東方魔法録   作:koth3

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告発される怨念

 そこは死屍累々という言葉が符合するほどの惨状が、救援にやって来た魔法使いたちの視界いっぱいに広がっていた。

 宿木白檀と戦ったその広場には、多くの魔法使いが血まみれで地面に倒れている。ほとんどの魔法使いは意識を失っており、動く者など一割もいれば良い方だった。それでも意識を失ってなおあちらこちらから苦痛のうめき声がひっきりなしに漏れる。

 野戦病棟。救助に来た治癒魔法を行える魔法使いたちの脳裏に、その言葉が浮かび上がってくる。

 特にまだ幼いとも言える魔法生徒たちなどに至っては、あまりのショックに顔を青ざめ呆然と立ち尽くすばかりでいた。

 

「何をしているんだい! ぼうっと突っ立っていないで、早く治療を!」

 

 誰かの言葉に活を入れられ慌ただしく生徒たちが動き出す。その中には木乃香の姿もあった。ほかの生徒たちが素早く動く中、一人きょろきょろあたりを見渡していた彼女だが、ある人影を見つけて身体を強張らせ顔を青ざめた。

 その視線の先には、刹那が倒れていた。

 至る所に傷があるが、とくに額からかなりの血を流している。押っ取り刀で刹那の元へ駆け込んだ木乃香は、端整な顔立ちを必死の風貌にゆがめ、習いたての治癒魔法をかける。淡い光が刹那の身体を包み込む。術は未熟の一言だが、その身に宿る膨大な魔力のおかげか、刹那はそう時間をかけることなく意識を取り戻す。

 

「この、ちゃん?」

「せっちゃん! 良かった、ほんに良かった……」

 

 涙しつつも木乃香は治癒魔法を行い続ける。強烈な魔力光の中、みるみるうちに傷がふさがった刹那は木乃香が押しとどめようとするのも聞かず、刀を杖に立ち上がろうとした。

 ほかの者たちも木乃香の治癒魔法ほどではないが、治療を施され回復し始めている。黒の魔法薬も大きな戦力となっていた。

 とはいえあまりに傷は深い。広場に倒れる魔法使いの八割以上はいまだ意識すら戻らないでいる。残り二割も意識が戻っただけで戦力とはとうてい言えない。唯一刹那が完全に治療を施され、戦えるようになった程度だろう。唯一の救いと言えば、この広場に来る前に三番目の広場で高畑に集中的に治癒を行い、麻帆良協会最大戦力の一つが回復したことだろうか。とはいえいくら高畑の力が優れていようとも、全滅した魔法使いたちをどうにかしなければ、関東魔法協会はなにもできないだろう。

 それを理解するがため、治療のため慌ただしく人々が広場を行き交う。

 そんな広場の中央で求められるがまま、次々に魔法薬を手渡していた黒はぴたりと動きを止め、虚空を眺めた。

 

「ユギ先生、早く次の薬を」

 

 魔法生徒の一人が催促するが、黒は応じない。

 反応のない黒に、じれたように魔法生徒が再びせかす。

 

「先生? 早く薬を」

「時間稼ぎも潮時か」

 

 その一言がすべての始まりだった。

 ぐしゃりという水の詰まった袋を殴打した音がいくつも響く。木乃香と刹那、高畑、近右衛門だけはそれを見ることができた。黒の廻りを奇妙な穴がいくつも並び、そこから多種多様な交通標識が飛び出し魔法使いたちを打ち据えていたのを。

 

「な」

 

 そして、特大の穴が開くや、そこから巨大な岩が木乃香たちめがけて放られた。唸りを上げて飛んでくるそれは、余りに早く巨大で、もはや迎撃することは不可能だった。

 刹那が木乃香をかばう。少しでも木乃香を守るために。

 だが予想した衝撃はいつまでたっても来ない。恐る恐る目を開けた二人の眼前には奇妙な光景が広がっていた。

 巨大な岩が空中に広がる波紋により受け止められている。

 そしてその前には、古めかしい制服を着た見たこともない少女が立ち、木乃香たちを守っていた。

 地響きを立てて岩が地面に落ちる。静止した今、それの形が分かった。墓石の形をしていた。

 

「どうして、どうしてこんなことをするんですか! 先生!!」

 

 少女が叫んだ。古い、とても古い制服のスカートが翻る。それを見て、近右衛門がぽつりと呟く。

 

「さよ……ちゃん? どうして?」

 

 さよはその声が聞こえないのか、再び黒へと詰問する。

 

「どうして!」

「それに答える必要はあるのですか?」

 

 冷え冷えとした声が返る。冷め切った瞳で黒はさよを含めた魔法使いたちを観る。その目に木乃香は凍り付いた。あんなにも冷たい瞳を木乃香は知らなかった。白眼視と言う生ぬるい話ではない。とてもではないが、人が人に向ける瞳ではない。まるで人間の倫理から外れた化け物が見詰めているかのような冷たい視線。

 

「邪魔です。どいてください」

「い、いやです! いくら先生のおっしゃることでも、こんなひどいこと! どうしてですか! 何で麻帆良をこんな目に! それにみんなにひどいことを! 先生は私を助けてくれるんじゃないんですか!! どうして、どうしてですか……、私を助けてくれるとおっしゃってくれた優しい先生が、どうしてこんなひどいことを……」

 

 助けるという言葉に木乃香はさよを見た。傷一つない、助けられるどころか自分たちを助けてくれたほどの力を持つ少女の背を。それだけの力を持つというのにどうして助けを求めるのだろうかと。そして気がついた。()()()()()()()()()()()

 

「助ける? ……ふ、ふふ。おかしなことを。一体何を助けるというのです?」

「私です。だって約束してくれました! 先生は私を蘇らせてくれると! 普通の生活をさせてくれると!」

「ああ、そういえばそうでしたね。まあ、蘇らせることぐらいならば訳ないですが」

 

 木乃香を怖気が襲った。目の前にいる人物が、自分の知っているユギ先生とはとうてい思えなかった。冷たい瞳、そして悪意ある口調。それは木乃香の知らない誰かだった。

 木乃香は叫ぼうとした。なぜかは分からないが、それ以上語らせてはならないと、直感したからだ。だが、遅かった。

 

「普通の生活? できるわけないでしょう。怨霊であるあなたが、怨み怨んで怨み抜くことでしかこの世にしがみつけないその身で」

 

 さよが口を覆った。身体を震わしている。何かを口にしようとしているのだろう。しかし言葉が見つからないのか、ただむなしく口が開閉を繰り返す。

 

「忘れたのならば、思い出させてあげましょう」

 

 黒の指がパチンと音をならす。破裂音が麻帆良中に響き渡る。

 最初の変化は風だった。風が木乃香たちのいる広場に集まってくる。そしてその風に乗って、青白い何かが飛んできた。それは曝首(しゃれこうべ)だった。カタカタと音を鳴らし、木乃香たちをにらみつけている。

 夜空が白い骨と骨がはき出す青い炎で埋め尽くされ、そこかしこから怨みの、憎悪の合唱が(どよ)めく。

 

「あっ」

 

 さよが後退った。宙を舞い踊る曝首から少しでも離れるかのように。身体を震わすその様は、幽霊を怖がる子供のようだ。

 だが曝首は次から次へと飛来してきて、広場を埋め尽くす。もう、木乃香たちからは外がどうなっているのか見えなくなってしまった。踊り狂う曝首とその軌跡を描く青白い炎で。

 

「い、いや」

 

 身体を抱きかかえ、さよが這いつくばる。それを見て、黒が笑んだ。

 

「忘れ去られた()()()()()の幻想を――present for you(あなたのために与えましょう)

 

 いくつもの曝首が我先に争い、さよへ襲いかかる。曝首がさよに吸収されていく。

 

「ぁああああああああああああああ!!」

 

 さよの絶叫があたりに響く。髪を振り乱し、狂乱したかのように暴れ回る。自分自身の身体を掻き乱す。どれほどの力を込めていたのか、あまりの力に皮膚がはがれおち、至る所から血が滴り落ち、さよは苦痛を絶叫で訴える。しかし曝首が止まることはない。それどころか後から後からわき出してきて、さよの身体めがけて突き進む。

 刹那が斬魔剣で曝首を切り裂こうとも、その間にほかの曝首がさよに我先にと飛びかかり吸収される。

 そして曝首たちは消え去った。そのほとんどがさよのうちに入り込み。

 どれほどの曝首がさよの中に入っただろうか。木乃香には分からなかった。

 幽鬼のようにさよが立ち上がった。その表情は髪の毛で隠され窺えない。ただ、木乃香は怖かった。あんな目にあって無事な人間などいるはずがない。たとえ経験していないことでも、その肌で理解した。あれは恐ろしい儀式であることを。

 そして木乃香の勘は正しかった。

 激しいスパーク音がし、さよを中心に全方位に雷が放たれた。それは同じ雷属性であるネギの魔法と違い、赤黒い光を発していた。

 近右衛門が咄嗟に張った防壁が一瞬で割られる。

 だが刹那のとっさの機転で大地に突き立てられた夕凪に雷が吸い込まれ、木乃香たちには雷が届かなかった。

 顔を上げたさよは先程とは全くの別人だった。

 憤怒に染められた瞳、それはお嬢様として育てられた木乃香が一度も見たことのない瞳だった。

 

「怨みはらさでおくべきか」

 

 そしてさよが掌を木乃香たちへ向けた。雷が放たれた。


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