カタカタと体を震わし続ける明日菜は、目の前で繰り返されてしまった光景から逃れることができなかった。自分をかばい人が傷つく。香るはずのない紫煙の匂いが鼻につき、頭が真っ白に染まる。
ゆらりと立ち上がると、ハリセンであったアーティファクトの形状が変わる。武骨で巨大な大剣だ。側面にはいくつもの細かな傷がついており、歴戦の業物であることが見て取れる。
それを掴み歩む明日菜の様子はあまりにもおかしかった。瞳は絶えず揺れ動き、どこを見ているか定かではない。それに一歩あるいただけで身体を大きくふらつかせている。意識がもうろうとしているのか、周りの魔法使いの呼びかけにも応じない。
ただ黙って少女の元まで行くと、片手に握った大剣を大きく振り上げ力づくで振り下ろす。
大剣の刃は少女の腕により防がれてしまったがその威力はすさまじく、少女を中心としてすり鉢状に地面がへこむ。
「……」
少女は驚いたように明日菜を見つめた。しかしすぐさま攻勢に出る。先程と同じく拳を振りかぶる。先と違うのはそれが巨大化するのではなく、細かなつぶてとなり降り注いだというだけだ。
明らかに弾幕ごっこと違う、殺すための攻撃。一般人の明日菜がそれだけの攻撃にさらされ、無事であるはずがない。
「アスナさん」
「アスナ君っ!」
だが明日菜は大剣の一薙ぎでそれら礫をはじき返してしまう。明らかに異常だ。ネギが送る魔力はそれを可能にするだけの量はない。精々身を守れる程度と、多少の身体能力の向上程度だ。少なくともあれだけの怪力を発揮できるほどではない。
ネギは戸惑い、高畑の顔には後悔の表情が浮かび上がる。
「もう、いや」
「……?」
うつむいたまま、明日菜は少女目掛けて大剣をでたらめに振るう。技はないもののその速度は魔法使いたちには信じられないほど速く、一流の魔法使いですら避けることもかなわず、圧倒的な膂力で薙ぎ払われてしまうだろう。
だが相手をしているのは、世界最古にして最強のゴーレム。耐久力だけならば鬼をも上回る最硬の妖怪。接触した刃と褐色の肌は火花を散らし、そして刃のみが一方的に欠けていく。
「無駄……」
ガードしていた腕を振るわれ、明日菜は大きく吹き飛ばされる。膂力においても、明日菜は少女を下回ってしまったが、それでも少女へと遮二無二襲い掛かる。鈍器のように振るわれる大剣が悲鳴をあげ続ける。
鬼気迫る明日菜であったが、少女の方は明日菜をあしらいながら魔法使いへの攻撃を続けている。そして、とうとう終わりは来た。
何度もたたきつけられた大剣は限界を迎え、粉々に砕けてしまう。衝撃により浮いてしまう明日菜の体。そのどてっぱら目掛けて、再びあの巨大な拳が振り下ろされる。
砂煙が立ち込める。
「アスナ君っ!!」
高畑は叫びながら身をよじる事しかできず、辛うじて動いた手を握りしめ、地面にたたきつけた。
「だ、大丈夫、タカミチ!」
杖にまたがったネギが、明日菜を抱えて少女の拳から離れた位置にいた。明日菜はどこかぼんやりとした様子であるが、さっきまでのように少女へと向かおうとはしない。ただ自身の両手を見つめている。
風属性の魔法を得意とするネギだからこそ、間に合った。もし他の者であれば、一緒に潰さていただろう。
「うん……。二枚目もスペルブレイク……」
そして少女の弾幕も途切れる。
追撃の通常弾幕が放たれるが、ネギは明日菜を抱えたまま杖にまたがり、高速で動くことで回避していく。かなりの速度でありながらも、確実に弾幕を避けきっているのは、エヴァンジェリンの修行の成果か。ともかくネギに通常弾幕程度は通用しなくなり始めている。
とはいえ、それでもスペルカードを発動されれば、初見で複雑な弾幕が襲いくる。それはネギといえどもそう簡単に対処できるものではない。
「ラストスペル……『始まりの人間から作られし者』」
降り注ぐ光弾は今までと比ではない。スキマがないかのように押し寄せてくる。少女の眼前にひとつ魔力球が生まれ、そこから高速で馬鹿げた量の弾幕が矢鱈滅多らに撃ちだされている。
必死になって避けるネギだが、弾幕のパターンを掴めず、段々と弾に身体が掠めてしまう。
「ネギ、あそこ」
「明日菜さん! 大丈夫ですか」
弱々しくであるものの、明日菜が指を突きだす。
ネギの心配をよそに、明日菜は「早く」とネギを急かし、指差した場所へ移動させる。そこは弾幕が少なく、息をつく程度のことはできそうな場所だった。
しかしすぐに明日菜は違う場所を指差し、そこへネギを誘導する。ネギたちが移動し始めるとすぐに弾幕が殺到し、比較的安全だった場所は消滅する。
まるで次くる場所が分かるかのような明日菜のその振る舞いに、ネギは目を丸くして明日菜に問いかける。
「明日菜さん、これのパターンが分かったんですか!?」
「違う、ネギ。これにパターンなんてない。ランダムに撃っているだけよ」
普段の活力は見当たらないが、それでも明日菜はだんだんと元に戻ってきていた。受け答えもしっかりしてきている。しかしまだ様子のおかしな部分は残っている。いまもどこかぼんやりとしており、浮世離れをした雰囲気を発し続けている。
「明日菜さん、本当に大丈夫なんですか?」
指示に従いながらも、ネギは抱えた明日菜の様子を窺う。
「大丈夫。だからネギは避けることに集中しなさい」
しかし明日菜は額を抑えるものの、ネギへ無事だと告げ、とかく杖の飛行へ集中するよう告げる。
そしてその時は来た。
「ラストスペルブレイク……。私の負け……」
少女は攻撃をやめ、腕を降ろした。敵意はない。
魔法使いたちが静かに近づいていくが、とくに何の反応も示さない。そんな中、ネギは明日菜を抱えたまま少女へ近づく。
「あの、貴方の親とはいったい誰なんですか」
ネギが発した疑問、それに少女は反応した。
ゆっくりとネギの方を向き、初めて笑顔をこぼす。それは見た目相応の、華やかで、無垢なものだった。先程までの無表情なものではない。これこそが本来の姿なのではないかと思えるほどの自然な笑顔だった。
「アダム」
少女の身体が崩れる。慌てた魔法使いが捕縛魔法を使うが、それよりも早く少女は消えた。地面と一体化するように消え失せた。