TALES OF THE ABYSS ~ Along With the Nargacuga ~   作:SUN_RISE

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どうも、SUN_RISEです。

遂に、UAが10000を超えました。一つの目標にしていただけに、感動も一入(ひとしお)です。
これもひとえに、本小説を読んで下さる皆様のおかげです。

また、それに伴い読者様から多くのご感想を頂いています。大変ありがたい事です……。
なるべく早く、丁寧にお返事していくよう心掛けますので、是非忌憚無き意見を頂ければと思います。

では本編、始めていきましょう。



第7迅:風と剛の戦い、終焉の時来る

 

脚が潰れたナルガ()と、頭の表皮が割れた金剛亀(ダイヤトータス)

互いに互いの長所を潰し、いよいよ戦いも大詰め、か。

 

ナルガ《俺》としては正直な所、このまま金剛亀(ダイヤトータス)が逃げてくれるのが一番ありがたい。最大の長所(スピード)が失われてしまった今、何をするにも中途半端になってしまうからだ。

 

バックステップはできず、横跳びも左にしか跳べない(しかも距離は半減)。脚の踏ん張りが利かないから、尻尾を使った攻撃の威力は軒並み落ちてしまっている(もちろん『ビターン』も(しか)り、あれも実は脚の力をかなり使っている)。棘は飛ばすには飛ばせるが、実はやり過ぎて弾切れ寸前なのだ(棘はどうやらカルシウムで出来ているらしい。骨を飛ばしているようなものか)。

この状態で無理に飛び込んで中途半端な攻撃をしてしまえば、またボディプレスの餌食になってしまう。正直、至近距離からアレを避けられる自信が無い。

 

そして、自分から逃げ出さないのは……周りの状況のせいだ。実は、遠巻きにフーブラス川の魔物達がこちらを見ているのだ。ある者は水の中から、ある者は岸から、みな一様にこの戦いの行く末を見守っている。手を出さないのは、とばっちりを食いたくないからだろう。

そんな状況で金剛亀(ダイヤトータス)に背を向けて逃げ出せば、金剛亀(ダイヤトータス)も含めた奴らがほぼ確実に追撃を仕掛けてくるだろう。万全の状態なら余裕で逃げ切れるだろうが、脚が潰れ弱った今の状態で追撃をかわしきる自信は無い。

 

そしておそらく、金剛亀(ダイヤトータス)も似たような事を考えているのだろう。

頭がヒビ割れ、次に強力な攻撃を食らえば確実に大量の出血を起こす。そんな恐怖を抱えたまま戦い続けるのは、相当にキツイはずだ。

それでも逃げ出さない理由は、おそらく『俺』と同じ。川の主として、彼らに情けない姿を見せる訳にはいかないのだろう。……ナルガ()としては、見られているとどうにも落ち着かないのだが。

 

(………)

(………)

 

……とまあ互いに一歩も退けず、かといって攻めるに攻めれない状態のままたっぷり30分は睨み合いを続けている。

そして間違い無く、今は先に動いた方が、あるいは先に集中を切らした方が負ける事になる。

 

もちろん、隙があればいつでも攻撃に移れるよう準備はしている。ただそれ以上に、相手の出方をじっと窺っているのだ。

この距離なら、ボディプレスを仕掛けてきても余裕をもってかわせる。仮に金剛亀(ダイヤトータス)がまだ見せていない攻撃があったとしても、この距離であればよほどのものでない限り対応はできるはず……

 

 

……そういえば、今更だが金剛亀(ダイヤトータス)は譜術が使えるのだろうか?

 

金剛亀(ダイヤトータス)が大ジャンプした時に青色に光った腹……あれは多分、水の音素(フォニム)を腹に溜めていたのだろう。飛んだ直後に水滴が目に入ってきたし、ジェット噴射というほどでは無いがそれに近い事をしてあの大ジャンプを実現させているのだろうな。

モノを考えられるだけの知性もあるし、音素(フォニム)を利用して大ジャンプできるのならば譜術を使えてもおかしくはない。

 

しかし、ここまで金剛亀(ダイヤトータス)が譜術を使う気配は微塵も無かった。ナルガ()の攻撃を警戒しての事か、あるいは本当に使えないのか……。

……まあいいか。どうせ、今放った所であまり意味は無いだろうし―――

 

 

(――出でよ、敵を蹴散らす)

 

…は? この声、金剛亀(ダイヤトータス)か……??

これは、譜術の詠唱……!!

 

(激しき水塊……!!)

 

この詠唱文句、まさか!?

 

(くそっ、このタイミングで……!?)

 

うっ、右後脚の痛みが……だが、思い切り跳ばなければ避けられない!! くそっ、なんで気付かなかったんだ!?

 

(……セイントバブル……!!)

 

なっ、なんだあの水塊の大きさは、ゲームで見るのとは印象が……

……だめだ、このタイミングじゃ間に合わな……!!

 

(ぐっ、ガボボボボボ!!)

 

……ぐああ、お、溺れる……。

ナルガは……水には、強いはずだが……水圧が、強すぎる。

 

いや、これは……水流とか、そんな生易しい、ものじゃ……ない……。

水の、バク、ダン……。

 

ああ、ヤバい……。意識が、落ちて……い……く……

 

……………

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

―――目覚めなさい―――

 

 

 

―――目覚めなさい―――

 

 

 

―――異次元より出でし、我が意思を受け継ぎし者よ―――

 

 

 

―――我が前にて、目覚めなさい―――

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

……………。

 

……風の吹く音……草木の匂い……。

 

ここは……どこだ……?

 

……そうげん……くろ……?

 

……!! 草原だと?

 

確かナルガ()は、フーブラス川の中州で金剛亀(ダイヤトータス)と戦っていたはず。

なのに、目の前にはどういう訳か()()()()()()()()()が広がって―――

 

 

 

『―――目覚めなさい、異次元より出でし者よ』

 

 

なんだ、この声は? 一体どこから聞こえて……?

……あれ、この声どこかで聞いた事があるような気がする……?

 

「おい、誰だ俺に話しかけてくるのは!!」

 

あれ、声が出る。……喋れる!?

一体どうなってんだ!? ずっと唸り声と咆哮しか出せなかったはずのナルガ()が、急にどうして……!?

 

……そういえば、体に何か違和感が……

 

 

なっ……人間の姿に、戻ってる!?

どういう事だ、元の世界にでも戻ってきたのか!? だが、こんな場所を俺は知らない。

 

本当に、いったいどうなって……

 

『ようやく目覚めましたか、我が意思を継ぐ者よ』

 

……よし、まずは深呼吸だ。

人間、混乱している時こそ努めて落ち着かなければ。落ち着け、俺。

 

スー、ハー、スー、ハー………………よし、幾分落ち着いてきた。

 

「……姿ぐらい、見せたらどうなんだ?」

 

とりあえず声の主には出てきてもらおう、話はそれからだ。姿が見えないのに声だけ聞こえるのは、なんだか監視されてるようで気分が悪いからな。

 

『貴方が望むのならば、そうしましょう』

 

言葉と同時に、俺の背後から強い一陣の風が頬を撫でる。しかし、強さの割には優しさをも感じる風だ。

そして、背後からだけじゃない。そんな風が、草原のあちこちから俺の前へと集まって渦を巻き始めた。

 

最初はごく小さなものだったが、風が次々と集まって大きくなっていき……。

 

やがて、天を衝くような巨大な竜巻になった。しかし、至近距離にいるにも関わらず不思議と体が吹き飛ばされる事は無く、むしろこれだけ荒々しい見た目にも関わらず安心感を感じるような優しい風に思えた。

 

 

そして、渦巻く竜巻が徐々に弱くなり―――

 

 

―――中から、白く半透明の妖精のような羽を背中から生やした女性が現れた。

 

『……ようやく、目覚めましたか』

「ああ、ばっちり目覚めたよ。……あんたを見て、頭は更に混乱したけどな」

『大丈夫ですか?』

「ああ、あまり大丈夫じゃないな」

 

この混乱を収める為に、聞きたい事は山ほどある。

山ほどあるが、まずは……

 

「……なあ、ここはどこなんだ? あんたが俺を連れて来たのか?」

『それは違います。ここは貴方(あなた)の精神世界……言うなれば深層心理の世界。貴方の心が生み出した、実在しない幻の大地です。貴方は表の世界で意識を失い、ここに落ちてきたのです』

「……は? 俺の精神世界だって?」

 

精神世界ってあれか、万華○写○眼の月読の術で引き摺り込まれる、あの……

 

『……現実逃避は、貴方の為になりませんよ?』

「色々状況がぶっ飛び過ぎて適度に現実逃避しないと頭がオーバーヒートしそうなんだよ、というかそれ以前に俺の心を勝手に読むな」

『貴方が考えている事は、全て私に伝わってきます。何せ……』

「……ここが精神世界だから、とか言うんじゃないだろうな?」

『はい、そうですが?』

 

……なんだかもう、疑問を持つのも馬鹿らしくなってきた。

あるがままを受け入れよう、うんそうしよう、そうじゃないと頭が爆発しそうだ。

 

とりあえず、ここが俺の精神世界だという事を信じておく事にする。

 

『そうして頂けると、ありがたいです』

「……ところで、あんた何者なんだ? 人の心の中に入り込む能力でも持ってるのか?」

 

そうなると、次に気になるのは目の前のこの存在。

 

優しさの中に芯の通った凛とした雰囲気を漂わせる、背中に半透明の羽を生やした女性。背丈は俺と同じ、170cmくらい。

エメラルドグリーンの髪を持ち、白基調に若緑色の紋様(よく見ると、どうやら風を意匠化したデザインのようだ)が付いたドレスを纏い、両手には若緑色のレースの手袋。ロングスカートで隠された足の先からは若緑色のローヒールが少しだけのぞく。

間違いなく、美人の類だろう。一度見ればまず忘れられなくなるタイプの、第一印象の強い美人だ。

 

だが、俺は彼女に見覚えが無い。

……なのに、この声には何故か聞き覚えがある。高く透き通るような、しかし力強ささえ感じさせる声。どこで聞いたかも、誰の声だったのかも思い出せないが。

なぜだろうか?

 

『それも仕方ないでしょう。なにせ……』

「……なにせ?」

『……いいえ、何でもありません。私の名前ですが、この世界ではシルフと呼ばれていますね』

 

なんかうまく誤魔化された気が……ん?

 

「……シルフって、あの第三音素(風のフォニム)の集合体の?」

『はい、貴方が考えているシルフで合っています』

「マジか、シルフって人の心に入り込む力でも持ってるのか?」

『……それは違います。貴方の心に入り込んだのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

……え? なんだって?

 

『……少し、待ちましょうか?』

「……悪い、そうしてくれると助かる。流石に頭がパンクしてきた……」

 

 

(少年頭抱中 & 頭冷中…)

 

 

「……とりあえず、今の状況を纏めようと思う。俺の言っている事が合ってるか、答えてくれるか?」

「はい、分かりました」

「あんたの名前はシルフ、第三音素(風のフォニム)の集合体。気付いたら、どういう訳か俺の精神世界に入り込んでしまっていた……と」

『後半部分が正確には違いますが、おおよそは合っています』

「細かい事はいいや。んで、ずっと何とかして俺とコンタクトを取りたかったが、なかなかできなくて精神世界を彷徨っていた……と」

『はい。こちら(精神世界)から発した私の声が、どうしてか貴方()に届きませんでした』

「なるほどな。それで、ナルガ()が大きな衝撃を受けた時に『俺』が精神世界に落ちてきて、ようやく話ができた……と」

『はい、合っています』

 

よし、大体の状況の整理は終わった。

混乱した頭もだいぶすっきりしたし、ようやくこの異様な状況にも慣れてきた。

 

そして、状況に慣れてくると今までどうでも良かった事が気になってくるもので……

 

「落ち着いてきた所で、今途轍もなく気になっている事が二つほどあるんだが聞いてもいいか?」

『はい、私に答えられる事ならば何でも』

「まず一つ目。あんたが最初に言ってた『我が意思を継ぐ者よ』とかいうのは?」

『貴方と……正確には、表の世界の貴方(ナルガクルガ)と私の音素(フォニム)振動数が同じだからです』

「……それはつまり、ナルガ()と風の音素(フォニム)は振動数が同じって事か?」

『はい』

 

そんな話、ゲームでもあったなぁ……。

確か、ルークって第七音素集合体(ローレライ)音素(フォニム)振動数が同じなんだったっけ……。それで、度々ローレライから念話? テレパス? みたいなのを受信してたんだったよな。

 

もしこれが事実なら、ナルガ()の体から風の音素(フォニム)が溢れていた理由も頷ける。

風の音素(フォニム)と同じ振動数を持つナルガ()の体が、風の音素(フォニム)を生み出す超小型のプラネットストームみたいな感じになっていたんだろう。

 

……そういえば、ルーク達はどうなんだ?

もしかして、ルーク達もナルガ()と同じように第七音素(セブンスフォニム)を放出してたりするのか?

 

『今この世界には、第七音素集合体(ローレライ)と同じ音素(フォニム)振動数を持つ者が二人いますが……どうやらそのような事は無いみたいです』

「あ、そうなのか」

 

ナルガ()が特異なだけ……か。まあ、シルフも首を傾げてるし、多分聞いても満足な答えは返って来ないんだろうな。

 

『……恥ずかしながら、私にも表の世界の貴方(ナルガクルガ)の体質の事は分からないのです』

「そうか、まあそれならそれでいいけど。それよりも今の話で一つ、気になる事ができたんだが」

『テレパスの事ですか?』

「ああ。あんたもローレライと同じように、俺にテレパスが出来るんだろ? なんで声が届かなかったんだろうな?」

『どうやら、何かに妨害されているようなのです。おおよその見当は、付いているのですが……』

「……?」

『貴方の持つ、二つ目の疑問の答えがそれにあたります』

 

あ、そうなのか。ずっとチラチラと視界に入ってくる()()……。

 

「なら、改めて聞こう。向こうの方にある、あの()()()()は何だ?」

 

そう、ここで目覚めた時からずっと視界に見えていた【黒い場所】。

新月の夜の闇よりさらに真っ黒な、例えるならブラックホールか宇宙の果てのように、見ていると吸い込まれていくような錯覚さえ覚える漆黒の闇が広がる場所。

 

なんで、あんなのが俺の精神世界にあるんだ?

 

『………』

「……シルフ?」

『……アレの正体は、私にも分かりません。むしろ私よりも、貴方になら心当たりがあるのでは?』

「心当たりなんて……あ」

『……やはり、あるのですね?』

 

心当たりは、ある。

『俺』が今、表の世界で成している姿……。

 

「そう、『ナルガ』だ。確証は無いが」

『……なるほど。あの黒い場所は、貴方の言う『ナルガ』とやらの心の在りかである可能性が高い、という事ですか?』

「ああ、多分な」

 

他にも、単純に俺の心の負の意識だとか邪念だとか、色々と理由は思いつくが……一番可能性が高いのは、コレだろう。ナルガの体だけが()って心がどこかに消えてしまった、なんてよく考えたらおかしいもんな。

 

……しかし、()()な。

いくら厳しい自然の中で生きる獣とは言っても、ここまでドス黒い心を持ってるなんて流石におかしくないか?

 

『……そうですね。表に出たら、心を強く持って下さい』

「……どういう事だ?」

『もしかしたら、ですが……表の世界での貴方の行動が、その『ナルガの意思』とやらに引き摺られてはいませんか?』

「………」

『貴方は人間です、獣ではありません。優しい心を、決して忘れてはいけませんよ?』

「………」

 

……なんとなく、シルフの言ってる意味が分かったような気がする。

 

金剛亀(ダイヤトータス)との戦いに夢中になって、気付けば相手を殺す事ばかり考えていた……ような気がする。記憶が曖昧だって事自体が、既に危ないのかもしれないな。

 

『意識してさえいれば、十分に理性で押さえつけられる程度の影響しか無いと思います。ただ……』

「……そうだな。いつまでも、放っておく訳にもいかないよな」

 

いつか、アレと向かい合わなければならない時が来るのかもしれないな。まあ、流石に今はまだ時期尚早だろうけど。

 

『その時に備えて、今は己を鍛える事が大事になるかと思います』

 

……己を鍛える、か。なんだか漠然としててよく分からないが、つまり目の前の一戦一戦に集中して……!?

 

「……って、大事なこと忘れてた!! 金剛亀(ダイヤトータス)と戦ってる最中なのに、こんなのんびりしてたらマズイんじゃないのか!?」

『それは心配無いでしょう。この精神世界と、表の世界の時間の流れは関係していないようですから。おそらく、貴方に大きな衝撃を与えるきっかけになった攻撃が、終わったぐらいのタイミングで目覚めるかと』

「あ、そこは割と都合よく設定されてるんだな」

『……え、設定……?』

「いや、こっちの話。あまり気にしないでくれ」

『……?』

 

でも、このまま目覚めても大ピンチには変わりないんだよな……。まさか、セイントバブル(水の上級譜術)金剛亀(ダイヤトータス)が放ってくるなんて予想もしてなかったし、まともに食らっちまったし、水に強いはずのナルガ()の意識を一瞬で持っていくぐらいには強かったし。

 

『そうですね。……しかし、貴方が死んでしまえばこの精神世界は崩れ、私も一緒に消えてしまいます』

「……そうなのか?」

『はい、私としてもそれは非常に困ります……だからという訳ではありませんが、私も力をお貸ししましょう』

「本当か!?」

『はい。ただ、今の貴方……正確には表の世界での貴方(ナルガクルガ)はまだ未熟です。私の本気には、体が持たないかもしれません』

「………」

『ですから、今は様子見で少しだけ力をお貸しします。表の世界に戻った後、頭に浮かんだイメージ通りに技を放ってみて下さい』

「分かった。……で、どうやって俺は表に戻るんだ?」

『そうですね……少し痛いかもしれませんが……』

 

痛い……って、おいどこから出したんだそんなデカいハリセン!?

 

『落ちていました』

「落ちていました……って、なんでそんな訳の分からないものが俺の精神世界に……」

『準備は出来ましたか?』

 

準備って、何の準備だよ!? 心も体も準備なんてできてな

 

『分かりました、では行きます』

 

何も分かってない、何も……

ぎゃあああああ!? ちょっと待て、話せば分か……

 

(パチコーン!!)

 

ぐあっ!!

う、っ、あ、た、ま、が………

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

……暗く、狭く、長いトンネルをようやく抜けたような感覚。

両目が開き、外の光がその中に飛び込んでくる。

 

自分(ナルガ)の身体をぼんやりと眺める。自慢の黒い毛皮は水を含み、ぴったりと体に張り付いていた。水の枷が、どこまでも纏わりついてくるような感覚を覚える。

 

そして、少し離れた所に金剛亀(ダイヤトータス)が勝ち誇った様子で佇んでいるのが分かる。体感時間的には随分経ったように感じたが、どうやら現実世界では一瞬の出来事だったらしい。

シルフの言った通り、今は術を食らった直後の時間帯で間違い無さそうだ。

 

(……ふん、やはり油断しすぎだな……)

(………)

(……どうした、もう立ち上がる体力も残っていないか……?)

 

金剛亀(ダイヤトータス)を見て、なんともイライラした気分になってくる。勝ち誇った顔をしたコイツを完膚なきまでに叩きのめして、その肉を思う存分喰らいたい。

……そんな、獣じみた考えが頭を()ぎってくる。

 

なるほど、これが『ナルガの意思』か? あの漆黒の闇から放たれ、俺の精神に影響を与え続ける『ナルガの意思』……。

……確かに意識していないと引き摺られそうだ、いやさっきまでは引き摺られてたのか。でも、今は大丈夫だ。分かってさえいれば、理性で押さえつけられる程度の影響しか無いみたいだからな。

 

 

そしてもう一つ、大事な事がある。

 

(……今の俺は、最高の気分だよ。澄み渡る風が心を吹き抜けていったような、爽快な気分だ)

 

セイントバブルを食らって水が纏わりつき、鬱陶しいはずなのに……それに反して、体が非常に軽い事。

それだけじゃない、体内を巡る風の音素(フォニム)、地を走る風の音素(フォニム)、空を駆ける風の音素(フォニム)……その流れが()()()事も。

 

(……どうした、頭でも打ったか……)

(かもな。あんたの術で、頭がどうにかなってしまったのかもしれないな)

(……?)

 

『俺』の精神世界で出会った第三音素集合体(シルフ)。彼女の行った通りに、新たな技のイメージが頭に浮かんできた。

そのイメージ通りに右の刃翼を引き、姿勢を低く構える。右後脚に思わず体重を掛けてしまったが、脚の痛みはなぜだか感じない。アドレナリンでも出たか?

 

まあ、力が入らないのは相変わらずだから治ったって事は無いみたいだし、今のナルガ()にとってその程度は些末事に過ぎない。

 

(新しい『風』だよ)

(……新しい、『風』? 急に何を言って……)

(あんたには感謝してるよ、あんたのおかげで俺はさらに上へと行けそうだ。……だから、これはお礼だ)

 

両の刃翼に、風の音素(フォニム)を纏わせる。風の音素(フォニム)の流れを掌握できるようになった事に感動したが、今はそれどころではない。

表情の起伏がイマイチ乏しい金剛亀(ダイヤトータス)の顔が、見て分かるほど驚愕に歪んだ。

 

(……!! 何だ、それは……!!)

(あんたに、俺の新しい『風』を見せてやる。急所は外してやるから、逃げたければ逃げるんだな)

 

我ながら、相当な『上から目線』の物言いだとは思う。……だが、この言葉に偽りは無い。

 

ちょっと厨二くさいが、新しい技にはこんな名前を付けようと『俺』は思う。

ナルガの二つ名から一文字取った、新しい『風の刃』。

 

(……『風迅』)

 

ボソッと呟いてから、右の刃翼を()()()()思い切り振り抜き―――

 

 

 

―――刃翼から、それと同じ大きさの真空波を飛ばした。

飛び出した真空波は、まっすぐ金剛亀(ダイヤトータス)の方へと向かっていく。

 

(……な、がっ!!)

 

その真空波が金剛亀(ダイヤトータス)の甲羅の左側部に当たり―――

 

 

―――超硬度の鉱石が圧縮されてできた甲羅を、まるで紙を裂くように軽々と()()()()()

宣言通り、急所には当てていない。甲羅の下にある、柔らかい肉の部分を軽く掠めさせただけだ。

しかし、深く抉られた甲羅からは僅かに血が滲み出ていた。

 

……ただ、ナルガ()も無事では済まなかった。

真空波を放った刃翼が、ギザギザに欠けてしまった。それだけじゃなく、よく見ると小さなヒビがあちこちに入っている。

 

(……ば、ばかな……)

(まだ、終わりじゃないぞ?)

(……くっ……!!)

 

ナルガ()に背を向け、逃げ出す金剛亀(ダイヤトータス)。その背に向けて、左の刃翼からもう一つ極大の真空波を飛ばす。

 

今度は甲羅の右側部に当たり、やはり超硬度の鉱石を深く抉り取る。

 

(………)

 

……左の刃翼も、ギザギザに欠けてしまった。どうやら、『風迅』は刃翼に相当負担をかけるみたいだ。この状態で『風迅』を放てば、今度は刃翼が割れてしまうだろうな……。

 

 

水の中に逃げ込んでいく金剛亀(ダイヤトータス)を、じっと見送る。

 

なんとなくだが、あいつとはまた戦う事になりそうな気がする。……戦いは、結局引き分けで終わった。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

脚を引き摺りながら、何とか川の対岸(カイツール側)の高台まで移動した。

……戦いが終わった途端に、脚が痛み出すんだもんなぁ……参ったよ。

 

(ようやく着いたか、ああ疲れた……)

 

今日は、もうここで休もう。幸い、周りの魔物たちが襲ってくる様子は無いし。

どうやら、最後にナルガ()が見せた『風迅』を怖れているようだ。……今は撃てないんだがなぁ。

 

まあ、いいや。おやすみ……。




読んで頂き、ありがとうございます。

初めての強敵との戦闘で、いろいろとポカをやらかした(フラグをたてまくった)ナルガさんですが……怪我の功名か、ついに覚醒の時が来ました。
完全に空想の産物ですが、いつかナルガの刃翼から真空波を飛ばしたいと思ってましたから。……でも、もしモンハンでそんなナルガが出てきたら俺は『大歓迎』しますよ?

では、次話もお楽しみに。

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