「根」の女   作:蒼彗

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波間に消える斑雪

ほぼ一週間、イルマは毎日買い出しに出た。

 

しかも、拠点とは遠く離れた火の国へだ。波の国はガトー《バカ》が物資の供給を止めている関係で、物不足の物価高が続いている様で治安も悪い。火の国で買ってきた物資を奪われない様に、殺さない様に気を使うのは其れなりに疲れるものだった。完全にガトー《バカ》の支配下に置かれるまでは続くだろうし、或いは火の国が完全に介入するまで終わらないだろう。

 

それでも、食事を作り、包帯や薬を調達し、毒を盛ったか疑われない様に毒味をしてから共に食べる穏やかな日々が続いている。一週間という時間はあまりにも短い。

 

「あーガトー《バカ》様への報告書がなければ、素敵な休暇で終われるのに」

 

暖かい日差し、白い砂浜、美しい海。そんな理想とは全くもってかけ離れた霧だらけの曇天、閉鎖された黒い砂岩、灰色の荒れ狂う海が窓の外に広がっている。それでも、あの馬鹿野郎(ガトー)が目の前にいないだけで随分と気が楽なのだ。

 

「そうですね、でも、それがお仕事なんですよね?」

 

そう白に言われてしまったら、どうしようもない。仕事は仕事だ。嫌な事があっても、報酬を貰っている限りは我慢しなければ。

 

「それを言われてしまうとどうしようもないのですが。正直、馬鹿らしくて」

 

「……フン、随分と鬱憤が溜まっているようだな」

 

「そりゃ、沈む泥舟に長居したくありませんもの」

 

曲がりなりにも、社長秘書が吐く言葉ではない。物騒な物言いに再不斬も何も言えなかった。イルマは頬杖をついたまま、家計簿を睨んだ。

 

「短期的に支配下に置こうとするから歪みが出るんです。こういう時は数十年掛かる事を想定して、じわじわ進めなくては」

 

もし、イルマが同じような事をする場合は最初は優しい顔で近づくだろう。波の国の人間がガトーカンパニーを受け入れ、それなしでは生活が出来ないように依存させる。例えば、イルマが会社を経営する場合、住民の為にと言って自ら橋を作ってみせるだろう。

 

その代わりに、住民にとって少し高めの金を利用料として取り、検問を設ける。大名相手には少額低金利で金を貸し、感覚が狂った頃合いに高額高金利で貸し与える。どちらも「波の国」の為とお題目を掲げているが、その実、会社の利になる事しかしていない。後者は言わずもがなだが、前者も、多少手間が掛かっても高額な商品を運ぶには都合がいいだろう。海路では海難事故で水没するかもしれない。高額であればあるほど、危険(リスク)回避を心掛けるものだ。

 

イルマの言葉に我が意を得たり、と再不斬は笑った。

 

「まったく、怖い女だ。大人しい顔をして阿修羅みてぇだな」

 

「信頼はお金では買えません。時間を掛けて作り上げなければなりませんから。ところで、再不斬さん」

 

ーー気に食わない主人を裏切る気はありません?

 

さて、本題はこれからだ。

 

その女は、単なる捨て駒でしかなかった。

漁村の出身であり、今では廃れた家の出身であるのも好都合だ。怪我の痕が醜く、その所為で根暗なのは頂けないが最初からその為に雇い入れた娘であるし、最低限の仕事がこなせるならば問題ない。

 

一度はその身体を好きに使ってやろうとした事もあった。傷は醜いが若い娘には違いないと思ったが、触ろうとする少し前から慌てふためき騒ぎ立てるので萎えたものだ。

 

どうせ長く生かすつもりはないのだ。いわば、磐石な体制を得る為の生贄である。娘一人の命で購えるなら安いものだ。

 

「白さん!」

 

ガトーは

 

 

 

「ひゃあ!」

 

ガトーに突き飛ばされた女は悲鳴を上げながら、駆けて来る再不斬へと倒れ込む。誰もが女の死を悟った時だった。

 

「なにっ!」

 

鋼鉄と鋼鉄がぶつかる音に、その場にいた全てが凍り付く。再不斬のクナイを女がクリップボードで防いでいたのだ。ただの女だと思っていたのに防げるとは誰も思ってなかったろう。

 

「ふふっ……」

 

女は軽い笑い声を立てると、再不斬を見た。再不斬が驚いたのは前髪の向こうで光る瞳だった。それは濃い紫に染まり、炯炯と妖しく燃えていた。

 

「まこと、見事」

 

紅の唇を歪め、女が嗤う。

たったそれだけだと言うのに、再不斬は全身の血の気が引いていくような気がした。

 

そこから先は一瞬の早業だった。再不斬の手を取った女は白の隣に飛び、再不斬を横たわらせた。かと思えば、次の瞬間には姿を消し、ガトーの側にいた護衛の首を刎ねる。その上でガトーへ襲いかかった。最後に残ったのは、ガトーの両足のみであった。女自体もいない。

 

「先輩、あとはこっちが片しますんで」

 

代わりに立っていたのは、スラリとした暗部の男だった。犬の面をした男は、カカシとも面識のある男である。

 

「テンゾウ、イ……いやさっきの暗部は何処に行ったんだ?」

 

「千ですか……恐らく古巣に。護衛任務から外されて嫌な思いしたらしく、憤ってましたから」

 

変わり身の術で呼び出された割に暗部の男は慣れていた。よくよく後始末に駆り出されたのか、手慣れているのが哀愁を誘う。

 

「古巣?」

 

誰かの疑問が上がった。

それに答えずともカカシは何処の事か、何と無く察する事ができた。カカシが怪しげな手術を受けたのは暗部「根」の処置室。里の上層部がイルマの存在を知っているならば、「根」の主も知っているだろう。二代目火影を師と仰ぎ、尊敬する志村ダンゾウにとってイルマはどのような存在なのか、カカシは知らない。それでもきっと複雑な想いを抱いているに違いない。里を裏切ったとして師に裁かれた筈の先達が自分よりもずっと若い姿で現れた事など、普通なら考えられないからだ。

 

ダンゾウの好悪は置いておいても、実は憤慨していたイルマがガトーの脚以外を攫って行ったと言うことは間違いなく血生臭い話に違いない。

 

「うーん、気にしちゃダメってコトね」

 

「……そうですね、千はヤりたい放題ですし」

 

暗部の男の脳裏には、ナルトを可愛がりたい欲求を同僚である自分や「根」の主で晴らしているが浮かんでは消える。病的なまでの子供好きが、ナルトや施設の子供に任務塗れで近寄れないのだからしょうがないのかもしれない。

 

問題は、彼女が年若い女の姿をしている事と憂さ晴らしの相手が下心がない訳ではないと言う事だった。男もその双丘は柔らかで弾力性もあると言うも知っていた。彼女も人形遊びをする様な年頃ではないが、適度に相手をしてやれば付き合い難い性格ではない事も奇妙な関係に拍車をかけていた。

 

男性扱いされてないと言えばそれまでなのだが。

 

「なんか不穏な事考えてない?」

 

「まさか」

 

妄想とは、偉大な存在だ。山中一族さえいなければ頭の中を読まれる事もないし、何といっても自由なのだから。

 

「さて、僕も仕事をしますか」

 

暗部の男は、地面に横たわる白と再不斬に取り出した巻物を押し当て、二人を巻物に収めた。

 

「な、何してんだよ!」

 

「千に回収頼まれたんでね。彼らは暗部が処理するよ」

 

処理。

おおよそ人間に対して言う言葉ではない。だが、忍とはそういう存在なのだ。

 

 

 

 

 




その女は、随分変わっていた。

初めて見知った時は震えてみせていたというのに、慣れ親しんできた頃には存外に図太い神経を見せる。普通ならば、手負いのヒト殺し相手の面倒を見させられたり、その傷を見せられたら怯えるだろう。しかも、作らされた料理を毒味させられているのに平気な顔をして毎度完食してみせる。付かず離れず、互いにとって丁度良い距離を把握しての関係は存外心地よい。

相当肝が据わってなけりゃ、そんな真似出来ないだろう。まるでノラ猫に餌をやっている気分だ。

「ところで再不斬さんーーこの仕事が終わったら、どうされるんですか?」

今もなんて事のない様に忍と話す。それも気の置けない親友に語りかけるような気安さで、だ。それがなんとも不思議である。

「さぁな……違う雇い主に雇われるかもしれないし、継続して雇われるかもしれねぇな」

「今回の事で木ノ葉に恨まれちゃいますし、火の国関連の仕事やりにくくなりますね。相手は結構、手練れなんでしょう?よく分からないけど、忍術とかでピピピッと木ノ葉に増援頼んでたら大変ですよ」

女は湯飲みの茶を啜り、手のひらを温めるように包む。手持ち無沙汰に覗き込んでいる所為で、再不斬はお茶に映る女の目が笑っていない事に気付いた。

「もし、火の国が貴方を雇いたいって言って来たら、どうします?」

「断るな……少なくともこの仕事の間は」

再不斬の言葉に女は笑う。我が意を得たり、と言わんばかりの微笑みに再不斬は先程の答えが正しかった事を感じた。もし、再不斬が木ノ葉を容易に受け入れると言ったならば女はどうしただろうか。

軽蔑か?ガトーに言付けて締め付けでも厳しくするのか?

再不斬には分からない。

「だって、貴方も白さんも話せるじゃないですか。言葉の通じない相手じゃないですもの」

「はぁ?何言ってやがるんだ、テメェは」

「同じ言葉を話しても、話が通じない人間は結構いるもんです。分からず屋、というより違う次元にいるような存在ですかね」

ーーその点、再不斬さんは違いますから。



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