東方魔法録   作:koth3

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すべてが変わる学園祭
学園祭が近づき


 陽光が窓ガラスをすり抜けて、ネギの横顔を照らしている。ヘルマンの襲撃事件からすでに数日が経っている。だというのにいまだあの腕については分かっていない。

 いやそれだけじゃない。他にも色々と分からないことが生まれていた。あの日、ヘルマンが語ろうとしていた話、それがなんなのかネギはどうしても気になっていた。

 人間に逆らえないように作られたというヘルマン。本当の魔法。スプリングフィールド家に伝わるという話。それらが胸の中で渦を巻き、言い知れない、じっとしていることができないほどの焦燥感となってネギを突き動かそうとする。

 だがなにかをしたくとも、なにもできないのが現状だ。腕のことは学園が調べている。ヘルマンについては、そもそも悪魔に関した書物の中に、ヘルマンはいない。有名な悪魔の名前はいくつもある。調べればいくらでも出てくる。なのにヘルマンの名前はない。そもそも悪魔のような存在は名前を持って縛り付ける者だ。出なければ、その力は召喚者へと向けられることもある。名前とは鎖だ。強大な存在を縛り上げ、従わせるための。だからこそ、悪魔の名前というのはほとんど必ずどこかに記される。聖書であったり、伝説にまぎれ。

 ではなぜヘルマンの名前がないのか。それがどうしてもネギには分からない。作られたという言葉を信じれば、ヘルマンは悪魔でないということだろうか。しかしそんなことありうるのか。生物を作り出すなど、神の御業ではないか。少なくとも、ネギが知る限りそんな魔法は存在しない。そもそもそんなものは魔法では不可能だろう。

 ではやはり魔法で語れない、あの腕のような存在なのだろうか。

 そこまで考えが巡ると、ネギはこめかみを抑え蹲った。

 あの華奢な、それこそ魔力で強化した力ならば簡単にへし折れそうな腕。思えば、女性、いやそういうには少し小さすぎる。女の子のような滑らかな白い肌の腕。それがすさまじい力でヘルマンを引きずり込んだ。

 興奮していたあの時よりも、むしろいくらか冷静になった方が恐ろしく思える。魔力を纏わず、気を使わずともあれだけの膂力。人ではないだろう。だがならばいったいなんだというのか。ヘルマンと同じ悪魔なのか。しかしだとすると、なぜ同じ悪魔がああしたのか分からない。あれは助けたという訳じゃない。あんな荒々しい手で救い出そうとする者はいないはず。

 正体不明の敵対者。しかもその敵対者は簡単にその手の届く範囲に入ってくる。なにをされるか分からない。なにを目的としているか分からない。霧の向こうにいる殺人鬼は、どこにいるか分からず恐ろしい。

 それはいくら魔法を使えるとはいえ、ネギもまだ数えで十。人並みに恐怖心というものはある。

 ボンヤリと考えていたが、明日菜が呼ぶ声に気を取り直し、考えることを止める。そろそろ学校に行かなくてはならない時間だ。

 

「分かりました、今行きます」

 

 

 

 通学路をネギと明日菜に木乃香が走っていると、一人の少年が三人の前に出てきた。

 

「よ、ネギ」

「小太郎君!?」

 

 学ランを着た、小太郎が片手をあげてそこにいた。

 

「いやはや。この学園凄まじいな。時期も良かったわ。高々学祭程度と侮れん。こっち来てよかったよかった」

「え、学祭?」

「あん? 確かお前先生やろう? 知っとるんちゃうんか? さっきも高校生が資材を運搬しとったで。いや、それにしても祭りはええな。楽しみや」

 

 そういわれてネギが辺りをうかがうと、着ぐるみを着た人やら、木材を肩に担いでねじり鉢巻きを締めている人たちがちらほら見える。

 

「本当だ」

「大丈夫かいな。祭りは準備も楽しいんやで。出遅れんようにせい。あの、手にも」

 

 最後、ネギだけに聞こえるようぼそりと呟かれた言葉に、表情がこわばった。

 

「小太郎君……!」

「あれがなんやかは分からん。だけど、や。俺たちの前に出てきたっちゅうことは、そこに因縁があるちゅうことやろう、絶対に。俺かお前。どちらかがあれと相対することになるで。俺の勘やけどな」

 

 押し黙ったネギの背中を小太郎は叩いて言う。

 

「まっ、ちゅうわけや。俺もそうやけど、お前ももっと強くならんとな。いまから楽しみやで。あれを相手にするのが」

「……強いね、小太郎君は」

「あん? ……当たり前やろ。心で負けて勝てるわけないやん」

 

 小太郎はそのまま「ほなな」とだけ残し、路地裏へと消えていった。その背中を見送ったネギは、拳を握り、空を眺めた。太陽がまぶしく輝いていた。

 

「ネギー、早くしないと遅れるわよ!」

「あっ、はい。今行きます」

 




まだつなぎのようなものなので短いです。

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