白檀は血まみれの魔法使いをその異形の足で抱えたまま、再び攻撃を放ち始めた。よけいな重みがかかっているはずなのにその動きは先程よりもはるかに速い。それどころか放つ弾幕は赤みをさらにおび、速度・密度ともに明らかに増しており、ネギたち魔法使いは避けるのに精いっぱいとなってしまう。
眼下からは明日菜の悲鳴染みた声がする。見れば、白檀が魔法使いを投げ捨てていた。いくら魔法使いといえど、気を失った状態で上空から投げ捨てられれば助かるどおりはない。堕ちていく魔法使いを助けようとするが、弾幕が邪魔で近づくことすらできないでいた。
地面に魔法使いがたたきつけられる直前に、なんとか駆け出した明日菜が飛び込むようにして助けだした。魔法使いの容体を手早く確認した明日菜は躊躇うことなく髪の毛を縛るリボンをほどき、傷口を縛り上げ止血を行う。その様は妙に手慣れたものだった。ネギはそれに疑問を抱くも、すぐに迫り来る弾幕の対処に追われ忘れる。
「あははは! まだまだ物足りないけど、それでも仕方がないわね! 意外と貴方達もやるじゃない! 次の食事を楽しみに待つとしましょう」
その楽しそうに告げられた言葉に、ネギは思考が熱くなるのを感じ、我慢しきれず叫び返した。
「ふざけるな! 食事だって!? 人間は食べ物なんかじゃない!」
人間は食べ物ではない。それはネギにとって当たり前の事実であり、常識だ。いくら妖怪であろうとも、それを認めるわけにいかない。これはネギ・スプリングフィールドという一存在というよりも、一人の人間としての言葉だった。
「……あ?」
唐突に嗤うのを止めた白檀は、細まった瞳でネギを射抜く。
「ふざけるなよ、人間ごときが」
「なっ」
「何様のつもりだ、貴様は。食事とは、生きるために行うこと。他者が否定していはずがない。キサマら人間はいつもそうだ。同種の間ですらそうなのだ。やれ、鯨を食うな、犬を食うな。牛や豚ならばいいのか? 頭のいい動物は食うなというが、豚は犬より賢いぞ? それに、お前たちは共食いをしてきた歴史があるじゃないか。笑わせてくれる。それだけのことをしてきて、お高く倫理などという無意味なものを持ち出して説教か? 人間は食べ物じゃない? 食べ物だよ、人間も」
「それとこれとは話が違う!」
「同じだよ」
逆光で顔が見えなくなる。しかしネギにはその顔には張り付いているであろう表情が分かってしまった。それは、
「同じさ。全部同じだ。生きるために食う。誰もが、そして何人たりも否定することは許されない。だがそれでも貴様らはそんな馬鹿げたことを抜かす。神にでもなったつもりか?」
――嘲りだ。
「ふん。自分が少しでも劣勢になればだんまりか。くはは、ならば宣言しておこう。私は樹木子。キサマら人間が戦場で流してきた血をすすり、妖と化した樹。貴様らが私に血をすすることを強要している! それでもお前は、人間を食うなというのか!? 私をこうしたのは貴様ら人間だというのに!」
「違う、僕はっ!」
反論しようにも、ネギの口はただ喘ぐように開かれるだけで、それ以上先が出てくることはなかった。
「それがお前ら人間だ。他者を己の価値観で否定し、傷つけ、殺す」
静かに白檀は告げる。
「貴様らは不自然だ。生物として生まれるべきでなかった。そうは思わないか? お前たちがいなければ、世界は最も自然だった。私もこうしてここにおらず、ただ一本の木として朽ちることができた」
一枚のカードが白檀の指に間に現れた。
「これは私の恨みのすべてだ。『人間の反吐をすすりし妖樹』」
最後のスペルカードが発動される。
それは圧倒的な弾幕だった。赤い弾幕が四方八方から白檀目掛けて押し寄せ、魔法使いはそれらに飲まれないように飛ぶしかない。反撃なぞ、する余裕がない。呪文詠唱に入ればそれだけで落ちるだろうというほどの密度。なんとかネギたちが避けきれるものの、全員が体勢を崩してしまう。そしてその体制を駒持している状態で次の弾幕を避けられるはずがない。
それは今までの赤い弾幕と違い、真っ黒な弾幕だ。放射状に放たれたそれらは多くの魔法使いを撃ち落した。生き残った魔法使いはネギにエヴァンジェリンだ。エヴァンジェリンは実力で生き残っただろう。ネギが生き残れたのはただ運が良かったにすぎない。
丁度弾幕のエアスポットにネギがいたにすぎない。次に放たれた弾幕は先ほどと逆回転に放射状に放たれる。距離を取り広がった弾幕の間を掠めるように避け続けるが、ネギが来ているローブはもはや見るに堪えない襤褸切れになっていた。
もはや落ちるのは時間の問題だ。だというのに、さらに放射状に放たれた弾幕がまた元の回転となって放たれると、今度はまっすぐにネギ目掛けた弾幕が襲いくる。速度と軌道の違う二つの弾幕に挟まれ、ネギは進退窮まる。避けるルーツを見つけることができない。ネギは迫り来る弾間に、目をつぶった。
「チッ、そういうことか。運が良かったな、お前は」
「えっ?」
みれば自身の周りに奇妙な壁のようなものが張られていた。まるでシャボン玉のように外の光景がゆがんで見えるそれは、なんらかの結界であることがネギには分かったが、術式があまりに精密なせいでそれ以外のことはなにもわからなかった。
なぜこんなものが自身の周りに張られているのか、ネギには理解できずにいた。
「己の生まれに感謝することだ」
「待て!」
エヴァンジェリンの氷の魔法を難なく避けた白檀は、そのまま麻帆良の樹木の間へ消えていった。