「根」の女   作:蒼彗

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前話より四年後の話になります。


ババア、卒業する

東雲の空は茜と群青の入り混じった複雑な色が広がっている。朝焼けにしては禍々しい色に、彼女は一つ欠伸をした。

 

大木に寄り掛かって、里を眺める姿は平和そのもので彼女が血色に染まってなければ美しい絵画のようだったに違いない。

 

「おっと、もうこんな時間か…少し寝てしまったか」

 

手に握ったままの太刀を服で拭い、伸びをしたついでに仕舞う。腰にも小太刀を差しているというのに、なんとも自然な姿だった。ゆるり、おもむろに立ち上がると慌てるでもなく木々の枝から枝へと走る。

 

ーー今日は、アカデミーの卒業試験の日であった。

 

 

 

あれだけ並んでいた額当ても数少なくなり、手元の書類も一枚を残して終わっている。

 

イルカは裏返したまま、紙の束に混ぜなかった書類を眺めた。其処に乗っている少年の写真は寂しそうな瞳だった事を覚えている。誰かに認められたいと張り裂けそうな心を隠す姿は昔の自分を見ているようだった。

 

けれど、だからこそ、イルカはナルトを合格させる訳にはいかない。アカデミーの卒業とは、即ち下忍になること。一人前の忍としてイルカの庇護下から旅立つ事なのだ。

 

分身の術はチャクラコントロールの初歩中の初歩。チャクラコントロールの出来ない忍は戦場ですぐにバテて、狙われる。殺されるばかりか、他人の足を引っ張ってしまう。ただでさえ里内にも敵の多いナルトだ、自分の身を守れる術がなければイルカは後悔してもしきれなくなる。

 

だから、絶対に卒業を許さなかった。

 

「イルカ先生?」

 

同僚のミズキに声を掛けられ、イルカは慌てて手元の書類に目を向けた。頼りなさげな表情をした少女がこちらを見つめる、その書類を。

 

「最後は…うちはイルマですか」

 

イルカから見て、イルマはナルトとは違う落ちこぼれである。写真に映るその姿は今よりも幼く、その瞳は意外にも強い。イルマは元々体術を得意とし、座学も忍術も中の下でもこれから如何様にも伸びる筈だった。

 

そう、だったのだ。

それが落ちこぼれにまでなったのは、うちはイタチによると思われるうちは襲撃事件に端を発する。その日、うちは一族は皆、「死んで」いた。例外は、その時居住区にいなかったうちはサスケと数年前目覚めたイルマのみ。

 

「ええ、イルマです。久しぶりですがナルトよりも大丈夫でしょう」

 

ミズキの薄笑いにイルカは押し黙る。ミズキは目覚めたばかりのイルマを知らないからそんな軽口を叩けるのだ。

 

目覚めたイルマは、恐慌状態に陥っていた。そして、一人一人と衰弱していくうちはの者を看取り、義兄のシスイから離れようとしなかった。その為、卒業試験にすら出ずに病院に引きこもり続け、今日まで来た。

 

「ええ、無事に卒業して欲しいですね」

 

技でも力でもない。イルマに必要なのは、もっと別のモノだとイルカは思いながら、曖昧に笑う。

 

控えめに叩く音に応えれば、一礼して黒髪の少女が入って来た。

 

成長期とあって、他の現役アカデミー生とは身長も体格も大人のソレに近い。表情が幼くなければ、講師に見えたかもしれない。

 

将来が楽しみな顔立ちである。

 

「……うちはイルマです。よろしくお願いします」

 

頼りなさげな声で挨拶したイルマは視線を彷徨わせた後、イルカ達へ向き直る。光の中で見るイルマの瞳は濃い紫をしていた。

 

「じゃ、四人分の分身をしてください」

 

ミズキの声にイルマは一つ頷き、印を結んだ。ポンッと軽い音と煙が立ち上る。其処にはイルマより少し年上の女が四人現れていた。黒髪や目の色など、イルマの特徴を持った女は端からみれば姉の様に映るだろう。きちんと四人分の分身を作れているし、ちょっと惜しいが分身も出来ている。

 

合格させても問題はなさそうだ。しかし、ミズキは違う意見のようだ。

 

「折角だ、尊敬する人に化けて喋ってみなさい」

 

「ミズキ先生!」

 

戸惑うイルカに対し、緊張しているのかイルマは何も言わずに印を結ぶ。先程よりも練り込まれたチャクラに反応してか、もくもくとした煙が立ち上る。

 

その煙が薄れた時、そこにいたのは四人の男達だった。左から初代火影・千手柱間、二代目火影・千手扉間、三代目火影・猿飛ヒルゼン、そして四代目火影・波風ミナトだ。

 

分身であるのに、その威厳が眼差しや呼吸音だけでも伝わってくる。見る者を圧倒する覇気がそこにはあったのだ。

 

イルカはその四人に見入った。もう、それがイルマの分身であることなどすっかり頭から吹き飛んでいた。今は目の前にいる歴代火影が何を言うのか、それだけが気になった。

 

柱間が息を吸う。

 

「皆の者、元気か?ワシも元気だぞ!あ、もうワシは死んでおったか!」

 

ーーいや、スマンスマン!

 

豪快に笑いながら、柱間は黒髪をかきあげた。その余りの豪快さと気安さに、イルカの想像が音を立てて崩れていく。

 

「兄者、漫談はそこまでにせい」

 

それに反して、当初の威厳を保っているのは扉間である。腕を組み、柱間の暴走を止めるべく話す。しかし、それで止まる柱間ではない。

 

「しかしだのぅ、ワシの面影のある青年と話しておるのだぞ。そうじゃ!男なれば猥談でもすべきではないか?ワシは胸派じゃ」

 

「兄者は黙っておれ!」

 

扉間に怒られた柱間は影を背負い、隅っこでいじけ始めた。今ならきのこだって生える。それをミナトが慰めている。

 

中々のカオスだ。その全てがイルマの分身なのだと思えば更にカオスだ。一人パイプを燻らせていた分身のヒルゼンは紫煙を吐くと、柱間を見ていう。

 

「この者はうみのイルカ。アカデミーの教師です。火の意思を継いだ優秀な忍ですぞ」

 

イルカの目が潤みそうになる。まるで本人から言われているような気がしたのだ。分身と分かっていても誰かから認められるのは嬉しい。

 

「……ちなみに、私は太もも派です」

 

イルカは泣いた。

ミズキに引かれようと構うものか。

 

さっきまでの、あの感動を返せ!

 

「ワシは胸が大好きじゃ!」

 

「なっ、本当に胸派か?兄者は尻派ではなかったのか?」

 

ワイワイガヤガヤ。

威厳すっ飛ばして女体の神秘とやらを語る火影達を止める者などおるまい。……いや、一人だけその可能性を秘めた者がいた。

 

四代目火影・波風ミナトだ。

彼はアイドルさながらの三角座りで、ニコニコと火影達を眺める。その視線に三対の視線がミナトに集まった。

 

ミナトは朗らかに微笑む。

 

「ん!俺はクシナ以外どうでもいいですから」

 

嘘偽りない惚気にその場全員が沈む。同じ火影でも圧倒的に違うのだ。

 

若さか?性格か?それとも別の要因か?

 

それが分かれば苦労しないだろう。

地味に被害を受けたイルカとミズキは手を叩いて試験の終了を告げた。

 

うちはイルマが、アカデミーを卒業した瞬間だった。


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