東方魔法録   作:koth3

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麻帆良祭開催

「ただ今より第七十八回麻帆良祭を開催いたします」

 

 麻帆良学園全域のスピーカーからアナウンスがされ、訪れた一般入場者をはじめ、生徒や教師たちからも歓声が上がる。大勢の人間が集まったことにより、普段よりもなお活気が街並みにあふれていた。

 空には色とりどりの飛行機雲がかかり、いたる所で菓子を焼く甘い匂いが漂い、ガヤガヤと喧騒が溢れて街を満たしている。誰もが楽しそうだ。笑顔を浮かべ地図とにらめっこしている。そんな麻帆良を一人、黒は歩いていた。

 一応麻帆良の教師である黒は裏表を問わず見回りをしなければならない。しかし表の教師としては、新田先生により見回りをしなくても良いと伝えられ、裏の魔法使いとしては、そもそも魔法が使えないことになっているので、前日までに魔法薬を作って貢献したため仕事がない。その為麻帆良祭期間中黒は、一切の責務から解放され自由な行動をとれる。

 とはいえ黒はいますぐなにかしようというつもりはない。なにかをする必要もない。この麻帆良祭は大きな騒ぎであるためなんらかの隠れ蓑に利用はできるだろうが、そもそも黒の隠密性からしてみれば麻帆良最中になにかをする必要性が皆無だ。なにかをするにしても麻帆良祭よりも前に周到な準備ができる。すべての準備を終えているいま、むしろ警戒しなければならないのは違和感を覚えられること。普段と違う行動をとり、注目を集める方が危険だ。

 だからこそ万が一を考えさよはつれてきていない。幽霊であるさよと一緒にいるのを見られるわけにはいかない。二人の関係性は周りに覚られてはならない。いちおうさよの気配のなさならばそうそう見られることはないが、それでももしかしたらがある。そのために一人祭りを楽しむように伝えてある。今頃一人空を飛びながら楽しんでいることだろう。

 

 

「ん?」

 

 街角を曲がった瞬間、黒の感覚が異様な気配を捉えた。これが他の人間や妖であるならば――はては神ですら――気が付けなかっただろう。世界の隙間に存在する黒だからこそ、世界が一瞬変わったのを感知できた。空間に無理やり割り込んだ気配。誰かが転移したわけではない。世界のどこにも居なかった存在が無理やり世界に押し入った、そんな感覚だ。

 いくらなんでもさすがに見過ごすわけにもいかず、黒はその気配がする方へ向かっていった。

 

 

 

 気配がする場所には、ネギと刹那がいた。二人が一緒にいるのはおそらく刹那が、魔法先生であるネギの見回りに付き合っているためだろう。魔法に関係した生徒も見回りに駆り出されている。それだけ学園も警戒している。

 しかし二人が一緒にいることでなく、その二人が纏う雰囲気に黒は驚く。二人の周りの境界は、他の存在と比べて全くの別物だ。その境界は未来の時間を含んでいる。境界は体験したことをある程度含む。つまりは二人とも未来の時間を経験していることになる。だが、だとするとなぜ現在にいるのか。可能性としてはただ一つ、時間移動。しかしそれはあくまで可能性。普通の魔法使いどころか、魔法使いですらできない。少なくとも時間に関係する能力がなければ、そのようなことはネギの力では絶対にできやしない。

 であるならば二人はなんらかの方法でそれに類する手段を手に入れたということである。じっと見てみればネギの懐あたりから奇妙な境界が発せられている。どうやらスーツの内ポケットになにかあるようだ。

 二人が不思議そうにしながらどこかへ移動していく。周りに覚られぬよう隠形の術を使いつつ、黒もその後を追う。

 近くのカフェに二人は入った。二人から少し離れた席に座り、様子をうかがう。どうやらカモミールもいたらしく、ネギの懐から出された時計を叩いている。

 どうやらその時計が時間移動を可能にした道具らしい。さよから報告された、ネギが超からもらったもののようだ。盤面には月が描かれている。そこまで分かれば黒にはもう十分だった。

 

「超……か」

 

 呟くと同時その姿が消える。開店間近ということもあり室内は人があまりいない。その中から唐突に一人消えたところで誰も気が付かない。

 

「あら? なんでここに水を置いたのかしら? 誰もいないのに。おかしいわね」

 

 ウエイトレスが首をかしげながら不気味に思うだけだった。

 

 

 

 麻帆良上空を浮かぶ飛行船にネギと刹那はいた。変装のために兎の仮装をしている。

 時計が時間移動をするためのアイテムではないかということまで分かったが、詳しいところが分からない。その為、時計をくれた超を探していた、というのはあくまで建前。ネギはスケジュールを気にする必要がなくなったため、アトラクションを楽しみたく様々な場所を訪れ、この飛行艇もまたネギの興味を引いたがために訪れただけだ。

 しかしいまはネギが外の光景を見るため刹那から離れていってしまっている。

 ネギの年齢からすればそれが当然なのかもしれないと刹那は呆れながらも思う。普段抑え込んでいた子供特有の感情があふれ出ているわけだ。ある種のほほえましさがある。とはいえネギに遊びに付き合う付き合わないにせよ、時計についての疑問は早急に解決しなければならない問題だ。鎖につながれた時計を眼前まで持ち上げ突く。冷たいながらも丸みを帯びたその器体が優しく指を受け止める。

 

「どうやらその時計は気に入ってもらえたようだね?」

 

 声に驚き振り向く。刹那の背後に超がいる。息を呑む。

 強いとうぬぼれているわけではないが、刹那はある程度の実力は有していると自負している。気配を察知することなどよっぽどのことがない限り意識せずともおこなえる。だというのに、その声の主が近づいてきたのを知覚できなかった。しかもその相手が別段強者という訳でもないのに。

 

「超さん!?」

「過去への旅は面白かったかね? だとすればこちらとしても用意した甲斐がありうれしいよ」

 

 警戒しそれ以上口を開かない刹那。その肩に乗るカモが超へ尋ねる。

 

「ひとつ聞かせてもらおうか。超、あんた何者だ? 時間跳躍術、タイムマシンを造るなんて天才とかそういうレベルじゃねぇ」

 

 目を瞑った超は、再び目を見開く。強い光を伴ったその眼を見て、カモは知らずつばを飲み込んでしまう。

 

「知りたいか? いいだろう、答えてあげよう。……ある時は謎の中国人発明家でありクラスの便利屋。そしてまたある時は学園一の天才美少女。さらには人気屋台超包子のオーナー。その正体は宇宙からやってきた宇宙人さ」

「ふざけるなっ!」

 

 その言葉に刹那は一喝した。しかし超は舌を出すばかりでよけい刹那のいら立ちを深めてくる。

 

「まあ、ありとあらゆる存在がいるクラスだ。お前の言葉が本当だとしていまさら宇宙人が増えたところで問題はないが……」

 

 その言葉に超は奇妙な顔を見せる。憐れむような羨むような、それでいて敵意すら含んでいる。なぜそんな顔をするのか刹那は分からず、わずかに困惑した。しかし超の口から出た言葉に、その困惑は消し飛ぶ。

 

「ふふふ、面白いことを言うね刹那さんは。その体は少なくとも人間にとって脅威でしかないというのに」

 

 殺意が刹那から漏れ出す。その言葉はけして許すわけにいかないものだった。刀の柄に手をかける。このまま一刀両断するつもりだ。肩に乗るカモミールが刹那の殺気に体を震わす。

 

「なにを怒っているね? あなたがいましたことでしょうに。ああ、別に誰彼言う気はないよ。それは貴方が付き合っていくもの。他者が否定するものでも、肯定するものでもない。まあ、私の気持ちが分かってもらえたかな? 自身の存在を否定される気持ちが」

「……そうか」

 

 たしかに自身の言葉にも悪い部分はあった。それを指摘されわずかに殺気は収まったが、それでも刹那の警戒は未だ高いままだった。

 

「まあ、宇宙人といっても結局はただの人間でしかない。できることはあまりに少ない」

「超?」

 

 虚空を見つめ、超は力なくつぶやく。それはまるで自然災害に襲われすべてを失った人のようで、今度こそ刹那のいら立ちを怒りもかき消えた。その代わり芽生えたのは……。

 内心に沸いたその感情を整理しきる前に、超は最後まで言いきった。

 

「そう。人間でしかない」

 

 儚げな顔で。




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