東方魔法録   作:koth3

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正義にかかる罪

 悔悟棒を魔法使いたちへ突きつけた千雨は、素早く自身の体に眠る力を練り上げて、外界へ干渉を施す。魔法とは全く別の法則により、世界の法則を塗り替える。否、作り直す。それが法の神、裁きの神としての力。

 生みだされたのは、数十を超す光球。それらはドッジボール程度の大きさしかない。弾幕ごっこに使う玉としては最小と言えるだろう。だからこそ数多く作りやすいという利点もあるが。

 

「そ、そんな! 無詠唱であれだけの魔法を!?」

 

 魔法使いたちからざわめきが漏れ出す。一々精霊に魔力という対価を渡さなければならない魔法では、ここまでの弾幕を作り出すのに詠唱が必要だ。絶対的な格の差。それは力とか技術とかそういうものでなく、存在としての差だ。人間が、高々吸血鬼がどれほどの力を振り絞ろうが、純粋な神には敵わない。かつてエヴァンジェリンがリョウメンスクナノカミに勝てたのは、それが両面宿儺の息吹でしかなかったからだ。本体が顕現していた場合、今頃エヴァンジェリンは存在しなかっただろう。それだけの力を有すがゆえに、人は恐れ敬い祀り上げる。そして長谷川千雨は今やその恐れの対象なのだ。

 

「魔法ではない。これは神の生み出す法則だ」

 

 長谷川千雨に魔力で光球を生み出すことなどできやしない。なにせ、自身の力を知って、まだ半年も過ぎていない。いくらか年月を経ればそれもできるかもしれないが、現状千雨にできるのは閻魔としての力の行使だけだ。すなわち、嘘を暴く事と、裁きを下すこと。この光球は、閻魔として世界にくださせる裁きの現れ。世界が彼らに与える罰でしかない。

 

「こいつはお前たちの罪の大きさに応じ、威力を変える。罪を犯せば犯すほど、裁きは重くなる」

 

 千雨は悔悟棒を静かに振り下ろす。その動きに応じて、光球が一直線に魔法使いたちを襲う。

 魔法使い全員が弾幕を避ける。困惑はしていようとも、歴戦の魔法使いだ。動きに迷いがない。再び千雨は弾幕を作ると、放ち続けていく。坦々と、機械的に。

 

「私たちに罪だとっ!」

 

 誰かが叫ぶ。正義の魔法使いが罪を犯すことなどあり得ないと。だが千雨は嗤う。

 

「そうさ。お前たちはいつも罪を犯しているじゃないか。自分たちの都合がよいように心を操り、記憶を弄り回す。それが罪でないとでも? それは罪だ。それも殺人と同罪の」

「な、なんだとっ!?」

 

 千雨の言葉に噛みついてくる魔法使い。

 

「当たり前だろう。人の心は、その人のすべてだ。それを失わせる、弄るというのは、その人自身の生を奪うことと同義だ。人はその人自身だけが心を自由にしていい。他の誰もが、どんな論理を振りかざそうと触ってはならない聖域、それが心だ」

 

 千雨は視線を魔法使いたちから外す。今は失われているが、本来そこにあるはずの結界へ目を向ける。それは人の心を操る禁断の魔法。決して使ってはならぬ、倫理を踏み外した術。魔法だから魔法使いたちはそれが正しいと思っている節があるが、それは間違いだ。なにせ、その魔法は一般的に洗脳と呼ばれるものだからだ。

 洗脳。人の思想、人の感情を他者の想うどおりに歪める方法。操り人形とさせる方法。解除するのはかなりの時間がかかり、苦しみを伴う。

 防衛だけの結界ならば、それは罪でなかった。身を守ることはすべての生命が持つ権利だからだ。しかしそれに洗脳術式を入れたことが、罪だ。他者を支配していい権利などだれも有さない。

 ゆえに裁く。千雨は裁きを下さなければならない。。

 

「それを知りながら、放置していた魔法使い。彼らは全員死後、無間地獄へ堕ちた」

 

 それは事実だった。千雨がその判決を下した時にふと気になり調べたが、麻帆良学園にいた魔法使いはその死後、全員が無間地獄へ落された。すでに罰は下され、贖罪に苦しんでいる。

 そしてその裁判では、閻魔王をはじめ、十王が全員その判決を支持した。それはあまりの事態でもある。だからこそ千雨はこうしてその事実をまだ生きている彼らに伝えていた。

 

「ふざけるな! そんなはずがあるわけない!」

 

 だがそれは伝わらない。凝り固まった思想は、強固な信念を生み出すが、同時にほかの考えを否定してしまう。それが、長谷川千雨の、閻魔王の慈悲だと知らず。

 

「結構。私としては、お前たちがそれを受け入れないのならそれでいい。私はお前たちでないからな。だが少なくともこのままならばお前たちは死後、地獄に堕ちる」

 

 闇を纏う吹雪が千雨を襲う。素早く横へ飛び避ける。しかし服の裾が凍りついた。

 

「ふん、そんなくだらないことはどうでもいい。私はただ貴様が気に入らないだけだ。閻魔? 正義? ふざけるなよ。貴様は私を侮辱した。その罪は償ってもらうだけだ」

「……まあ、お前にとってはそうだろうな。受け入れないだろう。いや、そもそも麻帆良の魔法使いとお前の罪は全く別物だ。確かにお前も悪だ。多くの人間を殺してきた。しかし、それでもあえて言うならば、お前の罪はお前が最初に殺した、否、食べた人間に対しての罪だけだ」

 

 エヴァンジェリンA・K・マクダウェル。魔法使いたちにとって最も悪い魔法使い。しかしそれは魔法使いからしてみればだけだ。是非曲直庁からしてみれば、その罪は恐ろしいほどに少ない。貴族としての教育を受けたためか、神へ信仰を捧げていた幼少期。それは清らかで、罪を犯したと言っても子供が付く程度の多少の嘘くらいだ。そんなことで閻魔は地獄へ落としはしない。では悪の魔法使いとして存在したことが罪か。それも違う。なぜならば、悪の魔法使いである由縁たる罪は、正当防衛だからだ。正義の魔法使いに襲撃され、身を守るために殺していたにすぎない。あえてそれでも悪の魔法使いとしての罪を挙げるならば、ネギを襲ったことが唯一の罪だろうか。

 だが、そんな彼女でも確かに罪を犯したのだ。それは……、

 

「父母殺し。それがお前の罪だ」

「キサマァアアアア!!」

「ま、マスター!」

 

 吸血鬼となったエヴァンジェリンが初めて食した人間。それは実の父母だった。ゆえにそれが罪だ。しかしそれでも殺した数は少ない。麻帆良の魔法使いと比べれば。

 だがそれでも罪だ。

 

「だから私は裁く。罪を裁き、新たな生を促すために」

 

 激昂し飛びかかってくるエヴァンジェリン。溢れだした魔力と殺意が重圧となり、千雨を縛り付けようとする。だが千雨は何ら慌てることなく懐から一枚のカードを取り出す。それは表に秤と、その秤の皿に白い羽が乗っている絵が描かれていた。

 

「『審判 マアトの羽』」

 

 今までの光球は、千雨から魔法使いたちへと横方向から襲い掛かっていた。しかしその宣言とともに現れた光球は、上空から魔法使いたちの近くに浮遊して近づいていく。

 激昂しているエヴァンジェリン以外はそれらに対する対処を試みていた。離れようとする者、破壊しようとする者。しかし離れれば、その分だけ光球は近寄る。破壊しようにもすべての攻撃がすり抜ける。

 そして、時は来た。

 

「審判が下される」

 

 一斉に羽が飛ぶ。魔法使いたちの上空へ浮かび上がった光球はブドウほどの赤黒い玉へと変わり、とてつもない速さで雨あられと降り注ぐ。

 

「なっ!」

 

 とっさに障壁で身を守った魔法使いが沈んでいく。生き残った者は、とっさに回避を選択した者たちだ。それでも無傷ではない。傷をどこかしらに負っている。それはエヴァンジェリンも例外ではない。

 

「馬鹿、な? なぜ、傷が癒えない!?」

 

 不老不死であるといわれるヴァンパイア。その回復性能は、他の妖怪を凌駕するだろう。かつてエヴァンジェリンが語ったように、無敵の身体だ。しかし相手が悪すぎた。敵対したのは妖怪に対しての絶対的な敵である神。さらには死と裁きを司る神だ。死から逃れる不老不死と、罪を抱えるエヴァンジェリンでは最初から勝ち目がなかった。どうしようもないほどに、相性が悪かった。天地がひっくり返ったところで、エヴァンジェリンが勝つのは不可能だろう。

 

「当たり前だ。裁きが消えることなどあり得ない」

 

 千雨は魔法使いたちへと背を向けた。

 

「私のスペルカードは一枚。これでおしまいだ。お前たちの勝利だよ、魔法使い」

 

 それだけ言い残すと、静かにその場から離れていく。

 しかしふと思い出したかのように、ネギの方へ振り向いた。

 

「お前の罪はまだ裁かれていない。この先にお前に対する執行人がいる。そこで知れ。お前の罪を。そして悔やめ。お前が捨ててしまったものを。お前が知らずに見捨てた幸せを」

「えっ? ま、待ってください、千雨さん!」

 

 それだけ言い残し、長谷川千雨は怨霊の壁へと消えていった。




長谷川千雨。実は黒が勝てない相手の一人ですからね。これくらいは簡単にできます。

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