東方魔法録   作:koth3

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埋まるは人間、飛ぶは妖怪

 褐色の少女をなんとか打倒したネギたち麻帆良の魔法使いであるが、しばし足を止めざるを得ない問題が発生した。

 明日菜だ。明日菜が頑なについていくと言ってきかないのだ。

 様子の可笑しさから魔法使いたちは明日菜を置いて、高畑と一緒にさせることで戦線離脱させようとした。しかし誰かが危ない目にあうかもしれない時、一人安全圏にいられない、何かできることがあるはずと言って、ついて来ようとする。

 それがきっかけでネギと明日菜の間で喧嘩が起きてしまった。危険性を考慮し置いていきたいネギに、誰かを守りたくついていきたい明日菜。どちらもお互いのことを思うがゆえに、そう簡単にひくことはできず、両者一歩も引かない。

 

「ですから、アスナさんはここで待ってください! アスナさんにできることはほとんどありません。あの弾幕を避けるのならば、空を飛べるのは前提条件のようなものです。空を飛べないアスナさんは、危ないんです!」

「確かに私は空を飛べないわよ。でもね、弾幕が当たってしまった人を助ける人材は必要なはずよ。その時必ず手の空いている人がいるなんてないだろうし、誰かがやらなければならないわ」

 

 正論同士がぶつかり合い決着がつきそうにない。さらに魔法使いが魔法を使って眠らせたり意識を誘導しようにも、明日菜の体質である魔法完全無効化体質のせいで強制することも不可能だ。普段からいざというときは魔法を使っていたがために、こういった事態をうまくとりなすこともできず、収拾がつかなくなっていた。

 事態が膠着しかけた時、寝かされた高畑が声を発した。

 

「ネギ君、明日菜君を連れて行ってくれ。それが一番良い。明日菜君にとって」

「た、タカミチ!? でも」

「頼む、ネギ君」

 

 それでもネギは渋った。いくら高畑の頼みでもそう簡単に頷くわけにはいかなかった。なにせ守るべき生徒を連れていくことも本来は良くないことだ。それだけでも後ろ髪をひかれる思いなのに、さらにそこに明日菜の様子がおかしくなってしまっていることも重なる。異様な程気持ちが沈んでいるのか、ダウナー気味な精神状態だ。そんな状態の明日菜を連れて行ってしまったら、怪我をする可能性が高くてネギは頷くことができない。

 

「ええい、貴様らいつまでくだらんことで争っている! 坊や、戦いで死ぬならばそれはそいつの選択の責任だ。お前がどうこう言う権利はない! これ以上ぐだぐだ言い続けるというならば、まとめて凍らすぞ!」

 

 しかしそんな二人の様子にじれたらしく、エヴァンジェリンが激昂した。師であるエヴァンジェリンの怒りにネギはわずかに竦み、しかしそれ以上語ることなく明日菜がついてくることを黙認した。

 

 

 

 

 空気が悪くなりつつも、一同は四番目の広場へ向かった。そこには一人の少女がいた。肌が多く見える華美な緑を基調とした色彩の、ダンサーのような服を着て頭にはとても大きな葉っぱがスカーフのように頭をくるんでおり、後ろから馬の尾のように蔦がグルグル伸びて体に巻きついている。

 

「ようやく来たの?」

 

 生あくびをしながら、腰かけていたベンチからその少女は跳び下りた。しゃらんと少女の裸足の足元で光る金色の輪が音を鳴らす。

 だが、それよりも魔法使いたちは皆その足の形に目が行ってしまった。

 幾つにも枝分かれした、人とは到底思えぬ足。まるで木の根のような足だ。

 

「うん、私の足が気になるの? やっぱり人間て変ね。相手のことなんて気にする必要なんてないのに」

 

 足を上げて魔法使いたちへ見せつけながらうすら寒い笑みをうかべ、少女は人間を馬鹿にする。

 

「さあて、あんまり弾幕ごっこは好きじゃないけど、始めようか。できれば、血を流すほど抵抗してね」

 

 空恐ろしいことを言いながら、舞うように少女も空へ飛びあがる。

 始まりは魔法使いたちの攻撃からだった。にらみ合いすらなくいくつも叩き込まれる中級以上の魔法の群れ。少女が話している内に詠唱を終えていたそれらが、殺到する。

 エヴァンジェリンとネギだけは魔法を使わなかったが、それでも残った魔法使いたちの発動した魔法はかなりの威力だ。それこそ鬼神ですら倒せるのではないかと思えるほどの火力。しかしそれを受けてなお、少女は笑みを崩さずユラユラと優雅に浮いている。

 

「いいね、いいね。じゃあ、次は私の番さ。血反吐ぶちまけてね、私のために」

 

 緑色の弾幕が放たれる。木の葉のように舞い落ちたそれらは、突如ピタリと止まると、バラバラの方向に一直線に散っていく。いや、それらはランダムに放たれたのではない。どれもその進む先に魔法使いたちがいる。明確にねらいをつけて撃たれている。

 一直線上だけならばこれほど避けやすい攻撃はないだろう。速度はあるが、タイミングさえつかめば簡単によけられる。しかしそれが無数に、さらにありとあらゆる角度から迫るとなると話は別だ。避けるスキマを無理やりにでも見つけ、そこへ体を滑り込ませるしか対処方法はない。

 だがそれをやれるからこその、麻帆良学園の魔法使い精鋭だ。ネギも危ない場面が幾度かあったがそれでも何とか食い下がり続けている。

 しばし弾幕を避けていると、始まりと同じようにピタリと弾幕が止まった。

 

「あははは! もう通常弾幕程度じゃ、当たらないか。じゃあ、そろそろ行くよ、一枚目『川から出づる水は何色なりや』」

 

 大地から噴き出すかのごとく、赤褐色の弾幕が湧きあがる。今までと違う、下からの弾幕に一人の魔法使いが撃ち落され、明日菜に受け止められた。

 ネギも先ほどと全く違う弾幕に最初は弾幕に身を掠めたりしていたがすぐになれたのか、魔法の矢を使う余裕すら生まれるほどだった。

 何度も何度も繰り返した特異な戦い。しかしそれに慣れてきた今、これしきの弾幕に撃ち落される程度の実力ではない。ネギは的確によけながら攻撃を繰り返す。

 

「おっと、スペルブレイクか」

 

 赤い間欠泉は枯れ果てた。ネギたちは赤いしぶきを完全によけきると、流れ出る汗をぬぐいさり、次へと備える。

 ネギたちが見据える少女は、ちょっと驚いたようだがすぐににんまりとした笑みを浮かべ、新たな弾幕を放ち始めた。先ほどのような弾幕と違い、まっすぐ速い弾幕に、扇状に広がる弾幕が合わさり、逃げ場を狭めるような弾幕が放たれる。

 弾幕を避けるためには大きく移動しなければならず、風属性の魔法を使い移動速度の速いネギはともかく、他の属性魔法を得意とする魔法使いたちはそれほど速度は出ないため、揺さぶられ疲弊していく。

 徐々に魔法使いたちの動きが悪くなっていく中、少女は二枚目のカードを服の裾から取り出す。

 

「そろそろ誰かが落ちるね、ふふふ。『狭間にたまるは命の滴』」

 

 左右から瀑布のごとく赤い弾幕が殺到する。赤い弾はほかの弾に接触しそうになるとその場でとどまる。どんどんたまっていくその赤色の弾幕に、ネギたちの逃げ場はどんどんなくなっていく。

 禰々が使ったような弾幕にそっくりなこの弾幕に、ネギは嫌な予感を抱かずにはいられない。いやこの弾幕だけではない。先ほどから放たれ続けている赤い弾幕に、ネギは心のどこかで恐怖していた。なぜ恐怖を抱いているかは分からないが、それでも恐れを抱くのを止められない。

 

「そろそろかな、そろそろだね」

 

 少女が嘲り笑う。同時に溜まり切った弾幕が蠢き、濁流のように魔法使いたちを襲った。その弾幕に一人の魔法使いが呑み込まれ、落ちていく。

 弾幕が通り過ぎてから見えた姿は今までと違い、血だらけであり、明らかに瀕死といえるものだった。その落ちていく魔法使いを、少女の足が伸びて捉える。

 捕まった魔法使いがうめく。その姿にネギの頭に血が上った。

 

「な、なにを!」

 

 怒りを込めて叫ぶ。立派な魔法使いを目指すものとして、正義を掲げる魔法使いとして許せることではなかった。

 

「なにをって、食事に決まっているでしょう」

 

 あっけらかんとしたそのいいように、ネギは二の句が告げなかった。なんら悪いところがないと確信しているかの物言いに、なにを言えばいいのか分からなかった。

 

「私は樹木子(じゅぼっこ)の宿木白檀。久方ぶりの食事、邪魔をさせないわ!」


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