東方魔法録   作:koth3

71 / 110
侵入

 会場の熱気が上空にいる黒にも伝わりそうだ。観客は映画顔負けの派手な格闘戦にすっかり興奮しきっている。次第にうわさが広がったのか、観客の総員もますます増え、いたるところが人、人、人であふれかえっている。

 とはいえ、そう簡単に試合が行われるわけではない。ド派手な戦いとはすなわち魔法やら気を使う戦いに他ならない。木製のステージ程度では簡単に破損してしまう。その為に修復作業を行わなければならない。できるだけ時間がかからぬよう迅速な修復をしているが、それでもかなりの時間がかかってしまっている。普通ならばそれである程度熱も醒めるものだが、近くの知り合いたちと観戦した試合を口々に話し合い、まったく観客の勢いが萎える気配はない。

 いくらなんでもおかしい。五分、十分程度ならまだしもそれ以上人間の心はひとつのものごとに捉われない。奇妙に思った黒がよくよく見れば、観客たちのなか三割かはノートパソコンを起動しなにやらしている。そこに書かれているものを読んだりし、周りに見せている。その様子が気になりスキマを使い画面を盗み見れば、そこには『魔法使い』という単語ばかりが並ぶ文章が飛び込んできた。内容を読んでみれば、ソーシャルネットワーキングサービスにて麻帆良武道大会がやり玉に挙げられている。どうやら試合の映像がネットに流出し、話題を呼んでいるようだ。本来ならば電子精霊群と呼ばれるプログラムに近い精霊により消去されるはずのそれらは、しかししぶとく存在し続けている。誰かが扇動しているということだろう。

 しかしいったい誰が魔法を世間に漏らそうとするのか。考えられるとしたら現状超だが、だとすると黒にはその思考が読めない。なぜ魔法をばらすのか。そこになんの価値が見いだせるのか。唯一のメリットと言えば魔法が知り渡れば公に使うことが可能になるということだろう。しかし逆を言えば公に知られわたることで魔法を使いづらくもなる。知識として知り渡れば、警戒される。鬼が煎り豆を苦手とするのを知り、節分に豆をまくようになったみたく。魔法に対抗する技術を人間はいつか作り出すだろう。幻想を駆逐してきたのだ。ありありと想像できる。そう考えるとやはり魔法を表に出そうという考え自体が読めなくなる。精々十年か二十年間大出に魔法を使えるようになることに一体どれだけの価値があるのか。

 

「どれだけ考えてもいまは分からないか」

 

 首を振り白熱した頭を冷やす。

 どれほど優れた頭脳であろうとも、他者の考えなぞ容易く理解できるはずがない。確かに相手の情報と思考性を把握していれば可能かもしれないが、超の情報もその考えのとっかかりになるものを黒は知らない。であるならばやはりいますることは超を警戒し、その情報を集めることにほかならない。情報を集めれば、超の狙いも自然分かってくるだろう。

 そこまで考えたとき念話が届く。その念話は千雨からだ。

 

『おい、ネットを見たか?』

『ああ、いま見ました』

 

 どうやらネットの情報を見て、連絡してきたようだ。

 

『そうか。どうする? 私が火消しをしても構わないが。これを放置すると大変なことになりそうだぞ』

『……いや、様子を見たいですね。そのまま状況を見続けてください。大きな変化があったら私に知らせてくれれば構いませんよ』

『分かった』

 

 下手に動かれると支障が来るかもしれない。ならば対処するべきなのだろうが、しかしそこから超の考えにたどり着く可能性があるかもしれず、結局黒は傍観することを決めた。情報をより多く集めなければならない。精度の高い数多くの情報こそが、こういった戦いで最も重要なのだ。

 試合会場で幾らかの戦いが繰り広げられている最中、黒の感覚がとある出来事を知覚する。

 

「ほう。普通の魔法使いと言えども時には役立つ」

 

 高畑がどうやら超のアジトへの入り口を見つけたようだ。黒がいくら探しても見つけられなかった場所を。妖怪の知覚から逃れる隠遁術が巧妙に、かつ何重にも張られており、大妖怪である黒では決して見つけられない洞穴と化していた。いや、妖怪であるならばたとえ黒でなくとも気付けなかっただろう。索敵能力ならば妖怪随一と自負している黒の目すら誤魔化しきるとは黒ですら想定できなかった。

 だが人間である高畑にはそういった対妖怪用の術など関係がなく、入口を発見できたようだ。一度知ってしまえば隠遁は簡単に破れる。高畑を通して基地の居場所を知った黒はスキマを開き、アジトへ侵入を果たす。

 

 

 

 下水道の一部を利用し超のアジトは造られているらしく、かなりの悪臭が漂う。結界で臭いを遮断し、黒は目的の物を探し出す。もちろん明かりをつけるなどバカげたことはしない。元々闇の住人である妖怪にとって、暗闇というのは意味をなさない。光がなくとも闇を見透かすことなど朝飯前。ごちゃごちゃと機械が転げ、いたる所に錯乱する道具類を踏まないよう黒はパソコンへ近づいていく。

 起動させる。真っ暗闇の中、ブルーライトが煌々と照らし出される。様々なプロテクトにパスワードが仕掛けられているが、境界を変えることでそれらすべてをすり抜け、計画者かそれに類する内容が隠されているフォルダを探す。

 

「しかしなかなか面倒な」

 

 フォルダ一つ一つが全く別の形式で作られた暗号と化しており、いくら優れた頭脳を持つ黒と言えども解析するのに多少の時間はかかってしまう。超がクラスメイトから天才といわれるのも得心がいくと黒は思いながらも、確実にフォルダのトラップを解除し、内容をコピーしていく。

 そうこうしている内に破砕音が響く。どうやら高畑が迎撃装置を駆逐しているようだ。高畑程度どうにでもできるが、学園全体の警戒心をこれ以上強めさせるのは下策としか言えない。解析を急ぐ黒であるが、中々うまくいかない。

 

『聞こえますか?』

『あん? 聞こえるがどうした。やっぱり火消しするのか?』

『いえ、それとは全く別の用件です。これから伝えるパスワードを解除してください。』

『別にかまわないが』

 

 だからこそ、黒は最後の手段を取った。パスワードとは何かを隠すためのもの。すなわち事実を覆い隠す技法だ。それらをすべて無効化できる手段があるため、黒はそれを使うことにした。あまり是非曲直庁の力に頼るのは避けたかったが。

 戦闘音はいよいよ近い。急がなければならない。

 

『ふうん。なるほどね。……じゃあ、私の指示通り操作してくれ』

 

 千雨の言葉通り操作すれば、あっという間にパスワードやトラップが完全に解除されていく。すべてのデータを能力を利用し盗み取る。どうやら近くにいるといえ、高畑はまだ黒のいる地点までたどり着いていないらしい。

 起動したというデータ自体を能力で消去しながら、黒はパソコンの電源を落とす。スキマを使い外へ出れば、そこは先ほどと変わらない部屋でしかない。だれもスキマ妖怪の暗躍に気が付けない。その首元に手がかかるまで。




黒が超の計画について知りました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。