元の姿となった小太郎はボロボロで気を失っていたため、二つ目の広場に置いて行くことになり、後ろ髪をひかれつつもネギたちは次の広場へ進んだ。
半数まで減った魔法使いたちは皆疲れやダメージが色濃く残り、さらに士気もだいぶ下がり始めていた。格上ともいえる相手との二連戦はいくら麻帆良の魔法使いと言えども厳しいものがある。それでも戦うのを止めるわけにはいかない。麻帆良を守るために戦えるのは、魔法使いたちだけだという自負があるからだ。それはプライドとなり、折れることを許さない、
少なくなっていく仲間に、歯ぎしりをしながらも先へ進み続ける。
三番目の広場の中央に、今度の敵はいた。黄土色の瞳をした褐色肌の少女だ。感情に乏しい人形のような瞳で静かにネギたちを見つめている。空に上がる気配は全くなく、地上で待ち構えていた。明日菜たちも今までと違うその少女の様子に、アーティファクトを取り出し警戒している。
「来た……」
蚊のなく声でぽつりと呟く少女はやはりなんの表情を浮かべることなく、激しい動きもないがその冷たい声に、友好の兆しなどが一切ないことが分かる。
先程の敵である禰々と戦った際は、彼女に人間への友好さがあった。しかしこの敵にはそういったものが全くない。冷めきった敵意のみが発せられている。
「じゃあ始めようか」
広場の上空に魔法使い全員が集まったら、少女は銃弾型の弾幕を地上にいながら唐突にばらまき始めた。弾幕は密度こそあるもののそれほど速くないのが幸いか。今までの戦いで随分とこの奇妙な戦いに慣れた魔法使いは、迫り来る弾幕は確実に回避しつつ、魔法の矢などの威力はないが素早く発動できる下級魔法を連続で放つことにより、攻撃を加え始めていく。まさしくそれは弾幕だ。魔法使いたちの妖怪に対して初めて行った明確な反撃であった。
様々な属性を孕んだ矢は、次次に少女へ突き刺さっていく。あれだけの属性の矢を一度に喰らえば、魔法使いの障壁などひとたまりもないだろう。ネギがその莫大な魔力で障壁を張ったとしても耐えられないほどだ。
だというのに、少女は顔色ひとつ変えなかった。身体を動かすたびに突き刺さった矢が砕け散り魔力に還る。
「無駄……」
それどころか段々と魔法の矢がはじき返され始めていた。
魔法障壁も魔力での身体強化もなしに行われる異常なその光景に、魔法使いたちの中に動揺が奔るものの、先までの戦いからそれくらいのことは行いかねないと、魔法を撃つのを止めない。
絨毯爆撃で射ち込まれる魔法の矢が万を超えたころ、ようやく少女が動き出す。
「そろそろ一枚目……『誕生 胎児への願い』」
少女の左右から弾幕がクロスする形で放たれる。それはらせん状に交差を何度も繰り返しながらネギたちに襲いくる。
しかもそのらせん状の弾幕から追撃とばかりに四方八方に新しい弾幕が放たれる。少しも気を緩めることなどできない中、らせん状の弾幕に変化が訪れる。一つ一つの輪が大きくなっていき、広がっていく。その分弾幕の密度は低くなり、多少は避けやすくなりつつあるものの、これから起こりうるであろうなにかにネギたちの警戒がいく。
そしてその予想は当たった。膨らんだらせん状の弾幕は最終的に少女を中心とした大きな球体となり、球体を覆うように再び少女の左右からクロスした弾幕が放たれた。
規模と密度を増した弾幕にネギたちは翻弄されつつも、しかし誰一人落ちることなく攻撃を加え続ける。
「……スペルブレイク」
少女が目を丸くしてつぶやくと、突如あれだけ勢いよく放たれていたすべての弾幕が消え去った。
「な、なにが?」
「スペルブレイク……。時間切れか一定量のダメージでスペルカードを破棄しなければならないこと……」
その言葉にネギの顔色が良くなる。ようやく誰一人落とされることなく、敵の攻撃をやり過ごせた。その事実がネギたちを勇気づけ、放たれる魔法の勢いが増していく。
「けど、無駄……。このていどで私は壊れない」
「こ、壊れないって、なにを言っているの?」
ネギは魔法の矢を撃つのをやめ、宙でとどまった。
四方八方から魔法の矢で撃たれる中、少女は顔色ひとつ変えず慌てることなくゆっくりとその問いに答えだす。
「貴方達の攻撃弱い……。私のからだ砕くにはあまりにも……。私の身体は大地そのもの……。お父さんの願いを叶えるために大地から造りだされた……。だから負けない……。お父さんの願いをかなえるまでは……」
「ちょ、ちょっと待って! 大地から生み出されたってどういうこと!? それにお父さんに造りだされたって?」
「当たり前……。私はゴーレムだから……」
その瞬間、ネギの目には口の中の下に張られた紙が見えた。そこには
ヘブライ語で書かれたその文字を張る式神は確かにゴーレムと呼称される。だが少なくともゴーレムならば少女のような形を取る事などできやしない。専門の魔法使いであろうとも、大型化してしまい人の身の丈をゆうゆうと超えた屈強な者しか作れない。少女は巨大どころか矮小ともいえる背丈だ。
「私がここにいるのもお父さんの願いをかなえるため……。あの妖怪は様々な知識を持っている……。だから知っているかもしれない……。死んだ人間と同じになる方法を……」
「死んだ人間になるって、どうして! 君は君でしょう? どうしてそんなこと言うの! そんなの駄目だよ!」
「それが私の存在意義……。それよりもどうして君は私から意義を奪おうとするの……」
「当たり前だよ! そんなこと決まっている! 人は他人になんかなれやしない! 君は君だけ。君を作ったお父さんの願いがなにか知らないけれど、死んだ人間になるなんて考えは駄目だ!」
必死に叫んで説得しようと言葉を重ねるネギだったが、ふと少女の顔が見えた。眉尻を下げ、困っていた。
「君との会話は何の参考にもならない……。知らないの……。私たちは意義がなくなれば消滅するだけなのを……。どっちみち私はお父さんの娘になろうとしなければ消えるだけ……。それが幻想……。存在意義を果たさぬ者は消え去るのみ……。もういい……二枚目……『ケテルへと至りし妄執』」
少女の周りを十の球体が現れる。それぞれが全く違う色合いに光り、どこか神々しさすら内包する。一番上に現れた球体が弾幕を放つ。
「待って! 消えるってどういう!」
「……」
ネギの疑問に少女は答えることなく、魔法使いたちを追い込んでいく。機械のような無感情さに、さしものネギも少女の説得に諦めが脳裏をよぎる。
だがそれでもネギは魔法を唱えず、歯を食いしばりながら少女への言葉を紡ごうとする。
「ネギ!」
弾幕を避けようとした瞬間、パターンが変化した。十あった球体が九つに減ると、弾幕の数が増す。急激に増加した弾幕がネギの肌を掠める。
地面で戦いを見ていた明日菜が叫ばなければ反応が遅れ、直撃したであろう。顔色を青くし、それでもネギは杖を握るだけだ。
少女はネギを見ることなく、魔法使いたちを落としにかかった。
「っ、てやぁ!」
明日菜が突如駆け出し、自身のアーティファクトで少女に斬りかかった。鈍い、硬質な音を立てて跳ね返される。
「排除する……」
故にそれは必然だった。
弾幕ごっこの最低条件は、弾幕を放てること。だから明日菜は今まで攻撃対象にされてこなかった。そして弾幕ごっこを行えないのであるならば、弾幕ごっこ以外の方法で少女は反撃するしかない。
振るわれた拳はビル一個ほどまで巨大化し、明日菜をすりつぶすために振り下ろされた。
「アスナさぁああああん!?」
ネギの叫び声が辺りに響く。
「あ、ああぁ」
土煙の中、明日菜の声がした。
しかしその声はあまりに弱弱しい。
「た、高畑先生……?」
「ぶ、無事かい? 明日菜君」
振り下ろされた拳の下敷きになっていたのは高畑だった。明日菜は高畑に突き飛ばされて、拳の餌食から逃れた。
しかしその代わり、高畑は血を口から垂れ流し、苦痛に堪えている。
「失敗した……。でもいい……。戦意はなくなった……」
明日菜はその場で顔を覆い、震えるだけだった。