「根」の女   作:蒼彗

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残念な人と巻き込まれた苦労人


閑話

 月もなく、鉄紺の暗闇が忍の時を告げる。

 

 イルマが卒業した瞬間、いやその一部始終を見ていた者がいた。全てを映す水晶を覗き込むのは、木葉隠れ最高にして最強と名高い三代目火影。教授(プロフェッサー)という渾名で呼ばれる事もある猿飛ヒルゼンである。彼は大きな溜息を吐くと、振り返りもせずにソレを呼んだ。

 

「千」

 

「ハイハイっと。いや、お掃除も大変ですよね。おや、昼間の映像も見れるなんて、便利な水晶ですね」

 

 暗殺でも上手くいったのだろうか、妙に調子の良い返事と軽い態度で現れたのは、背と腰に刀を差した少女だった。面は狐。肩の刺青がその者の所属を現している。

 

ーー火影直轄の暗部。

 だというのに、三代目は恭しく話し掛けた。

 

「貴女は何という事をしてくれるんですか」

 

「いやーお掃除とお掃除とお掃除と……暇つぶし?」

 

 可愛らしく、しなを作る狐面に三代目は溜息で答える。暇つぶしの割にクオリティを求めるのは、完璧主義が高じてなのかもしれない。ただ、弊害は出る。

 

「初代様と二代目様は兎も角、あれではワシがただのスケベみたいではないか!四代目は可愛らしいのに」

 

「え、違うんですか?……嗚呼、太もも派じゃなく、尻派でしたか?それは申し訳ありませんでした」

 

 狐面は小首を傾げて考え込む。思い返すのは若かりしヒルゼンの様々な醜態と、伝説と呼んでも良い程の喧嘩内容だった。乳房の大きさで志村ダンゾウと争い、二人揃って山中ビワコに締められた話は誰が聴いても忘れられないだろう。

 

 偉大な忍者である事は否定しなくとも、スケベなのは誰も否定できないに違いない。

 

「ワシはパーツよりも女体の曲線と柔らかさに重きを置いて……まぁ、よい。今回ナルトが合格せねば次の試験に挑戦してもらう事になる。警護はどうなさる?」

 

「うちは中心になりますかね。病院にはまだ生き残りがいますから」

 

 世間では純粋なうちは一族はイタチとサスケの兄弟以外いないと思われている。だが、本当は違うのだ。

 

 うちは襲撃事件の原因、それは幻術だった。月読にも似た、強い幻術に皆囚われてしまっている。一人一人と衰弱死する中、若干名生き残る人間がいるのも事実。その目を狙う輩を捕らえる為なら彼らを囮にすることなど造作もない。幻術に長けた写輪眼すらも欺ける技だ、警戒せぬ訳にはいかないだろう。

 

 その時、里の外れで大きなチャクラが動いた。

 

「このチャクラは……」

 

 覚えのあるチャクラだった。九尾のチャクラ混じりのそれは、怒りと嘆きで叫んでいる。狐面は三代目を見た。その目は口ほどに物を言う。根負けするのは当然だ。

 

「ナルトが……初代様の禁書を持ち出してな」

 

「それで?禁書を持ち出した子供一人回収するのは難しくない筈だと思いますが……嗚呼、暗部にもナルくんを排除したいと思う馬鹿は多いですものね」

 

 溜息をついた狐面は不意に顔を上げる。あの悪戯好きな子供が禁書の保管庫の場所まで知っているはずもない。誰に唆されたのか、狐面には想像がついていた。

 

「そうですねー取り敢えず、お願いがあるのですが……」

 

 バツの悪そうな三代目に、彼女は狐面を外して微笑みかけた。

 

「……私が殺りますね。あの男、前々から私の可愛い子にちょっかい出しているみたいなので」

 

 彼女は瞬身で三代目の前から消える。残された三代目は、一人零した。

 

「貴方様が今も変わらず里の子を助けている。それを二代目様が知ったらどのように思われるのでしょうな……イルマ様」

 

 その独り言は誰にも聞かれる事なく、消えて行った。

 

 

 *

 

 

 うちはイルマはこの時代の人間ではない。戦乱の色濃い世界を生き延びた残骸であるイルマがこの時代に落ちたのは、必然だがその瞬間に立ちあったのは偶然だった。

 

 それは12年前の10月10日の事だ。イルマさえ油断していなければ四代目火影とその奥方は今も生きていたかもしれない。その後悔の念は絶えることなくイルマの中で燻っている。

 

 だから、ナルトを溺愛しているといえばそれも違う。九尾の人柱力だからでも権力者の子息だからでもない。眠るナルトを見た時からイルマは愛おしく思っていた。望まれて生まれ落ちた存在を守りたかったのだ。

 

 血の繋がった両親の様にはいかないだろうが、不足のないように護衛役を年齢詐称をしてでも勤めていたというのに!

 

「……下賤な輩と虫はこれだから困る。水と土さえあれば何処でも湧いてくるのだからな!」

 

 封印指定の禁術が知りたけりゃ、手前の身体に叩き込んでやんよ!と言わんばかりの荒れように、他の暗部が逃げて行くのが分かる。ただでさえナルト贔屓で厄介な狐面が、ガチ切れしているのだ。普通の暗部ならドン引くだろう。

 

 それが任務帰りの血生臭い姿で、しかも、つい先程まで彼女が溺愛するナルトを「ぶっ殺す」だのいきり立つ忍が集っていたのも知っていたのだから余計。普段冷静な人程、怒ると怖いものだ。

 

「ちょっとちょっと!そんな殺気立って何しているんだ」

 

「テンゾウですか。どいて下さい」

 

 顔馴染みの暗部の制止を振り切り、進もうとする。仮面被っている仲間同士、普段はそんなに仲が悪い訳ではない。だが、今日に限っては事情が違うようだ。

 

「……テンゾウさん、離して下さらない?」

 

 木遁に絡め取られたイルマは丁寧な口調で微笑みを湛えながら、片手に風のチャクラを貯める。指先に刃を具現化させると、纏わり付く枝を切り落とした。

 

「そんな殺気立った千を行かせる訳には行かないよ。下手すると里の人間まで巻き込みそうだし」

 

「あら、では貴方は巻き込んでもよろしいということかしら」

 

 イルマは駆けた。

 そして、相手の首に腕を引っ掛けるカタチで抱きつく。印はナルトが持っている。後は、それに向かうだけ。

 

 意識を集中させ、跳んだ。

 

 暫し酩酊にも似た感覚が襲うも、イルマは態勢を持ち直して着地する。先程まで雷によって活性化させていた肉体への揺り戻しで冷や汗が流れるも、目的達成による充実感は疲労に勝った。

 

 視界には、ボコボコになったミズキと血塗れのイルカを守るようにクナイを構えたナルトがいた。

 

「飛雷神の術だと……千、君って奴は」

 

「それより、ミズキの捕獲を。私はこちらの処置をします」

 

 酔ったのか、テンゾウは俯いたままだ。それでもアカデミーの、それもボコボコにされた後の中忍よりずっと強いだろう。イルマはナルト達の方へと向かった。

 

 仮面の暗部が何も言わずに近寄ってくるのを知って、イルカはナルトを後ろに隠す。ミズキに騙されていたとは言え、元々はナルトが火影から禁書を持ち出したのが原因なのだ。

 

 この暗部がナルトに殺しに来たならばナルトを守らないと。

 

「ナルトが悪いんじゃないんです!」

 

 イルカは両手を地に付けて、懇願した。

 

 五体満足なナルトと、満身創痍のアカデミー中忍が二人。場合によっては、イルカがナルトを唆した様にもとれる。今出来る事は、真実を語る事だけだった。

 

「うみのイルカ中忍。貴方は死にたいのですか?」

 

 その言葉にイルカは覚悟を決め、瞼を閉ざす。けれども、次に来たのは冷たい言葉ではなかった。

 

「全く、そんな身体で土下座など自殺行為です。そんなに動けるならば、治療しやすいように上を脱いで下さい」

 

 労いの言葉と肩に置かれた手が、優しい。動揺するイルカの身包みを剥いで、イルマは傷を眺めた。

 

 背中に風魔手裏剣による大きな一撃と細かいクナイ跡。胸や腹にもクナイの跡から血が流れている。ベストには巻物や武器が仕込める様になっているのに此処まで貫通しているのだ、ミズキが二人を殺す気だったのが見て取れる。

 

 イルマが傷の検分をしている側でナルトは涙の残る顔で呟いた。

 

「イルカ先生はオレを助けてくれたんだ。お願いだ!イルカ先生を助けて」

 

「任せなさい」

 

 イルマはナルトの頭を撫でると、イルカの傷を治し始めた。応急手当てにしては上等、といったところだ。ミズキを縛り終えたテンゾウがイルマの方にやってくる。ナルトから巻物を回収すると、応援の狼煙を上げた。

 

 そう待たずに来るだろう。

 

「さて、これで大体終わりです。あとは病院で検査を受けて下さい」

 

 イルマはそう言うと先に気絶するミズキの元へいった。無理矢理叩き起こすと、その目を覗き込み、死んだ方がマシな幻術を掛ける。これでイルマの溜飲は下がった。

 

 此処からが本題だ。

 イルマはナルトの側に寄ると膝をつき、顔を反らせぬようナルトの頬を抑えた上でナルトと視線をあわせる。子供特有のぷにぷにホッペを触っていたかったからと言うのは内緒だ。

 

「さて、君は今日した事はとても酷い事です。分かりますか?」

 

「その話は後でオレからしますから!」

 

 イルカは慌てる。だが、それを無視してイルマは続けた。

 

「君は君を大切に思ってくれる人を裏切りました。三代目やイルカ先生は君が大切で、見守りたいから厳しい事を言うのです。甘い言葉で囁く者が良い者とは限りませんから」

 

 ナルトは、拳を握った。

 ミズキはイルカよりも何時も優しく接していた。だが、蓋を開ければミズキはナルトを蔑み、イルカはナルトを守ってくれたのだ。

 

 イルマはイルカのベストをナルトに持たせた。それは重くて、濡れた血の感覚が不快にさせる。

 

「忍たるもの時には、誰かの物を奪います。それは時に荷物であり、生命です……仲間の生命を犠牲に目的を達成する時もあります」

 

 イルカの血で染まったベストはまだ赤々と濃く色を残している。致命傷を避けていたとしても、それだけの血が流れたのだ。イルマはそれをナルトの所為だとは言わない。ただ、その重さを知ってもらいたかった。

 

「ーー本当、君が無事で良かった。折角平和な時代に生きているのですから、仲間を大切になさい」

 

 イルマはナルトを抱き締めた。そして、もちもちホッペに頬ずりする。仮面がなければ、もっとナルトの頬を堪能する事ができただろう。しかし、仮面がなければイルマのとろけた顔面を晒す羽目になっていたのだから世の中分からないものだ。

 

 たぶん、ドン引きを通り越してしょっ引かれるレベルである。

 

 仮面越しにテンゾウが何かを受信したのだろうか、ナルトからイルマを引き離した上で、縛って担ぎ上げた。イルマにとっては非常に不本意な結果である。

 

 そのまま立ち去ろうとするテンゾウとイルマにナルトは、はにかみながら告げる。

 

「あのさ、暗部のネェちゃんありがとう……なんか、ネェちゃんってば、小さい頃によく面倒見てくれた暗部の人に似てるんだ。だから、嬉しかった」

 

 イルマはその愛らしさにノックアウトし、テンゾウはイルマの残念さを嘆いた。

 

 これ以上の醜態を晒す前に、テンゾウは撤収したという。

 

 

 

 

 オマケ

 

 ナルトとイルカから大分離れた場所で、テンゾウはイルマを下ろした。暗部でも、イルマの残念ぶりは有名で子供に纏わる事ならば必ずイルマが出動するという。殊に、ナルトに関しては百パーセント関わる。虐めていたとなると、必ず報復をする。

 

 報復はナルトに対してのイジメ具合で変わり、イジメた忍を積極的に死地に送り込んだという噂もあるくらいだ。今回、三代目が頑張って情報を隠蔽していたのは正しい判断だと言えよう。

 

「千、キミの憤りも分からなくないよ?でも、もっと暗部らしく振る舞ってよ」

 

「分かりました、これからは暗殺メインで」

 

 にこやかに怒るイルマの脳裏では、ナルト探索で「どうせロクな奴じゃねぇんだ!」とかその後の口にするのも汚らわしい言葉を吐いた奴らの名前を一生懸命纏めていた。有力な家柄出身の奴には、社会的信用を失うような手紙を送る事を決めている。

 

 女の子が耳年増なら、イルマは既に魔女である。手練手管でチョチョイのチョイだ。

 

「違うから!なんで、そっちの方向に行くの?」

 

 テンゾウは思わず突っ込んでしまった。

 暗部らしさとは、三代目の命令を重視して適切に動くことである。まかり間違っても、ナルト可愛さに優しく恫喝する事ではない。

 

 三代目と志村ダンゾウの激しい推薦と任務時の働きぶりがなければ、イルマは暗部から外れていただろう。

 

「それより、ナルトが無事で本当に良かった」

 

「千……」

 

 テンゾウは何も言わずに胸を貸してやった。泣きそうな女を慰められるのも、良い男の条件だろう。安堵の溜息をつくイルマの背を撫で、抱き締めてやる。

 

 ベストに水分が吸われていくのが分かる程、イルマはーー。

 

「あ、ゴメン。ベスト汚れちゃった」

 

「この雰囲気で鼻血はないでしょ!」

 

 鼻血を出していた。子ども好きも此処までいくと病的に思える。

 

「で、でも、ナルくんが私の事を覚えていてくれたし、ありがとうって!あーホッペふわふわだし、まだ小さいし可愛いよ!」

 

 鼻血が増えた。

 これでショタコンでないのだから不思議である。なぜなら、イルマは女の子も愛でるのだ。最早、「可愛いは正義!」という言葉の体現者である。しかし、忘れてはならない。

 

 可愛いは、作れるのだ。

 

「じゃ、これも?」

 

 白煙が上がり、テンゾウは幼い時の自分に変化した。小さい手足に細い首、頼りない身体に不釣り合いな仮面。そのアンバランスさがまた良い。

 

「お給料払いますから、たまにお願いします!」

 

 イルマは迷わずテンゾウを抱き締めた。

 

 それを知った某聞かん坊が「その手があったか!」と、暗部に嫌がらせをする傍ら変化をしてイルマの家に押し掛けるのはその後の話である。





H27.3.6 後書き欄に入れてたオマケを本編に挿入しました。

前書き後書きの類は、PDF変換して読んでみた場合だと反映されないんですね。ビビりました。

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