東方魔法録   作:koth3

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哀れな魂を暖める種火

 迫り来る弾幕の嵐に、魔法使いたちは各々必死になって回避を続けていた。瀑布の如く襲い掛かる弾幕、それらは当たるだけで戦闘が続行できなくなるほどの力が込められている。エヴァンジェリンですら弾幕を受け止めるのではなく回避を選択しているほどだ。

 迫り来る弾幕の赤々とした光がかすめるごとに、魔法使いたちの肌が泡立つ。先ほど戦った長谷川千雨もまた強かったが、その力は分かりづらく恐ろしいと思えるようなものではなかった。しかしウィルは違う。火という分かりやすい恐怖が形を伴い襲い掛かる。歴戦の戦士であろうとも、人間の本能を失っているわけではない。むしろすぐれているがゆえに、火がかすめるごとに精神をゴリゴリと削られていく。

 

「クッ、隙がない!」

 

 放射されている弾幕の範囲はかなり狭い。その分弾幕の密度が濃く、避けるだけで精いっぱいだ。だからといって上下へ避けようとすれば、停まった弾幕に自ら突っ込むことになる。だからその選択は取れない。たとえせせら笑われようと、渦に捉われた粗末な筏のように、神頼みをするしか魔法使いたちにはできやしない。

 

「うわっ」

 

 しかし限界はくる。魔法使いたちの多くはまだしも、どれほどの天才だろうとも、経験は絶対に埋められない。迫りくる攻撃をただ一方的に避け続けるストレス、疲労などその他もろもろが重なり、ネギの動きに精細さが欠けていく。

 そしてネギは高度を下げ過ぎ、その杖を弾幕に触れさせてしまう。

 

「しまっ」

 

 来る衝撃に備え、障壁を強固にする。しかし予想と違い、衝撃等発生しなかった。

 

「……まさか」

 

 脳裏にウィルの嗤う顔が浮かび上がる。

 

「やられた……!」

 

 ネギは杖先を止まった弾幕へ向け、突っ切った。弾幕はネギに触れるが特に変化はない。

 ネギの考えは当たっていた。すなわち、上空と下を漂う弾幕が、幻であるということが。

 そして放射されている弾幕は、ネギのところにまで来ない。ウィルがネギを一瞥し、つまらなさそうにした。

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル 来れ雷精 風の精 雷を纏いて 吹きすさぶ南洋の嵐 雷の暴風!」

 

 ネギの放った魔法は途中にあった弾幕を飲み込み、その奥にいたウィルを飲み込んだ。五秒も雷の嵐が蹂躙する。

 あたりを浮遊していた弾幕が消えていく。見れば、ボロボロになったウィルが涙目で白旗を振っている。

 

「降参、降参だよ~。イタタタ。ああ、ひどい。さすがの私もそこまで攻撃的じゃないのに」

 

 しかし誰も警戒は解くことなく、ウィルの一挙手一投足に注意を払う。なにをするか分からない。なにを隠し持つかが分からない相手だ。その程度の警戒は当たり前だ。なにせ魔法も使わずシスターシャークティの攻撃を無力化したのだから。

 それに相手はかのジャック・オー・ランタンだ。白旗を上げたとはいえそれが嘘だとしてもおかしくはない。いや、その可能性の方が高いだろう。なにせ、聖人すらもだましきった人物だ。下手に動くわけにいかない

 

「さすがにそうも疑われると涙が出てきそうだよ。でもまあ、仕方がないか。さて、じゃあ、そろそろ私は帰るね」

「させると思うか?」

 

 白旗をしまったウィルが帰ろうとするが、さすがにそれを許すわけにはいかない。魔法使いたちが詰めよろうとする。

 

「うん? 君たちバカ?」

 

 しかし次の瞬間、ウィルの持つランタンから炎が飛びだし、地上に墜落しているガンドルフィーニと葛葉の二人の回りに火を移す。

 

「弾幕ごっこで勝った程度で何言っているの? 私からしてみれば、お前らなんて誰もが塵以下なんだよ」

「なっ! 卑怯だぞ! 二人を解放しろ」

 

 ため息をついたウィルが額に手を当てた。

 

「もう一度言うよ、君たちバカ? そもそも私は地獄に落ちることすら拒絶された人間だぜ? まさかそんな存在がお前たちの正義とやらがいう正しい行いに従うとでも? いいや、しないね。そもそも私は弾幕ごっこは好きじゃないんだ。今回はそうしなければならないから嫌々していたにすぎない。他の奴らはまだしも、私に指示したいならば、力づくできなよ。聖ペテロをだました、悪霊たるこの()を!」

 

 ウィルから放たれる魔力はエヴァンジェリンをも上回った。

 当たり前の話だ。いくらエヴァンジェリンが恐れられようとも、それは魔法使いたちだけ。裏の世界で僅かにおそれられているにすぎない。しかしジャック・オー・ランタンは違う。世界中にその逸話は広がり、いまでも世界中でハロウィンにその姿を見せるほどだ。格が違う。妖怪としての。

 魔法使いたちが後ずさりする。エヴァンジェリンですら、驚きを隠せていない。

 

「貴様、手を抜いていたな?」

「まだまだeasyだっただけさ。安心しなよ、次はnormalだ。あいつはまっとうに狂っているからきっと楽しめるよ」

 

 ケラケラ笑い、ウィルはランタンを高々と掲げた。そこからあふれ出した火はウィルを包み込む。火が消えると、そこにウィルの姿はなかった。ガンドルフィーニ達の周りで燃え盛っていた炎も消えている。

 

「逃げられたか」

「いたしかない。先に進むしかないでしょう」

 

 敵の強大さが見えてきた。それは絶望的にしか思えないものだったが、魔法使いたちにとって、敵の輪郭が見えてきたことにほかならない。苦しいが、それでも前へ進む動きに力強さが増していく。

 

 

 

 次の魔力だまりへ向かう最中、後衛部隊から前線で戦う魔法使いたちへ連絡が届いた。念話を利用した術式だ。全員の前に魔力でできたウィンドウのようなものが開かれる。

 

『聞こえますか、みなさん』

「ユギ!」

 

 ジャミングでもされているのか、ユギを映し出す画像は荒い。おそらく何名かが協力して念話を送っているのだろう。魔力の“色”が複雑に混じり合っている。

 

『どうやら聞こえているようですね。先ほど一つ目の魔力だまりを奪還しました。汚染されたかの地を清めているところです。倒れた人員は回収し、治療を施しています。イベント参加者たちもいま治療を進めています。』

「そ、そう。よかった」

『今からそちらへ向かい、ガンドルフィーニ先生と葛葉先生を回収しますね。さて、ここまでの戦いでだいぶ相手の力についてわかってきたので報告をいたします。どうやら彼らの力は単純な魔力や気とは違うようです。一番近いのは高畑先生の感卦法ですか。ですから本来不死者であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルのような存在でもダメージを負うようです。それと、神楽坂さん』

「えっ、私?」

『ええ。あなたの力、完全魔法無効化能力ですが、今回の相手には有効かどうかが分かりません。過信しないで下さい。あなたの力が通用すればいいのですが、通用しなければその身が危ないですから』

「う、うん。分かった」

『それでは気を付けてください。それと電子関係は大分奪い返せてきています。監視カメラからの情報によると、次の魔力だまりには大きなリュックサックを背負った大柄の女性がいるはずです。それが敵のようです』

 

 それだけ言い切ると、念話が切れた。術者の限界が近かったのだろう。とはいえある程度の情報が分かっただけもうけものだ。

 魔法使いたちは次の魔力だまりへ急ぐ。新たな戦いが近づいていた。

 そんななか、ネギだけはユギの様子に違和感を覚えた。それがなんなのかまでは分からずとも。しかし今はそんなことよりも麻帆良を奪還しなければと、いったん置き次へと急ぐ。

 それこそが千雨の言う罪だと気付けずに。




二枚目のスペルカードはだますものでした。上空に漂うのが天国。下に漂っているのが地獄。そしてその中間が現世ですね。だからジャック・オー・ランタンであるウィルの攻撃は、現世にしか行われないという完全に相手をだますことを主眼とした攻撃でした。
主人公補正で勝ったネギですが、次回からはとうとうnormalです。

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