とある顛末
身動き一つ出来ないのは身体が萎えているからか、それとも幻術か何かでもかけられているからか。桃地再不斬には白い天井をただ眺める事しかできない。
「此処は、木ノ葉暗部。下手に逃げようとしない方が身の為よ」
ご丁寧な状況説明に首を動かせば、白づくめの女が手を振ってみせた。ところどころに赤い血飛沫が飛んでなければ清潔であったろう手術着と、唇を隠すマスクが眩しい。その声も妖しく光る深紫の瞳も再不斬には覚えがあった。
「私は、うちはイルマと言う」
イルマは、小娘が浮かべるには妖艶な表情で微笑んだ。そして、白い繊手が再不斬の頭を撫でた。正確には、再不斬が頭に付けている額当てを、だが。
「キミは、里を抜けたのに額当てに傷付けてないのですね」
普通、抜け忍は己の里から出奔した後に額当てのマークに線を入れる。己が手で、里から離別するのだという証である。それをしないという事は里抜けしていないに等しい。
「霧隠が好きなんだね」
口調こそ優しいが、何処か断定しているような口調だ。
「人間が人間を殺すとは、なんとも不毛な事だとは思わない?でもね、大切なモノを傷つけられたとき」
「何が……いい、たい」
*
暗部、根の第三実験室に灯がつく。此処ではどんな事でもあり得たし、秩序などあってないようなものだ。倫理も人としての尊厳とやらも投げ打った底辺中の底辺、奈落の底にも似た存在である。
「うわ、今日は一段と響くな。苦情でも言うか」
「本当うるさいよな、猿轡でも噛ませておけばいいのに……あ、静かになった」
廊下で歓談する忍達はもう慣れっこといった風だ。彼らは労基も福祉もたいして機能していない世の中で、厚生福利をちゃんとさせようと日夜働く暗部「根」の皆様である。彼らは保育園や孤児院では立派な先生であるし、街中の清掃員(物理も含む)であり、老人介護のスペシャリストであり、そして何より暗部の人間である。自らの疲労を思えば部屋の中で何が起こっていようと、睡眠が妨げられなければ良いのだ。
「流石、イビキさん!あんな拷問なんて思いつきませんでした」
「いや、貴女の抉る様な殺意と精神への揺さぶりには勝てませんよ」
和やかな雰囲気で物騒な事を語り合う二人は互いに褒め称え合い、握手を交わす。返り血がなければ爽やかな青春の1頁にも映ったろうが内容が内容だ。
苦情を言おうとした忍二人は素知らぬふりをして廊下を歩いて去った。触らぬなんとやら、という奴だ。喜々とした様子の加虐性癖共に付き合って、元から擦り減った何かを更に擦り減らす事もないだろう。
「そういえば、先程の映像は如何されるので?」
「前見た漫画みたいに残骸ごと送り付けます。まだ生きているとなれば驚くでしょうね。何にせよ、会社組織は徹底的に解体されるでしょうし、以前のような繁盛は到底無理でしょうから」
クスリと、狐面は笑んだ。
実はガトーカンパニーの衰退に合わせて、木ノ葉は秘密裏に海運と人材派遣業を立ち上げていたのだ。船の操舵に長けた人材を確保、後人の育成を図る事で雇用先を生ませる。これは里にとっても重要な事である。何故なら、一般の忍には忍を引退した時に働ける環境がないのだ。暗部「根」の人間には積立による退職金も年金もある。見舞金もある。死亡率こそ高いが、生き残れば再雇用先も「草」としての働き口もある為、比較的給料面では安定しているのだ。また、里の運営費の安定確保にも繋がる。
あとは、癒着や贈賄を防ぐ為の第三者機関を作るだけである。勿論、国からの金も必要だ。アレは火の国と木ノ葉を結び付ける鎖なのだから。
「敵も愚かですな」
「ええ、我ら木ノ葉の恐ろしさ、とくと味わせて差し上げましょう」
今日も、根の明かりは消える事はない。
数日後、ガトーカンパニーに木ノ葉の強制捜査が入った。