東方魔法録   作:koth3

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リメイク前に登場した文屋の登場です。彼女の登場で物語は加速し始めます。おそらくは年内は不可能でも一月位には原作突入できるかなと予想している作者です。


境界が望む世界

 黒が紫に師事してから三年の歳月が流れた。その間に黒の妖力は換算すれば大妖怪レベルまで上昇し、能力もだいぶ使いこなせるようになってきた。

 それでも、未だ大妖怪とはお世辞にも言えない実力なのだが。

 

 「遅い!」

 

 幾筋もの光が紫色のスキマから飛び交い黒を襲う。紫が放った弾幕が黒をめがけて殺到している。その速度は速く、簡単に避けれるものではない。しかしそれを黒は身を僅かにずらすだけで避ける。

 チッ、チッと、言う音が響く中黒は一枚のカードを出して宣言する。

 

 『結界 黒と白の境界』

 

 黒い弾幕と白い弾幕が太陰陰極図を描き紫を囲む。黒からは白が、白からは黒が出て中央めがけて放たれる。しかしそれは紫が張った結界にせき止められて意味をなさない。

 せき止めた弾幕が崩壊した瞬間紫はスキマを開き黒の後ろに回り込む。

 

 「喰らいなさい」

 

 後ろからスキマが伸びて交通標識が飛び出して黒の体をかちあげる。

 

 「っぐ!」

 

 吹き飛ばされた黒の体を紫は追撃し、ダメージを蓄積させていく。しかし、黒もやられっぱなしではない。吹き飛びながらもスキマを開き紫の上空から鏃型の弾幕を降り注がせる。流れ星のような美しさを秘めている弾幕だがその威力は凶悪で、たとえ妖怪でも生半な力しか持たないものでは生き残れないほどの威力だ。

 

 「なかなかの技よ。けれど、私には通用しない」

 

 飛んできた弾幕をスキマを開く事で完全に回避して、もう一度一枚のカードを出して宣言する。

 

 『廃線 ぶらり廃駅下車の旅』

 

 スキマが開きそこから幽霊列車が飛び出して黒を轢こうとする。しかしそれは僅かに進行方向をずらされて意味のないものに変わってしまう。

 

 「なら次は―」

 「そうはいかない」

 

 たった一歩歩いた。ただそれだけで黒の体は紫の目前まで近づいていた。現実の時間では三年。しかし、この時間が異なるスキマの中で彼は千年を生きた。その結果、他者の能力をある程度自由に使えるようになったのだ。

 

 「死神の」

 「ご名答」

 

 振り下ろす先には一本の傘。黒い色の番傘。紫が使う傘と殆ど同じで強度は大妖怪の力でもそう簡単に壊れない程だ。

 とっさに紫は自身の傘で鍔迫り合いに持ち込む。ぎしりと軋む音を鳴らしながらも傘にお互いを砕こうと力をかけ続ける。

 バキという音ともに折れた傘を二人は投げ捨てて代わりの武器をスキマから用意させる。しかし、ここで決定的な差が出てしまう。紫がスキマを開く速度と、黒がスキマを開く速度では比べ物にならないほどに違う。どうやっても黒のスキマでは紫のスキマを凌駕する事が出来ない。だからこそこの結果。

 

 「勝負ありね」

 「っ」

 

 紫は黒が出した武器を弾き飛ばして眼前に自身が出した交通標識を突き付ける。

 

 「まあ、此処まで実力が付いたなら私の師事はもういらないでしょう」

 「感謝はしていますよ。感謝はね」

 「フフフ。まあ、良いわ。それじゃ今日でお別れね」

 「ええ。もう会うことはないでしょう」

 

 今日この日、この戦いは卒業試験のようなものだった。紫を相手にしてどれだけ戦えるか。その結果、紫は黒を認めた。ただそれだけ。そして、もう一人立ちできる黒を紫は見守る必要はなくなり、この世界にいる理由はなくなった。

 

 「じゃあ、縁があればまた会うとしましょう」

 「そう何度も会いたいわけではないのですけどね。……さようなら」

 「ええ、さようなら」

 

 妖怪はたった一人になった。同族の存在しない世界に、もう二度と会えないかもしれない同族に別れを告げて。

 

 

 

 とある関東の人里離れてひっそりとした里。山の中腹にあるとある施設。こんな小さい山にこれほど立派な施設を本来作る必要はない。交通の便も不便だし、利用する人間がいないからだ。

 しかし、この施設に限っては違う。この施設は人目につかない場所の方がよく、交通の便は利用者にとって関係ないからだ。

 

 その施設で黒は一人立ち尽くして何かを待っている。その施設は明かりがついていないようで、一切の光が見当たらず人の目では周りを見通せない。そんな中を瞳を閉じて立っていた黒は突然瞳を開けて目の前の人影に話しかける。

 

 「以外と遅いものだね。新聞の文屋にしては」

 「失礼なこと言わないでもらえますか? これでも、ほかの天狗よりはるかに速いんですから」

 

 目の前にいるのは黒い烏の翼を持つ女の妖怪。時には仏教では仏の教えを邪魔するものとして、妖怪としては人を攫ったり、すぐれた技や知識を教える妖怪。そして、妖怪の中で最大級の社会を構成する妖怪。天狗がそこに居た。

 

 その天狗は身の丈と比べて小さすぎるのではないかと疑問に思うほど小さい翼に一筋だけ金色の髪の毛を胸のあたりまで伸ばした風変わりな姿をして、山伏のような服をアレンジした服を着ていた。

 

 「まあ、貴方がこれを行ったとみてよろしいのかしら?」

 「ええ。間違いないですよ」

 

 にっこりとほほ笑みながら周りの光景を作った者として肯定する。

 

 「いやはや、中々のものですね。うちの白狼天狗じゃこうはいきませんよ」

 「そう? だとしても、大妖怪である貴方ならこれくらい簡単でしょうに」

 「う~ん、確かに簡単ですけど私くらいの力を持つと人と余り関わる訳にはいかないんですよね。残念ながら色々しがらみがありまして」

 

 彼女はそこらに転がっている物を写真に写していく。そのカメラのフラッシュで一瞬だけそこらに転がる何かが見える。フラッシュで見える色は赤。いや正確に言うと赤い色と黒い色だ。壁一面にこびりついた色はカメラが光を放つたびにその色をてかてかと輝させる。

 

 「いや~、それにしても此処って普通の魔法使いの施設でしたっけ?」

 「ええ。関東魔法教会の所属の魔法使いが使う施設の一つ。まあ、魔法犯罪者を一時的に拘束する施設だよ」

 

 呆気なく答える黒だが、もしこの場に人間がいたら悲鳴を上げて逃げるだろう。何故なら、

 

 「ふんふん。なるほど。それで、こうしてこの施設にいるすべての人間は死んでいるんですね(・・・・・・・・・)

 「まあ、そうだね。とはいえ、少し、いやかなり期待はずれだったね。魔法使いはここまで弱いのかと」

 「それ魔法使いが効いたら殺しに来ますよ。こんな出来そこないの半人前どもと一緒にするなって」

 「おっと、そうだね。訂正させてもらうよ。普通の魔法使いって」

 

 和やかな会話の中だが、あたりの光景と照らし合わせればすぐにその異常性が分かる。彼らは人間がいくら死のうが気にしない。だからこそ、こうやって和やかな会話をつづけられている。

 

 「それで、高々その程度の力しか持たない妖怪が私に何か用があるのですか?」

 

 にっこりと笑いながらもその瞳は一切笑っていない。それ所か殺気すら放ち始めている。濃密な殺気が漂う空間で黒は笑みの質を変える。そこには妖怪としての笑みが含まれていた。

 

 「大妖怪であり、文屋である貴方にしか頼めない事でしたのでこうやってスクープを作って来てもらったのですが気に入らなかったですか?」

 「ええ。別にこの場所の人間がどれだけ死んでも構わないわ。けれどね、高々中級妖怪の上位程度しか力を持たない妖怪が私の文屋としての誇りを汚したのが許せないのよ」

 

 怒りから放たれる妖力は凄まじく並みの妖怪ではすぐさま我を失って逃げ去るだろう。

 

 「さすがは大妖怪。いえ、三大悪妖怪の一角。天狗の長である天魔すら凌駕すると言われる力を持つ程と謳われる妖怪の力。ねえ、崇徳天皇?」

 

 ヒュッという風切音とともに黒の後ろにあった柱が切り落とされる。

 

 「怖いですね。翼で柱を切り落とすとは」

 「如何でも良いからその口を閉じろ。さて、死ぬ前に何か言いたいことはあるかしら?」

 

 クスクスと笑い声が施設内に響く。その笑い声が癇に障ったのか天狗の少女は翼をはためかせ、あたり一帯を切り刻んでいく。

 

 「何が可笑しい?」

 「いえね、少々。まさか、この程度の事件で貴方を呼んだとでも? 高々百人程度の規模の人間が死んだ程度で? そんなことでわざわざ大妖怪を呼ぶ訳が無いでしょう?」

 「……では、何故?」

 「貴方が必要だから。多くの妖怪へと貴方の情報網を使えば情報を伝える事が出来る。新聞としても、天狗の噂でも」

 

 そのために呼び出した。大妖怪である彼女の情報はそれだけでかなりの信用がある。だからこそ、黒は彼女を望んだ。

 

 「私が貴方を呼び出した理由は一つ。幻想の郷を創る事」

 「え?」

 

 唖然として固まってしまった彼女をそのままにして黒は話を進める。

 

 「消えゆく幻想が消えない世界。そこでは人間が古き信仰と、古き恐怖を持って生活する。神は崇め祭られて、妖怪は畏怖と共に語り継がれる」

 「そ、それは」

 「人を喰らう妖怪も、人を守る神も、そして人自身もすべてが平等であり、外の化学からは干渉されない世界」

 

 誇大妄想。そうとしか表現する事が出来なかった話しだったが、それは彼女、いやすべての妖怪が、神が望んできた世界なのだ。

 

 「そんな世界は不可能です」

 「いいえ、できます。その証拠に此処とは違う世界では既に成功している。明治時代という基点は違うが、それでも、幻想をいまだ信じている者たちはまだいる」

 「ど、何処に!!?」

 

 いつしか、彼女は黒に対して持っていた怒りを忘れていた。怒りを持つ事よりも彼が話す内容の方がはるかに重要だからだ。もしその世界が本当に実現できるというのなら? それは自身の種、天狗をはじめとする妖怪を残すことも可能になるという事だし、これからの未来が生まれる。

 

 「魔法世界」

 

 たった一つの言葉。しかし、そこに込められた意味を理解して、大妖怪は哂う。

 

 「アハハハハハ!! そういう事ですか! なるほど、彼らは科学を知らない。ならばこそ、幻想を信仰して恐怖する。だとしても、その郷は何処に作るつもりですか? 誰もが知らない世界くらいではないとその世界は科学が入り込むか、普通の魔法使いたちが壊そうとしますよ?」

 「一つだけありますよ。誰もが知っているようでその本当の姿を見たことが無く、人間も普通の魔法使いも入れ無い世界。科学によってしか入れない世界でありながらその世界に近づけるほど科学が発展すれば間違いなく郷は完全に忘れられて誰も入れなくなる世界が」

 

 たった一つだけこの世界にはそんな場所が存在する。そして、その世界に行くためには、境界を変える力が必要なのだ。

 彼女は翼をしまう。それはもはや彼女に殺意が無いという証。

 

 「それで? 私を呼んだ理由は?」

 「貴方達天狗だからこそ情報を手に入れられて、宣伝することもできる。私が貴方に頼みたいことは二つです。

 一つ目は情報をそろえてほしいという事。どんな情報でも良いから妖怪たちの噂などを集めてほしいというわけです。

 二つ目は幻想の郷の情報を広めてほしいという事です。広がれば広がるほど良い。その為に貴方達天狗の情報網がどうしても必要なのですよ」

 

 黒が頼んだ内容が気に入らなければ彼女は断り殺すこともできる。しかしこの内容では断ることなど出来なかった。むしろ大きな興味がわいた。

 この妖怪は確かに力があるが、そんなことが可能とはとても思えない。しかしこの瞳には光がある。自身の力に奢った者の光ではなく自身の力を理解して確信している物の光が。

 だからこそ、彼女はこの話に乗ることにした。これ以上ないといっても良いスクープだという事と、この先上手くいけばこれ以上のネタが手に入るかもしれないから。

 

 「良いわ。貴方に協力しましょう。崇徳白峰の名に懸けて」

 「そう。それは良かった。私の名は八雲黒。スキマ妖怪という種族の名に懸けて幻想郷を必ず作り上げる」

 

 黒はこれによって、世界中でもトップクラスの情報網を得る事が出来た。その情報はこれから先黒にとってどうしても必要になるものであり、だから彼は自身の命を賭けて賭けに勝った。

 

 「ああ、これで漸く彼らを救える」

 

 次の瞬間には施設の中では血を流し続ける死体が残されているだけで、生きている者は誰もいなかった。

 

 

 

 


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