というわけで、どうぞ。
夏が終わり死んだ蝉のように倒れた魔法使いたちが広場を所狭しと埋め尽くす。皆酷い有様だ。所々からうめき声が漏れるが、倒れているすべての者達は気を失っているらしく、言葉として認識できる音は一切ない。
冷めきった風がネギを襲う。
魔法使いたちの輪の中でネギは一人項垂れ、拳を握り込む。強く握り過ぎたその手からは血がしたたり落ちた。
「僕の、せいだ」
ポツリとつぶやいた自身の言葉に、ネギは打ちのめされそうになる。
彼ら魔法使いたちが苦しみ、傷ついているのは、ネギが放った一言が原因なのは明らかだ。不用意に放ったその言葉が白檀を怒らせ、あれだけ過激な攻撃が返ってきた。
少なくとも、ネギはそうとらえていた。
今になって後悔がネギを襲う。戦いのたびに、ネギは相手を怒らせつづけていた。彼らの逆鱗に触れ続けてきた。なぜそこまで相手を怒らせてしまうのか。そのことがようやく分かった。自分の言葉はただ人間から見た、否、ネギ・スプリングフィールドが思う善でしかないと。
彼らは皆、彼ら自身の観点から見れば、悪でないだろう。目の前の惨状を行った白檀とて、生きるために人の血をすするだけと語った。それが生き物を食べる自身と何が違うだろうか。あのゴーレムの少女は、父のためを思い代わりとなろうとしていた。父親のようになろうとしている自身と何が違うだろうか。禰々は叶わぬはずの愛に生きていた。父母の愛を求める自身と何が違うだろうか。ウィルはただ地上を永劫彷徨う中、自己のアイデンティティーを得ようとしていた。立派な魔法使いとなろうとしている自身と何が違うだろうか。それらをどうして糾弾できようか。彼らは皆一様に、自身の大切なものを守ろうとしてきただけにすぎないのに。
なによりそれを否定するということは――。
転がる魔法使いたちを見つめているエヴァンジェリンをわずかにネギが見やる。エヴァンジェリンは背を向けており、その顔は見えない。
多くの魔法使いに襲われ、生きるために返り討ちにした自身の師。絶対的な悪として魔法使いに呼ばれる存在。だが、悪だから、生きていけないというのは傲慢ではなかろうか。なぜなら彼女はただ生きようとしただけだ。
なのにその存在を否定するなどできようか。そのことを自覚した今、ネギは彼らを一方的に弾圧することができずにいる。彼らは彼らの信念があり、正義がある。それをネギが持つ正義だけで否定して良いものではない。それすらも分からず、突っかかり、多くの人を傷つけた自分のことがネギは嫌になっていた。今になって思えば、今日との戦いですら、自身が全くの役立たずだったその理由がようやく分かった。
もはや嘲りの嗤いすらできない。
それでもネギは戦うのを止めるわけにいかない。もう麻帆良の戦力として残されたのはネギとエヴァンジェリン、そして今もけが人の治療を出来うる限りしている明日菜だけ。
攻め入ってきた妖怪たちを止めるのはネギたちだけしかいない。
「ようやく腹が据わったか」
ただ前だけをエヴァンジェリンは見据え、ネギの方を見ないでいた。
「マスター……」
「私の弟子というならば、そんな情けない顔をするな。過去を悔やんでも、何も変えられない。本当に何かを変えたいなら、変えようとするならば、未来を見ろ。どんな存在であろうとも未来しか変えることはできないのだ」
その言葉にネギも顔をあげ前を向き、唇をかみしめる。倒れてしまった魔法使いたちに報いるためにも、ネギは止まることが許されないのだから。
相も変わらずついてくる明日菜を眼下に収め、ネギたち一行は次の広場へさしかかった。
だがその広場は今までとあまりに様相が違った。その広場は血で染まっていた。幾十、幾百という人々が折り重なるように倒れ、そこから血が流れ出している。全員息はあるものの、その傷はけして軽いものではない。中には折れた骨が皮を突き破って飛びだしている人すらいる。なにもしなければ、失血死する人が出てくるだろう。エヴァンジェリンが舌打ちとともに氷魔法を使い、傷口を止血した。
安堵したとともに、むせ返る血生臭さが急に鼻につき、ネギは吐きそうになる。むせ返るほどの臭いはただ気持ち悪い。
それでもその感覚を堪えて辺りを見渡すと、他の場所よりも
すぐにネギは間違いに気づく。そこにいるのは女性ではない。鬼女であると。
額から生え天を指す短き角、水晶すらも凌駕するほど冷たく美しき瞳、金糸に銀糸を贅沢に使い、職人がもてる粋をもって完成させたであろうどこまでも贄を尽くした豪奢な赤い着物。そして何よりもその人外とわかっていようともひきつけられてしまうほどの圧倒的美。匂いたつという表現がネギの脳裏によぎる。
「キサマが今度の敵か」
「うむ、いかにも。荒倉山に住まう鬼、戸隠紅葉だ。」
口角を釣り上げ、紅葉が笑う。
すくと立ち上がると、人々を踏んで地面へと下り行く。
「っ!?」
思わずネギが叫びそうになり、先ほどの考えが頭をよぎり口をつぐむ。ネギからしてみれば許せないことでも、おそらく紅葉は気にしないだろう。それでも嫌悪に顔をゆがませるのを止められなかった。
「さて、いい加減雑魚を相手にするのも飽いた。お前たちで私の仕事も最後だ。精々楽しませるだけの力量を持っていることを願うとしようか」
楽しそうな紅葉は、殺気をあたりへ撒き散らした。
「では行くぞ、有象無象共。隠れ消えるのは人間か、それとも妖怪か、競おうではないか」