では、ご覧下さい。
「はい、みんな先生の話を聞いてねー!次はみんなに跳び箱を飛んでもらいまーす」
その事件は二時間目の体育の時間に起こった。
「これでお手本は終わり。じゃあ男の子から先に立って跳び箱に挑戦してみてー」
大事件と言えども、被害を受けたのは僕一人で、他の人からすると大事件とは呼べないような事かもしれない。
「すごい!みんな跳び箱ちゃんと跳べたね、えらいぞー」
「先生は俺たちの事甘く見すぎー」
「そーだよな!三段ぐらいらくしょーらくしょー!」
「先生、まだみんなじゃないでーす」
「あ、ホントだ。何やってるの?次は織部君の番だよ」
「はい、飛びます!」
それでも僕にとってそれは重大なことで、大事件と言ってもいいほどの事だった。
「うそ……?」
僕は自分の目を疑った。
「あははははっ!!織部ダッセーー!」
クラスのガキ大将的なポジションにいる太った少年のからかいの言葉に、何も言い返せないまま、目の前で起こっている事が受け入れられない僕。
しかし何度見ても現実は変わらない。
そう……クラスの男子が全員飛び箱が飛べた中、自分だけ飛べなかったという現実は変わらないのだ。
「くそ、もう一回!」
僕は飛び箱にもう一度チャレンジするも、また飛び箱の上にお尻が着地してしまう。
そして、正也の失敗と同時に、周りの男子からの笑い声が上がる。
「織部弱っちいーー!」
「こんな簡単な事が出来ないなんてうっそだー!」
みんなからの言葉のナイフがグサグサと僕の胸を刺す。
負けじと僕はもう一度飛び箱にトライするも、結果は同じだった。その光景に、また周りの男の子からの笑い声が爆発する。
「ううっ……どうして……?」
僕は、何度やっても飛び箱が飛べない自分に悲しくなる。
そんな中、ついに僕の心を深く傷つける言葉がガキ大将より投げられた。
「やーい!お前本当に男かよー!なさけねぇぞー!」
「っ……!」
僕にとってその言葉は…その言葉だけは言って欲しくなかった言葉だった。
僕は思わず目に涙を浮かべる……その時だった。
「正ちゃんをいじめるな!」
もう我慢出来ないといった風に、穂乃果ちゃんは立ち上がって、僕をからかい続けるガキ大将を睨みつけた。
「穂乃果ちゃん……」
自分を庇ってくれる穂乃果ちゃんの声に、僕は涙で潤んだ目を輝かせる。
見ると、穂乃果ちゃんの後ろにいる海未ちゃんとことりちゃんも普段はあまり見せないような怒った顔で、ガキ大将や他の男の子を見ていた。
この二人も穂乃果ちゃんと気持ちは同じなんだろう。
僕はさっきとはまた違う理由で泣きそうになる。
「なんだよ!女がしゃしゃり出てくんじゃねーよなー!」
ガキ大将が立ち上がり、穂乃果ちゃんの所へ、ズンズンと音を立てながら歩みよる。
「なにをー!」
そのガキ大将の威圧感に負けじと穂乃果ちゃんは、ガキ大将に向かって歩き出す。
まさに空気は一触即発だ。いつケンカが始まってもおかしくない。
「みんなやめなさい!織部君だって頑張ってるんだから!」
とここで先生が、ケンカに発展しそうな雰囲気を感じて堪らず仲裁に入った。
「…ちぇ、つまんねーの」
ガキ大将は、熱が冷めたとでも言いたげに、元いた自分の位置に戻る。
「ううー!正ちゃんに謝れー!」
「ね?穂乃果ちゃんも落ち着いて」
先生の諭すような声に、しぶしぶといった風に穂乃果ちゃんは自分の位置に戻る。
「……みんなを止めるのが遅くてごめんね織部君…」
「ううん…大丈夫です…」
申し訳なさそうにそう言う先生に、僕は少し俯きながらそう返した。
その後先生にコツなどを色々教えてもらった僕だったが、結局その日の体育では飛び箱を飛ぶことが来なかった。
結局飛べなかったなぁ……そしてまた穂乃果ちゃんに助けてもらっちゃった…いや、助けてくれたのは嬉しかった……だけど…
――――やーい!お前本当に男かよー!なさけねぇぞー!
ガキ大将の言葉が頭から離れない。
このままじゃ僕……『カッコいい男』になんてなれないよ……
僕はこの日、授業が終わってからすぐに教室から逃げるように飛び出した。
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