その日、麻帆良学園は朝から静かに揺れた。
早朝学園長室に集められた魔法使いたちは、近右衛門から耳を疑う言葉を聴く。超が魔法をばらす、その滅茶苦茶な計画の全貌を。いままでのように陰で暗躍するのではなく、とうとう表で動き出すその動きを。
「しかし、その計画は本当なのですか。私たちを欺く嘘かもしれません。残念ながら、現状超一派の動きは私たちの予想を常に上回っています」
「うむ、その点は大丈夫じゃろう。ネギ君が情報を得た」
そう言い、机に紙の束を近右衛門は置く。そこには確かに鬼神と機械を使った世界樹を利用した魔法発動計画が書かれてある。すでに説明された内容であるが、それが本当ならば、麻帆良学園最大の危機ともいえる。麻帆良学園の戦力は、魔法使いたちが基本だ。その数はそう多いとは言えない。だが相手は無数の機械に六体の鬼神。魔法使いと言えども、高位の存在である鬼神を相手にすることができる者はそうそういない。たとえ鬼神を相手にできる者としても、そちらにかかりきりになってしまい機械の群れを素通りさせてしまうだろう。
高畑などの一部だけが、その無数の軍勢と一体の精鋭を相手にできるだろうが、その一部の絶対数が少なすぎる。押し寄せる大軍を相手にすることなどできないだろう。
「しかもその対策もネギ君は考えておった」
次に出された紙は三日目、すなわち本日行われる学園全体を使うイベントのものだ。しかしそれは教師たちがあらかじめ知っていた内容と全く違う。そこには数名の戦士が、武器を手にしている絵が描かれている。
「これは?」
「本国から取り寄せた武器を使い、学園の生徒たちに機械に対する防衛線を任せる。鬼神は我ら魔法使いが相手する」
誰もが息を呑む。それはつまり、魔法使いだけでは超に勝てないということを意味する。そしてそれを最高責任者である近右衛門が肯定したということにほかならない。だがだからこそ魔法使いたちは死に物狂いで戦わなければならない。それは魔法使いたちにとって不徳そのものだ。守るべきものを戦わせるという最悪の。
「……」
その中で、黒は静かに眺め続ける。会議が終わりを告げるまで、魔法使いたちを醒めきった瞳で。
「待って、ユギ」
会議を終え、解散したときネギが黒の手を掴み引き留める。その場を後にしようとした黒であるが、ネギへと向き直る。
「どうしたの、ネギ」
「ごめん、ちょっと来てくれる」
有無を言わせぬ口調に、黒も反論せずついていく。先に進むネギの足取りは、屋上へ向かっているようだ。麻帆良中等部の屋上は、人気が全くない。人払いの魔法がかけられている。魔法式がオコジョ魔法のものだ。おそらくカモミールが魔法を使っているだろう。
そこまでしてネギが言おうとしていることに、黒も初めて興味を抱く。一体なんの用だろうかと。
「ねえ、超さんについてユギはどれだけ知っている?」
「? そんなの私たちの教え子であり、そしていま魔法を世界にばらそうとしている首謀者ということでしょう?」
あたりさわりのない言葉を黒は選ぶ。襤褸を出さないためにも。しかしその答えにネギが首を振る。苦しげに顔を歪め、何とか言葉を絞り出そうとする。
「リィンシェン・スプリングフィールド」
「え?」
一瞬、黒の思考が止まった。
「超さんが、そう言ったんだ。スプリングフィールドの呪いって」
「……それで、ネギはその呪いに関してどう思ったの」
何も答えず、ネギは黒から顔をそむける。言葉を探しているのだろう。しかしどれだけの時間が経ってもその口が開くことはない。
黒が再び口を開く。
「兄さんは、呪いをなんだと思っている?」
「呪いって、それは師匠にかけられたようなものじゃないの? 魔法契約によって対象を縛ることじゃ?」
「違うよ」
その声は恐ろしいまでに底冷えしていた。黒が普段の、表の世界で決して出さない声色。その声色にあてられたのか、ネギは肩を跳ねさせた。
「呪いはね、思考だよ。あれがこうなってほしい。これはこうなればいい。誰かがなにかをそう願う。それだけですでに呪いとなる。スプリングフィールドという家名もまた呪い。兄さんはどうして立派な魔法使いになりたいの?」
「それは父さんが」
「父さんが? じゃあ、父さんがただの人だったら? あるいは犯罪者だったら? それでも兄さんは立派な魔法使いになろうと思う? 違うよね、だって、兄さんは自分の意志で立派な魔法使いになりたいんじゃない。周りが父さんみたいになることを望み、だからこそ立派な魔法使いという呪いをかけられ、その呪いに突き動かされてきた。……無理だよ、今の兄さんじゃ。話を聞いた限り、超の方が兄さんよりもはるかに強いよ。弱い心の魔法は輝かない。すべてを引き付ける輝きこそが、魔法。感情の発露だ。たとえ憎悪が根源であろうとも、魔法の輝きの価値はなくならない。むしろ輝きは強いだろうね。それで、いまの兄さんの魔法は輝いているの?」
にっこりと笑う黒。
ネギは顔を青ざめ、なにも言わず逃げ出した。黒へ視線を向けることなくただ逃げ続けた。