東方魔法録   作:koth3

78 / 110
真実へ至る黄泉比良坂

「ネギ!」

 

 学園長室に着くや否や、明日菜が飛び出しネギの肩を掴む。

 

「なにがどうなってるの、一体! それに超は!? 超はどうなったの!」

 

 慌てふためく明日菜の声は、静まり返った学園長室にむなしく木霊する。ただネギは首を振るだけだ。一言もしゃべらない。

 そのネギの態度により一層明日菜の力が強まる。

 しかし明日菜の肩に手が置かれ、ネギを振り回すのを止められる。

 

「明日菜君、落ち着きなさい」

「高畑先生……」

 

 切羽詰まった様子の明日菜であるが、高畑の声に多少落ち着きを取り戻したらしく、ネギの肩から手を放す。しかし焦燥に満ち溢れた表情まで変わることはない。それはこの場にいる多くの者もそうだ。わずかな魔法使いたちに、高畑、近右衛門、ネギ、明日菜、木乃香、刹那、朝倉、のどか、夕映、そして黒。

 エヴァンジェリンだけは、例外的に笑っているが。

 解放されたネギが辺りを見渡す。最初に学園長室に集まった時よりもはるかに人は少ない。超との戦いで多くの魔法使いが倒れたようだ。

 

「学園長、他の方は?」

 

 分かっていることだが、一縷の望みでネギは尋ねた。

 

「超君の軍勢はどうやら呪詛を使ったようでの。学園結界すら消し飛ばしてしまうほどの呪いじゃ。それらに呪われてしまい、いまはその解呪で手一杯。これ以上の人員は動かせん」

 

 横目で今いる魔法使いをネギは窺う。

 部屋の中にいる魔法使いたちは十数人しかいない。しかし同時に彼らの力は決して侮れるわけではないということも感じ取っていた。研ぎ澄まされた魔力が重く静かに漂う。チクチクと肌に突き刺さるほどだ。

 

「幸いというべきか、この場にいる者たちは魔法使いの中でも屈指の実力者じゃ。先ほどの戦いの傷も疲労も、ユギ君の魔法薬で治癒し終えている。戦力は低下したかもしれんが、純度はむしろ向上しているじゃろう」

 

 残酷であるが、近右衛門の言葉は正しい。超との戦いで負傷し倒れた者たちは、麻帆良全体でいえば九割を超えるだろうが、戦力でいえば半分にも満たない。麻帆良の戦力の中核をなしているものは傷ひとつない。むしろ役立たずは存在しなくなったともいえる。

 

「時間がないからあまり調べることはできんかったが、後方の魔法使いたちの調査結果が上がっておる。それによると、あの黒いものは怨念のようじゃ。それもかなり強いものらしい。無理やり超えることはできんじゃろう。その怨念が列をなしてある種の道を作っておる。それぞれの魔力だまりを通過し、最後に世界樹のもとへ行く道を」

 

 窓からは、怨念に満たされた麻帆良学園が見える。あの中を突破することなどどれほどの存在でも不可能だろう。ネギは納得し近右衛門の話へ再び注意を向ける。

 

「敵の思惑に乗るであろうが、対抗策がないのも事実じゃ。これより魔力だまりを経由し、世界樹のもとへ行く。異論はあるか?」

 

 誰一人反応を示さない。ただその瞳に力を籠らせるばかりだ。

 

「うむ。では皆の者頼んだぞ。ユギ君をはじめとした後衛部隊は情報収集に前線のサポートを」

「「「「「はっ!」」」」」

「はいっ!」

「ふんっ! まあ、仕方がないか」

「……」

 

 ネギに明日菜・刹那・エヴァンジェリン・高畑・魔法使いたちが部屋を出ていく。その後ろ姿を見つめる瞳に気付けず。

 

 

 

 校舎を出ると、そこは普段の麻帆良と全く違った。空には白い毛玉のようなものが浮かんでいる。

 

「あれは?」

「どうやら低級な妖怪のようです。一般人でも対処は十分できる程度の力しか持たないでしょう。とはいえ、ここまで数が多いと無視をするのも危険ですね」

 

 ネギの疑問に、刹那が答える。その白い毛玉のような妖怪は、なにかを口から吐き出しつつ、宙を滑空している。たしかに感じ取れる力はあまりに弱い。それこそ一般人の子供ですら退治できるのではないかと疑ってしまうほどに。

 

「どうしましょうか?」

「私に任せろ。射線上に誰もいないのは確認済みだ」

 

 サングラスをかけた魔法教師が前に出、フィンガースナップを響かせる。それが魔法行使の合図なのか、その魔法使いの前から巨大な竜巻が現れ、毛玉を吹き飛ばす。雷こそ纏わないものの、ネギが好んで使う雷の暴風に良く似ていた。

 

「さあ、いくぞ」

「は、はいっ」

 

 空いた道をネギたちが突き進む。道中現れる毛玉は、魔法使いたちが迅速に対処するため、障害にすらならない。

 

「あれは?」

 

 そして魔力だまりが近くにまで来ると、空を飛ぶ人影が見えた。それは中学生くらいの背丈の影だ。何者かは分からない。しかしこんな異常な状態で空を飛んでいる存在だ。敵の一員と考えて間違いはないだろう。

 しかしその影に、ネギはなにか嫌な感覚を覚える。それはどこかで見たような気がしてならない。その感覚を必死に振り払い影の顔を視認した時、ネギは愕然とした。

 

「やっと来たか」

 

 そこにいたのは、3-A所属の長谷川千雨だった。

 

 

 

 千雨はアシンメトリーが特徴的な、豪奢な服を着ている。それは王侯貴族のような威厳が満ち溢れたもので、自然と頭を垂らしてしまいそうになってしまう。

 なによりもそれを着る千雨は美しく、神々しい。周りから漂う悪意がそこにだけは存在しないかのように、存在が透き通っている。あまりの神聖さに、知らず知らずのうちに畏敬を覚えてしまうほどだ。

 

「どう、いうこと? 千雨さん?」

 

 そんな中、明日菜が震える声で尋ねる。誰もが思った疑問を。しかし、顔色ひとつ変えず千雨は、ネギたちが望まない答えを出した。

 

「ん? 私がここにいる理由か。そうだな、いうなればチュートリアルだ。きちんとしたルールを知らずにここから先へ行っても、なにひとつなしえないだろうからな」

「……よくそんな大言壮語を吐けるものだ」

 

 あきれ果てた様子でエヴァンジェリンがため息をつく。しかし千雨は特に返すことはなかった。ただ淡々とした口調で続けるばかりだ。

 

「まあ、そう言うな。さて、ルールを説明しようか。これからお前たちは私たちと戦うことになる。その戦いにおいて、私たちはとあるルールを自身に課す。それが『弾幕ごっこ』と呼ばれる遊戯の特徴だ」

「ごっこ、だと?」

 

 千雨の言葉にエヴァンジェリンの魔力が膨れ上がる。顔が真っ赤になり、その怒気が手当たりしだい撒き散らされていく。近くにいるネギの肌が泡立つ。

 

「ごっこだと? 戦いを、ごっこ呼ばわりするだと? この私を相手にごっこをするだと? ふざけるなよ!」

 

 エヴァンジェリンの怒声に合わせ、その周りが凍てつく。漏れ出した魔力が引き起こした現象だ。誰もが顔色を青ざめる中、しかし千雨は顔色ひとつ変えない。

 

「事実だ。お前がどう思おうが、私たちはそうするだけだ。それもこの戦いのために造られたルールの意義だ。さて、お前たちは私たちが放つ弾幕にあたり、落ちれば負け。私たちを落とせればお前たちの勝ちだ。そして私たちは何回かスペルカードと呼ばれる物を使うだろう。それぞれ宣言する枚数は違う。ただそれだけの簡単なルールだ」

 

 ふわり。

 舞うかのように軽やかな足取りで、千雨は距離を取る。ギリギリ顔が視認できる距離だ。魔法の矢ですら、こう距離があれば簡単によけられてしまうだろう。

 

「さあ、審判の始まりだ」

「審判だと? 神にでもなったつもりか?」

「つもりなんかじゃないさ。元々そうだった。生きとし生けるすべての存在の最期に裁きを下す。それが私の役割。長谷川千雨というヤマザナドゥに求められたこと」

「ヤマザナドゥ?」

 

 明日菜の疑問に、千雨は顔を向けることなく答えた。

 

「ザナドゥは楽園を意味する。ヤマは、最初の死者であり冥府の王。中国において訳された名前は、閻魔王」

「え、閻魔?」

「そうだ。私の血筋はヤマの血筋。だから私に嘘は通じない。この虚構だらけの学園なんて、私にとってはフィクション以下のリアリティーしかなかった。だがようやく、虚飾は消え去る。真実があらわになる。……さあ、終わりを告げよう。嘘を裁き、真実を伝えよう。この学園の罪を暴き、裁き、罰を与えよう。いまここに、十王裁判を始める!」

 

 地面が揺れる。低い地鳴りの音に、空を飛べるものは空を飛び、それ以外のものは全員そこから跳び退った。見れば大地から幾つもの塔が現れた。いやそれは塔ではない。あまりに巨大すぎたがゆえに塔に見えただけで、それは石でできた椅子だ。それが十個円を描くように現れる。それぞれの椅子の前には漢字でなにやら書かれている。そして千雨の下に現れた塔に書かれた文字は、閻魔王だった。

 千雨の身体が光り輝く。

 

「裁かれよ、罪人共」

 

 棒を突きつけ、千雨は力強く言った。




次回、千雨戦です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。