東方魔法録   作:koth3

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始まりのノイズ

 襲い掛かる火柱を、ネギは杖を操り避ける。僅かそばを過ぎゆく熱風が、肌を焼く。炎を追いそうになってしまう視線を無理やり前へ縫い付ける。超が、右手の平を向けていた。追撃だ。エヴァンジェリンの修行を受ける前ならば、先程の炎を目で追ってしまいネギは追撃を受けてしまっただろう。だがいまはそんな馬鹿なことをしない。超の追撃を警戒する。

 超の掌から出てきた火炎は、ネギにも予想がつかないほどの規模と威力だった。初撃よりも遥かに強い。本命の一撃だろう。少なくとも、雷の暴風レベルの術だ。中級魔法。それを無詠唱で超は行える。ネギの額に冷たいものが流れる。

 現在のネギは、初級魔法である魔法の矢レベルならばある程度無詠唱で行使できる。しかし中級レベル、すなわち雷の暴風は無詠唱で行えない。そのレベルの魔法使いとなると、知る限りエヴァンジェリン程度だ。

 

「どうした、青い顔をして。まさかいまさら怯んでいるのではないだろうな?」

 

 再び超の掌から赤い火が迸る。先程よりかは火力が弱い。それは火柱になることなく、球体を形作ると掌の上に浮く。火球は陽炎を作り出す。超の顔が一瞬歪む。どこか怒りを抱えた顔へ。

 いつ火炎が放たれるか、ネギは杖の上で身構えながら超の一挙手一投足を注視する。だが超は火球を放つことなく言葉を続けた。

 

「そうそう、教えておいてやろう。私を倒せば、儀式は行えなくなる。あの魔法は普通の魔法使いでは行えない類の物だからな」

「普通の魔法使い?」

 

 聞きなれない言葉にネギは尋ね返してしまう。意識をそらしてしまうのは下策だが、聞かずにはいられなかった。

 

「ん、気にする必要はない。そもそも基準となる向こう側を忘れ果ててしまったお前たちは、自分たちの魔法すらも本質を理解できないからな」

「忘れ果てた? 理解できない? いったい何を言って」

「言っただろう。気にする必要はない。ただ、おまえは私と戦えばそれでいい。それだけがおまえに与えられた役割だ」

 

 放たれる火球。しかしネギは気をそらしていたため、一瞬出だしが遅れ、肌を掠めるようにその火球を避ける。

 

「そんな、障壁が!?」

 

 そして肌を掠めたことできづいた。火球が魔法障壁をすり抜けていることに。もし直撃を受けようものならば、身体強化をいくらしたところで耐えられるものではない。消し炭となるだろう。

 

「安心しろ。私も魔法障壁なんて使ってない。条件は五分五分だ」

「なっ!?」

 

 いよいよ超がなにを考えているかネギは分からなくなってしまう。

 魔法障壁はある程度の実力を持つ者ならば簡単に張れるものだ。それでいて、防御力も期待できる。だからこそある程度の力量の魔法使いならば誰もが使っているだろう。だというのに、超はその優れた魔法の腕前に反して障壁を展開していないという。死を恐れないその精神に、怖気がはしる。

 

「どうしようもなく不格好でくだらないものなぞ誰が使うか」

 

 再び掌から生み出され放たれる火球。とっさにネギは魔法の矢を十本撃ち、相殺させる。

 

「ほう、さすがの魔力量だ。思想の段階で劣っているというのに、なかなか頑張る」

「思想で劣っている?」

 

 超の言う思想の段階という意味を、ネギは理解できなかった。そもそも超の魔法は術の詳細までは分からないが、西洋魔法であることに間違いはない。魔力を扱い火を生み出すなど、ネギが知る限り西洋魔法でしか行えない。たしかにある程度ならば術の知識があるのとないのでは威力も変わってくるだろう。しかしそれはあくまでも多少だ。魔力量を考えれば、同じ術を使った場合、ネギが打ち勝つ。

 

「それはどういう」

「そら、行くぞ?」

 

 今度の火球は一個ではなかった。超のまわりを九つの火球が旋回し、浮いている。一発一発が、先ほどの火球と同レベルのものだ。魔法の矢で撃ち落すにしても、いまのネギでは無詠唱で九十本は使えない。ゆうゆう詠唱をしていたら迎撃できないだろう。それほど速くはないといえども、火球の速度は決して遅いという訳ではない。

 冷や汗を流しながら、超の背中で曼荼羅のように縦回転する火球に反し、ネギは横向きで超の周囲を旋回していく。けして近づけず、そして遠ざけず間合いを保つ。

 超の魔力の高まりに呼応するように、ネギの魔力も活性化していく。重苦しい重圧がネギを襲う。超の動くよりも前に飛びだしたくなるのを、堪え続ける。下手に飛びだせばそこを狙い打たれてしまう。

 

「行け!」

 

 放たれた九つの火球をかいくぐり、ネギは接近する。超の攻撃は強力だが、火属性の魔法を使うからか溜めに時間がかかる。それはわずかな時間であるが、風属性の魔法を得意とするネギからすれば十分な時間だ。

 接近し、近接戦闘に持っていく。それがネギの狙いだ。

 一撃目、杖に足を乗せ、突進する勢いを載せたひじ打ちを狙う。しかし一撃目はあっけなく防がれてしまう。鳩尾を狙った肘は、超の片手でつかまれている。

 だがこれで攻撃手段のひとつをつぶした。僅かに顔を緩ませ、ネギはローキックを繰り出す。それもブロックされてしまうが、ネギの習った中国拳法は連携攻撃を前提とした拳法だ。すぐさまけり足を軸足へと変え、後ろ回し蹴りを米神目掛け放つ。

 

「残念だったな」

 

 その言葉に、とっさにネギは杖を操り急降下した。

 後頭部に熱が伝わる。振り返れば、超が先程放った火球がネギを追いかけている。

 

「追尾型!?」

「残念だが、それだけじゃない。『時符 タイムパラドックス』」

 

 そういった超は、懐から一枚のカードを取り出した。パクティオーカードかと疑ったネギだが、すぐにそれが違うことに気付く。そのカードからは魔力が一切感じない。

 

「なっ!?」

 

 そして見た。自身を追う火球がぶれたかと思うと、九つの火球が幾十にも増えていることを。

 

「時を越えるごとにパラドックスは重なる。逃げ延びれば逃げ延びるほど、火球は増えていくぞ?」

 

 超の言葉通り、火球はだんだん増えていく。視界一杯に増えていく火球に追われながら、ネギは杖を巧みに操り避けながら呪文を詠唱していく。

 守ってばかりではいつか倒されてしまう。攻勢に出なければならない。その為の準備だ。

 クイックターン。杖を急転回させ、その術を放つ。

 

「雷の暴風!!」

 

 吹き荒れる颶風と光り輝く迅雷が火球を飲み込み散らしていく。詠唱を終えた中級魔法ならば、火球に負けないようだ。ネギは開いた空間をトップスピードで駆け抜ける。

 その先には驚いた顔を晒した超がいる。

 雷の暴風が超を襲う。障壁を使っていないという超は、全力でその場を飛び退く。一瞬、ほんの一瞬超の警戒がネギから魔法へずれた。

 

「いまだ!」

 

 魔力をタイムマシーン、カシオペアへ送る。ほんの数秒だけ巻き戻った世界に、ネギは現れる。超の後ろを取った形で。

 

「ああああああっ!」

 

 最大速度の急降下及び最大魔力での身体強化、そして自信が持つ最大威力を誇る奥義。それが振り返りざまの超を襲う。

 

「がっ、っぐああああ!!」

 

 生暖かく柔らかく鈍い感触が拳を伝う。腹部を殴った拳から、超の骨が折れた感触が生々しいほどはっきり感じとれる。

 ネギは眉を顰めながらも拳を振り切る。

 数百メートル下降した超は、腹部を抑え口から血を流し、それでもネギを見ていた。

 

「さすが、というべきか。これでも近接戦闘術の、優れた者の力を()()()のだが。それでも、敵わないか」

 

 せき込む超。大量の吐血が抑えた手からこぼれる。

 

「僕の、僕の勝ちです。超さん」

「いいや」

 

 その瞬間、超は嗤った。どこまでも禍々しく歪み切った笑みで。

 

「私の勝ちだ」

 

 瞬間、世界樹の周りが黒いなにかに包まれる。それは地面から漏れ出し、オーロラのように揺らめきながら麻帆良全域へ広がっていく。そして、怨嗟の声が響き始める。裏に通じる人間でなければ聞き取れないほど弱々しいが、たしかにそれは声だった。人間の声だった。

 咄嗟に耳をふさぎ、ネギは頭を抱えてしまう。

 

「兄貴!」

 

 カモの声にネギは顔をあげる。見れば超の背後に黒い穴が生まれている。超は嬉しそうに顔をほころばせ、黒い穴へ手を伸ばす。

 

「ああ、お父、さん。やっと、やっと笑ってくれた……!!」

 

 そこから伸びた手が超を引きずり込む。それは、ネギがかつてヘルマンと戦ったときに見たものと同じだ。

 

「超さん!!」

 

 超を助けるために全速を出すネギだが、たどり着くよりも早く黒い穴は超を飲み込み消えてしまう。

 空中で呆然としていると、突然スピーカーが音楽を流す。

 誰もがその音に気を取られた。軽快な、楽しそうな音楽は麻帆良全域で流されている。音楽が消えると、声がした。奇妙な程耳に残る、深い甘みを含んだ声。

 

『……ただいまより、エクストラステージの開演を宣言いたします……』




ようやく原作どおりでなくオリジナルストーリーに進めます。やったね、黒ちゃん。

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