東方魔法録   作:koth3

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共同戦線

 なぜ小太郎が麻帆良学園の一広場にいるのか、ネギには分からなかった。ただ目を丸くして、小太郎の背中を見るしかできずにいる。声をかけようにも、口は開くが言葉が咽喉に(つか)えて出てこない。

 唖然とした表情を晒しているネギをよそに、小太郎は腕を回して体の調子を確かめて八重歯を剥き出しに笑っている。

 

「なんや、ネギ。そない呆然として。お前がそんな調子やったら、俺が全部もらうで?」

 

 かけられた好戦的な言葉。間違いなく、修学旅行で戦った犬上小太郎だ。戦うことを楽しむ、裏世界の戦闘者。

 だけれども、なぜこんな場所に小太郎がいるのか。その口調からして、関西で育ったであろう小太郎が関東圏である埼玉の麻帆良学園にいる理由が、ネギにはさっぱり想像できない。様々な考えが頭をよぎるが、それらすべては突拍子もないことばかりで、どうにも小太郎がいることに結びつかない。

 ようやく絞り出せた言葉は、雨音に消えそうなほど弱々しかった。

 

「どうして、ここに?」

 

 だが小太郎にはきちんと聞こえたらしく、頭頂部の犬耳をパタパタと動かしている。

 

「あん? そない決まっているやろ。強いやつと戦うためや。こっち来てみたら、なんや強い力を感じたからここまで来たんや。なあ、ええやろおっさん。俺も混ぜてくれや」

「ふむ。ネギ君を呼んだらこんな活の良い子まで釣れるとは。想定外の事態であるが、もちろん、歓迎しよう」

「ゲッ。ヘルマンのおっさん、そりゃないゼ。せっかくあの坊主を脅してい一人で来させたのニ」

 

 スライムと男の会話に生徒を人質にとられていたことを思い出して怒りが再燃したが、それよりも呆気らかんとした小太郎の口調に、ネギはだんだんと腹の底からこみあげてきたものに耐えきれなくなった。

 腹を抱えて大声で笑い出す。

 

「あははははは……!」

「なんや。急に笑い出して。気色わりぃやっちゃ」

 

 気楽そうな小太郎を相手に、小難しく考えるのが馬鹿馬鹿しく思えて仕方がなかった。一時だけであるが、現状を忘れてネギは笑い続ける。スライムも男もそして生徒たちも、ネギをそれぞれ違う表情で注視していた。スライムは小馬鹿にした顔で、生徒たちはネギを心配するような顔をしている。だがその中で男はただ一人楽しそうに笑っていた。

 しばらく思う存分笑い、ネギは頬をたたくと小太郎に話しかける。

 

「駄目。全部僕の。あげないよ」

「なんやと!? けち臭い! 雑魚があんだけおるんや。一山いくら程度の相手やけど、ウォーミングアップ程度にはなるんやで? あのおっさんぶっ飛ばす準備運動に丁度ええんや」

「だったらよけいあげられないね。あれ全部、僕が倒す」

 

 口げんかをしながらも、自然と二人が背中合わせに構えて並ぶ。

 小太郎は我流というだけあって、獣のように姿勢を低く両の手を前に突き出している。獲物を狩る狼の姿に近い。いやそのものだ。自然の中で生み出され、淘汰されてきた野生の荒々しさがそこから伝わってくる。

 ネギも負けじと古菲に習った構えを取る。中国に手悠久と思える時をかけて研磨され続けてきた武術。人間という種が、そのたぐいまれなる理性を持って培ってきた知性の理がそこに凝縮されている。

 稲妻が近くへ落ちた。その轟音に負けじと小太郎が叫ぶ。

 

「ほなら、早い者勝ちだ!」

 

 その言葉をきっかけに、二人は同時にスライム目掛けて駆け出す。

 疾風がネギのそばを吹き抜ける。背中に感じる熱が消え去った。目の前には小太郎の背中が見える。

 やはり小太郎の方がネギよりも速く、その背を追いかけるしかできない。だがネギは足を緩めることなく、追いすがるように小太郎とスライムの戦いに乱入した。

 

「おらっ!」

「はっ!」

 

 ネギの拳と小太郎の爪がスライムの腹部にめり込む。しかしスライムはただ嘲笑する。愚かと瞳で投げかけながら。

 

「効かねえヨ」

「知っとるわ」

 

 その顔に、小太郎は握りしめた拳を叩き込む。それでもなおスライムは笑い声をあげていた。だがさすがに気をたっぷりと込められた拳の衝撃までは逃がせなかったようで、勢いよく後方へとスライムは吹き飛ばされる。

 

「僕も!」

 

 ネギもまた、二つの掌をスライムの一体に押し付け、掌から渾身の力と魔力を一気に解放して吹き飛ばす。双撞掌(そうとうしょう)と呼ばれる八卦掌の技のひとつだ。先ほどまではできなかった溜めの必要な大技であるが、その一撃の威力は魔法の矢数本よりかは身体強化の分も合わせれば遥かに強い。それだけの技を当てられたスライムは、ネギから勢いよく弾け飛ぶ。小太郎よりも、少し離れた距離へと着地した。

 それを見たネギは、勝ち誇った顔で小太郎へ告げた。

 

「僕の勝ちだね」

「なんやと!? その程度で勝ち誇るな!!」

 

 また再び近づいてきたスライムを、小太郎は腕をぐるぐると振り回し、遠心力をたっぷり乗せた拳で掬い上げるように殴って、先ほどよりも遠い位置へ吹き飛ばす。見ればネギよりも僅かにであるが遠くに飛んでいる。

 小太郎はネギの方を振り向き、口の端を釣り上げて笑みを見せつける。

 

「へっ、どうや!」

「むっ!」

 

 再び返ってきたネギに吹き飛ばされたスライムは、小太郎と同じくネギの手で、先ほどよりもさらに遠くへ吹き飛ばされる。

 

「またですカ?」

 

 そこからはもはや戦いというよりも、スライムを使った競争だった。三匹をより遠くへ飛ばすために、二人は拳を振り上げたり、蹴りを繰り出す。スライムたちも時間が経てば経つほど強力な技や凄まじい力でさらに遠くへ飛んでいく。だが小太郎はスライムが宙を飛ぶごとにだんだんと笑みを浮かべなくなり、とうとう一撃ごとに白けた顔をし始めていた。

 

「ああ、もう飽きた」

「こ、小太郎君?」

 

 唐突な言葉に、ネギは手を止めてしまう。その表情は、掃除当番を仰せつかった不良のようなやる気のなさだ。

 

「ていうか、や。ネギ、ちょい考えてみ? こんな歯ごたえもない相手、ずっと殴り続けてきたんやけど、ここまでやり続けると面白くないやろ? やっぱ殴るんなら、歯ごたえがないとな! やからさっさと終わらせようと思うんや。そろそろ本来の目的といこうや」

 

 どうやらスライムの歯ごたえがなさ過ぎて、戦闘意欲を抑えきれなくなったようだ。小太郎は顔を顰めて言った。

 

「ああン!? 言うじゃないカ。私たちにダメージを負わせられもしない癖ニ!!」

 

 ただその言葉でスライムたちが怒りだす。三匹の色が真っ赤になり、湯気が頭から噴き出している。火を見るより明らかな様子の変化に、しかし小太郎はやはり顔色を変えることもない。

 ただつまらないものを見るように、スライムたちを見下すだけだ。

 

「ほら、ネギいくで?」

 

 しかしそう言われてもネギにはどうすればいいか分からない。なにせスライムたちに効果的な魔法は、この天候のせいで効果を見せやしない。まったくの無駄だった。

 動きを止めたネギを一度見て、小太郎はあきれた口調になった。後ろ髪をぼりぼりと勢いよく掻いて、ため息をして口を再び開く。

 

「なんや、分からへんのか。やっぱり小利口なだけじゃダメやな。しゃあない。俺が手本を見せたる。後学のために良く俺がすることをよく見とけ、ネギ。まずお前の得意な魔法の矢であいつらの動きを止めい。後は俺が一瞬で終わらせたる」

 

 その言葉にネギは困惑した。小太郎は一撃で相手を仕留めるようなパワータイプじゃないことを、修学旅行で身をもって知っていた。むしろ素早さで相手をほんろうするタイプで、一撃はそれほど重くはないはず。それこそパワーという点から見れば、客観的に見てもネギの方がまだ上だ。だというのに、小太郎は自信満々だ。

 しばし躊躇ったものの、ネギにはスライムが倒せない。倒す方法が分からない。ならば策があるという小太郎を信じるしかないだろう。ネギはただ首を縦に振った。

 

「魔法の射手連弾・雷の矢30矢!」

 

 魔法の矢はそれほど威力に優れないが、矢という名前が付けられるだけあってかなりの速度だ。しかも射たすべての矢をある程度であるが誘導することができるため、すべて外れるということはそうそうない。いくらスライムたちが魔法の矢から逃れようとしても、だ。それにここしばらくの修行で魔力の精密操作に慣れてきたネギにとって、スライム程度の速度ならば百発百中であてられる。

 先ほどと同じように雷属性の魔法がスライムたちへ殺到し、白煙が発生する。これだけでは先ほどのネギの二の舞だ。自然とネギは唾を飲み込んだ。作戦の要である小太郎の姿を探す。だがどこにもいない。首を振って辺りを探るが見当たらない。

 

「いまや!」

 

 力強い小太郎の声が、白煙の中心辺りから聞こえた。振り返ると、煙の切れ間からその特徴的な耳が覗いている。いつの間にと思う暇もなく、スライムたちの叫び声が聞こえる。それは断末魔だ。耳をかき鳴らし、脳みそを切り取ってひっくり返すかのような声に、思わずネギは耳をふさいだ。

 白煙が中心から勢いよく吹き飛ばされる。とっさにネギは顔を腕でかばった。冷たい水気を帯びたものが顔面にたたきつけられる。

 目をおそるおそるあけると、小太郎が白煙の中心地でただ立っている。スライムたちはどこにもいない。

 ネギがあたりを見回してスライムを捜そうとしていると、小太郎はただ笑いながら口を開く。

 

「なんや、まだ分かっとらんのか。頭良いいう割にはちぃと固すぎやないか?」

 

 かんらかんらと笑う様子は、ただおかしいというだけで小ばかにしたものではなかった。そのことにネギはむっとしながらも安心を覚え、複雑な気持ちとなった。

 ついで小太郎の言葉を考えてみるが、やはりどうしてもなにをしたかが分からなかった。いったい小太郎はなにをしたというのか。

 

「簡単なことや。あいつらとお前がしていたさっきの戦い、ちぃと見とったんやけど、雷の魔法で失った水分を周りから吸収していたんやろ? やったら、その吸収の際、過剰な力をこっちから与えてやれば内側から崩壊するやろう。気を水気にして送り続けたんや」

 

 風船は空気を入れ続ければ、いつか破裂するもんやで? そういう小太郎は、どこか得意げだ。

 説明が終わると、ステージ上の水球が割れる。どうやら水球を作り出していた術者が消えたことで、術が持たなくなったようだ。解放された生徒たちは、しかし身を震わすだけでその場に立ち止まっている。

 生徒たちが逃げ出そうとしない理由は、ネギにもわかった。ステージ中央にて凄まじい威圧を発生させている男がいるからだ。

 

「ふむ、素晴らしい観察眼に発想だ。犬上小太郎君、だったね? そこにいるネギ君に方向性こそ違うものの、負けず劣らずの才能を感じるよ。そしてそれに見合った経験がある。残念ながらネギ君は才能こそ歴史的に見てもトップクラスであるが、いかんせん経験が足りないようでね。予想外と先ほど言ったが、幸運だったよ、君が来てくれたことは」

 

 男が拍手をしながら舞台から客席へ降りてくる。どこか人とは違う異質な魔力でその身を包みながら。ゆらゆらと揺れるように身を包んでいる魔力は、影のような暗さとまとわりつくような悪意を覚える。ネギと小太郎は、すぐさま構えを取って男へ相対した。

 

「あの子たちはスタンドプレーや、妙な慢心ばかりしてしまう。それでもこの天候ならば、彼女たちが負けるとは思わなかったが。いやはや、どうやら戦いの勘が鈍っているようだ」

 

 首を振りため息を吐くその男に、ネギは仲間をやられてその程度済ませられるという感性に、うすら寒いものを感じ取った。口にしなかったが、思わず睨みつけてしまう。

 

「そう睨まないでくれたまえ、ネギ君。これでも数年ぶりの戦いだ。私もリハビリに必死なのだよ。それこそ他者にかかりきりになれない程度にはね」

 

 軽口に付き合いきれなくなったのか、小太郎が前へ一歩進んだ。気の短さは変わらないようだ。

 

「はっ! 負ける言い訳の準備はできたんか?」

「はっはっは。勇ましいことだ。うむ。幼子というのはそれくらい無茶をする方がいい。こんな老いたものにとって、それは懐かしい幻想のようなものだからね。さあ、ネギ君、小太郎君。戦おう、心行くまで」

 

 男もまた、ネギと同じく拳を構えた。その姿からは圧倒的な年月と力が感じられた。




スライムって、水風船にそっくりだと作者は思うんです。皆様はどう思いますか?

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