その戦いは今までの戦いとあまりに違い過ぎた。どこか油断があったのかもしれない。今までみんな弾幕で攻撃してきたから、目の前の敵も弾幕を使うのだろうと。
だが実際はまったく違った。気が付けば、ネギの頬に生暖かい血が少量飛びかかっていた。視線の先ではエヴァンジェリンが腹を大きくえぐられ崩れ落ちる。
「……え?」
「骨のないやつめ。まあ、蚊の妖怪もどき風情には重すぎる期待だったか」
血にまみれた左手をぺろりと紅葉がなめる。つまらなそうに手についた血を振り払う。またネギの頬に血が付く。しかしネギはただ疑問の声を上げるだけでそれ以上の反応を反すことができない。
「貴様、どういうつもりだ!」
ネギの視界で崩れ落ちかけたエヴァンジェリンの腹が塞ぐ。闇夜から現れた蝙蝠が、開いた箇所を埋めている。みるみるうちに元通りの身体となったエヴァンジェリンだが、その顔色は真っ赤に染まっていた。
振り返り紅葉を見る目は、ネギが弟子となってから一度も見たことがないほど憎悪に染まっている。
「私に情をかけたつもりか!」
もし先ほどの一撃に不死殺しの術式を使われていたら、エヴァンジェリンは回復する余裕などなく死を迎えだろう。だが紅葉はそんなことをせず、ただ素手で攻撃しただけだ。誇り高いエヴァンジェリンがそれを許容できるはずがない。
「情? なぜそようなものをかけねばならぬ? 一々死なぬように力加減をするのも飽いた。ただそれだけのことよ」
エヴァンジェリンの周囲が凍りつく。近くにいないネギですら、寒気を感じるほどだ。放たれる殺気の強さ、もはや体の震えを抑えきれないほどだ。
「少し気になっていてな、不死という存在は本当に殺せぬのかとな」
くっくっくと愉快気に笑う紅葉と相対的に、エヴァンジェリンは表情を消しただ魔力を高めていく。その対立に、ネギはいっそう顔を青ざめていく。
膨大な魔力を持つネギですら、いまのエヴァンジェリンが纏う魔力には恐れを抱かずにはいられない。魔力の量ならばネギの方が多いが、発せられる魔力の冷たさや恐ろしさなど、その研ぎ澄まされた質に恐怖を感じてしまう。
「ま、マスター?」
「坊や、いまの私に近寄るなよ? お前ごと殺してしまう」
向けられたその瞳は完全に反転していた。
下手に手を出そうとすれば、エヴァンジェリンは躊躇いなくネギごと攻撃するだろう。
近づく事すら躊躇うほどの、息苦しい殺意を抱いたエヴァンジェリンが紅葉へと近づいていく。
「貴様は殺す」
「やってみろ、蚊が」
轟音と共にエヴァンジェリンの腕がふきとぶ。紅葉にやられたとネギは一瞬思ったが、よくよく見れば肩や足の場所からネギが視認できる速度以上で紅葉を殴ったということわかった。自身の肉体が耐え切れないほどの力を込めたその一撃。いくら死なないからといって躊躇いなく行うなど正気を疑うほどだ。逆に言えば、それだけ怒り狂っているということかもしれない。
「なっ!?」
だがそれだけの力を込めた一撃だというのに、紅葉は表情ひとつ変えずなんら傷もなくたっている。それどころか小首を傾げ、エヴァンジェリンへ不思議そうな顔を向けている。
「なにをしたかったのだ?」
「ふん」
回答は魔法だった。氷結系の魔法。それも『闇の吹雪』。エヴァンジェリンが得意とする氷と闇の二重属性魔法。中級レベルの魔法だというのに、いったいいつ詠唱を終えたのか。ネギは顎が外れる思いでそれを見ていた。
「なんじゃ、クーラーとやらか?」
だがそれを鬼女は笑って無視する。ネギならばいくら魔法障壁があろうと決して軽くないダメージを着浦うであろう魔法に対し、なんら防御に徹することなく突き進む姿。ありえないその異常な強さに、知らずネギの喉が鳴る。
最強の魔法使いエヴァンジェリン。魔法使いの中ではもはや伝説と化した存在。その力はネギと比べるべくもない。いやそれどころかこの麻帆良において最も強いといっても間違いではない。だというのに、相手の紅葉はそれだけの力を受けて笑っているだけの余裕がある。
「チッ、無駄に頑丈だな」
「主らが脆いのよ」
次の瞬間、エヴァンジェリンがバラバラに裂けた。紅葉の爪がギラリと光っている。蝙蝠が集まる。しかし蝙蝠が集まり切るよりも早く、二の太刀が繰り出される。ただの張り手。中国拳法も嗜むネギからしてみれば、それはただ手を突き出しただけだ。だというのに、いまだ存在していたエヴァンジェリンの身体が血のみになり手の平の形にくぼんだ地面にしみ込む。
それでもまだ蝙蝠は集まるが、蝙蝠がエヴァンジェリンの形を作る間に紅葉が一度拳か足を振るうと、あっけなくせっかくできたその体は壊れていく。ただただなぶられていくエヴァンジェリン。もはやそれは闘争でない。ただの虐殺でしかない。
あたりに血が飛び散る。ネギの顔左半分が飛び散った血で塗りつぶされる。
「やめろ」
紅葉が振るった拳に合わせ、暴風が吹き荒れ、地面に転がった人々ごと、一番近くにいたエヴァンジェリンを形作り始めた肉が吹き飛び砕け散る。
「やめろ」
まるで蠅を追い払うかのように手の甲でエヴァンジェリンがはじき飛ぶ。再生が完全に間に合っていない。
「やめろッ!!」
もはやネギには我慢できなかった。虫けらの如く敵を扱う紅葉を許せなかった。もはやエヴァンジェリンの言葉などとうに忘れてしまっている。
怒りに突き動かされ、拳を紅葉へ向けた。
「僕が相手だ」
その姿はお伽噺に残る勇者に似ていた。