東方魔法録   作:koth3

93 / 110
一条戻橋を渡は誰ぞ?

 ネギと明日菜が紅葉めがけて駆け出す。

 魔力で強化されたその身は風すら追い抜く疾風(はやて)と化す。仁王立ちする紅葉へ猛然と一直線にかける二人だが、半ばまで駆けたところで勁疾に左右へ分かれる。二人の間を紅葉が投げ飛ばしたがれきが唸りをあげて通過した。人間程度簡単に覆い隠せてしまうほどの大きさのそれは、地面に激突するや粉々に砕け散る。直撃しようものならば、どんな防御を行っても動けなくなるだろうというのは想像に難くない。

 

「そらそら」

 

 避けられたのを見てとるや紅葉は地面が揺れ動くほどの力で足下を踏み砕く。馬鹿げた力をぶつけられた大地は次々とひび割れ隆起し、瓦礫となり次弾があっという間に作り上げられる。

 できあがった弾丸は紅葉によりネギたちへ次々と投げ飛されていく。轟々と風を切る瓦礫の弾丸は、先の一撃と変わらないであろう威力を秘めている。

 ネギと明日菜はお互いがさらに離れるように走り抜け、弾幕を躱していく。一瞬前にいた場所が瓦礫に飲まれていく。だというのにその表情に、恐怖はない。ただ紅葉を見据えている。

 

「即興じゃが、『戸隠 天手力女神』とでも名付けるかの」

 

 二人の様子に呵々大笑しつつ、紅葉は自ら悠然とした足取りで近づいていく。一歩、一歩と。それだけで辺り一帯にさらなる圧が押しつけられる。

 苦痛に顔をゆがめながらもネギと明日菜は示し合わせたように一気に挟撃する。明日菜の大剣の突きとネギの拳の突きが紅葉の脇腹へ突き刺さる。鉄を叩いたような鈍くしびれる感触が二人の手に返る。今更この程度で傷が付くはずがないとわかっている二人は痺れた手を無視し、すぐさまあらん限りの力を込め、タイミングを合わせた追撃を放つ。

 

「良いぞ、そら、もっと力をこめてみよ」

 

 二人の殴打を食らっても微動だにしない紅葉は、足下のがれきを蹴り上げ、裏拳を当てる。鬼の力を加えられたがれきは一瞬で粉みじんになり、そのまま猛烈な加速をみせ、粉という名の散弾となりネギへと迫る。

 たとえ小さなつぶと侮るなかれ。それは鬼の剛力により動くつぶ。かすめようものならば、人肉など障子よりたやすく食い破る。

 

「させるもんですか!」

 

 すぐさま明日菜が横から大剣を振り下ろし、刃の腹をもって散弾を防ぐ。肩が根元から引き抜けたと誤解してしまうほどの衝撃が襲いかかるが、歯を食いしばりこらえる。

 明日菜が大剣を引くや、影で詠唱を終えたネギが『白き雷』を放つ。膨大な魔力が込められた雷が至近距離で紅葉の頬に炸裂する。

 ダメージこそ負った様子はない紅葉だが、その体表を電気が奔っている。わずかに動きが鈍った。さしもの鬼といえども、電気の影響を免れることはできなかったようだ。

 明日菜がすぐさま動きの鈍い紅葉へと大剣をかちあげる。顎を打った刃こそ弾かれたものの、紅葉の身体がわずかであるが浮く。空中で無防備なその腹めがけ、明日菜は一回転した横振りを、ネギは震脚をこめた全力の一撃を同じ箇所へ放つ。

 その威力たるやエヴァンジェリンの防壁だろうと真っ正面から打ち砕けるだろうほどだ。それだけの威力を宙で受けた紅葉は勢いよく吹き飛ぶ。

 だが二十メートルも行かないうちに、空中で紅葉は止まる。背中から莫大な妖力を放つことで、無理矢理止まった。

 ぎろりと鬼灯の目が気色の光をおびて二人を睨めつける。紅葉の口角がつり上がる。

 

「今の一撃はなかなかよかったぞ。ああ、楽しや。さあ、人間。見せてみよ。この戸隠紅葉に! お前たち(人間)の輝きを! 『大字 送り誹の山々』」

 

 紅葉が口から火を吐く。世界を赤々と照らすその火は、それだけで高位魔法に匹敵する規模だった。まだ距離はあるというのに、ネギたちの肌は灼熱に炙られるのを感じていた。とっさにネギが風を放つが、押し返すことはできず、精々火の侵攻を押しとどめることしかできなかった。

 紅葉の火に対抗しているネギは脂汗を流しながら魔力を振り絞る。少しでも力を緩めれば、ネギと明日菜は火に呑まれ業火に焼きつくされるだろう。踏ん張る脚にも力がこもる。しかし、しかしそれでも残酷なことに紅葉の力は強大だ。英雄の遺児と云われるネギは、それにふさわしい力を持つ。だというのにどれだけ魔力を振り絞ろうとも、どれだけ力を込めて脚を踏ん張ろうとも、徐々に身体が後退していく。

 時間がたつごとにネギの魔法もだんだんと弱り、業火に力負けして押し込まれていく。

 脂汗が頬から伝い落ち、空中で蒸発した。

 限界だ。ネギの魔法がかき消える。精一杯の抵抗がなくなり、火焔は全てを烏有に帰そうと高らかに舞い踊り狂う。

 迫る金色の光を前に、ネギは脱力していた。身体に残る力の全てを抜ききり、ただ眼前の獄火を眺める。

 自身の身体が抱きかかえられる。急速に風景が変わる。チリチリと空気が焼け付く音が耳朶にしみこむ。

 だがそれでも横からネギをかっさらった明日菜は、紅葉の火炎から逃れていた。

 先程までネギのいた場所は、湯玉がたつ地面となっている。赤々と溶け、いまも熱気だけで世界を焼いている。

 ネギはただ信じていたに過ぎない。パートナーである明日菜を。

 だからこそ、それを前にしても、二人の勇気はなんら陰ることはなく、むしろ強まっていった。

 

「明日菜さん!」

「わかった、わっ!」

 

 ネギの声に応え、明日菜は一回転する。そして一瞬で最高速になるやネギを投げ飛ばす。投げ飛ばされたネギの拳には、すでに魔法が込められている。

 再び迫り来る火炎を尽きだした拳で吹き飛ばし、ネギは紅葉の頬を殴り抜いた。同時に、拳に装填しておいた『雷の斧』が発動する。

 あたりを雷光が目映く包み込む。

 

「ぬうっ、どこへ行った?」

 

 紅葉は目を瞬かせ辺りを見回している。

 完全にネギたちを見失った。だが、それでも紅葉は何ら焦ることはなかった。どれほどの攻撃だろうとも、彼女は鬼だ。ただその肉体で受け止めれば良い。それだけで人間の策など跡形もなく粉砕できる。そう自負していた。だからただ待った。妖術を使うのでもなく、ただそのときを凄惨な笑みを浮かべ待った。

 

「でりゃぁあああああああ!!」

「上か!」

 

 だからこそ、己の角を斬り落とさんとする明日菜の存在に気がつかなかった。

 頭上から落ちてきた明日菜の大剣が、紅葉の角に叩きつけられる。角と刃が激しい火花を散らす。今にも刃が弾かれそうになる。だが明日菜は全力を込めて刃を押し込む。だがそれでは足らない。紅葉の身体を斬るには人間一人の力など余りに弱々しい。蟻に世界を動かせというほうがまだましなくらいだ

 

「ネギ、今よ!」

「雷華崩拳!」

 

 そして、隕石の如く落ちてきたネギの拳が明日菜の大剣を叩く。刃が……動く。刃が角にぬるりと潜り込んでいく。

 何かが宙をくるくると舞い飛ぶ。それは地面に突き刺さった。それは紅葉の角だった。

 振り抜かれた刃は紅葉の角を斬り落とした。

 地面に着地した二人は、すぐさまその場からバックステップを取り、間合いを開ける。微動だにしない紅葉の動きに注意を払う。

 二人はようやく一撃を与えたに過ぎない。どれほどの苦労をかけた戦果であろうとも、まだ戦いは終わっていない。

 油断することなく険しい目を紅葉へ向け続けている。

 一方の紅葉はただ斬り落とされた自らの角を眺める。膠着した状態でどれだけの時間が経ったのか。一分か、いやあるいは一秒かもしれない。

 唐突に紅葉が白い歯を見せた。

 

「く、くは、くははははは! 見事、見事だ。力なき者よ。()の角を斬り落とすとは。いやはや今の人間もそう捨てたものではないようだ」

 

 あれほど発していた威圧が消え去り、ネギと明日菜は戸惑いからお互いの顔を見つめ合った。紅葉は体中から力を抜ききっており、戦意のかけらもなかった。

 ひとまず警戒はするものの、ネギたちは自ら仕掛けるのは自制することにした。藪から鬼神は御免だった。

 そのことを知ってか知らずか紅葉はひとしきり楽しそうに笑うと、ネギを見やりうれしそうに物を言う。

 

「どれ、褒美をやろう。とはいえ本気の儂を倒したわけでもないからの、金銀財宝というわけにはいかん。……そうじゃな、これくらいが良いだろう。主らの役に立つ情報を一つくれてやろう。とっておきのな」

「情報、ですか?」

「そうじゃ。これから先、後二回戦いが残っているだろうよ。一つは対極の者同士による調和が見られるだろう。そして最後は|それら≪・・・≫全てを変質させる妖怪との戦いじゃ。二つとも儂とは違う困難が待っていることだろうよ」

 

 童子のような無邪気さで重要であろうことを話す紅葉に、ネギは思わず訊ねた。不思議と、紅葉が嘘をついているという考えは浮かばなかった。

 

「なんでそんな大事なことを教えてくれるんですか」

「なあに、いうたじゃろう。褒美じゃと。鬼を倒したものは、皆須く褒美を受け取るに値する。それと、ついでにいえば、単純に儂があいつを嫌いじゃからだな。自分自身に嘘をついておるあやつがな。……鬼は嘘を嫌う。故に、意趣返しのようなものよ。ではな、縁があればまた会おう。幼き英雄たちよ」

 

 そう言うと紅葉の身体は霞のように虚空へと消えていった。二人はそれを見送るだけしかできなかった。




ネギたちの勝因は雷属性の魔法を使えたと言うことですね。最後の時紅葉は感電しており力を込めることができませんでした。まあ、それでも刀剣程度普通に弾く肉体的強度を持っているんですがね。これが高畑ならば傷一つ負わせず嬲り殺しだったという。
相性って大事ですね!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。