武道大会も決勝を迎える。いよいよ観客のボルテージも上がり詰め、歓声も凄まじく、人いきれが上空にまで伝わる。眼下の大型スクリーンには、ネギ・スプリングフィールドとクウネル・サンダースという文字が躍り、観客へ試合のカードを伝えていた。
熱狂が最高潮に達した時、ネギとサンダースが試合会場へと入場した。
緊張しているネギと、自然体のサンダース。しかしそのサンダースが僅かに体をこわばらせたのを、黒は知覚した。どうやら上空にいる黒を認識したらしい。その時に見えた顔から、サンダースというのが
しばらくそのまま観察していたが、どうやら黒のことをネギに伝える気はアルビレオ・イマにないようだ。睨みつけるのをやめ、静かにネギの様子をうかがう。対峙しているネギは、なぜだか知らないが高畑との戦い前よりもはるかに緊張している。僅かにであるが普段よりも息が早い。それに興奮しているのか頬が赤い。
いったいなにがネギをそうまで興奮させているというのか、黒は分からなかった。
だがそれはすぐに分かる。試合が開始されてすぐ、サンダースがアーティファクトを使ったことで。
それは数百冊にもなる本だった。らせん状に本が並び、そこには様々な人名が書かれている。見れば、黒が見知った名前もある。その中から一冊取り出すと、サンダースの姿がまったく別の姿へ変わる。それは幻覚でない。単純な幻覚は視覚や嗅覚に魔力で干渉して偽物の光景を魅せる手段であるが、あくまでも本物のはそこに存在する。境界を見れる黒からすれば、普通の魔法使いが使う幻覚というものは一切の意味をなさない。幻覚は境界までは変えられないからだ。しかしそのアーティファクトは違う。魂の境界が変わったのを、黒は感じ取った。
ならばサンダースの狙いはなにか。聡明な黒の頭脳はすぐに答えを掴み取る。そしてその答え合わせはすぐに行われた。
「お、父さん……」
白い鳥の羽が吹き荒れる中、ネギと同じ赤い髪が見える。写真でその顔を見たことはある。しかしなによりも本能が黒に告げる。そこにいる人物こそが、ユギ・スプリングフィールドの父親であるということを、強く、強く。
眼下ではネギとナギが戦っている。しかしそれ以上を黒は見ることができなかった。ただただ独り、空に浮かぶことしかできなかった。
試合は終わった。ネギはナギと戦い、そして負けた。強かった。英雄と呼ばれるにふさわしい力。その力を効率よく使い、的確に追い詰める手腕。そのすべてがいまのネギでは到底かなわない。
「父さん」
「まあ、あれだ。武空術くらい覚えておけ、あんまり俺の杖に頼ってばかりだと強くなれないぞ、お兄ちゃん」
「うん……」
倒れ伏したネギは近づいてきたナギの言葉に頷く。その眼からは涙があふれ、静かに零れ落ちる。
「ユギは元気か?」
「うん。元気だよ。いつも怒られちゃう」
「そうか。ユギは母親に似たのか。……俺が言える言葉じゃないが、ネギ、ユギを頼む。あいつを支えてやれるのは、俺じゃない。お前だ」
「父さん?」
ナギの様子に違和感を覚えたネギが真意を尋ねようとした。しかし他の人物の声でその疑問は口から出ることはなくなってしまう。
「ナギ!」
「おっ、エヴァンジェリンか。あれ、なんで麻帆良にいるんだ。ああっ、まさかまだ呪い解きに入ってないのか!?」
「そうだ、この馬鹿者っ!」
「わりぃ、わりぃ」とナギは口にする。
「ふん。どうせもう時間はないんだろう?」
「ああ。あと二十秒もないかな?」
「なら、なでろ。私の頭を。心を込めてな」
「……分かった」
くしゃりと金色の髪が撫でられる。エヴァンジェリンの頬を涙が伝い落ちた。
「ネギ、最後だ。ユギのことはまあ、お前ならばきっと大丈夫だろう。だから今度はお前にだ。ネギ、俺を追うな。俺は父親にすらなれなかった。英雄と云われても、その程度だ。お前はお前の道で俺を越せ。俺のように家族をないがしろにするな」
「父さん……」
「それができりゃ、俺の息子だ。誰よりも強くなれるさ。じゃあな、ネギ、ユギ!」
ナギの姿が切り替わる。アーティファクトの効力が切れたのだろう。
ぽたりとネギの首筋に何かがかかる。空は快晴で、雲ひとつなかった。
副題はナギの欲するものは? です。
京都編と違い、サクサクいかないとまた主人公が主人公をしていないといわれてしまいそうで怖いものがあります。