TALES OF THE ABYSS ~ Along With the Nargacuga ~ 作:SUN_RISE
本話は主人公視点ではなく、三人称視点となります。
この幕間の目的は、
読まなくても本編を読み進める上で支障はありませんが、よろしければご覧下さい。
さて幕間第一回は、チーグルの森を訪れたルーク一行に焦点を当てて行きます。
…始める前に、本話は少しだけ残酷な表現が出てきますので、苦手な方はご注意下さい。一応タグで警告済みですが、念のため記しておきます。
では、始めていきましょう。
時間は
―――ここは、チーグルの森。森には大小様々な草木が雑然と立ち並び、広葉樹の葉が空を覆い尽くしている。そのため昼でも薄暗く、また死角が多い。
その環境は、裏を返せば身を隠しやすいという事でもある。故に、あまり強くない魔物にとってここは格好の住処となっていた。
しかし今日は、そんな『魔物達の楽園』とも言える森に
普段、人が立ち入る事は稀なこの森では非常に珍しい光景とも言える。
「…ありがとうございます、助かりました」
中腰の状態からスッと立ち上がる、緑色の長髪に白い衣を纏った人物。声が高くパッと見は女性にも見えるが、彼はれっきとした男性である。
この世の根幹を成す『
名をイオンと言い、この世界で最も大きな影響力を持つ者の一人である。
見た目は何とも気弱そうな印象を相手に与え、実際に彼は非常に温厚な性格の持ち主である。しかしその目には確かな意志が宿り、見る人が見ればただ者でない事は容易に分かる。
「ったく、こんな魔物だらけの所に一人で来るなっつーの」
後ろに振り向いたイオンの前には、腕を組んで踏ん反り返る男が一人。
表側が白色で裏側が紅色の上着を羽織り、黒いズボンを穿いたヘソ出し男。額にうっすらと汗を浮かべ、森の湿気を嫌がってか羽虫を嫌がってかは分からないがしきりに腕を振って、何かを追い払う仕草を見せている。
彼の名はルーク・フォン・ファブレ。大国キムラスカ王国の上級貴族ファブレ家の子息であり、同時に王国の王位継承権を持つ重要人物である。
甘やかされて育った為か、彼の態度は非常に尊大だ。今も、イオンに感謝されたにも関わらず表情はあからさまに険しい。
しかし、そんなルークの横柄な態度にもイオンは一切の怒りを表す事は無い。むしろ、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「すいません。ですが、どうしても確かめたい事があって…」
小さな声で、しかしはっきりと自分の意志を伝えるイオン。
そんな彼に対し、丁寧に言葉を選びながら進言する女性が一人。
「しかし、ここは魔物が多く危険です。一度引き返し、マルクト軍に協力を仰ぐのが最善かと思います」
流した茶色の前髪が右目を隠し、表情がやや見えにくい。髪間から覗く左目からは射抜くような視線が放たれ、身に纏う教団指定の黒服も相まって一見するとクールビューティーな印象を相手に与える。
彼女の名はティア・グランツ。とある事情でルークと会い、なし崩し的に行動を共にする事となった。
ティアはローレライ教団の情報部に所属する一介の兵士で、指揮系統の関係で直接的ではないものの導師イオンは上役に当たる。故に彼女は、魔物だらけの危険な森から導師イオンを遠ざける為に彼を説得していた。
しかし、イオンの意志は固い。
「ですが、我が教団の聖獣が盗みを働くなんて……何か事情があるはずです。導師として、放ってはおけません」
暗に『自分の立場は理解している、それでも森の奥へ行きたい』と言うイオンを、真面目なティアは何とか説得しようと試みる。
「確かに、そうかもしれません。しかし我々だけではイオン様を守る自信が…」
が、意外にもその説得は隣のルークに阻まれる事となる。
「…はぁ、ったく。おい、行くぞイオン」
盛大に溜息を吐いたルークは、手でイオンに『行くぞ』とジェスチャーしながら歩き出そうとする。当然、ティアはそれを止めようとした。眉を顰めて、ルークを咎める。
「ルーク!? あなた何を言っているの!?」
「そいつを村に連れ戻した所で、またノコノコとこの森に戻ってくるだろうが。だったら、俺らが連れてった方がいいだ…」
しかし、ルークが言葉を最後まで言い終える前に、
『グワアァァァオォォォォ!!』
耳を
聞く者を怖気させるような、圧倒的な迫力を持った咆哮。三人は無意識の内に耳を塞ぎ、
「な、なんだよコレ!? これがチーグルとかいう奴の鳴き声なのか!?」
暫く後、ようやく耳鳴りから回復したルークが慌てた様子でイオンを問い質す。
若干痛みの残る耳を押さえつつ、イオンも困った顔で返答を返した。
「いえ、これはチーグルの鳴き声ではありません。ティア、貴女なら聞いた事があるのではないでしょうか?」
軍人であるティアならもしかしたら、と思って尋ねるが、ティアからは、
「…私も聞いた事がありません。しかしこの音量、かなり大型の魔物が発したものである事は間違いないでしょう」
知らないという回答が返ってくる。
…それは当然であろう。なにせ、この咆哮はこの世界の魔物が発したものではないのだから、聞き覚えがある方がおかしい。
経験が浅いとはいえ、流石に軍人だけあって動揺を微塵も表に出さないティア。しかし内心では、あまりに大きすぎる咆哮で芽生えた恐怖心を、抑え込むのに必死であった。
そんな恐怖心をおくびにも出さず、ティアは冷静に帰還を促す。
「引き返しましょう、ルーク。やはりここは、危険過ぎるわ」
「…嫌だね。ここまで来たのに、なにもせずに帰るなんてありえねえっつうの」
しかしルークはそっぽを向いて、ティアの忠告を聞き入れようとしない。
導師イオンの事もあり、言い返すティアの口調も自然と荒くなる。
「万が一の事があったらルーク、貴方責任とれるの!?」
「知らねえよ!! だったら、お前らだけ戻れば良いだろ!?」
「無理よ。言ったでしょう、貴方を無事に屋敷へ送り届ける責任があるって!」
案の定二人では収まりがつかなくなり、イオンが喧嘩を止めるまで中身の無い言い合いは続いた―――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、森の中へと足を踏み入れる事にしたルーク一行。イオンの意思を尊重し付いてきたティアは、先ほどの咆哮の事もあって周囲への警戒をいつにも増して厳にしていた。…その矢先の事である。
「…これは一体…?」
険しい表情で地面を見下ろすイオンとティア。そこには、何か鋭い刃物で切られたかのように一直線に大きく抉られた地面と、
「…魔物の死骸ですね」
「………」
真っ二つにされ、肉どころか骨さえも食い荒らされたウルフの死骸があった。唯一お気に召さなかったのか、綺麗に等分された頭部の骨だけが残っている。
見れば辺りの木々も刃物で切られたかのようにズタズタになっていて、垂れ下がった枝や倒れた木、また所々に放置された魔物の死骸が
「おーい、そんな所に突っ立ってないで早く行こうぜ~」
そんな、ある意味地獄絵図と化している森をルークはズンズンと進んでいく。
ゆくてを幾度も遮られ苛立っていた彼は、周囲の異常には全く目もくれない。
「少しだけ待って下さい、今行きますから」
「急げよ、あまり時間掛けたくねぇんだから~」
イオンはそんな彼の態度に危うさを感じつつも、自分から探索を言い出した手前言い返す事はせずルークに付いていく。
そんな折、後ろから付いてきたティアがそっとイオンに耳打ちする。
「…イオン様、これはもしや…」
「…そうですね。もしかしたらチーグルの異常な行動は、これが原因かもしれません」
ティアの言葉に、自分も同じ考えだとイオンは首肯して返す。
…いつのまにか、
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…これは、エンゲーブの焼き印ですね」
「決まりだな。じゃあ、犯人はこの中か」
ルーク一行は、チーグル族の住む魔除けの大木前まで来ていた。ちょうど木の前に落ちているリンゴを発見し機嫌を良くしたルークが、木を見上げている所である。
そして
「…イオン様、何者かの視線を感じます」
「………そうですか」
第六感か、
彼女は、おおよそ
…しかし、上機嫌なルークはそんなティアの表情の変化に全く気付いていない。
「おーい、そんな所に突っ立ってないで、早く中に入ろうぜ~」
さっきと殆ど同じような言葉を吐きながら、ルークは勝手に一人で木の中に入っていく。
「…ティア、行きましょう。この木からは不思議な力を感じますし、中に入ればきっと安全です」
「…分かりました、中に入りましょう。足元にお気を付け下さい」
「ありがとうございます、ティア」
ティアに中へ入るよう促し、自身も木の中へと入っていくイオン。
そのイオンの傍らに付きながら、ティアは木の中に入るまで
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
木の中へと歩を進めた三人は、長い耳から足先までを紫色の毛で覆われ、腰にソーサラーリングを巻いたチーグルの長老と話をしていた。
時はちょうど、ライガクイーンとの交渉に臨む方向で話が纏まった頃である。
「なら、さっさとそのライガクイーンとかいう魔物の住処に行こうぜ」
「…その前に、長老にお尋ねしたい事があるのですが」
「我々に分かる事であれば、なんでも答えよう」
イオンが、神妙な面持ちでチーグルの長老に尋ねる。その雰囲気は、どこか気が気でない様子でもあった。
それを察し、チーグルの長老も
長老の返答を聞き届け、イオンがゆっくりとその口を開く。
「もしかしてなのですが、この森にはライガ以外にも何か危険な魔物がいるのではありませんか?」
「……危険な魔物? どんな魔物じゃ?」
長老は心当たりを探るが、ライガ以外に『危険な魔物』は思いつかない。
しかし、『大きな魔物』には心当たりがあった。
―――大きく、黒い魔物。
―――翼と思しき場所についた、刃のように鋭い部位。
―――長く、しなやかな尻尾。
―――それほど好戦的ではないが、空腹ならばどうなるか分からない。
―――人と会う事を警戒している節がある。
長老の目からは、
故に間違いがあってはいけないと、念のため聞き返した長老にイオンから二の句が継げられる。
「姿は見ておりません。ですが、その魔物が付けたと思しき切り傷が、森のあちこちで見られました。…そして、その前には大型の魔物のものと思われる鳴き声も聞いています」
「………」
「長老のお話を伺うまで、我々はその魔物が根本の原因なのではないかと考えていました。…その魔物に、心当たりはありませんか?」
イオンの真剣な表情に、やがて長老は言葉を選ぶようにゆっくりと口を開き始めた。
「…おそらく、その魔物は
「…大丈夫、とは? 魔物がですか?」
訝しげな表情に変わるティアだが、それも当然だろう。
この世界では、魔物は基本的に凶暴で人間に仇成す存在であると認識されているからだ。そして、それはチーグル族などの一部の例外を除いて正しい認識である。見た目はかわいらしいオタオタでさえも、強さはともかく本質は人に襲い掛かる立派な魔物なのだから。
それでも、長老は自身が『その魔物』と直接話して感じた事を率直に伝える為に、ティアに諭すように語り掛ける。
「確かに、この森にはライガ以外にも『大きな魔物』がおる。じゃが、それは『危険な魔物』ではない」
「…会ったのですか? その魔物に」
「さよう。…その魔物に会っても、攻撃を仕掛けてはならんぞ」
「はぁ、なんでだよ!?」
ルークが、長老の言葉に食ってかかる。
そんないきり立つルークを
「こちらから危害を加えぬ限りは、積極的に襲ってはこないじゃろう」
「ふん、魔物は倒して進めば良いだろうが」
「…倒せるのならば、な」
「はっ、こっちはヴァン
剣の腕はそこそこ立つルークが、自信満々に答える。
自分には、世界最高の剣術の師匠が付いているのだから大丈夫だ、と。
「それが、20メートルはある巨大な魔物であってもか?」
「……は?」
しかし、長老から続けて放たれた言葉に完全に凍り付いてしまう。
固まるルークを尻目に、イオンがさらに長老に聞き返す。
「それほどの巨躯を持つ魔物が、何故この森に?」
「それは分からぬ。…もし、直接会う事があれば聞いてみるのも良いかもしれぬな」
「その魔物は、人間の言葉が話せるのですか?」
「人間の言葉を話す事は出来ないが、この『ソーサラーリング』の力を借りれば意思疎通はできる。ミュウ、ここに」
ミュウと呼ばれたチーグルが、チーグルの群れの中から歩み出てくる。
鮮やかな水色の毛並を持つが、他のチーグルより一回り小さい。まだ子供のチーグルなのだ。
…この後、ソーサラーリングを託されたミュウはルーク達と共に、ライガクイーンとの交渉に臨む事になる。ちなみに、その道中ルークはソワソワとあたりを見回していて、終始落ち着きが無かったという。
読んで頂き、ありがとうございます。
ゲームと同じ展開の所は、導入に必要な部分を除いてバッサリと切り捨てました。
なので、内容的には少しあっさりしていたかもしれません。
これからも、幕間はこんな感じで書いていきます。
…ふと思ったのですが、テイルズ世界での距離の単位は『メートル』で良いんですかね?
PS3版ヴェスペリアのゲームトロフィーに『総移動距離5万km』があるので、多分大丈夫だと思いますが…。
では、次話もお楽しみに。