東方魔法録   作:koth3

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お久しぶりです。私事が片付いたので、更新再開いたします。


忘れられし人の友

 ユギの語った通り、ネギたちが向かった三つ目の魔力だまりには大柄な女性がいた。

 しかしその女性は今までの敵と違った。一切の警戒をしておらず、無防備にも広場の中央に座り込み、傍らに転がされた黄色い油汚れが目立つ大きなリュックサックから様々な道具を取り出して、なにやらいじくり回している。近くにはばらばらになった街燈が転がされていた。

 近くにネギたちが着地したというのに、振り返ることすらない。

 

「ほー、へー。うん、なるほど。これがこうなって、するとああなると」

 

 女性はネギたちに気が付いていないのか、夢中で手にある物をいじくり回す。爪の間が油で黒く汚れた手は、とても器用に機械をなでまわしている。あっという間に部品まで分解しては、再び組み立てなおされていく街燈の一部。そのたびに女性は喜色を満面に浮かべ、はしゃぐ。

 

「あ、あー、すまないが、そこの君?」

 

 煙草をくわえ、苦笑いとともにためらいがちに声をかける高畑。背を向けて何やら夢中になっている相手に先手必勝と殴り掛かることはさすがにできなかったようだ。

 

「うん? ……うわっ!?」

 

 振り返った女性は目を丸くした後、機械を放り投げて跳び上がり、転がっている街燈の柱の部分に蹲り隠れようとする。しかしかなり大柄な女性では――高畑よりも背が高く大きい――まったく隠れきれていない。頭を抱えてブルブル震えていたが、元々丸見えの状態であるもののおそるおそると顔を柱から出して魔法使いたちを覗き見る。

 

「な、なんだ、盟友じゃないか」

「め、盟友?」

 

 先ほどまでの敵と違いあまりにも人間臭い女性の所作に、魔法使いの誰もが困惑を隠しきれていない。敵対すべき存在であるだろうが、どうにも闘気が出てこない。

 それどころかなぜか女性は笑顔になって握手を求めてくる始末だ。あまりに友好的なその態度に誰もがやりづらさを感じた。先程までの敵意剥き出しの方がはるかに戦いやすい。

 

「その、盟友ってどういうことですか?」

「うん? それは決まっているじゃないか。盟友は盟友さ!」

 

 話になっていない。ネギは頭の痛みを自覚したが、それを務めて無視し話を続けた。

 

「いや、そのどうして僕たちを盟友というんです?」

「え? 昔からそうだろうに。私たち河童と人間はそういう約束を決めたんだよ、もうずいぶんと昔に。私が子供だったころからだから、千年くらい前かな?」

 

 返ってきた内容の荒唐無稽さにネギは愕然とした。千年。千年もの時間はなにもかもを変えてしまうには十分だ。ネギの故郷、イギリスですらまだ生まれていないほどの大昔。その約束を覚えているというだけですごいが、なによりそれを信じきっているその純真さに、目の前にいるのが敵であることを忘れてしまったほどだ。

 

「か、河童?」

「そうだよ、私は河童さ」

 

 明日菜が河童の女性の頭を見る。そこは帽子で隠れているが、青い髪に覆われており、別段おかしなところはない。ネギが小首をかしげると、明日菜が叫ぶ。

 

「頭にお皿がないじゃない!」

「いや、皿を頭にのせたことなんて一度もないんだけど……」

 

 困り顔で頬をかく女性。やはりその動きはとても人間臭く、そして純真無垢だ。どうしても敵に見ることができず、ネギはおそるおそる尋ねた。

 

「あの、どうしてこんなことをするんですか。麻帆良を襲って。していることを見れば、盟友という言葉が嘘じゃないですか」

「うん? こんなこと? ああ、そうだね、少し難しい話になるかな。私たちだって、本当は盟友に迷惑をかけたくはないんだよ。でもね、私たちに残された時間はもうない。あと数十年もしたら完全に消えてしまう。存在自体が消滅し、河童という存在が、人間との絆は完全に消え去る。それだけは避けなきゃいけないんだよ。その為に、こうしているんだ」

「ど、どういうことですか? 消えるって」

「? 当たり前じゃないか。妖怪は人間の恐怖から生まれた。だから人間が妖怪を認識しないと、恐怖しないと妖怪たちは存在を保てない。泡沫となって消え去ってしまう。誰の記憶からも、ありとあらゆる歴史の中からも。私たちだって、消滅したくはないんだよ。せっかく人間と盟友になれたというのに」

 

 悲しげに女性は肩を落とす。そこに一切の嘘はないだろう。心の底から残念に思っている。それくらいネギにだってわかる。

 

「け、けどそんな話聞いたことありませんよ! 嘘をつかないで下さい!」

 

 しかしその発言には聞き逃すわけにはいかないものが含まれていた。妖怪が消えるなんて話は魔法使いたちも知らない。

 

「当たり前だろう。だって、お前たちは忘れようとして、何百年も時間を費やしたじゃないか。知恵と歴史を伝えるはずの書物を捨て、己が作り上げた使い魔たちを魔物と蔑ませ、そうしてようやく妖怪を滅ぼしてきたんじゃないか」

「えっ?」

「本来妖怪が喰らうはずの恐怖を使い魔たちに吸収させ、妖怪を弱らせていった。だから今こうして私たちが暴れ出しているのさ」

 

 寂しげに笑うと、女性は宙を飛ぶ。後を追いかけ慌てて魔法使いたちも飛ぶ。しかしその顔色は誰もが困惑に塗りつぶされている。

 

「さて、そろそろ始めようか。私は禰々(ねね)。河童の頭領をしている者さ」

「ま、待ってください! 貴方は戦いたくないんでしょう? だったら話し合って」

「もう話し合いでなんとかなるようなところじゃないんだよ、盟友。もっと前にだったら間に合ったかもしれない。でも、もう遅い。これは河童という妖怪の生き残りをかけた戦い。だから手を抜くわけにいかない。この日の本に住まう同胞(はらから)のために。怨むなら怨んでくれても構わない。だけどお前たち人間がまだ河童を盟友として思ってくれるならば、どうか全力で戦ってくれ。そして私たちを止めてくれ。それだけが私の願いだよ」

 

 水色の光球が、付きだされた禰々(ねね)の手から放たれる。

 話し合いは決裂した。


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