「根」の女   作:蒼彗

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再不斬さんを書こうとしたら、長過ぎ&キリが悪くなるので……さらば!再不斬さん!






閑話2

「どうしてイルマさんは来なかったんだろう……」

 

サクラの呟きは何故か大きく響いた。カカシは黙ったまま、サクラの頭を軽く撫でる。カカシはイルマの素性など、口が裂けても言えない。恐らく夢物語だと思われるだろうし、カカシもそれに似たモノだと思っている。

 

何というか、イルマは存在が反則なのだ。

 

「ふむ、本来ならばあの娘っ子も同じ仲間みてぇじゃねーか。墓守をする様な大層な家柄なのか?」

 

依頼人であるタズナは誰ともなく問いかける。それにカカシは苦笑いで答えた。里の人間でない相手にイルマのアレコレを語る訳にはいかない。

 

そんなカカシの思いとは裏腹に、意外性No.1の忍者はペラペラ喋った。

 

「イルマのネェちゃんは其処のムッツリと同じうちはの人間だってばよ!でも、なんでサスケじゃなくて、養子のネェちゃんが墓守なんかするんだ?」

 

その疑問に答えたのは、今まで沈黙していたサスケだった。

 

「イルマは、元々外部の人間でうちはカガミという男を頼って来た事になっている……でも、たぶん違う」

 

「違う?」

 

カカシは内心冷や汗をかいていた。こんな場所で木ノ葉の闇を暴かれてはたまらない。それでも、サスケは淡々と続ける。

 

「イルマはうちはカガミの孫じゃないか、と言われている。火遁の才能も写輪眼もないイルマが、うちは一族の一員になったのもその所為だ……カガミの孫であるシスイさんの家は今は無いうちは宗家に近い。だから、取り込もうとしたらしい」

 

サスケの言葉には含みがあった。

おおよその事情を知るカカシにはサスケが何を言いたいかを悟る。

 

昔の事はいざ知らず、現代でうちはを取り仕切っていたのはサスケの父であるフガクだ。フガクの子供は兄であるイタチと弟であるサスケ、二人とも男である。そして、瞬身のシスイは男だ。武勇も名声も信頼もあるフガクの家が名実共にうちはの当主としての地位を築くには不可欠なモノとしては血のみ。

 

対外的には、イルマはただの孤児だ。その後ろ盾になり、許嫁としてイタチやサスケを当てがえば年の頃合も丁度良い。よしんば、イルマがシスイと結婚する事になってもその子供達を結婚させれば良い。孫の代には、確固たる地位を持つ事が出来るという寸法だ。

 

全くもって本人が知ったらダッシュで逃げそうな計画である。

 

「ふーん、ナルホドねぇ。ソレ、イルマ本人知っているの?」

 

「さあな。イルマはシスイさんしか見てないから分からない」

 

カカシの問いに、サスケは吐き捨てるように述べた。拗ねている様な物言いに内心穏やかでないのがうかがえるが、カカシは知らんぷりを決め込んだ。今はそんな面倒臭い関係に突っ込む余裕などない。

 

一部始終を聞いていたタズナは酒をあおる。豪快な飲みっぷりは自棄酒にも映る程だ。一瓶を空けると、酒気の帯びた息と共に感想を吐いた。

 

「あーよく分かんねぇが……つまり、あのネェちゃんは養子先の義兄と恋仲で、その男の為に墓守をしているって訳か?」

 

「ナルホド!」

 

断片的なタズナの言葉にナルトが納得したように頷いた。あまり良く分かっていなかったようだ。正直、分かる必要もないのだけれど。

 

「ま!いずれにせよ、今回はCランクの仕事だし、さっさと終わらせてイルマに夕飯でも作って貰いましょうか!」

 

適当に纏めて、カカシは子ども達を連れて歩く。タズナの手が震えている事など気がついていなかった。

 

 

 

 

ナルト達を見送ったイルマは溜息をつくと、一人踵を返した。目的地は何時もと変わらぬ場所、薬と死が蔓延り懐かしい香りのする病院だった。

 

適当に変化の術を使い、裏口から入ったイルマは目当ての病室まで向かう。途中、結界の綻びがないか確かめつつ歩む足取りは重い。

 

「ただいま」

 

一番厳重に結界を張り巡らせた部屋に入る。帰ってくるのは重たくるしい静寂ばかりで、イルマは溜息を禁じ得なかった。かつては野戦病院並みに詰め込まれていたというベッドも、今では数えられるほどしかない。

 

コレがイタチとサスケ以外の全てのうちは一族だった。

 

「今日は遅くなって済まなかったですね。ナルくんやサスケくんがCランクの護衛任務を受けて里の外へと旅立ったのを見送りました」

 

褥瘡が出来ぬ様に特殊なマットレスを引いてはあるが、イルマはそれだけで慢心しない。一人一人の身体を影分身数人で起こし、拭き清め、手術着を変える。カテーテルで繋がれた袋を変え、新しいものと交換する。それから、それぞれに点滴やチューブでの栄養補給などを施して、誰に聞かせるでもなくイルマは語った。

 

「うちはの幼子はこれからドンドン強くなる。それにナルトくんも。このまま順調にいけば将来が楽しみです」

 

答えはない。

それでも、イルマは未だ眠りに付いたままの人達に話し掛ける。たまには髪を洗って切らないと、など考えながら益体のない話をする。

 

静けさの中で響くのは、楽しそうなイルマの声だけ。それは酷く虚しい光景だった。正気を疑う光景だった。

 

イルマは語る。

 

「嗚呼、それにしても……皆、幸せな夢を見ているのですね」

 

目を奪われない様に、全ての顔に目隠しと呪を掛けてある。見えるのは口元だけなのに、その唇が緩んでいるのは幻術が今も効いているから。

 

イルマとて、その幻術に掛けられていたのだから知っている。抗い難い素敵な夢だった。あり得ない、都合の良い夢でしかなかった。だから、こうして目覚めていられる。

 

イルマは飾り気のない無機質な部屋の奥、唯一色のある場所へ移動した。

 

「シスイさん、聞いて下さい!」

 

先程よりも明るい声で、話し掛ける相手はシスイ。イルマの姪孫であるシスイは他のうちはより痛ましい姿で横たわっている。うちはシスイは片目を失っていたのだ。

 

イルマはシスイの側に腰を下ろすと、何時もの様に話し出す。

 

「全くサイってば酷いんですよ!人の事を欲求不満だの、貧乳だのその他諸々口に出せない様な事を言ってくるんです!……他の子と同じ様に育てたのにどうしてあんな風に悪い口を聞くようになったのでしょう」

 

孤児院育ちや、他の「根」の人間はサイとは趣が違った。

 

フーは山中一族らしく、紳士的で草花にも詳しく女性にもそつなく対応するので人気がある。トルネは奥ゆかしく慎み深いが誰に対しても優しいのでこれまた人気がある。イルマが育てた、と言っても過言ではないシスイもうちはらしくなく、実力と誠実さを兼ね備えた好青年だ。

 

サイが異色なのだ。

「根」の人間は感情を殺す訓練を受けているが、頓珍漢な対応を取らない様に感情と反応の仕方を学ぶ訓練も同時にしている。そうでなければ、潜入任務をこなせない。それなのに、サイは対応出来ていないのだ。このままでは、初対面の相手に「キミ、タマついているんですか?」とか可愛い女の子に「感じの良いブスですね」とか言い出しそうである……イルマの危惧が間違ってないと分かるまであと数年掛かるのだが。

 

「でも、そんな風に言われるなんて、私は欲求不満そうに見えますかね?確かにそういうのとはご無沙汰ですけど、必要もないですし」

 

イルマの記憶を思い返してみても、軽く半世紀近くの時間が経っている。現代に蘇ってから子育てだの暗殺だの鍛錬などでそんなもん(恋愛)に現を抜かす暇などなかったのだから。そして、イルマは未だに夫の事が忘れられなかった。

 

「……ダンゾウくんのプロポーズ、受けた方が良かったのかもしれませんね。その方が落ち着けていたのかも」

 

「なん……じゃ……と」

 

杖の転がる音に、イルマが顔を上げれば青褪めた三代目がいる。独り言を聞かれたのか、とイルマの顔から血の気が引く。二人の視線が合い、すぐさま離れる。

 

なんとも気まずい空気が流れた。ならば、一応弁明しておこうではないかとイルマは口を開いた。

 

「私は欲求不満じゃないですからね!」

 

イルマは声を大にして主張する。そんな主張が耳に痛いのか、三代目はこめかみを揉んだ。この年上のお姉さんは昔から少しズレている。優しいが気にする場所が違うのだ

 

「問題は其処ではありませんぞ、イル姉!全く、ダンゾウめ。何という命知らずな……二代目様が生きていたら死ぬより恐ろしい目にあっていたというに」

 

「あの、うちは嫌いよりダンゾウくんの方がずっと可愛いです。マジかわです。まぁ、二代目火影の事は嫌いではないですし、今更恨みも何もないですが積極的に語りたくないのですぅーー」

 

イルマは三代目から視線をそらしたまま、頬を膨らませた。二代目火影から彼の弟子達に近寄る度に嫌味や牽制をされた思い出が浮かんでは消える。もっと小さな頃に面倒を見ていたのはイルマだと言うのに、カガミとコハル以外は話す事すら許さなかった。全く理由が分からない。火影に直訴しようにも本人が火影なのだからどうしよううもない。

 

「そんな事より、突然どうしたのです?何時もなら鳥の一つでも寄越すのに……」

 

此処はあまりにも辛気臭い場所だ。うちは一族の墓場のようなもので、忙しい火影が自ら立ち寄る様な素敵な処ではない。普段なら伝令用の鳥や暗部で呼び出すのに、三代目が来るなど何か裏があるに違いない。身体を硬くするイルマの肩を抑えて、三代目は座らせた。

 

「イル姉、貴女は少々気張り過ぎる。うちは一族の世話を暗部に任せて下され」

 

「しかし、私は」

 

「これは火影としての命令じゃ。うちはイルマ、休め」

 

イルマはうちは一族が嫌いだ。

でも、それはイルマを、マダラを切り捨てのうのうと生き恥を晒していた傲慢な輩が嫌いなのであり、その子孫である今の「うちは」一族とは関係のない話だった。生きようが滅びようが、里にさえ関係していなければ興味のない事だった。

 

視界の端に映るのは白い病室と広がる寝台だけ。何人が死んで何人が今も息をしているのだろう。イルマの無関心さがこの光景を作ってしまったのだ。シスイを守り、もっとうちはを気遣ってやっていれば笑えたのかもしれない。

 

可能性を語れば終わりはないが、少なくともこんな寂寞とした感情に振り回される事はなかったろう。

 

「……歯痒いのは分かる。特に貴女は九尾の時もうちは一族襲撃時もその場に居合わせていたのだからな。だが、だからこそ、休める時に休んでおかねば」

 

「分かりました……お願いがあるのですが、聞いて頂けますか?」

 

控えめなイルマの声色には悲壮が滲む。うちはの血を裏切るうちはの女だ、それも彼女が望んで裏切った事など数える程しかないというのに。三代目は同情を禁じ得なかった。

 

「ワシで出来る事ならば良いが」

 

イルマの腕が三代目の胴に絡みつく。縋り付くようなそれに、三代目が慰めるべくイルマの肩を抱こうした時だった。

 

「貴方もたまには、小さな頃の姿になって下さい」

 

気が付いた時にはもう遅い。三代目火影は一人の女に翻弄され、あれよあれよと言う間に言われるがままになった。

 

小さな男の子を膝に乗せて、その頬に頬ずりする。嬉しそうなイルマを羞恥心を捨て切れぬ三代目は頬を赤らめて見上げた。その初々しい様がまた可愛いのだ。

 

やり切るダンゾウと戸惑う三代目。その差は裏と表で木ノ葉を支えた差であろう。

 

「君も大きくなりましたね」

 

「今現在縮んでおりますし、初代様二代目様に比べれば小男も良いところです」

 

三代目火影猿飛ヒルゼンが163センチなのに対して、初代火影千手柱間は185センチ、二代目火影千手扉間は183センチと高身長である。ちなみに、四代目火影の波風ミナトは179センチと決して小さくはない。しかし、忍としての力量と背はあまり関係しないのだ。

 

「千手の化け物兄弟を比較対象にしてはなりませんよ……あの戦時でニョキニョキ伸びるなんてキノコですよ!全く!」

 

かく言うイルマも本来は女性にしては長身で、成長を遂げた暁にはスタイルの良い姿になる。胸も尻も適度な大きさで柔らかいので、とても触り心地が良かった事を三代目は覚えている。幼少期に風呂に入れてもらった事は、多感な少年には忘れようにも忘れられない体験であった。

 

「君は大きな器の男になりましたよ。二代目亡き後、火影としての重責を一身に受けても君は折れる事なくこの里を大樹にしてくれた……こんな小さな時から知っている身としては嬉しくて仕方ないです」

 

「……流石にワシは人差し指と親指で表せられる程小さくありませんが」

 

比喩だと分かっていても、気にする。三代目の言葉に、イルマは努めて優しくいう。

 

「実に言いにくい話ですが、昔、御母堂様と戦場で相見えた事が御座いまして……危ういところでした。御母堂様が無意識に胎を庇っていらっしゃらなければ、妊婦と分からずバッサリ殺ってしまったかもしれません」

 

雨が降ると洗濯物が乾きませんよね、とでも言う様な気安い口調でさらりとトンデモない話をイルマはぶち込んできた。妊婦だから見逃したという口振りだが、イルマがその事に気付いてなかったら此処に猿飛ヒルゼンはいなかったのである。

 

余談ではあるが、猿飛家には妊娠した女房をそれはそれは丁重に扱うべし、という家訓がある。恐妻家が多いといえば実際そうなのだが、敵の小娘(イルマ)が戦場で猿飛サスケに説教かました事から由来する、らしい。

 

「あの時の猿飛殿はおかしかったですよ。敵前だと言うのに、御母堂様に『でかした!』だの手を取り合って……こちらが困惑する程に惚気ていらした」

 

柔らかい頬に口付けて、髪を撫でる。自分の子どもか年の離れた弟妹を可愛がるように、イルマは三代目を愛でる。これが純粋な子どもであるならばまだ問題はないのだろう。

 

そう、中身が大人でなければ。

 

「二代目様が知ったら、ワシもダンゾウも半殺しですな」

 

三代目の罪悪感と僅かな背徳感は、昔語りに混じって続くのだった。

 





再不斬さんの登場シーンから先のアレコレがどうにも纏まらなかったのでガッツリ減らしてみました。

鬼兄弟やら再不斬さんはまたの機会にご登場頂こうかと……(;´Д`A

感想有難う御座います。
もう、何も怖くない!

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