東方魔法録   作:koth3

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短いですがどうぞ。
次回は長くする予定です。


人を愛した愚かな河童

「思いのままに全てを押し流せ、筑波嶺の川よ『歌符 (わか)れ集いし男女川(みなのがは)』」

 

 禰々が歌うように告げて一枚のカードを突きつける。なんの変哲もないカードだが、そこには男を追いかける女の姿が描かれていた。その絵に描かれた女は、本当に必死になって男へ縋り付くように追いかけている。

 ネギがその絵に気を捉われている間に、津波のような圧倒的な物量の弾幕が押し寄せ、暗い空が青で染め上げられる。すべての魔法使いがあまりの物量に魔法の詠唱を止め、避けるのに専念する。でなければ、十秒も耐えきることはできないだろう。まさしく鉄砲水というに相応しい。氾濫した川そのものがすべてを押し流そうと襲いくる。

 

「ぐわっ!」

 

 一人、また一人と落ちていく。前線の魔法使いたちは学園長室を出たときからもう半分を切った。バタバタと落ちていくその様は、あまりに人の力が弱いことを端的に示す。

 だがそれでもあきらめるわけにいかないと、残された者たちは死力を振り絞る。

 

「恋い慕う想いは離れども、また再び集う」

 

 川が割れる。逆V字に広がった弾幕。空白となった三角州にいる者たちは、素直に安堵することはできない。脳裏にすぎるは先に戦った、ウィルの弾幕。逃げ場をなくしてから本命の弾幕が襲い掛かるという攻撃。

 そしてこの弾幕もそうだった。突如眼前に現れる弾幕。青い本流にまぎれてなかなか気付けなかっただけで、全方向から弾幕が飛び交う。今までの前方だけを気を付けていればよかったタイプと違い、全方向の攻撃を避けなければならない。そんな状態では反撃する余裕などない。

 

「そしてより際限なく深まっていく」

 

 どんどんと増えていく弾幕。それなのに、本流が段々としまっていく。少しずつ避けるためのスペースを奪われていくことに、魔法使いたちは恐怖を覚える。閉まり切ってしまえばどうなるか、火を見るより明らかだ。

 しかし、一人だけ違った。小太郎だ。小太郎は弾幕を避けていたが、狼狽える魔法使いたちを見ていたがため息をつくと、ほとんど動かなくなった。弾幕が直撃しないよう最低限には避けるが、掠めた攻撃で血が勢いよく噴き出していく。

 

「しゃあない。もとは俺がやっちまったんやし」

 

 音を立てて小太郎の姿が変わる。背が大きくなり、体毛が濃くなり白く染めあがっていく。獣化だ。切り札である獣化を行い、体中に莫大な気を纏わせる。大量の気は、小太郎の体を硬く、速く、強くする。

 そして、

 

「うらぁああああ!!」

 

 強化した体の耐久力と回復力任せに弾幕の中を突っ切り、川へ飛び込んだ。

 

「こ、小太郎君っ!?」

 

 ネギが叫ぶ。小太郎が行ったことなど自殺行為でしかない。あれだけの力の本流に巻き込まれて生きていけるなど、ネギには考えられなかった。

 しかし、

 

「捕まえたで」

 

 川を抜けた小太郎は、傷だらけの状態で禰々へしがみついていた。

 振りほどかれないよう必死に力を込めながら、体中から気を集め、凝縮していく。どこまでもどこまでもどこまでも。

 禰々が苛立ちながら振りほどくために力を込める。

 

「悪いな、一緒におっちのうや」

 

 しかしそれよりも早く小太郎の気が一気に膨れ上がった。あたり一帯を爆炎と轟音が満たす。空が昼よりも明るくなったほどだ。衝撃は魔法使いたちへも襲い掛かるほどだ。障壁が衝撃と黒煙を防ぐ。

 それでもなお黒い煙が辺りを覆い続け、小太郎たちの様子は見えない。

 

「小太郎君っ!!」

 

 いつの間にか飛び交っていた弾幕が消えていた。

 ネギは黒煙へ飛び込んだ。小太郎の名を叫びながらその姿を探す。しかし見つからない。

 

「小太郎君っ!!」

 

 再び叫ぶ。しかし物音一つしない。

 

「小太郎、君っ」

 

 握りしめた拳から血がしたたり落ちる。

 

「ネギっ!」

 

 明日菜の声がした。驚いて声のした方を振り向けば、そこにはボロボロの小太郎を抱きかかえた明日菜がいる。その腕の中で小太郎は意識を失っているものの、呼吸をしていた。

 安堵し、ネギは駈けつけようとする。

 

「まだ終わってないわ!」

 

 だがそれよりも早く、明日菜の警告が飛ぶ。

 黒煙の中から飛び出てきた白い腕。それは、ネギの頭へ突き進む。今からでは到底避けることはできない。それでもネギは諦めず、魔力を体中に注ぎ込み、衝撃に身を備えた。

 

「私の負けだ、盟友」

 

 しかしその手はクシャリとネギの頭をなでただけだった。

 黒煙が張れると、禰々の姿が見える。あれだけの爆発だったというのに、ほとんど傷を負っていない。

 

「やれやれ、腹立たしいけれど、ルールは守らないといけないのがネックだな。本当だったら、あの小僧だけでも屠ってやるのに。……仕方がない、諦めよう」

 

 敵意は完全になくなったようだ。とはいえ敵だった事実は変わらない。ネギは跳び退り距離を取る。杖を構え、いますぐにでも魔法を使えるよう準備する。しかし禰々はなにもせず、ただにっこりと笑う。

 

「それでは、盟友。またいつか会える時が来ることを祈らせてもらうよ。私たち河童のためにも、盟友たち人間のためにも」

 

 近くを流れていた麻帆良の川へ飛び込み、どこかへ消えていく。空を飛ぶよりも速いその速力に、またもや魔法使いたちはその後を追うことはできなかった。




小太郎出撃と同時に轟沈。初登場補正なんてないんや。

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