空気が重い。山から牌をツモって、手牌を切る。たったそれだけの動作がひどく苦しい。まるで暗い海の底へ沈まぬよう必死でもがいているかのような気分だった。この異様な雰囲気を創り出しているのが自分と一歳しか違わない女の子だなんてとても信じられなかった。
私は視線を上げて対面に座るその女の子を見た。綺麗な肌。整った顔立ち。まったく感情の見えない目。真っ白な制服に身を包む彼女はまるでよくできた人形のようだった。
「リーチ」
彼女が淡々とした口調でそう宣言した途端、私は場の空気が一段と重くなったように感じた。つらい。彼女の放つ無機質な圧力に押しつぶされそうだ。
上家が牌を切り、私の順番が回って来た。山から牌をつかんだ瞬間、得体のしれない怖気が全身を駆け巡った。頭の中にけたたましく警鐘が鳴り響く。
この牌は危険だ。
理由なんてなかった。ただこの牌だけは絶対に切ってはならない。そう直感した私はツモった牌を手牌にいれようとして、ふと、対面に座る少女を見てしまった。
ぎくりと体が凍り付く。彼女の感情のない双眸が私をじっと見つめていた。すべてを見透かすかのような瞳に射すくめられて、私は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。どうして? ただ目が合っただけなのに。それだけのはずなのに。私はすっかり彼女に呑まれてしまっていた。
コトン。牌が卓面とぶつかる音が嫌に大きく響き、直後に彼女の静かな声が聞こえた。
「ロン」
私は目を見開いた。気がつくと私はツモった牌を河に出してしまっていた。先鋒戦終了のブザーが鳴り響く。
「先鋒戦決着――!! トップに立ったのは昨年の覇者、白糸台高校です!! 二位に十万点もの差をつける闘牌はまさに圧巻の一言。西東京地区代表の座を早くも決定的なものにしています。流石は――」
アナウンスの声が遠くに聞こえる。彼女は一言、ありがとうございました、と言って席を立った。彼女の表情に勝利の余韻はなかった。勝つことが当たり前。初めから決まりきった結末に向かって淡々と歩いた。彼女にとってこの一局はそれだけのことだったのかもしれない。
彼女が卓にくるりと背を向けて、去っていく。その背中はあまりに遠い。彼女が退室し、その姿が見えなくなったところで、私はようやく重圧から解放された。
それと同時に体が震え出した。必死に押しとどめていた恐怖が全身を包みこみ、瞬く間に私を支配した。彼女は魔物だった。
この日以来、私は一度もまともに麻雀を打てていない。