TALES OF THE ABYSS ~ Along With the Nargacuga ~   作:SUN_RISE

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どうも、SUN_RISEです。

ぐっと涼しくなり、時折寒ささえ感じるようになってきましたね。秋本番、といった所でしょうか。
燃えるような夏が終わって少し寂しい気もしますが、汗かきな自分にとって秋は一番好きな季節です。

さて、寒さに負けず本編を始めていきましょう。どうぞお楽しみ下さい。



第10迅:誰が為に、風は吹き荒ぶ?

 

アリエッタと別れてから、早速フーブラス川にて『棘迅竜砲』の試し撃ちを行った。あまり時間は無かったが、それなりに検証は出来たので結果をまとめてみた。

 

①有効射程距離は500メートル前後(それ以上は風の音素(フォニム)が剥がれ落ち、威力・速度・命中精度が大幅に落ちる)

②有効射程距離内であれば、命中精度はほぼ10割(6発中5発が狙い通りの場所に命中し、1発だけ約1°ほど真上に外れた)

③初速は約150[m/s]、風の音素(フォニム)が剥がれ落ちるまでほぼ一定のまま飛ぶ(つまり、500メートル先へ到達するのに3.3秒かかる計算)

④連射性能は低く、1分間に2発撃てればいい方。また準備時に5秒ほど立ち止まる必要があるため、接近戦には不向き

⑤風切り音がかなり大きい

⑥消耗は小さく、弾切れを気にする必要は殆ど無い(棘が打ち止めにならないよう、食事をキッチリと摂る必要はあるが)

 

……改めて見てみると、なかなかに恐ろしい技だな。

 

連射できない欠点はあるものの、威力は十分で射程距離も長く、更に弾切れを気にする必要が(食事さえしていれば)無い。接近戦では全くもって役に立たないが、遠距離戦に限って言えばナルガ()はとんでもない武器を手にしてしまったのかもしれない。

そして、『風迅』は慣れればそれ以上の性能を出せるような気がする。まあ、撃つ度に刃翼がボロボロになるんじゃ迂闊に放つ事もできないが。

 

 

……とまあ、『棘迅竜砲』に関してはこんな所か。

ちょっと派手過ぎて目立つが、射程距離の長さと威力の高さと消耗の少なさは欠点を補って余りある大きな魅力になっている。素早い相手、小回りの利く相手には通じにくいだろうが、鈍足の敵相手には絶大な効果を発揮してくれるだろう。

 

 

さて、今ナルガ()は、カイツールの国境線検問所から最も近くにある森(直線距離で510メートルほどの場所にある)へと移動している。

ちなみに、去り際にアリエッタから貰ったアップルグミは即座に二つとも口に放り込み、既に食べ終えている。……一つぐらいはとっておきたかったが、しまっておく場所が無いのでは仕方がないか。

 

……うーん、それにしても美味かったな、あれ(アップルグミ)は。自然な、本当に自然なリンゴ味が口いっぱいに広がった。ナルガ()の強靭な顎で噛みついても、十分な歯ごたえがあった点も好評価だ。

それほど美味いのに、薬効も抜群。食べた直後から嘘のように脚の痛みが引いていった。『良薬口に甘し』とは、ここは天国か何かか?

おかげで、精神も肉体も最高に良い状態で行動に移る事ができる。

 

そんな最高の状態のナルガ()がこれから始めるのは、ヴァンとルーク一行の足止めだ。

特にヴァン。お前が軍港襲撃に居合わてしまうと色々と面倒だから、最低でも足止め……できれば、ここで怪我させるぐらいの事はしておきたい。

……仕留める? できたら今後かなり行動しやすくはなるだろうが、あまり気分の良いものじゃないし……いずれにせよ、今の状況でやるのはリスクが高過ぎる。周りにマルクト兵が沢山いるし、腐ってもトップクラスの剣士だからな、あの髭野郎は。

 

なら、足止めのためにどうするか。

兵を含む、検問所にいる全ての人間の注意をこちらに向けさせればいい。

 

そのために、具体的にどう行動するか。

なんのことはない。

 

 

 

『棘迅竜砲』を使えばいい。

これを、射程範囲ギリギリのところに着弾させる。

 

コイツが発する音は、かなり大きい。しかも着弾音だけでなく、おそらく誰もが聞き慣れないであろう『キーン』という高い風切り音を響かせる。

 

百戦錬磨のベテランならともかく、一般軍人(マルクト兵)程度ならかなり恐怖心が煽られるだろうな。着弾クレーターのオマケつきだから、余計に。

そしてマルクト兵が騒げば、立場上『放っておく』という選択肢が取りづらいジェイドとヴァンは、事態鎮静化に動かざるを得なくなるはず。

 

……で、ヴァンが検問所を出てきたら『棘迅竜砲』でスナイプする。出てこなかったら、適当にその辺に着弾させてマルクト兵共々引っ張り出す。

ここで、仮にヴァンが無傷だったとしてもさっさと撤退する。見つかると面倒だから、海岸線沿いに飛ぶか山越えでもして急いで国境線を越える。

距離的には海岸線沿いが近いが、マルクト・キムラスカ兵に見つかる危険も高いし山越えの方がいいだろうな……。

 

 

 

……おっと、考え込んでいる間に国境線に動きがあったようだ。

 

「……!! ヴァン、どけ!!」

 

聞き耳を立て、国境線検問所の様子をじっと伺う。今はちょうど、アッシュがルークに奇襲をかけた所か。

 

……さて、どのタイミングで『棘迅竜砲』を放つのが最良だ?

まず、万が一にもアッシュを足止めする訳にはいかない。アッシュの暗躍 ⇒ 軍港襲撃イベントに至る流れを潰してしまったら、ここまでの苦労が水泡に帰す。

だから『棘迅竜砲』を放つのは、この襲撃イベントが終わってしばらく経ってから(アッシュがこの場を完全に離れてから)になるな。

 

そして、狙うのはヴァンが最も油断しているであろうタイミング。どうせ『棘迅竜砲』を撃ち込めばマルクト兵やルーク一行(ジェイド除く)は勝手に慌てだすだろうから、なるべくヴァンの不意を突ける機会を狙っていきたい。

確か襲撃イベントの後は、一旦宿屋に入ってルーク一行がヴァンの話を聞くイベントに入るはずだから……『棘迅竜砲』を放つのは、ヴァンが宿屋から出た直後にしよう。

 

この作戦は必須ではないが、軍港襲撃イベントを死亡者ゼロで乗り切るためには大事な作戦だ。

 

急がず、焦らず―――

 

 

 

―――楽しく、作戦行動を遂行するとしようか。どんな事でも、楽しくやれば100パーセント力を発揮できる……って、誰かが言ってたような気もするしな。

ふっふっふっ、小規模ながらクレーターができるほどの威力を目の当たりにして、お前達はどこまで平静でいられるかな?

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

(コツ、コツ、コツ、ガチャ、コツ、コツ、コツ……)

 

 

……扉が開く音を捉えた。目がよく見えない分、足音の癖から察するしかないが……歩き方がヴァンのものに酷似している。

ほぼ間違いないだろうし、経過時間的にも、ちょうど良い頃合いだな。

 

よし、作戦開始だ。

入り口付近から足音はしないから、人を巻き込む心配も無い。

『棘迅竜砲』の準備も完璧。

 

いくぞ……唸りをあげろ『棘迅竜砲』!!

 

(ヒュッ!! ゴオォォォォ!! ドガアァァァァァァァン!!)

 

「……!! なに!?」

 

よし、目標位置に狂いなく着弾したな。着弾音も風切り音もバッチリ、ついでにクレーターもバッチリ……だと思う。距離が遠くてよく見えないが、黒い穴が空いているのはぼんやりと分かる。

 

「何か居るようだな、どこだ?」

 

へえ、この髭さんただの年齢詐欺かと思ったら、中身(精神年齢)も年増だったか。一瞬足取りに落ち着きが無かったが、すぐに元に戻った。

しかも、あの一瞬で攻撃の飛来方向に大体の見当を付けたのか、おおよそナルガ()がいる方角を向いているようだ。流石は一流の剣士、やるな。

 

「な、何だ!?」

「敵襲か!?」

「バカな、味方側から敵襲などあり得ない!!」

 

検問所の警備兵達も、慌て始めているようだな。これだけ騒々しくなれば当然……

 

「うるせぇな、何だよさっきからバタバタと……はぁ!? 何だよこれ!?」

「……!! これは!?」

「はうあ!! これは結構ヤバいかも!?」

「………」

 

予想通り、ルーク一行も宿屋から出てきた。

それにしても相変わらずジェイドは冷静だな……というか、なんだか『予想していました』って感じの顔をしてる……? 遠くてよく見えん。

 

「いますね」

「何がですか、大佐!?」

「ミュウとアリエッタが言っていた『ジンリュウ』とやらが。恐らく今も、我々の様子をどこかから伺っているのでしょう」

「はあ!? 魔物だろ!? わざわざ兵士がたくさん居る場所に近付くとか、馬鹿なのかそいつ!?」

「では、『ジンリュウ』に直接聞いてみては? 私には真意を(はか)りかねますので」

「どうやって魔物と話すってんだよ!?」

「ミュウがいるですの!!」

「おや、主人なのにミュウの事を忘れていたのですか? ひどいですね~」

「知るか!! おいブタザル、とっとと行って『ジンリュウ』とやらと話、付けてこいよ!!」

「はいですの!!」

「ミュウ!! 単独行動は危険よ!!」

 

……ん? ああ、やっぱりルーク一行はナルガ()の事を知ってるのか。話の内容から察するに……というより、明らかにアリエッタとミュウ(づた)いに話が伝わってるな。

まあ、その辺りは想定済みだったんだが……どうにも様子がおかしいな?

 

まず、なんでこの攻撃がナルガ()のモノだって分かった?

ジェイドはある程度以上の確信が無いと周りに話をしない人間だから、口にするという事はおおよそ見当が付いているのだろうか。

 

で、それ以上に気になるのが『ナルガ()と話をする・しない』でルークが喚いている事と、それに対するジェイドの反応だ。

人間が魔物と話し合うなど、普通に考えれば甘っちょろい考え方なんだが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

最悪ルーク一行に敵とみなされる事も覚悟していたんだが、どうやらそれほど敵意を持っている訳でもないらしいな。流れ的に仕方ないとは言えど、結構アリエッタに肩入れしたから印象良くないと思ってたよ。

 

 

……まあ、だからといって現状どうしようもないのも事実ではあるのだが。ルーク一行に敵意が無いからと言って、まさか兵が大量にいる所にノコノコ出て行く訳にもいくまい。

それよりも問題なのは……

 

「……気配は感じぬ、か」

 

あの髭野郎、検問所から出てこないな。直感なのか偶然なのか、『棘迅竜砲』の有効射程距離外ギリギリを行ったり来たりしている。

ただそれは逆に言えば、カイツールのマルクト側からヴァンが移動していく気配が無い、とも言えるのだが。

 

「逃げたのか?」

「……だと良いのですが」

「大佐~、どうしましょう? 先を急ぎますか?」

「旅券は貰いましたが……どうしましょうか。兵達が大騒ぎしている以上、私の立場的に放っておけないのですが」

 

ジェイドもウロウロと落ち着きが無いな、迷ってるのか? まあ、急ぎの用を取るか目の前の緊急事態を取るか、かなり嫌な二択だしな(その二択を強要したのはナルガ()だが)。大佐なんて役職に就いていれば社会的責任って奴も付きまとってくるだろうし、迷うのも当然といえば当然か。

 

 

さて、あの様子を見る限り二発目は不要かもしれないな。今でも十分に足止めができているし、リスクを考えれば『棘迅竜砲』の発射回数は少ないに越した事はない。

 

よし、それなら道中何があるか分からないし早めに移動しよう。『棘迅竜砲』の脅威は十分に伝えられただろうし、ナルガ()という存在の強大さをちらつかせることには成功した。これで後は、勝手に向こうが警戒を強めてくれるだろう。

 

とりあえず、山の方に行ってみるとしようか。多分どこかに、国境線を越える道があるだろう……。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

山沿いを進む事30分……国境の壁が途切れた所で山に登り、今はその山中を進んでいる所だ。いくらなんでもこんな所に兵はいないだろうから、身を隠す事もなく進んでいる。

何せ、赤茶けた粘土質の土に急峻な崖、行く手を遮る岩の数々……人が歩くには、あまりにも辛すぎる。まあ、機動力のあるナルガ()にとっては大した事ではないが。

 

やはり、こちらにして正解だったな。

人の気配は全くしないから、堂々と歩いて行ける。

 

 

 

 

……そう、『人の気配』は、な。さっきから、ずっと気になっている事がある。

 

今、ナルガ()の目の前にすり鉢状になった広場がある。その広さがおよそ半径70メートル、ちょうどその正中を貫くような形で広場の両端から一本道が伸びている。昔はおそらく登山道かなにかだったのだろう。

 

……それで、だ。

反対側の道、ナルガ()から見れば広場の出口にあたる道の上に。

 

(……儂の眠りを邪魔するのは誰じゃ?)

 

不自然なほどデカい木が立ってるな……と思ったら案の定魔物だったよ!!

なぜだかどの魔物も遠巻きにナルガ()を見るか、逃げてくかしてたから、楽に抜けていけると思ったのになぁ……。

 

(なあ、邪魔なんだが。とりあえず退いてくれないか?)

(年上に対する口の利き方がなっとらんな、この礼儀知らずが)

(道の真ん中に居座ってるヤツに言われたくない。どう見たってあんたの方が常識知らずだろうが)

(儂はここに居たいから居るだけじゃ、それのどこが非常識なんじゃ)

 

うわ、メンドクサイ。兵士に見つかるよりか幾分マシだがそれでもメンドクサイ。

態度も話し方も果てしなくウザい。最初のアレは封印から解放された魔王みたいな威厳溢れる(鬱陶しい)セリフだったし、今のだってやたらと年寄りくさい事言ってるというか、自分勝手と言うか……。

ついでに言えば、図体がやたらとデカい。普通にナルガ()の全長の半分ぐらい身長あるし、幹の太さに至ってはナルガ()の横幅と同じぐらいある。

 

これは、間違いなく相当年季が入ったモンスターだな。

……しかも、その年季をダメな方に(こじ)らせたタイプ。なんか金剛亀(ダイヤトータス)といいコイツといい、貧乏くじばっかり引かされてる気がするなナルガ()……。

 

 

 

……遭遇してしまったものは仕方ないか。グダグダと嘆くより先に、コイツをどうするか考えるとしよう。

そのためにはまず、相手の情報が必要だ。ちょっとあやふやだが、どうにか記憶の底から情報を引っ張り出してくるとしよう。

 

このあからさまな大樹っぽい見た目……確か、そんな魔物がいたような覚えがある。ただ、やはり記憶が曖昧なのか名前がどうも思い出せない。樹を連想させるっぽい名前だった気がするんだが……。

 

……。

……。

……。

 

……あ~~!! イライラする!! もうすぐそこまで出かかってるのに、なかなか閃きが来ない!!

 

『……さ…、迅……ん』

 

誰だこんな時に、今忙しい…ん……?

なんだ、この声は? 雑音がかかって、よく聞こえないな……。

 

『…竜…ん、迅竜…ん』

 

お、少しづつ雑音が晴れてきたぞ。

でも、この透き通るような高い声、割と最近どこかで聞いたような……?

 

『迅竜さ…、私の声、聞こえ…ますか?』

『……!! その声、もしかして……』

『よかった、ようやく()()()()()()()

 

ああ、思い出した。なんだかんだでこの三日間必死だったから、忘れてたよ。

 

『……念話できなかったんじゃないのか、シルフ?』

『なぜだか、今なら声が届く気がしたので試してみました。私の勘も捨てたものではないですね』

『……あ、ああそうか』

 

……シルフってこんなキャラだったっけか?

なんだか猛スピードでキャラ崩壊が進んでいるような……いや、元々か。最初が思わせぶりだっただけで。

 

『人聞きの悪い事、言わないで下さい』

『結局、心の声も丸聞こえって訳か……まあいい。ところで……』

『全くもう……。それは、トレントですよ』

 

そうそう、トレントだトレント、思い出した。なんか色々と忘れてるな、俺。

……でも、

 

『なんだか、姿が違う気もするが?』

 

『俺』の記憶にあるトレントと目の前のトレントとは、違う点が幾つかある。

まず、ウッドゴーレムのように体中が緑色に苔()している事。目の前の個体が相当長生きしているせいもあるのだろうが、普通のトレントはここまで苔に覆われていなかったはず。

次に、『根』をしっかりと地面に張っている事。テイルズのトレントというと根を張らずに動き回るイメージがあるだけに、これは結構目立つ(まあ、根っこを自在に出し入れできるのかもしれないが)。

最後に、体が大きい事。ゲームのトレントは大体ルークの2.5倍ぐらいの高さ、約4メートルぐらいしかなかったはずだが、目の前の個体は目測でも分かるぐらい大きい。多分、8メートルは超えている。

 

……誰がどう見ても、ただのトレントには見えない。

どう考えてもボス級だろコレ、例えるならヤオザミ(普通のトレント)ダイミョウザザミ(目の前の個体)みたいな……。

 

『まあ、そういう魔物もいるという事でしょう』

『貧乏くじばかり引かされている気がしてならないが?』

『細かい事は、気にしたら負けだと思います。それよりも……』

『……ああ、そうだな』

 

『なんで急にシルフと会話できるようになったのか』とか『こんな魔物、ゲームには居なかったはず』とか、気になる事は幾つもある。

でもまあシルフの言う通り、今はそれよりも……。

 

『コイツをどうするか、だな』

『ええ、そうですね』

 

トレントは植物系の魔物で、北の大地やらいろんな環境に適応した亜種がいる種族。植物だけあって生命力は群を抜いているが、巨体ゆえに動きは鈍く、所詮は植物なので知能は低い。防御力も一般的な魔物よりは高いものの、石や金属の体を持つ魔物に比べればそれほど高くない。

 

『俺』の持つトレントの情報は、こんなものか。

そして目の前の個体は、トレントの中でも特に強力な個体と見て間違いないだろう。記憶に残っているトレントのそれよりも、明らかに大きくて頑丈そうな体を持ってるからな。

 

(とりあえず、さ。あんたが退いてくれれば万事解決なんだよ)

(知らん、お前が迂回するんじゃな)

(あっそ、じゃあ……)

 

こいつは、ちょうどいい。

……何がちょうどいいかって?

 

ナルガ()……というより『俺』は今、一つでも多くの戦闘経験が欲しい。もちろん狩りとかじゃなく、そこそこ以上に強い相手との戦闘経験が。

その相手に、コイツはうってつけだ。

 

金剛亀ほど固くはなく、動きも早そうには見えない。さらに、ナルガ()の苦手な火や雷といった攻撃を放って来る事も無いだろう。

それでいて知能が高く、耐久力も高そうに見える。どちらかといえば力押しよりも、状態異常攻撃を交えた厄介な攻撃を得意としていそうに見える。

インファイターだった金剛亀に対し、目の前の個体……そうだな、大老樹(マスタートレント)とでも名付けようか。その大老樹は搦め手を用いた技巧派……といったイメージだろうか。

 

ここから回り道するのに、実のところ大して労力はかからない(わざわざ道を通らなくとも、広場の周りの崖を登った方が早い)。

でも、ここで退くのは何だか癪だ。『俺』にだって、なけなしのプライドくらいはある。

それに、貴重な強敵との戦闘経験を積む機会だ、このチャンスを逃す手は無い。

 

(力尽くでも、押し通らせてもらう)

 

素早く戦いを終わらせるのなら、何も考えず『棘迅竜砲』で大老樹(マスタートレント)をスナイプすればいい。だが、それでは()()()戦闘経験は積めない。ゲームだったら不意討ちだろうが闇討ちだろうがワンサイドゲームだろうが、敵を倒せばレベルが上がっていく。単に数をこなせば、キャラクターは強くなっていく。

だが、現実にそんなRPGのお約束みたいなシステムなど存在しない。何も考えず素振りしただけで野球が上手くなるなら、単に走っただけで足が速くなるなら、今頃みんなイチロー並みの野球選手になっている事だろう。

それと同じ事だ。

 

(ほお、儂と戦う気か。この山では敵無しの儂と)

(俺と戦って、井の中の(かわず)だったと後悔しない事を祈るんだな。まあ、その時にはもう息絶えてるかもしれんが)

(イノ、ナカノ……?)

(はっ、常識知らずは言葉も知らんのか、この能無しが)

(……ほう、言ったな? その言葉、後悔させてくれる!!)

 

派手な音を立てて、大老樹(マスタートレント)が動き出した。

予想通り根っこは出し入れ自在らしく、地面から抜いて幹の中に収容していた。……便利な体だな、これもまた『現実』としてゲームの世界に入り込んだからこそ知る事のできる事実、って所か。

 

まあ、そんな事はどうでもいい。

流石にのんびりする訳にはいかないが、時間はまだあるはず。焦らず、じっくりと戦うとしよう。

 

『……無理はしないで下さいね?』

『俺が無理するような奴だったら、今頃チーグルの森で黒焦げになってるだろうな。ジェイドやらライガクイーンやらに殴り掛かってな』

 

さて、戦闘開始だ。





読んで頂き、ありがとうございます。

小説の内容とは全く関係ありませんが、ニコ動で曲を聴いていたら急にポポロクロイス物語がやりたくなってきました。
あの独特の雰囲気に、絶妙な難しさ。間違いなくPS版は名作だと思うのですが……なんでPS2でああなった……。

次話も、お楽しみに。

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