東方魔法録   作:koth3

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忘れ去られた人と妖の関係

 禰々の放つ弾幕は、今までの敵が放ってきた弾幕と違い雨のように細く鋭く速くそしてなによりも量が多い。まさしく篠突く雨という言葉を体現した弾幕で、範囲は狭いものの視認しづらく、さらに速度も相まって避けづらく厄介なものだ。

 それでもさすがは歴戦の魔法使いたち、飛行魔法を巧みに使い弾幕の雨を避けていく。しかし今までとあまりに違う弾幕の量に対応しきれない者も次第に出てきてしまい、撃ち落とされてしまう。

 地上へ落下していく魔法使いたちは気を失っているが、地上で明日菜たちをはじめとした飛行できないものたちによって受け止められ怪我は負わずに済んでいる。さらに何よりも、敵である禰々が決して追い打ちをかけないというのもあるだろう。禰々が放つ弾幕は決して地上へ向かない。

 しかし段々と戦況は傾いていく。最初は軽快に避けていた者たちも、疲れなどからか次第に追い詰められていく。状況を打開しようと放つ苦し紛れの魔法は、発動しきる直前禰々が射線からずれてしまうので、魔力の無駄射ちと化す。千年生きたという禰々の言葉は伊達ではなかった。どれほどの才を持つ者であろうとも、経験を積んだ者であろうとも、高々百年も生きていないものに破られるほどその生は軽くない。唯一食いついていけるのは、六百年生きたエヴァンジェリン程度だ。

 そしてそのエヴァンジェリンが見るに、禰々は純粋に強い。先のウィルのように言葉を使い惑わすのでもなく、技巧に術の精度など、個々の能力すべてがエヴァンジェリンの知る限り最高峰だ。

 

「そろそろ行くよ、『秘境 河童にとりかこまれた我が盟友』」

 

 それは今までの弾幕と段違いに複雑さを増した弾幕だった。

 最初に緑色の弾幕が射ち込まれた。ある程度のところで動きを止めたその弾幕はそのままに、今度は青色の弾幕が飛ぶ。それはとても早く、矢鱈滅多らに撃たれるせいで、予想などが意味をなさず反射神経で避けなければならず、空を飛ぶ魔法使いのうち一人がその弾幕に撃ち落された。

 反撃の魔法が禰々へと射ち込まれるが、まったくダメージとなっている様子はない。詠唱の必要な魔法を使う隙がなく、下級魔法しか使えていないというのもあるが、使われる魔法に対して禰々があまりにも強すぎる。

 誰かが歯ぎしりを鳴らす。エヴァンジェリンがなんとか隙を見出し、「闇の吹雪」を放つ。しかしそれは避けられてしまい、虚空を凍らすだけに終わる。禰々はすぐそばを通り抜けた吹雪を何の感慨もなく見送った。

 そして、最後にひとつの黒い大きな弾が放たれる。それは人一人簡単に呑み込めそうなほどの大きさだ。黒々とした弾は、脈動しており、なにかの形を取ろうとしているようだった。

 

「ああ、盟友」

 

 まるで愛おしき者の名を呼ぶように、禰々はその黒い弾へ言葉を紡ぐ。しかし弾は弾。なにも答えることはない。禰々は涙を流す。

 はらりと涙が零れ落ちると弾幕がはじけた。

 黒い弾から幾百もの小さな黒い針状の弾幕が飛び散る。いままでの速度の比ではない。集中しなければ撃ち落されるだけだ。しかし、しかしそれはあまりに難しい。ここまでの連戦によるダメージ。禰々の力量。そしてなにより禰々の友好さが、魔法使いたちの動きを鈍らせてしまう。

 

「ネギっ!」

 

 そしてネギ・スプリングフィールドは、その最たるものだった。魔法使いたちの中でも一番汚れを知らないがゆえに、特にその影響を受けてしまった。ウィルとの戦いでは鋭い洞察力で弾幕を避けきった彼だが、今回は感情に捉われてしまい、逆に動きを鈍らせてしまう。

 死角から迫っていた弾幕にようやく気が付いたときには、もう回避は間に合わなくなっていた。

 

「しまっ」

 

 とっさに目を瞑るネギ。

 しかし予想していた衝撃は襲ってこない。その代わり襟首を掴まれ、無理やり引っ張られた。目を開けてみれば、後ろには、

 

「よう、ネギ。遅うなってすまんな。ようやく追いついんたや。それと、アンタらもいまは俺がだれかやなんて気にせんといてな。いま重要なのは、こいつらしばくことやろ?」

 

 犬神小太郎がいた。空を飛びながら、八重歯を剥き出しにして笑い。

 

「飛び入り参加かい? ううん、まあいいか。君も頑張ってくれ。そうしたらそれだけ私は彼と会えるから」

 

 禰々もまた微笑みすら浮かべ、敵対の意志を飛ばす小太郎を歓迎する。

 しかし小太郎は禰々の言葉に首をひねり、考え込む。

 

「あん? なんや、彼って。誰かいるんかいな? ……ああ、そういう奴か。ケッ、これだから女っていうのは。戦いに恋だの愛だの持ち込みやがる」

 

 唾を吐き、小太郎はくだらないものを見る目を禰々へ向ける。

 

「……」

「ん? なんや?」

「黙れ、小僧」

 

 唐突に辺り一帯を重苦しい殺意が包み込む。もはやそれは物理的な力すら持ち、その場にいたすべての物を叩きつける。魔法使いたちのの中でも特に強者を除き、全員が苦しそうにもがく。

 

「私の想いを、私の願いを、私のすべてを侮辱したな」

 

 弾幕が途切れる。

 だが誰一人動くことはできずにいた。エヴァンジェリンですら、その殺意に足止めされてしまっている。否、それはもはや殺意ではない。荒れ狂う川の氾濫と同じように、それはすでに自然災害と同レベルの危機となっている。

 

「うわっ!」

「っ、明日菜さん!」

 

 広場から水が噴き出していた。偶々近くにいた明日菜はその水に驚き、尻餅をついている。そして下に意識を向けたネギは見た。麻帆良学園の至る所から水が飛び出しているのを。それは川の水であり、水道の水であり、地下を流れる水であったり、とかく水であるならば、禰々の怒りに呼応するかのように噴出している。

 

「あの人を、あの人への想いを」

 

 ネギが顔あげて見たのは、まさしく妖怪だった。おどろおどろしい空気を醸し出し、先ほどまであった人情が完全に消え去っている一匹の妖怪。誰もがそれが禰々であることを一瞬疑った。

 狂気そのものが存在しているかのように、禰々の周りは歪んでいた。

 

「へっ、面白いやないか。やったら、俺を倒して、その思いとやらを俺に認めさせろ!」

「いいだろう、小僧。妖怪にすらなれないただの猿真似の人形の子孫が。思い知れ、すべての生命を押し流す水の力を。堕ちた水神の力を!」

 

 禰々が懐からカードを取り出す。二枚目のスペルカードが発動された。


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