戦士になるには――才能が必要。
例え子供でも、才能があるならば、戦士にさせる。
この国は今、化物に対抗すべき戦士が必要だから。
なるほど、それが国の考えであることは理解した。
そういう状況なのだろう。切羽詰まっているのだろう。
だが――それでも。
少年兵を使おうとも。少女兵を用いようとも。
本人の意見を無視しての、子供達の意思を圧殺しての徴兵ならば――それはどれだけ綺麗事で盾をしても、どれだけ容赦ない現実を突きつけようとも、許されることではない。
例え、世界が滅ぼうとも、許されることではない。
そう――女性記者の目は訴えかけてきた。
「…………」
この意見こそが綺麗事だと、現実に即していないと切り捨てることは簡単だ――ここが公の場でなければ。
例え、現実を見ていない夢のような意見でも、それが綺麗である以上、公の場では両断出来ない。
力を持つ。たとえ、真っ白な心で言おうと、真っ黒な思惑を持って用いようと、綺麗事とは、決して無視できない力を持つのだ。
蛭間一郎と小町小吉は、日本を代表するものとして、日本を預かるものとして、後半年の間、束の間の平穏を維持しなくてはならない。
その為には、この綺麗事にも真っ向から対抗しなくてはならない。
嘘を吐いてでもいい顔をして、納得は出来なくても反論を封殺しなくてはならない――封じて、殺さなくてはならない。
例え、現実が有無を言わせぬ徴兵だろうと、彼女が許せない真実であろうとも――世界を滅ぼすわけにはいかないのだ。
「分かりました。それでは最後に、これまで『星人』と戦い続け、日本を守り続けてきた、彼等に言葉を頂いて、この会見を締めさせていただきたいと思います」
小吉はそういうと、マイクを横へと回した。
和人がマイクを受け取ると、小吉はそのまま目で一番端まで回せと指示する。
その指示通りに和人はあやせに、あやせは渚へと手渡す。
渚は受け取ったマイクを渡そうとするが――東条英虎は普通に寝ていた。
「…………」
『…………』
【…………】
横に並ぶ仲間達が、会場いっぱいの記者達が、カメラの向こうの国民達も思った。
マジか、コイツ――と。
結果、渚が東条を起こしてマイクを握らせ、端的に請われていることを教えるまで少々の時間が掛かった。
「えぇと、なんだっけか。わりぃ、寝てて聞いてなかった」
知ってた。
全国民に生中継されているこんな場面で居眠り出来るとかどんな心臓をしているんだと、横に座る仲間達も記者達も思ったが、引くを通り越して慄いている記者達に対し、和人やあやせや渚は引くどころか苦笑していた。
これでこそ、東条英虎だと。
和人は、だからこそ東条を一番手に小吉は指名したのかと思ったが、今は東条の言葉を聞こうと耳を傾けた。
何故なら、ここから先は、蛭間や小吉すらも舵を握っていない、
小吉と蛭間は、この記者会見が始まる前、和人があやせや渚や東条達と合流させられた後、全員が集まった場所でこう言っていた。
「これから君達には、我々と共に記者会見に臨んでもらう。基本的に俺や
ある日――突然、それまでの日常が木端微塵に破壊されて。
見たこともない怪物と、聞いたこともない悲鳴の中、嗅いだこともない空気の中で、触ったこともない武器の手触りだけを頼りに、味わったこともない唾液の味を感じて。
いつまでもいつまでも終わらない、戦争に次ぐ戦争に次ぐ戦争の日々に身を置くこととなった。
何処にでもいる子供だった筈の――
「…………」
和人は、あやせは、渚は、東条は、何も言わずに、大人を見る。
蛭間一郎は、小町小吉は、そんな子供達に、こう言った。
「その時は――難しいことは、何も考えなくていい」
例え、国を追い込むことになるような言葉でも、俺達に対する恨み言でも、これまでの戦争に対する激情でもいい。
「好きなことを、好きなように、好き勝手に話せ」
それが、こんな所まで来てくれた、こんな目に遭わせてしまっている
(――そう、小町防衛大臣は、笑って言った)
和人は横に座る東条を見遣る。
あんなことを言っていたが、それでも皆、話す内容は熟慮するだろう。
黒い球体の部屋を運営していた大人達に対し、思うことはそれぞれ山のようにあるだろうが――それでも、小吉の言う通り、『GANTZ』はこれからも必要な存在だ。
通常兵器だけで挑んだ結果、あれ程の惨劇が生まれてしまったという事実を映像として突き付けられた、今となっては猶更だ。
ここで余計なことを言い、余計な真実を暴露し、小吉と蛭間を失墜させても、今の和人達にとっては何の得もない。
あの黒い球体の部屋について碌に何も知らない首相がこの状況で新たに生まれても、ただ混乱の坩堝に叩き落された日本が生まれるだけだ。
だから好き勝手に好きなことを言えと言われても、言えることは限られてくる。言える思いも、限られてくる。
しかし、だからこそ、ぶっちゃけ――怖い。
そんな思惑だとか忖度だとか裏事情だとか、この男には――東条英虎には、きっと通用しないから。
ていうかたぶん何も考えてないし、きっと何も分かっていない。一応、あの場には東条もいたけれど、小吉の言葉を覚えているかどうかも怪しい。この記者会見も途中から寝てたし、コイツ。
(……大丈夫だろうか?)
和人とあやせと渚(更にちょっと不安になってきた小吉と蛭間)が、そんなことを思う中。
東条英虎は、座ったままパイプ椅子に凭れ掛かりながら話し出す。
「――まぁめんどうくせぇことは分かんねぇが、俺が此処にいるのは、此処が面白れぇからだ」
「……面白い?」
ああ――と、東条は女性記者のオウム返しに言う。
胸を逸らして堂々と、迷いなく告げる東条の言葉に、全国民が注目していく。
「此処に居れば、俺は面白い喧嘩が出来る。此処に居たら、俺は面白い奴等に会える。そんで――此処に居れば、俺は面白れぇくらい……強くなれる」
東条英虎が放つ雰囲気に、記者達は息を呑む。
ぎらぎらと輝く猛獣の瞳が見詰めているのは――己の右手。
「『
ただ、そんだけだ――と、東条英虎は、笑う。
それだけが全てだとばかりに、猛獣のように笑う。
――俺の元へ辿り着け、トラ。
この場所で暴れ続けていれば、必ずあの男達の元に辿り着ける。
――……お前が殺しに来るその日を、俺は心から待ち望む。
東条は、何かを掴むように拳を握る。
そんな威圧感を振り撒く男に対し、記者達は何も言えずにいる中、東条は「ほらよ、渚」とマイクを早々に隣に明け渡し「ええ!?」と渚は驚きながらも大人しくマイクを受け取った。
「えぇと……潮田渚です。今年の春で中学三年になりました」
東条の空気に呑まれかけていた記者達が、再び騒めく。
とてもではないが、戦士には見えない。戦う
記者達の見る目が変わる――戻る。
可哀そうな少年兵を見る目に。政府を貶める攻撃材料を見る目に。
そんな空気の中、潮田渚は、しばし困った風に頭に手をやりながら――やがて、話す内容が整ったのか。
笑顔で――言った。
「僕は、今年の春――挫折をしました。……こんなこと、子供が何を言ってるんだと思われるかもしれませんが……人生に、絶望してしまう程の失敗をしました」
記者達が、静まり返る。
様子を伺っているのか、隙を探しているのか――渚の言葉に、耳を傾ける。
「僕は諦めていました。希望を。未来を。人生を。変化を。期待を。警戒を。認識を。……この先の未来に希望なんてなくて、この先の人生に変化なんてなくて、誰にも期待も寄せられず、誰にも警戒も払われず、誰にも認識すらされない。……僕はずっと、そんな風に生きていくのだと――そんな風に死んでいくのだと、そう思っていました」
そう――諦めていました。
小さな少年は――小さな少年兵は、そう言った。
笑顔で、言った。
「…………」
誰も、何も言わない。
笑顔で壮絶な諦念を語る少年に、何も言えない。
水色の少年兵は、一度瞑目し、笑顔をとびっきりに咲かせて言う。
「だけど――そんな僕は、殺されました」
その笑顔に、記者達は目を奪われる。
その言葉に、少年の横に並ぶ仲間達は――何も言わない。
「僕は、此処で生まれ変わりました。……ほんの短い間に、本当に色んなことがあって……僕は、変わったのかも、しれません」
水色の少年兵は、そこで初めて、ほんの少し俯いた。
表情は変わらず穏やかな笑顔だったけれど、そこに一瞬、影が差したようにも――だが。
渚は再び顔を上げて、再び笑顔で――死神の顔で言う。
「僕は、夢が出来ました」
憧れに出会えました。目標に出会えました。
「――才能を、見つけることが出来ました」
少年兵は、将来を語る。
未来を諦めていた少年が。希望を諦めていた少年が。人生を諦めていた少年が。
少年兵となった今、夢見る少年として――将来の夢を語る。
「辛いこともあるけれど……でも、僕は、『GANTZ』に出会えて、よかったと思います」
――
潮田渚は、あの瞬間を思い出しながら言う。
初めて人を殺した――夢に向かって、一歩を踏み出せた、あの瞬間を。
「『
水色の少年が――水色の少年兵が。
小さく、弱弱しい、義務教育すら終えていない中学生が。
笑顔で行った進路表明に、百戦錬磨の記者達は黙する――黙することしか、出来ない。
その間に、渚は「はい、どうぞ新垣さん」と隣に座るあやせへとマイクを渡し、あやせは「ありがとうございます、渚くん」と受け取る。
両手にマイクを持ったあやせは、呆然とする記者達に向かって明るく言った。
「こんばんは、新垣あやせです。よろしくお願いします」
と、流れるように言葉を紡いだ。
流暢な敬語だった。流暢なお辞儀だった。
無数のカメラを前に、無数の大人を前に、まるで動じることのない女子高生。
既に記者達は彼女の正体に気付いている。
先程までの二人と違い、あるいは隣に座る英雄以上に、ジャーナリスト達にとっては有名な人種である彼女は――やはり、新垣あやせだった。
どうして、あの新垣あやせが此処に――これまで、余りにも衝撃的な情報の暴露が続いたこの記者会見において、どうしても疑問を抱く順番が後回しになっていたが、この単体だけでも平素ならば紙面のトップを飾れるようなニュースだ。
現役女子高生モデル――ここまで血生臭い戦場と無縁な存在も珍しい。モデル界も一種の戦場だと言えばそれまでだが、美しく最新ファッションで着飾りスポットライトの中で戦う彼女と、硝煙と絶叫の中で真っ黒な戦闘服を纏って戦う彼女が易々と結びつかないことも確かだろう。
芸能人――それは政治家と同じかそれ以上にジャーナリスト達の大好物だ。此処で下手なことを言えば、明日の朝刊の表紙は難しくとも、ネットニュースの一文くらいにはなるだろう。
そんな欲を舌なめずりで露わにする一定の記者の匂いを、新垣あやせは肌で感じながらも――やはり笑顔で口を開く。
天使のような、微笑みだった。
堕天使に見えた人も、もしかしたらいるかもしれないけれど。
「わたしがこの服を着て、この場にいることに驚いていらっしゃる方もいるかもしれません。ですが、今はわたし個人が長々とお時間を頂く場ではないので、後日、個人的にご質問を受け付ける場を設けたいと思います」
なので、今は簡潔に――あやせは流れるように、
それは大人に一切隙を見せない戦闘態勢で、曲がりなりにも芸能界という魔物の巣窟で戦い続けて磨いてきた大人への対抗法でもある。
「子供である身で、戦場に出て戦うことをどう思うか――そういったご質問でしたね。勿論、怖いです。ですが『星人』は既に、わたし達にとって身近な恐怖となりつつあります。誰かが対処しなくてはならない脅威です。そんな存在に対抗出来る立場に選ばれた以上、全力を尽くして精進していきたいと考えています」
麗しの少女兵は、お手本のような決意表明を流れるように暢やかに答えていく。
お手本だからこそ誰にも文句を付けられず、だからこそ誰にでも言えて、誰にでも本音ではないと看過される――そんな百点満点で解答欄を埋めていく。
誰もが、そう思った。
だが――あやせは、そこでピタリと、言葉を止める。
不自然な間が空いて、記者達が少し騒めき始める。
その時、隣に座る仲間達は、先程の小吉の言葉を思い返していた。
――『好きなことを、好きなように、好き勝手に話せ』
「…………」
小吉は苦笑する。
そして、あやせは、天使の微笑みに、ほんの少し――堕天使を垣間見させた。
「――突然ですが、皆さんにとって、正義とは何でしょうか?」
あやせの声のトーンは変わらないままだったが、しかし、明らかに空気が変化した。
お手本のような台本通りの会見から、少しレールを外れる音が聞こえる。
記者達は、自然と臨戦態勢を整え始めた。
「わたしにとって正義とは――正しいことです」
正しいこと――それこそが正義だと、新垣あやせは言う。
間違っていないこと。歪んでいないこと。乱れがないこと。偽りではないこと。
本物――であるということ。
「わたしのような若輩者が語れるほど軽い言葉ではないと思います。それでも、こういった立場を、こういった力を与えられた者として、しっかりと向き合わなくてはならない概念だとも思っています。皆様一人一人に、それぞれの正義があるのでしょう。それぞれの形の、それぞれの色の、それぞれの正義が。そして、その全ての根幹には――正しさがあるのだと思います」
己が正しいと信じる概念――それこそが正義。
だからこそ、正義は守るもので、正義は掲げるもので、何よりも――正義は貫くものであると、あやせは言う。
「わたしは『星人』という怪物と戦う立場となりました。そのことに、光栄な思いを感じると同時に、大きな不安も抱いています。……ですが、このことだけは、全ての人に――約束します」
艶やかな黒髪の少女兵は。現役の女子高生モデルの戦士は。
新垣あやせは、天使の微笑みを消し、堕天使の微笑みすらも豹変させて。
画面の向こう側を――睨み付けながら、言う。
「わたしは――逃げない」
その言葉は――その決意は。
果たして何色の感情を持って放たれたものなのか、国民の大多数は分からなかった。
「わたしは貫きます。わたしは曲がりません。わたしは――折れません。真っ直ぐに、己の正しさを、『本物』だと信じて戦います」
あやせの瞳は、真っ直ぐに見ていた。
カメラの向こう側で、きっと自分を見ているであろう、誰かを。
きっと自分を、見ていないであろう、誰かを。
「見ていてください――
新垣あやせは、何処かの誰かを。
睨め付けながら、見せつける。
「『
麗しの少女兵の、確固たる決意表明は、再び記者会見場に張りつめた静寂を齎した。
あやせは一呼吸の後、再び天使の微笑みを取り戻して、流れるようなお辞儀と共に「ありがとうございました」と礼をした後、本日の主役へとマイクを手渡す。
黒い髪に黒い瞳の黒い衣を纏った、線の細い少女と見紛うような美少年。
呆然としていた記者達が急いで己の
今、この国で最も注目を集めているといっても過言ではないこの少年の言葉を、一言一句たりとも逃すことなどプロの名の下に許されなかった。
会場の空気が、先程とは違った意味で張り詰める。
黒い少年は、一度小さく溜息を吐いた――覚悟を固めるように。
そして、先程までの三名とは異なり、意を決し立ち上がった。
途端、一斉にフラッシュが焚かれる。
目を潰すような光の中で、少年は瞬きすらせず、堂々と現実世界の己の名を名乗って見せる。
仮想世界の英雄としての
「――はじめまして。桐ヶ谷和人です」
もう逃がさないとばかりに、もう逃げられないと突き付けるように、シャッター音が鳴り響く。
それは数十秒にも及び、和人にはまるで永遠に続くかのように感じられた。
喉が急激に渇き、掌に汗が滲む。
全国民の、全世界の注目が己に集まっていることを自覚し、唐突な目眩が襲う。
しかし、もう、目を瞑ることも、呼吸を整えることも許されない――もう、こうして矢面に立った以上、弱みは見せられない。
全国民の期待を背負う英雄には、全世界の平穏を守る勇者には、弱さを見せることすら許されない。
強く、気高く、美しく、正しい――そんな戦士にならなければならない。
これは、そんな勇者の鍍金を塗装する為の、デビュー会見なのだ。
和人は――小さく息を吸い、そのまま小さな声量で、その言葉を紡いだ。
「――昨夜、池袋において……夥しい程の、血が……流れました」
黒い少年の静かな言葉は、報道陣のシャッター音を掻き消す。
和人は、俯きながら、ゆっくりと探すように語る。
「現在、判明しているだけで死者は数百名……千にも届くかもしれないと。負傷者も含めれば、その人数は――計り知れません」
黒い少年は、その髪よりも、纏う衣よりも、黒く染まるその瞳で、昨夜の地獄の戦場を語る。
絶叫と、絶望の中で、絶命していった、無数の生命を思い、拳を握る。
「――全ては、自分達の力不足です。……俺達が、守れなかった生命です……」
桐ケ谷和人は、そういって項垂れるように頭を下げた。
パシャ、パシャと断続的に数枚の写真に収められるが、嵐のようにフラッシュを焚かれることはなかった。
しばしの黙祷のようなそれの後、和人は顔を上げ、力強い声色で言葉を紡ぐ。
「……今回の事件により、『星人』は隠れ潜むことを止めました。これからは、今までのように一般人に見つからない夜の中だけではなく、人目も憚らずに人間を襲う『星人』も……現れるかもしれません」
だからこそ、俺達も、表舞台に立つことを決意しました――和人はそう言った。
隣に、自分達をこんな舞台に祭り上げた大人が堂々と鎮座する横で、求められた仮面を被りながら、望まれた役割を演じる為に。
「――約束します」
桐ケ谷和人は――宣誓する。
「――例え、どれだけ強い敵が相手でも。例え、どれだけ恐ろしい化物が相手でも。例え、どれだけ凶悪な怪物が相手でも」
漆黒のスーツに包んだ躰を全国民に晒しながら、和人は虚空に向けて手を開く。
そして、その掌の中に、どこからともなく照射された電子線により――漆黒の剣が召喚される。
まるで選ばれし勇者の元に、伝説の剣が現れるように。
「――この剣で、その全てを斬り祓ってみせると」
和人は夜空のように美しい黒剣を力強く握り――掲げる。
誓いを立てる騎士のように。真っ黒な少年兵は、全国民に――全世界に宣言する。
「『
噛み締める様に吐き出された――勇者の決意。
それは、桐ケ谷和人という少年を――英雄とする、決定的な言葉だった。
沸き立つ報道陣、そして国民達。
世界が動く。歴史が変わる。
星人と人間の戦争に、また一つの革命が起きる。
爆発したかのように動き出すマスコミに対し、横に並ぶ仲間達は無言だった。
それぞれの感情と共に、その黒い小さな背中を見詰める――たった今の宣言により、世界の命運を背負い込むことになった、その背中を。
小町小吉は、蛭間一郎は、何も言わず、何も答えない。
桐ケ谷和人は、その剣を下し、天井を見詰める。
これだけ眩い
+++
こうして――記者会見は終わった。
ほんの少しの真実と、真実のように語られた創作により、劇的に世界を変えて。
そして――たった一人の少年を英雄へと仕立て上げて、祭り上げて、歴史を動かし。
現地球人である『人間』と、異星からの外来種である『星人』との戦争に、新たに革命を齎した、この会見は。
後に【英雄会見】と呼ばれ、重大な
全てが終わり、全てが始まる、最後の審判の日まで。
葉山は、一歩、一歩とふらつくように後ずさり――壁に寄り掛かる。
フラッシュが奔流のように浴びせかけられる、その背後で、薄い暗闇の中で、たった一人――絶望する。
「葉山隼人。これが、今の貴様の立ち位置だ」
パンダの言葉が、小さく、葉山の耳に届いた。
だが、その意味は分からない。ただ、きっと、どうしようもなく、どうしようもないということだけは分かった。
分かった。分かっていた。
この世界が――現実なのだということは。
黒い球体に支配された、理不尽な箱庭なのだということは。
自分は、その中に気紛れに放り込まれた、只の
だが――これは――こんなのは――。
「…………ふざ…………けるな――――っっ」
葉山隼人は、どっぷりとした真っ黒な感情の中で、呻くように呪詛を吐いた。
忘れない――忘れない。
目が潰れそうな光の外側で、葉山は、何かに押し潰されそうな重圧に逆らうように――顔を上げて、焼き付けた。
この光景を忘れない。この感情を忘れない。
この理不尽を、決して忘れない。
刻み込んで、焼き付けて、刷り込んで、痛みと共に記憶する。
「――そうだ。忘れるな。折れるな。潰れるな。そうすれば、お前は、きっと見返せる」
誰にも光を向けられず、誰にも知らない場所で人知れず、何かと戦う少年に、ただ一頭のパンダは言った。
今にも潰れそうな少年に、今にも折れてしまいそうな可能性に。
けれど、もしかしたら、この哀れな種火が――誰もが忘れられない英雄になれるかもしれないという分の悪い賭け。
だが、パンダは――それこそが、
何の配役も与えられず、ただ数字上の一として消費される筈だったエキストラが。
誰にも期待されていない成果を上げ、奇跡を起こし、物語を動かす。
そんな熱い展開が芽吹くかもしれない種を、この日、とあるパンダはこっそりと撒いた。
(――後は、この男次第だな)
人間としての尊厳を悉く失った
遠からず未来、誰も予想しなかった未来を齎すことになるのだが――。
それはまだ、誰も知らない。
まだ誰も――彼を、知らない。