえてくる断末魔が確実に彼らを血祭りに上げている事を証明していた。
戦車はその突破力と強靭さは確かに驚異的だが、その反面小回りが効かず直線的な動きしか出来ないことから一度足が止まってしまえば再起するのは不可能に近い。
しかし、だからこそこの平地戦で魏軍が来ることを予想できていなかったらこちらにも相当な被害が出ていただろう。
下手すれば全軍が瓦解していたかもしれない。
それ故にこの奇襲を予見した己の主君に再び畏敬の念を抱かざるを得ない。
燕亮はどのような困難にぶち当たっても平然としている銀髪の女将軍に思いを馳せる。
彼女はまだ若い、これからもさらなる成長を遂げ必ずや秦を代表する大将軍にまで上り詰める。
それを後押しすることが自分に出来るせめてもの恩返しだと燕亮は考えていた。
*********
麗は白亀西を討ち取ると丘の上に半分の騎馬を残し、残りの半数を率いて丘を下り生き残った白亀西の軍を背後から強襲。
さらにこれと連動した歩兵隊の動きも加わり奇襲をうけた白亀西の軍は散り散りになるほどの壊滅的な被害を被った。
そして、小高い丘の上から魏の旗がへし折られて代わりに秦の旗が立てられる。
白亀西が討ち取られたという一報は遅れながらも劣勢に陥っていた秦の第二軍と第三軍を大いに沸かせ数の上で優位にたっているはずの魏軍には動揺が広がり始めていた。
やばい、テンション上がってヒャッハーしてしまったけど、死んでもおかしくない戦いだったわ。
それよりもこの煙の中、攻撃を合わせてくる燕亮凄すぎるでしょ。何で目の前見えないのにあんな的確に指示出せるわけ?燕亮先輩マジリスペクトです。
聞いたところによると燕亮はとなりの戦場で戦っている宮元がこちらに戦車隊を出してくるのを先読みして見事魏軍の戦車隊を壊滅させたらしい。
お前は魔法使いかよ。私が指揮してたら間違いなく全滅してたな。燕亮に任せておいて本当によかった。
礼を言ったらあなたのお陰ですよって言われたけど、何言ってるのかよくわからなかった。
呉慶本陣は丘からこちらの出方を伺っているようでまだ打って出て来る様子はない。
「第二軍、第三軍の援軍に行く。歩兵は丘上にて待機。指揮は燕亮に任せる」
燕亮を守っていた騎馬隊と負傷兵との交換を終えて隣の丘を奪取するために再び騎馬隊を走らせる。この混乱に乗じてもう一人の副将宮元の首も取れれば御の字だ。
丘を下った所で違和感に気付く。普通ならもう迎え撃たれていてもおかしくないにも関わらず敵兵が動く様子さえ見せない。
さらによく観察してみると丘上で誰かが交戦中のようだ。なるほど、宮元は私にかまってる暇など無いということか。
「予定変更だ。丘に登り魏軍と交戦中である部隊を助けるぞ」
あー、段々と思い出してきた。確か信か縛虎申が宮元を討つんだったか。ならばあそこにいるのは縛虎申か。
無視して丘下の援軍に行ってもいいが顔見知りの縛虎申を見殺しにするのはさすがに気が引ける。
幸い敵は縛虎申隊に夢中でこちらに気付いていない。
このまま一気にかけ上がろう。
中腹あたりまで来てようやく宮元もこちらに気づいて矢を放ってくるが、もう何もかも遅い。
と思ったら心臓の部分ピッタリに矢が放たれていた。ギリギリ防いだのが間に合ったから良かったものの後一瞬遅れていたら心臓を貫かれていた。
今のは本気で死ぬかと思った。矢を放ったやつはあのタンクトップのような甲冑を纏った奴か。
「劉項、槍を1つよこせ」
「槍ですか?どうぞ」
劉項から受け取った槍を右手に持ちありったけの力を腕に込めてタンクトップ野郎に投擲する。
槍は失速する事無く、ミサイルのようなスピードで発射されていった。
私の唯一と言っても良い長所がこの馬鹿力だ。コントロールは皆無に等しいがこういうのは投げるだけでも十分意味がある。
しかし、運が良いことに一直線に投擲された槍は外れる事はなく目にも止まらぬ速さでタンクトップの胸を貫いた。どうやら今日の私は非常に乗ってるらしい。
お見事!という部下の嬉しい声援をこそばゆく感じつつ丘を登っていくが、寸での差で先に着いたのは縛虎申隊だった。
縛虎申隊は弓隊を蹴散らし突貫、見事副将宮元を討ち取った。そして宮元を討ち取ったのは信だったらしい。劉項には未だ後ろで守備隊と交戦している縛虎申隊歩兵達の援軍に行くよう言い渡した。
「久しいな、縛虎申」
「援軍感謝致します。麗将軍がいなければ危なかった」
縛虎申は肩に矢を受けているだけで他は無事らしい、良かった。
「気にするな。良いものを見れた」
律儀に形式ばった挨拶をする縛虎申に楽にするよう言い渡す。この人礼儀正しいのか突撃バカなのかよく分からないんだよなぁ、麃公将軍と同じく苦手な人の部類に入る。でも私の事は慕ってくれるし、配下についたときも良く働いてくれる生粋の武人だ。
それはそうと信はどこかな?
辺りを見渡してみると下から一際強い視線を感じた。
うお、そんなところにいたのか。
「君も久しぶりだな。名前は・・・」
「・・・信だ」
名前を言おうか迷ってると向こうから自己紹介してくれた、こちらとしてはありがたい。
「覚えておこう。それと先ほどの戦い見事だったぞ」
率直に褒めると信は照れ臭そうに顔を背けた。やはり原作と同じで単純なようだ。
あっ、いまさらだけど呉慶どうしてるんだろう。
焦って丘の上から呉慶が布陣している場所を覗き込むとちょうど麃公将軍が陣形に迫っている最中だった。
私も行った方が良いよなこれ・・・
「劉項、私たちも出るぞ」
「はっ、しかし7千でよろしいので?」
普段なら策もなしに総大将がいる敵本陣に突撃するようなマネはしないのだが、今回は別だ。
今回のように大将軍自ら先陣を切って進むことによって敵の目は否応なしに引き付けられ、それ自体が強力な囮となり策となるだろう。
これがそこらへんの将軍なら呉慶に八つ裂きにされてるところだが、あの麃公将軍なので簡単に殺されるなんてことにはならないだろう。
何より原作では勝つ戦いだというのが決定打だ。
「構わん。いくぞ」
「コココ、もう行くのですか麗」
聞き覚えがあるその丁寧口調に思わず悲鳴が出そうになった。いつの間にか隣に立っていた王騎将軍があの日王宮で会った時と同じようにさも愉快そうに現れた。内心では鋭く唸る心臓を抑え付けながら何とか平静を装いつつ声を捻り出す。
「私は将軍ですから」
弱味を見せるとすぐにおちょくってくるのでここは平常心を保つ。
部下の前で弄られたらただでさえ低い私の求心力が地に落ちることになるからな。
さっきまでの愉快そうな雰囲気とは裏腹に真面目な表情になった王騎将軍はそうですか、とされど素っ気ない態度ではなくどちらかといえば優しい声音で何かを見守るように呟いた。
怪訝に思ったが今はここで問答をかましている余裕はない。
麃公将軍を援護するために急いで丘を下る。縛虎申が一緒について来たそうにしていたが怪我をしていたので一緒に連れていかないことにした。
魏兵のほとんどの注意を麃公将軍がひきつけておいてくれたのでスムーズに割って入ることができた。
魏兵の動きが完全に鈍っている。これなら弱いところや部隊の継ぎ接ぎ部分を狙わずとも正面突破でいけるな。
前方を見るとうっすらと見える麃公軍の後ろ姿。
まだ少し距離がある上に戦車隊が挟み撃ちになるような形で両脇に追従してきている。このままでは麃公隊は魏の戦車隊に一方的に嬲られてしまう。
「戦車隊の左隣につくぞ!弓騎兵はいつでも引けるように準備しておけ」
私がこれまでの戦いで大きな勝利を収めてきた要因の一つに馬弓隊が数えられる。
馬に乗りながら弓を射るという行為は非常に高い練度が必要であり誰でも出来るというわけではない。
しかし、高い練度が必要だからこそ素早い一撃離脱、または一定の距離を保つ近中距離戦においてその効果は絶大である。
無論、その習得は困難を極めるため精鋭を誇る騎馬隊の中でもさらに限られた者しか射ることはできない。
弓自体も訓練と共に色々改良を加えた末に完成した合成弓を使っている。
ちなみに私も一応打てるがコントロールが悪いので滅多に射ることはない。南無三。
ようやく戦車隊に追いつき一定距離を保ちながらも馬を走らせる。弓騎兵の本領が発揮される間合いに入り次々と矢が放たれていく。
騎馬から矢を受けた魏の戦車隊は成す術なく次から次へと倒れる。さらに挟み撃ちされていた麃公の騎馬隊も麗が攻撃を仕掛けたのとほぼ同時に戦車隊へと攻撃を仕掛け、挟み撃ちにしていた魏の戦車隊は一気に崩壊した。
それによって再び勢いを取り戻した麃公隊と共に私達も敵陣を突き進んでいく。
最早、呉慶を守る壁は剥がれ落ちその本陣は獰猛な虎の前へと差し出されようとしていた。
駆ける、薙ぎ払う、駆ける。
単純にしかし強力に繰り返される動作。文字通り消し飛ばされる勢いで吹っ飛んでいく魏兵達。
呉慶がいる本陣の一歩手前、少し開けた場所に二人の将兵が並んでいたが、私が左の将を、麃公将軍が右の将を 同時に叩き切った。直前に打ち合わせていたわけでは無いのだが、まるで示し合わせたかのような連携攻撃に私事ながらすごく驚いてしまった。それにあの将2人強そうな雰囲気を醸し出してたけど、私たち二人が同時に出てきたことで標的が絞れなかったのかあっけなく倒すことができた。
切り込んだ本陣の奥深く、そこには人の壁で作られた円形の闘技場があった。
その中心に立つのは魏軍総大将呉慶。歌舞伎役者のような面構えに軍師とは思えぬ程の闘志を漲らせている。
私のとなりに立っていた麃公将軍は面白そうに笑って私に問いかけた。
「どちらがいくかのォ。ジャンケンでもするか?」
「・・・私は副将の首を頂いたのでどうぞ麃公将軍」
「ふむ、では有り難くいくとするかのォ」
こんな敵陣の真っ只中で一騎討ちなんかしたら胃に穴があきそうだ。今でも相当胃が痛い。
胃の痛みを必死に我慢している私をよそに獰猛な笑みを深くした麃公将軍は呉慶へと近いづいていく。
呉慶もかなり強そうだが、麃公将軍に素の武力で真っ向から打ち合える武将なんて全中華見渡しても片手で数えるほどにしか存在しないから恐らく大丈夫だろう。
あーでも麃公将軍が呉慶を討ち取ったら乱戦になる可能性もあるよなぁ。くそぅ、麃公この野郎。
私が麃公将軍に理不尽な恨みをぶつけているのを尻目に麃公将軍と呉慶の戦いは苛烈さを増していく。
一進一退の攻防、互角の闘いに見えるが、その実麃公将軍が呉慶の一撃一撃を自信満々にしっかり受け止めている一方で呉慶は受け止めてはいるものの段々とその剣先は鈍り麃公将軍はそれを見逃さず強烈な攻撃を加えていく状態が増えつつあった。
呉慶、かつて趙に滅ぼされた小国の王子であった彼の侵略者に対する憎悪は想像を絶するものがあるだろう。
しかし、己の激情を優先させる行為は将としてあってはならない行為である。それはともすれば全軍の敗北に直結するほど愚かな行為だ。そして呉慶は麃公将軍に対して最悪の一手ともいえる手段を取ってしまった。
こうなれば呉慶は負けたも同然だろう。
呉慶の激情を下らぬ負け犬の感傷と一閃した麃公将軍はついに闘いを終わらせるために動き出した。
空気は一層張り詰め、運命の大炎が大きく唸りをあげて呉慶へと襲いかかる。
交差する二人の大将軍。呉慶の剣が届くよりも先に、引き抜かれたのは麃公将軍の矛だった。
その刹那に目を見開く魏軍、一拍置いて秦軍の大歓声が大地を轟かせた。
敵軍に孤立した状態である私達は魏軍の反撃を警戒していたが、魏軍にとって呉慶の死は余りにも大きなものだったようだ。魏軍は俯いたまま誰一人として立ち上がるものはいなかった。
*********
あの人を見た瞬間、息が出来なかった。
それは見た目以上に何というか纏っている空気のようなものに圧倒されたからだと思う。あの日、成蟜の反乱を鎮圧するために宮殿に乗り込んだ時に出会った可憐な姿とはまったく別人とも呼べるほど空気が一変していた。恐らくあの時はわざと気を抑えていたんだろう。
余りにもデカかった、余りにも強烈だった、そして余りにも眩しかった。
出陣前に聞いていたが、秦の第二軍が苦戦する中、麗将軍が率いる第一軍だけは魏軍を圧倒していたらしい。
これで麗将軍が大将軍じゃないっていうんだから驚きだ。その上の大将軍っていったいどんな化け物なんだよ。
「君も久しぶりだな。名前は・・・」
彼女らしい凛とした声が透き通るように戦場に響いた。戦場の荒れ果てた空気を一切感じさせない銀色の色彩に彩られた気高さ、戦場すべてを飲み込むようなオーラには圧倒されて声を出すことが困難に思える程だ。
「・・・・信だ」
やっとのことで捻り出した言葉。冷たい汗が背筋を伝う。
「覚えておこう。それと先程の戦い見事だったぞ」
彼女がどんな表情を浮かべているのか仮面が素顔を隠しているせいで分からなかったが、褒められたという事実に体中が高潮していく。嫌味ではない真っ直ぐな言葉。
その全てを見透かすような紅い瞳に喜んでいることがバレてしまうような気がして恥ずかしさから顔を逸らしてしまう。
チラリと横目で彼女を伺うと彼女の視線がこちらではなく丘下にむいていることに気付く。つられて俺も丘下を覗き込むと秦の騎馬隊が魏の本軍に向かって走っていた。
騎馬隊の総数は布陣している魏の本軍と比べて明らかに少ない。たったあれだけの数で五万の軍隊に突っ込む気か!麗将軍もあの騎馬隊に付いて行く気なのか慌ただしく準備し始めた。
「コココ、もう行くのですか麗」
ゾッとする。麗将軍とは別の巨大な何かが目の前に現れた。こいつも麗将軍と同じかそれ以上でかい・・・!
この二人と比べれば赤子同前である信はただただ戦慄するしかなかった。自分とは存在そのものがあまりにも違いすぎる。
「私は将軍ですから」
そして去りゆく際のたった一言、ただその一言に彼女の決意と覚悟が凝縮されていた。
「行ってしまいましたねェ」
残ったもう一人の大男は麗将軍の背中を微笑ましそうに見送っていた。
その間一歩も動けなかった俺はどうしていいか分からず視線を彷徨わせていると大男が今気付いたとでもいう風にこちらに視線を向けていた。
「オヤァ?昌文君が言っていた童とは貴方の事ですか。名前は確か・・・信。どうやら麗からも一目置かれているようですねェ」
「おっさん、昌文君と麗将軍の仲間なのか?」
「昌文君は仲間というより愛人ですねェ」
「えっ!?」
信は大男からのまさかのカミングアウトに目を見開き狼狽するを隠せない。
「ンフフ、冗談ですよ。王騎冗談。」
全く掴みどころがない大男の不思議な雰囲気に信は圧倒されるのとはまた違う空気に苛まれていく。
「麗は娘みたいなものですねェ。まぁ、貴方に教えてやる義理など無いのですが」
娘・・・?もっと詳しく聞いてみたいと思ったが、大男の発する強大な圧力に押され喉にまででかかっていた二の句を強制的に引っ込まされてしまう。
「コココ、彼女のことが気になるなら戦いの中で感じ取ってみなさい」
そうやって目を向けられた先にはお互いの総大将同士で繰り広げられる壮絶な死闘。その中でも一際目立つ2つの群れ。敵陣をいとも簡単に食い破り呉慶本陣へと迫ろうとしていた。
「将軍には二つの型があると思います。呉慶のように策謀巡らす知力型と麃公さんのように野生の感のようなもので戦う本能型」
「麗将軍は?」
咄嗟に率直な意見を口にしてしまったが、目の前の大男は気にする風もなくむしろ面白そうに語り始めた。
「麗は知力型に属しますが、彼女の面白いところは感も即ち本能も頼りにしているということです。まだまだ甘い所はありますが見ていて退屈しない、興味深い戦場を描きますよ彼女は」
そして、と大男は続ける。
「呉慶、麃公、そして麗。この三人が今の戦場を作り出したのですよォ。呉慶は序盤、圧倒的優勢で戦っていたものの結果的には麃公と麗が呉慶を丘から引き摺り降ろした。軍が大きくなればなるほどそれを率いる武将の才力が戦局を左右する。つまり結局戦は武将のもの」
余りにも大きいスケール。今まで何も知らずにただ強いからという理由で天下の大将軍というものを口にしていた。
しかし、これが本当の武将の戦い。己の意思で大軍を操り敵の将軍を倒すために戦局を動かす。
何と凄まじいものか。これまで真っ暗闇の中、我武者羅に走ってきた己の胸に更なる熱いものが込み上げる。
初めて感じた。武将という存在。目の前が開けていくような気がした。
「王騎将軍、援軍感謝致します。ですが、今は眼下の魏兵を如何にして討つかが重要。なればこそ我ら全軍を率いて眼下の呉慶本陣に目掛けて突撃を!」
前に進み出て説得を試みる壁に対して大男--王騎将軍は視線を眼下に固定したまま返答する。
「いえ、必要無いでしょう。この戦はあの二人だけで十分ですよォ」
何をそんな戯言を、と反論する壁を何処吹く風と受け流す王騎将軍。
「不満があるのならご覧なさい。数多の命を背負う己の将軍の姿を。これは間違いなく至極の一戦ですよォ」
王騎の言葉を証明するかのようにこの数分後、麃公将軍が呉慶を討ち取ったのである。
*********
麃公将軍は撤退する魏軍に対して追撃の一切を禁止した。やはり何か思うところがあったのもしれない。
何はともあれこれで戦争は終了だ。さっさと領地に帰ってお風呂に入りたいし美味しいご飯も食べたい。
こんなむさ苦しい所ともおさらばだ!!
「お見事です、麃公将軍」
「お主がいてくれて本当に助かったわィ。お主がいなかったらもう少し戦いも損害も大きくなるところじゃった」
「私は副将としての仕事を全うしただけですから」
早く帰りたいがために麃公将軍にゴマをすっておく。出来る女は尻尾を振ることを忘れないのだ。
しかし、人生はそんなに甘くないらしい。
「それでは亜水まで帰って酒を飲むぞ、麗、王騎よ」
「私は野暮用が」
「残念ですが、私も用事がありますので」
「酒じゃア」
有無を言わさぬ圧力だった。
「・・・・はい」
「ココココ」
この日、麗が帰れなかったのは言うまでもない。
始皇2年-麃公率いる秦軍は魏軍総大将呉慶を討ち取り魏を撃破した。
ちなみにこの年信は14歳です。何て恐ろしい子()
この作品、初めは漂の憑依物か主人公と同じ下僕の身で一緒に成長していく物語を書く予定でした。
何故そっちを書かなかったのかは私にも分からない。
文中にある通り弓騎兵はさすがにバランスブレイカーかなと思ったんですが、この時代は矢なんて簡単に弾き飛ばす人達ばっかりだし関係ないよね!
ヒョウレイアタック>シュキマキアタック
あとランキング載ってて本当に驚きました。
こんな駄文に付き合っていただいて大変恐縮です。
というかまさかランキングに載るとは露にも・・・・