王国と白鬼   作:かみこん

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ポチポチ書いてたら予想以上に量が大きくなったので分割して投稿します。
あとタイトル変えました。


魏戦 前

王弟成蟜の反乱から3ヶ月後、魏の滎陽を奪い取るため秦国全体に号令が出された。

秦と魏お互いの戦力の総数は19万と15万。魏を率いる将軍はかつて戦国四君信陵君の智嚢とも呼ばれ食客頭であった呉慶、一方秦を率いる将軍は常に最前線に留まり続け滅多に中央へ戻ることが無かったため秦内部での知名度は低いものの前線にいる者なら誰でも名前を知っている本能型の名将麃公。

恐らく今年一番の大戦になるであろうこの戦いに中華全土が注目していた。

 

 

*********

 

 

うわあ、この戦いって秦の対応が後手後手に回って丘を取られた挙句序盤殺られまくるっていう大将軍倒したから良かったものの内容的には敗北してた戦争だったよな。鬱だ、帰りたい。

 

滎陽の戦いに最前線で主攻を担う第一軍として招集された麗はこれから壮絶な死闘になるであろう行く先に内心げんなりしていた。

信はどこの軍に配属されるのか・・・・正直こちらの世界にきてから10年以上経過してるので細かい原作知識はほとんど忘れてしまったんだよな。

 

原作通りにいけば勝つ戦いだが無駄に兵を死なせるのは勘弁願いたい。

私の軍隊は独立部隊としてある程度の裁量を任されているので少なくとも無駄に兵士が殺されることは避けられるはずである、多分。

空は雲一つない晴天で夏特有の湿った空気と数日後に控えている戦さえなければこのまま昼寝したい気分だ。

 

「浮かない顔ですね」

 

憂鬱な気分に浸っていると副官の1人である燕亮が声をかけてきた。髪の毛は天然パーマで身長も高くタレ目気味の優男だ。私にはもったいないくらいの優秀な奴で100人将になったときから副官としてお世話になっている。容姿もさることながら性格も良く人望があるので女性にとても人気がある、イケメン死すべし。

 

こんなむさ苦しい男どもに囲まれるよりも私も可愛い女の子たちにキャーキャー言われて抱き着かれたい。

現実は誰も目を合わせてすらくれないのだが・・・悲しくなってきたからこの思考はやめよう。

 

「お前はいつも楽しそうだな」

 

こいつは私と会うときはいつも笑顔なので心の中では勝手にスマイルマンと呼んでいる。ただ最初会ったときは結構無口でトゲトゲしかったのにいつの間にこんな丸くなったんだよ。

あれか?元不良だけど今は改心して真面目に働いてますってやつか?お前はどこのN○Kだよ。

私の嫌味に目を丸くした燕亮はさらに笑みを濃くした。

 

「ええ、私はあなたの隣にいるだけで楽しいですから」

 

うわ、きも。こいつホモかよ(驚愕)

 

 

*********

 

 

最後に亜水に着いたのはどうやら私たちの軍だったらしい。入城を済ませ兵たちには休息をとるように命令して燕亮と共に麃公達がいる陣営へと向かう。

 

道中ですれ違った兵士たちの間では丸城が落ちたという話題で持ちきりだった。私は知っていたので大した反応を示さなかったが、何も知らない燕亮は驚いた様子だった。出陣してくるのは呉慶将軍だと大凡分かっていたが、まさかここまで打って出て来るとは思わなかったのだろう。

 

それもそうだろう、態々秦を攻撃するよりも難攻不落の滎陽城で守っている方がリスクは遥かに少ない。それをあえて犯して攻め込んでくるあたり呉慶将軍らしいが。

 

城門にいた見張りの兵士から各将兵たちが集まっている部屋へと案内された。

部屋の扉の前に立つと乱闘でも起こしているのかと思わせるような怒号が飛び交っていた。何これ入りたくない。

意を決して扉を開けると内部に閉じ込められていた熱気が冷たい空気を求めて外に流れ込んだ。内部の熱が徐々に下がっていくのと同じようにさっきまで過熱していた怒号が急激に収まっていく。

 

そして言葉が減ったかわりに増えたのが突き刺さるような視線。

その視線は扉を開け放った銀髪の女性ただ一人の人物に集中していた。

こっちみんな、議論しろよ。

 

「麃公将軍、遅ばせながら参上致しました」

 

モーゼの如く割れた道を通り麃公に挨拶をする。

 

「久しぶりじゃのォ、麗。本来なら再会もかねて酒でも飲むんじゃが、事情が変わった。これより我等は亜水を発ち蛇甘平原へと打って出る。急いで準備をせい」

 

まじかよ、帰ってもいいですか。

 

 

*********

 

 

白熱した議論の中で概ね方針が決まったその時、扉が開かれた。外の涼しげな空気が部屋に流れ込みこの部屋がどれほど暑かったのかを思い知る。だが、それも今しがた入ってきた女のせいで快適というよりは寧ろ急激に温度が冷まされ季節外れの冬が到来したかのような錯覚に陥る。

 

また一段と成長したようじゃのォ。前あった時よりもさらに鋭さが増しておる。 しかし、鋭さだけではない。その仮面に隠された王騎にも匹敵する懐の大きさ。

さらにこの空気に晒されてもなお動じる気配を見せず逆に周りを威圧しておるわ。

会わなかったたった数年の間にここまで成長しおったか。まだまだ成長する余力もありそうじゃし、先行きが楽しみじゃのォ。

 

ワシが今すぐ蛇甘平原に行けと命令しても嫌な顔も驚きもせず平然と了承しおった。まさか読んでいたのか?隣の副官は怒っていたが。

麗もワシと同じく最前線で矛を振るい続けた身。その才能はわしや王騎を上回るほどの潜在能力を見せ奴の軍団もまたワシの兵と見劣りはせん。

 

さらに成長したあやつと肩を並べて戦える。

くくく、久しぶりに血が滾るのう。この戦いが終わったらワシ特製の酒を夜を徹して大いに振舞ってやろう。

実に楽しみじゃ。

 

 

*********

 

 

亜水から蛇甘平原の丘へと陣を敷くために出城して休む暇もなく走り続けた。

なんとか落伍者を出さずに来れたもののやはり疲労は隠しきれない。そして目的の蛇甘平原の丘だが、既に魏軍に陣取られた後だった。

 

あの強行軍はいったい・・・・

燕亮に命じて第一軍を少し休ませるが警戒のため第一軍4万のうち2万の兵を防御型の隊列を組ませ睨みをきかせる。

倍近く兵力差がある中で有効なのかは疑問だが無いよりはマシだ。好都合なことに敵の副将白亀西もこちらの動きを警戒しているのか手を出してこない。

お隣の第二軍はというと麃公が突撃命令を出したのだろう、乱戦状態に陥っている。相変わらずやることがえげつないなあの人。だとすると私のやる事は隣の戦場に援軍を送らせないことだろう。

 

「燕亮5000の騎馬隊を用意しておけ」

 

「御意」

 

すぐ突撃するわけではなくあくまで見せかけだが、相手が援軍を送ろうとすればすぐさま背を打てるように準備しておかなければならない。

それに相手はあの白亀西だ。そんなリスクを取ろうとはしないだろう。

 

日が傾き始めてからやっと両軍が撤退した。

こちらの第一軍の戦場は終始小競り合い程度で終わったが、隣の第二軍は戦力の半分を失ったらしい。

これは秦軍にとってかなり手痛い損害だ。

 

しかし、その代わりにといって言っていいのか分からないが、私たち第一軍は上手く体力回復することに成功した。まだ万全とは言えないが明日は十分に戦えるだろう。士気も高い。明日は第四軍が到着予定であり第二軍に戦力が供給される。

そして恐らく信もその中に・・・・一番の激戦になるであろう明日に帰りたい気持ちがさらに高まってくる。

 

 夜空をぼんやり眺めていると虫が私の周りで飛び交い始めた。夏は蒸し暑さだけじゃなくて虫も寄ってくるから嫌だよね。この音の方向は・・・・後ろにいるな!!

 キメ顔で振り返った先にいたのは虎でした。まじで心臓止まるかと思った。って麃公さんじゃないですか、やだー。

 

「何じゃア、気づいておったのか」

 

 いや、全然気づいていなくてめっちゃ驚かされましたけど。

 麃公は手に持っていた麃公特製酒が入っている瓢箪を煽った。私もあの麃公特製のお酒飲ませてもらったことあるんだけど、一口でぶっ倒れそうになったんだよな。

 それをグビグビとすごい勢いで飲んでいる。

 

「お主もいるか?」

 

「遠慮しておきます」

 

 そんなもの飲んだら急性アルコール中毒で死んでしまうわ。この人何しにきたんだよ、酒薦めるためだけに来るとか暇すぎるだろ。ジト目で睨んでいると私の思いが通じたのか少々真面目な面持ちになった麃公将軍はポツリと本題に入り始めた。

 

「お主ならその兵力でも最小限の被害で丘をとれたじゃろう。そうすれば儂が呉慶の首を取りこの戦は終りじゃァ」

 

暗になぜ攻め込まなかったのか聞いてきているが、さすがに私のことを買い被り過ぎだろう。私の兵は強いが私自身はそこまで強くない。兵の士気も燕亮の人望があってこそのものだ。 私がこれまで積み上げてきたものは全て部下達のおかけであり、わたし自身がなした事など皆無と言っていい。

 

「私は兵がついてこない事はしませんので」

 

小心者万歳、戦場で生き残るコツは控えめに戦うことだよね。

麃公将軍は私の答えにさらなる問いかけを発さず瓢箪に入っていたお酒を一気に飲み干した、ヒエ。

 

「まったく、お主は面白いのう。戦が終わったら徹夜で飲むぞ」

 

私今なにか面白いこと言ったか?それと徹夜で酒飲むとか殺す気ですか、おいちょっとまて。追い止めようとした私を無視して麃公将軍はガハハと笑いながら去っていった。

本当に嵐のような人だったな・・・・

 

 

*********

 

 

夜が明け時刻は巳の刻。兵の整列を終え後は突撃するだけとなった。作戦は至ってシンプルだ。

 

前列の兵士たちが敵を左右に分断し煙幕を焚く、空いた中央を私が率いる騎馬隊で突破しそのまま敵将白亀西の首を取る作戦だ。単純だがこれが一番手っ取り早く、今までで一番成功してきた方法だ。結局、最後には力技になってしまうんだよなあ。

 それにあの丘まで達することことができれば戦車隊は追ってくることができない。

 

 大丈夫、絶対成功するはずだ。知らず知らずのうちに震えてきた手をぎゅっと握りこむ。

戦争をするときはいつも付けている仮面を顔に被る。 仮面の外装は昔の武士みたいなお面で鬼のような表情をしている。

少しでも私の臆病な部分を消せて敵をビビらせる事が出来ればいいなと思ってつけている。効果があるかは定かではないが。

 

「麗将軍ご武運を」

 

 突撃前の緊張で胃が締め付けられていると爽やかスマイルマン燕亮が近寄ってきた。くっ、笑顔が眩しい・・・

 あ、蚊が飛んできている。やっぱりこの季節は虫が多いな。

 

「燕亮・・・横から虫が来るぞ」

 

「っ、了解しました」

 

 しかし、蚊は燕亮を刺さずに通り過ぎてしまった。良かったな、蚊もこいつのスマイルにはかなわなかったのか。燕亮は何故か妙に緊張した面持ちで急いで去って行ったんだけど、どうしたんだあいつ。

 私のように緊張するような柄ではないはずだ。

 まあ、私の場合はこれまで幾度となく戦ってきたのにも関わらずこうやって戦う前はいつも手が震えてしまうのだが。敵を殺すこと、部下を死地に向かわせる事はいつまでたってもなれないものだ。

 

 湿った空気が全身にまとわりつく、のどの渇きは最大に達し肺はまるで水の中にいるかのように酸素を求めている。

 耳をすませば突撃を今か今かと待ちわびている兵士たちの呼吸が後方に控えている私のところにまで届いてくる。

 陣形は整った、やれるべきことはすべてやった。息をこれでもかと吸い込みたまっていた黒い感情を肺の空気とともに吐き出す。覚悟はできた、いこう。

 

「全軍突撃!!」

 

 私の号令とともに一糸乱れぬ規律をもった軍隊は相手に突撃していく。雨のように降り注ぐ矢をものともせず敵兵を吹き飛ばしていく。まじ、半端ないっすあの人たち。歩兵なのに敵を吹き飛ばすとかどんな破壊力持ってんだよ。こちらの弓兵の援護も加わり前線は私たち有利に傾いてきている。目まぐるしく変わる前線に私も指示を出しているが、側近たちの指示を出す量が私の倍近くあるのではっきりいって空気だ。

あれ私いなくても勝てるんじゃね?少々ナイーブな気持ちになっていると伝令から敵前線分断間近という情報が伝わってきた。

 

 煙幕を焚くようにだけ命令を下した私は歩兵たちの指揮を燕亮に任せ7000の騎馬隊を率いて前線へと繰り出す。騎兵は一万連れてきたが、敵の襲撃に備え3000は燕亮を守らせるため本陣においてきた。

 

「麗将軍、前線に敵軍の増援接近中。数はおよそ一万とのことです」

 

 話しかけてきたのは燕亮とともに私の副官を務めている劉項。長いひげが特徴的で見た目では武人を体現したような男だが、見た目に似合わず料理と裁縫が得意というなんとも家庭的な男だ。

 

 一万という数に悲鳴を上げそうになったが、すでに煙幕は戦場全体を覆うようにして広がってきたのに加え私はともかく精強を誇っているこの部隊ならば簡単に食い破れるはずだ。大丈夫だ、問題ない。

 

「問題ない、予定通り真ん中を突っ切るぞ。全員私について来い!!」

 

 突撃用の太鼓の音が鳴り7千の騎馬隊が動くのとほぼ同時に前線が真っ二つに割れた。

 さすが燕亮が鍛えた歩兵だ、しっかり統率されている。

 手の震えはいつの間にか消えていた。

 

******

 

 戦とは心理戦である。ある人は私にそう教えてくれた。それゆえに戦の中で相手を理解し、如何に相手を乗らせて自分の土台に持っていくかが重要であると。

 

 魏軍副将白亀西。その才能は凡庸そのものといっていいだろう。戦術、兵法から広げられる一手一手はどれも平凡なものでこれといって特筆すべきものがない。

しかし平凡ゆえにその一手は兵法通りの手堅いものであり、さらに彼の慎重な性格と魏軍の磐石通りに動く生真面目な気質が相まって非常にやっかいなものとなっている。

 

煙幕が敵の視界を遮っているのも助かって前線の中央突破に成功した私たちは敵軍一万の増援も蹴散らしさらに奥へと進んでいく。

いくら煙幕を張り奇襲に成功したとはいえ丘上には緻密に計算された軍が配置されておりやはり一筋縄ではいきそうにない。

だが、恐らく私自ら中央を抜いてくるとは思わなかったのだろう。煙幕の中から飛び出てきた騎馬隊を見て兵の動きが明らかに鈍っている、突撃する前にいくつか穴を見つけたのでそこから入っていこう。

 

「右!!」

 

「応!!」

 

私の合図に追従してきた兵士たちが次々に呼応する。

数秒遅れて私たちがさっき走っていたところに矢の雨が突き刺さった。

うお、危ねえ・・・・あと少し遅れていたらハリネズミだったな。

予め目星をつけていた敵部隊に突っ込み5振り程度で突破する。やはり煙のおかげで指示が上手く伝達出来ていないのか動きが遅い。

それから縦横無尽に走り回りながら軍列の継ぎ接ぎの部分を狙っては突破していきとうとう丘の麓にまで到着した。

騎馬の数はパッと見ても減っているようには見えない。

 

こいつら本当に強過ぎる。あの大軍を目の前に笑いながら突っ込んでいくからな。

丘を守ってる守備隊を蹴散らし、上へとどんどん登っていく。途中矢も飛んでくるが数も少なく大抵振り払えるから大したことはない。顔についた敵兵の血を片手で拭った麗は頂上の眼前にまで迫り必死の形相で向かってくる最後の敵のであろう精鋭部隊を突破してついに頂上まで達した。

 

白亀西を含む魏の参謀たちが全員唖然とした表情を浮かべている。まさかたった7千の騎馬隊で4万5千の軍勢を抜かれるとは思ってもなかったのだろう。

ハッと思い出したかのように剣を引き抜こうとした参謀達の首を一斉に刎ね飛ばす。後に残されたのは白亀西ただ1人。後ろの守備隊が登ってくるのにはまだ時間がかかる。

 

「秦の副将麗、白亀西殿の首を頂戴しに参った」

 

血流が脳の興奮を全身に伝播させ知らず知らずのうちに頬が上がっていく。

きっと今の私は笑っているんだろうな。

砂塵と煙霧が吹き荒れている地上はすでに見えなくなっていた。

 

*********

 

 

初めて敵の副将の名前を聞いたとき抱いた感情は慢心だった。いくら飛ぶ鳥を落とす勢いとはいえまだまだ若い将軍でありこの大事な戦でこんな若い将軍を使おうとは秦も落ちたものだなと魏副将白亀西は思っていた。

噂では鬼のような顔をしているらしい。

 しかし、実際に手を合わせてみてその油断ともいえる慢心は吹き飛んだ。

 

物見からの報告では麗将軍率いる秦の第一軍はこの蛇甘平原へとほとんど休む暇もなく走ってきたと聞いてきたが、休むまもなく走ったにもかかわらず相対する秦軍の第一軍は一切疲れた様子も見せないままで布陣をし終えたのだ。

それだけならただの痩せ我慢だと罵ることが出来たのだが、隊列を組んでいる兵士たちはこちらの半数だというのに突破口が全く見当たらない。

 

試しに歩兵、騎馬合わせて一万5千を突っ込ませてみたが、敵陣に一歩も踏み入ることが出来ないまま半数を失ってしまった。騎馬隊をもってしても防御陣前衛を突破することすらままならない。

 

「バカな、敵はこちらの半数だぞ!何を手間取っているか!!」

 

 

「敵の連携が凄まじく前線突破は困難を極めております」

 

 

驚くべき事だ、一体どれほどの訓練と戦闘を繰り返したらあれほどの連携を生み出すことができるというのか。敵の前衛は動く気配がないことから隣の戦場に援軍を送ろうにも敵の騎馬隊が控えているため迂闊に動くことができない。

 

隣の戦場は見る限り宮元が一方的に嬲っているので大丈夫だろう、むしろこちらの援軍に来て欲しい。

迂闊に動けば罠にはめられる可能性もあるのでここはもう手を出さず様子を見ている方が良いのかもしれない。前線の兵を退かせ隊列を整えさせる。

引いた兵を追いかけてきたら横に待機させておいた戦車隊で一網打尽にしてやるつもりだったが、さすがに追ってこなかったか。

 

敵は恐らく味方の増援が到着するのを待っている、だから無理矢理にはせめてこない。

となると本格的な戦闘になるのは二日後か三日後か。

敵の増援が到着できない明日には総突撃で敵将麗の首を取らなければならない。

しばらく様子を見るつもりだったがあの軍隊に増援が加わればさらなる脅威となってくる。なんとしてもその前に首を取らなければばらない。

 

 だがこちらの戦場で動いても敵に察知されて先に手を打たれてしまう。

 

 そこで隣の戦場で戦っている宮元の戦車部隊をこちらの戦場に横から乱入させ敵の歩兵陣形を崩した後、私の戦車隊と騎馬隊で崩れた陣形に中央から一気に突入して敵将麗の首を取る作戦に変更した。これは宮元の戦車隊が必須の作戦ではあるが、一つ貸しということで引き受けてくれた。敵将を倒せるのだ、安いものだ。

 

 夜が明けいつでも総突撃できるように兵を少しだけ前のめりに設置する。本陣の守りが緩くなる問題も発生するが、敵は恐らく攻めてこないので心配はいらないだろう。

 夜が明け昨日と同じ様子を装い歩兵を進軍させる。敵は昨日とは違い歩兵全兵を合わせた約三万の手勢で隊列を組んでいる。何か感じ取ったのか?背中に嫌な汗が噴き出る。

 

 そんなはずはない、こちらは昨日と同じ布陣で気取られるようなことは一切していない。

 しかし、合戦が長引くにつれてその疑惑が膨らんでいく。

 敵は中央に厚みを作りこちらを分断しようとしているのだ、このまま分断されて確固撃破などされたらたまったものではない。

 

「すぐに甘央の部隊を下に下ろし中央を補強させろ!」

 

 出来れば温存しておきたかったが、甘央の一万を補強にあてれば大分戦いは楽になるだろう。

 このまま耐えておけばいずれ隣の戦場から戦車隊が到来して秦軍の横っ腹を貫く、秦軍副将麗はそれまでの命だ。それにこちらを抜くことができればそのまま麃公がいる大将軍本陣を叩くことができる。

丘上からは全軍が見渡せる事が出来、相手が変な動きを見せても直ぐに対応できる・・・ん?何だあの大量荷馬車は。何か積まれているのか?

 

次の瞬間、荷馬車には一斉に火が放たれ戦場全体は瞬く間に煙へと包まれていった。

 

何だ、いったい何が起ころうとしているんだ。下からの報告が中々あがってこない。まずは味方を下げるべきか?今の混乱した状態の布陣では下げた瞬間敵に攻められでもしたら対処できない。前が見えない状況で兵を動かしても陣がぐちゃぐちゃになるだけだろう。何故だ、敵は援軍を待つんじゃなかったのか。

 

 まさか作戦が気づかれていたのか・・・悪い予感が的中するように秦の騎馬隊が本陣目がけて進軍してきていると下からの報告が上がった。やはり敵はこちらの作戦に気付いていたのか。

 ありえない、白亀西は目の前が真っ暗になりそうになりながらも配下に今ある戦力で本陣の守りを固めるように指示を出す。

 完全にこちらの手札が見透かされていた。麗とはいったいどれほどの人物なのだ。

 

 いや今はそれよりも何をすべきか考えるべきだ。敵が登ってくるにはまだ時間がある。場合によっては撤退することも念頭に置かなければならない、汚名は免れないが死ぬよりも生きて軍を立て直したほうが何倍もマシだ。

 

 部下に撤退するための馬を引かせようとしたそのとき、眼下に一匹の白い鬼が現れた。

 その鬼は本陣を守っている精鋭部隊をまるで蟻を踏みつぶすかのように容易く蹴散らすと本陣目がけて爆走してくる。数は一瞬では数えきれないほど多くあれほどの大部隊でこの機動戦をやってのけたのかと改めて驚愕する。

 ダメだ、考えている間に白い鬼は目前まで迫っている。動こうにもあの鬼の軍勢の気迫を前にして体がピクリとも動かない。守備に回していた最後の砦である弓隊も何処吹く風と簡単に打ち払われてしまう。

 

そして、とうとう白き鬼は私の前へと現れ、その姿を眼前へと晒したとき時が停止した。

 思わず見惚れた、それは余りにも美しかったからだ。 恐ろしい仮面をしているが、ここが戦場であるということも忘れその美しさに魅入ってしまった。太陽の光に反射して光り輝く白銀の髪も仮面の奥に秘められた真紅の瞳も馬に乗った姿そのものさえも全てが美しかった。

 

相手の雰囲気に呑まれていた側近達が意識を取り戻して私を守るようにして一歩前に踏み出すがたった一閃で全員の首が吹き飛んでしまった。

その一撃からもこの相手が相当な武力の持ち主だということが推測できる。

 

「秦の副将麗、白亀西殿の首を頂戴しに参った」

 

待て、今何と言ったか。秦の副将だと?声音から察するに明らかに女性のものだ。よく見ると女性らしい体つきをしている。鎧で隠れているが胸もでかい。

あれほどの武力と統率力の高さを見せ付け中華でも悪鬼羅刹として名の知られている将軍が女だとは誰が思うだろうか。

 

「ははは、これは愉快だ。殺せ!!秦の犬が!!」

 

それが俺の最後の言葉だった。

最後に矛をなぎ払った時に一瞬だけ交差する視線、仮面に隠れた彼女の紅い瞳は笑っているような気がした。




流石にこんな駄文の上に一話投稿でお気に入り登録や感想は書かれないだろうと思ってたので久しぶりにこちらに来てお気に入り登録と感想を頂いてたことにぶったまげました。更新が遅れて大変申し訳ないです()

何か要望などありましたら遠慮なくどうぞ。

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