東方魔法録   作:koth3

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麻帆良防衛線

 赤十字に染め抜かれたテントには、負傷者に、幾人かの魔法使い、黒がいる。外からは爆発音が何度か響く。時折軽い怪我を負った人がテントに入ってきて、治療を受けている。すでに超と麻帆良学園の裏(魔法使い)の戦いは始まっている。

 ネギが立てた作戦は、機械の軍勢を押しとどめるのに麻帆良学園にいるものを使おうというものだ。鬼神やあるていどの機械は魔法使いが対処するが、それ以外は麻帆良学園にいる一般人をイベントを使って操る。

 イベント参加者たちは『侵略者から麻帆良を守れ』というお題目で、麻帆良学園防衛戦に知らず知らず参加することになる。超の主力部隊はどれも魔法を使った自立機動型の兵器だったために可能な策だ。対エヴァンジェリン用に造られた、魔力結合を無力化するマジックアイテムを使いゲームという形で学園は生徒を戦わしている。

 一応は魔法による防御の加護を得たローブを配って安全を図っているが、それでも戦いの最中で負傷する参加者もいる。その治療に治癒を専門とした後方部隊の魔法使いがあたる。戦闘能力を有さないと学園にみなされている黒は、後方部隊で魔法薬を調合し、それにより負傷者の怪我を治療をしている。魔法が使えないということになっている黒は、後方支援をするだけですむ。前線に出る必要はない。

 そして後方にいるからこそ、様々な情報を俯瞰的に得ることもできる。負傷者が話す愚痴。魔法使いたちが使う念話を盗聴したりして次々と情報を得ていく。

 前線から送られてくる情報は、ばらばらな地点の物だが、それらをまとめて統合すれば、全体の推移も把握できる。黒ならばその程度は安くできる。現在は魔法使いたちが押しているといったところだ。しかしその事態もそう長くは続かないだろうと黒は考えていた。黒をもだましきった超が、この程度で終わるはずがない。

 手早く負傷者に魔法薬を飲ませながら、黒は静かに思考を巡らしていく。超の狙い、学園の動き、そしてネギたちの影響を。

 

 

 

 その異変は、魔法使いたちだけを襲った。

 鬼神たちに封印作業をする班、そして機械群と対抗する班に分かれた魔法使いたちは、各々全力を出し戦っている。鬼神封印に専念している魔法使いを守るため、機械群を掃討していく魔法使いたち。だが、突如機械の攻撃が変異した。

 障壁で防げたはずの攻撃が、魔法使いたちは防げなくなる。機械群の攻撃方法であったガトリングガンは捨てられ、いまや奇怪な黒い塊がモノクルからレーザー上に放たれている。それは魔法障壁をすり抜け、魔法使いたちを撃ちぬく。

 一撃を喰らった程度でどうにかなるほど魔法使いたちも弱くない。精強な麻帆良学園の魔法使いたちだ。タフネスさも他の地域の魔法使いと比べればはるかに高い。しかしその一撃は威力よりも呪詛の力が強いらしく、悲鳴を上げて意識を失い次々と魔法使いたちが倒れ伏す。誰もが呪われており、速やかに処置しなければ命が危ないだろう。だが救出するはずの魔法使いがいない。唐突な攻撃の変化に対応しきれず、六割を超える魔法使いたちが倒れてしまっている。残った魔法使いだけでは救出しきれず、かといって鬼神封印班を動かせば鬼神の侵攻を許してしまう。

 同僚の命か世界の裏か、どちらを守るべきか魔法使いたちは突きつけられる。

 そして後ろの惨劇に封印班たちも体を震わす。身に迫る危険の恐怖もあるが、なにより仲間が倒れていくことに対する怒りがその身を襲う。

 歯を食いしばり、拳を握りしめ、それでも封印魔法を使い続ける。鬼神を解放させるわけにはいかない。だが仲間が倒れていくのも我慢できない。葛藤に襲われながら、魔法使いたちは魔法を維持する。

 だがそう簡単に感情を無視できる者はいない。上がり続ける悲鳴に、とうとう一人が鬼神への封印魔法をやめ走り出す。仲間を助けるために。しかしそれはあまりに遅い。すでに一人ではどうしようもない人数の魔法使いたちが地面に転がっている。そして、その魔法使いもまた仲間となる。機械から放たれた黒いレーザーは、その魔法使いを簡単に撃ちぬく。

 地面に投げ出された四肢、投げ出された音。それらに封印班の人員の我慢もとうとう限界を迎えてしまう。一斉に持ち場を離れ、憎き機械へ突っ込んでいく。誰かが静止の声を上げるが、その声を聞く者はいない。そして淡々と撃ちぬかれる。

 動きを魔法で止められていた鬼神は、封印が弱まるやいなや動き出す。超の軍勢の進軍は止められない。

 

「クソ!」

 

 侵攻していた一体の鬼神の動きが鈍る。高畑だ。居合拳を使い、その動きを押しとどめている。しかしかなりの威力を誇るはずの居合拳だろうが、鬼神を止めるには力不足のようで、動きを鈍くさせるのが精いっぱいらしい。ダメージを与えた様子は微塵もない。

 高畑が拳をポケットに収める。眼前まで虚空瞬動を使って移動すると、感卦法を使用する。

 

「七条大槍無音拳」

 

 今までにない連撃が鬼神を襲う。ボクシングのラッシュを思わせる居合拳が宙を飛ぶ。衝撃が辺りに鈍くしみこむ。

 だが、鬼神は物ともせず再び歩みだす。その表皮に傷はない。赤みすら見て取れない。

 自身の必殺ともいえる技を相手にされず、高畑は歯ぎしりをしてしまう。再び繰り出す拳の嵐は、しかし鬼神が振るう腕に防がれる。

 

「ありえない、無名の鬼神の強さじゃない。まるでリョウメンスクナだ」

 

 機械の群れをつれながら、鬼神の侵攻は進む。黙々と、坦々と。恐ろしいまで静かに。

 

 

 

 麻帆良上空三千メートル。超とネギはそこにいた。

 

「来ました、超さん」

「よく来たね」

 

 ネギは顔をこわばらせ、しかし超は鼻歌すら歌っている。眼下ではすでに魔法使いたちが倒れ、もはや侵攻を止めることができないほど攻め込まれてしまっている。倒れ伏す魔法使いの姿に自然とネギの目は厳しいものになる。

 

「これが、こんなことが超さんの望みにつながるんですか?」

「そんなことを聞きたいわけじゃないだろう?」

 

 ネギの肩が跳ねる。口を開こうとしたが、開けない。

 

「どうして分かったとでも言いたそうだけど、おまえの考えなんてちょっと人間を知るものならば簡単に予想できる程度だよ。中途半端な天才性というのはつらいものだな? おまえが聞きたいのは、呪いのことだろう? そしてなぜ私がスプリングフィールドを名乗るか」

「……そうです」

「まるで機械のように分かりやすい」

 

 超は嘲る。くだらないものを見るかのように、ネギへと視線を向ける。

 

「まあ、いいさ。さて二番目はどうせすべてが終われば分かるだろう。最初の質問に答えるとしようか。スプリングフィールドは、常に誰かに願われなにかを成し遂げてきた。なるほど、確かにそれは世間からすればすごいことだ。まさしく英雄だろう。しかしそれこそが呪いともいえる。己の願いよりも他者の願いを叶えなければならないというな。唯一その楔から逃れかけたのはナギ・スプリングフィールドだけだ。しかし逃れきることはできなかった。私も含め、やはりスプリングフィールドは呪いから逃れられぬ運命(さだめ)だろう」

 

 そう断言した超は虚空を歩き出す。超の魔力が膨れ上がっていく。

 

「だが、それでも抗うのも人の(さが)。私は私の目的を持って、他者の願いを踏みにじる。押し付けられた呪いを他に押し付ける。なあ、ネギ・スプリングフィールド、教えてくれ。おまえはいつまで呪われ続けるんだ?」

 

 ネギが返答するよりも早く、超の手から膨大な熱が放たれた。

 


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