東方魔法録   作:koth3

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久方ぶりに五千文字超えました。


ネギの過去

 意識が白く染まる中、光が見えてくる。白いその光は、淡いもので、今にも消えそうに光っている。

 明日菜は気が付くと、山脈に囲まれた街にいた。山々は、白化粧に染まり、街全体も雪が降り積もっている。思わず身震いしてしまいそうになる。

 あたりを見渡すと、どこか麻帆良に似た雰囲気をしている。西洋的な建物ばかりで、テレビでやっている、いわゆる世界を見ようというコンセプトの番組が映し出すような光景ばかりだ。

 

「って、私裸じゃない! ど、どういうことよ、ネギ!」

 

 辺りを見渡した際、自分の姿が裸だということに気が付いた明日菜は、どこかにいるはずのネギ目掛けて体を隠しながら叫ぶ。

 

『す、すみません! でもこの魔法を使うとそうなってしまうんです。ぼ、僕からは見えませんから、安心してください』

 

 パクティオーカードを使った念話のように、頭に直接ネギの声がし、明日菜は頬を赤く染めながら抗議する。

 

「そういう問題じゃないでしょう! またアンタは脱がして!」

『あわわ! すみません。でも、もう記憶が!』

「え?」

 

 明日菜の後ろから、舌足らずな高い子供の声が聞こえてくる。慌てて振り返る。

 

「お父さん、どこか遠くへ引っ越しちゃったの?」

 

 そこにいたのは、小さいながらも間違いなくネギだ。無垢な瞳で、近くにいる女性に何かを訪ねている。

 

「そうね。遠い、遠い国へ行ってしまったの。『死んだ』ということはそういうことなのよ」

「じゃあ、僕たちが大きくなったら、いつかお父さん所へ行けるんだね。いつか、お兄ちゃんと一緒にお父さんに会いに!」

 

 ネギの影から、一人の少年が出てきた。金髪の、ネギとは似ていない顔立ち。だけど血縁のある、ユギ・スプリングフィールドだろう。

 けれど、明日菜はそれがユギ先生と認識できずにいた。あまりにも雰囲気が違い過ぎる。利発そうなところは変わらないが、無邪気さがそこにあった。顔つきも、まだ子供らしくてかわいいものだ。西洋人形のような、切れ長の目をしていない。

 

「あれって、ユギ先生?」

『はい。ユギです』

 

 ネギが肯定するが、それでも明日菜はなかなかそれが信じられない。

 

「それは……ね、ユギ」

「お姉ちゃん?」

 

 言い淀んでいる女性を見た少年のころのユギ先生は、不思議そうに首をひねっている。

 

「馬鹿ね、あんた達。死んだ人には二度と会えないのよ」

 

 ローブを着た可愛いらしい女の子が、腕を組み自信ありげにネギとユギ先生に突っかかってきた。負けん気が強そうな子供だ。少なくとも、明日菜にはそう見える。おませなところもあって、めでたくなる。

 ただ、ネギはその女の子の言葉が気に入らなかったらしく、苛立たしげになりそのまま口喧嘩をし始めた。後ろでは、女性の裾をユギ先生がつかんでいる。

 

「あの子誰かしら?」

『幼馴染のアーニャです』

 

 喧嘩が収まると、アーニャはネギに星形の杖を、ユギ先生には三日月形の杖を渡した。さっきみた初心者用の杖だ。ネギが偶に使っている杖は、これだったのか、と明日菜は納得がいった。

 

「少しは魔法の練習でもしておきなさい。お父さんみたくなりたいならね」

 

 ネギはじっと杖を見ており、心有らずだった。

 

 

 

 記憶が飛んだ。

 バーなのだろう。一人の三角帽子をかぶった老人がナギの奴と騒ぎ、執事然としたマスターに酒を飲み過ぎだとたしなめられている。だが、老人はむしろ火がついてしまったのか、余計に声を荒げた。

 ネギとユギ先生の後ろを浮かびながら、明日菜はその様子を冷たく見つめていた。

 『馬鹿じゃないの』。そのナギの子供たちがいるというのに、騒ぐ老人に明日菜は怒りを覚えた。

 

「もう、スタンさんたらまた……」

 

 困り顔な女性を置いて、ネギとユギが老人に近づいて尋ねだす。

 

「お父さん、悪い人だったの?」

「ああ、悪ガキじゃったわい」

 

 ネギの質問に老人がそう答えた。明日菜は記憶であろうとも我慢ならん、と腕を上げて張り倒そうとした瞬間、ひときわ大きな叫び声がした。驚きのあまり腕を振り上げたまま、横を見る。

 

「謝れ! お父さんに、謝れ!」

「ユ、ユギ!」

 

 小さなユギ先生が涙を目じりにためながら叫んでいる。幼いその手をぎゅっと握り込んで。慌てて女性が近寄ろうとする。

 

「お兄ちゃんに謝れ! 謝ってよ!」

 

 けれどそのままユギ先生は老人の足をポカポカと殴る。「謝れ、謝れ」と泣きわめきながら。ネギはその姿を呆然として眺めていた。明日菜もまた、なにを言っていいのか、なにをすればいいのか分からなかった。

 しばらくすると、殴られていた老人がユギ先生の小さな拳を優しく受け止めた。

 

「そうじゃな。すまんかった。ネギ、それにお前たちの父さんにも」

 

 わんわんとそれでも泣きじゃくるユギ先生を、ネギは涙をこらえながら頭をなでだす。

 

「泣いちゃダメ、ユギ」

「そういうお兄ちゃんだって、泣いているよぉ」

 

 二人して涙を流している。女性が後ろで涙を流して、二人のことを抱きしめた。明日菜は目じりにたまるものを感じ、手で擦って拭い落とした。

 

 

 

 記憶が飛んだ。

 女性とアーニャを、ネギとユギ先生、それに老人が見送っていた。赤いバスが後ろで待っている。

 

「お姉ちゃん、どこか行っちゃうの?」

『はい。ウェールズの学校があったので、偶の休みにしか会えなかったんです」

 

 女性たちを見送ったネギとユギ先生は、大人しく家に帰っていた。ネギは広い部屋で呪文を唱えながら杖を振り回し、ユギ先生はなにか大きな図鑑みたいな本を開いている。

 広い部屋には暖炉が焚かれているが、それ以外の暖かさはほとんどない。精々お互いのぬくもりだけだ。明日菜はただ二人だけいるのがなんとなく寂しく感じていた。

 

「なんか出たかも」

「本当? ねぇねぇ、お兄ちゃん。これ見て、これ。今度はこの魔法をやって見せてよ」

「ええ、この魔法? できるかな? 『千の雷』?」

「きっとすごいんだよ。お父さんがサウザウンドマスターっていうんだから、きっとお父さんの魔法なんだよ」

「うん、そうかも。頑張るね」

 

 だが、明日菜は二人の様子を見て、首を振った。この二人ならば、寂しさなんて感じないだろう。なにせ、頭を突き合わせ、楽しそうに笑っているから。

 

 

 

 記憶が飛んだ。

 ネギが犬の首輪につなげられたリードを切ったり、湖に飛び込んだ。

 

「なに、なに考えているのよ、ネギ?」

『……』

 

 ネギの行動が、明日菜にはなにひとつ分からなかった。なぜそこまで自分の身を危なくさせるのか。

 熱を出したネギは、寝かされていた。苦しいのだろう。呻いている。当たり前だ。周りの大人たちの話では、四十度を超えていたらしい。小さい子供ではよけい苦しいだろう。

 だけど今ネギを苦しめているのはそんなものじゃなかった。熱よりもなお苦しいであろう、糾弾だった。

 

「バカ! もう、お兄ちゃんなんて知らない!」

 

 それはユギ先生が行っている。かつて老人へ食って掛かったように、目から涙を流してネギへ怒りをぶつけている。

 

「そんなにお父さんに会いたくて危ないことするなら勝手にすればいいよ! 僕はもう知らない! なにをしようとも、もう関係ない。話しかけないで! 心配させてばかりのお兄ちゃんなんて、いらない!」

 

 そこが限界だったらしく、そのまま外へ駆けて行ってしまった。残されたネギは、ただ枕をぬらす。

 ちくちくした痛みを、明日菜は感じた。あんなにも仲が良かったのに、ネギの行動で二人の仲は引き裂かれてしまった。これからネギとユギ先生はあの寂しい部屋でなにをするのだろうか。明日菜には分からなかった。

 

 

 

 記憶が飛んだ。

 雪の降る日だ。ネギは一人、湖で歌を歌いながら釣りをしている。だが、その顔は少しも楽しそうに見えない。やはり、隣に誰もいないのが寂しいらしく、時折ちらりちらりと横を窺っては落胆している。

 

「あっ。そういえばネカネお姉ちゃんが返ってくる日だった」

 

 ネギが立ち上がり村へ帰ろうと走り出す。

 小さな足を精一杯動かしている様は可愛らしい。それに、顔も先ほどのような顔ではなく楽しげなものだ。

 

「ふふ。可愛いものね」

 

 明日菜は笑いながら後を追いかける。だが、その楽しげな気持ちは長く続かなかった。

 

「「え」」

 

 記憶のネギと明日菜の声が重なる。

 ネギが住んでいた街が、火に包まれていた。とても強い火だ。陽炎で景色がゆがむほどに、火がうなって街を飲み込んでいる。

 明日菜が動けないでいると、いてもいたってもいられなかったのか、ネギはその炎へ飛び込んでしまった。

 

「馬鹿! ネギ危ないわよ!」

 

 あわてて明日菜がネギを抑え込もうとするが、小さなネギの体はすり抜けて止めることができない。

 

「ちょっと! なんで!」

「ネカネお姉ちゃん! おじさん! ユギ!!」

 

 声を張り上げているネギ。火の熱におびえながらも、街を駆け巡る。

 しばらくして町の中心にほど近い場所。そこでネギは固まった。ネギの視線をたどった明日菜は、目が見開き、顔全体が固くなるのをはっきりと感じ取れた。

 

「なによ、これ」

 

 そこには町の住民たちが、石にされていた。まるで修学旅行の時のように。

 驚く明日菜を他所に、事態は進行していく。背後から重厚な物音がした。振り返るとそこには、地面からはい出てくる異形がいた。

 異形の怪物に青ざめて震えているネギは、動くことができそうにない。ただ杖を握りしめているだけだ。このままではネギが殺されてしまう。

 

「誰か、誰でもいいから! 誰かいないの! ネギが、やられちゃうわよ!」

 

 明日菜は叫び辺りを見渡すが、見えるのは異形と揺れる火の海だけ。

 とうとう怪物がネギに拳を振りかざした。建物ほどもある化け物だ。凄まじいパワーを持っているだろう。殴られたら、幼いネギの体が耐えられるはずもない。

 

「逃げて、ネギ!」

 

 明日菜の言葉に反して、ネギはただ涙を流すだけ。明日菜は無力な自分に苛立った。

 

「お父さん、お父さん」

 

 振り下ろされた、異形の拳が。

 フードをかぶった誰かに止められた。

 

「え?」

 

 いつの間にか、もう一人この場にいた。

 そこからは一方的だった。フードをかぶった、背の高さからおそらくは男性だろう。男の独壇場だ。一撃で拳を振り下ろした異形を葬り、次々に怪物たちを()して、最後にはネギが良く使う『風の暴風』ですべてを吹き飛ばした。

 ただ、それはあまりにも一方的で残虐だった。数多くの怪物を踏みつけ、立つたった一人の男。揺らめく火が逆光となり、顔はまったく見えない。だがそのせいで余計に男が恐ろしい。いったい誰なのか。いや、明日菜にはそれが誰なのか、分かった。考える必要すらなく。

 悪魔の首が握りつぶされる。

 そのあまりの光景を見てしまったネギは、火がついたように逃げ出してしまう。

 

「……っ! ネギ! そっちは危ないわよ! まだ化け物がいるかもしれないわ」

 

 言葉を言い終えた瞬間、瓦礫となった建物の上に怪物が移動してきた。そいつはアルファベットのWのような角を持ち、卵のようなつるりとした顔立ちをしていた。禍々しく口を開くと、そこに光が集まる。

 

「ネギ!」

 

 光は一切の考慮もなく放たれた。ただ、その光は女性と老人の手によって防がれていた。だが、それはネギにまで届かなかっただけで、二人の体はどんどんと石になっている。

 女性がバランスを崩した。足が砕けて、倒れ込む。

 だがそれでも老人は燃える光を灯した目で化け物を睨み、力強く言葉を紡ぐ。

 

『六芒の星と五芒の星よ 悪しき霊に封印を 封魔の瓶』

「馬鹿な! まさか、私を封じるほどの術者がいるなど!?」

 

 石化していく老人はネギを襲った怪物を小さな瓶へ抑え込んだ。

 脂汗がひどい。息も荒く、絶え絶えだ。今にも死にそうな姿で、老人はネギへ近寄っていく。すでに体の半分以上は石と化しているというのに。

 

「無事か、坊主」

「スタンおじいちゃん!」

「泣くでない。いいか、坊主。ワシャ、もう助からん。だがな、ネカネは助かるだろう。お前は逃げて助けを呼べ。そうすれば、ネカネも助けることができる」

「できないよ、僕には」

 

 弱音を吐き、うずくまるネギ。無理はない。幼い身ながら、むしろ良く堪えていた方だろう。少なくとも明日菜には突然こんな事態になったら耐えきれる自信がない。

 

「いいや、できる」

 

 だが老人は力強く、ネギの言葉を否定した。

 

「ユギはできたぞ。ユギは儂の言葉通り逃げ出した。たとえ悔しくとも、怖くとも命を守るために。いいか、格好つけて命を放り出すのは馬鹿がすることだ。お前はそうなってはならん。なに、弟ができたんだ。兄のお前ができないわけがない。分かったか、ネギ」

 

 本当にもう限界なのだろう。老人はわずかな身じろぎをして、最後に言葉を残した。

 

「お前……たち、守る……それが儂の……ちか……い……」

 

 完全に石と化した老人。しばらくネギはその体を揺らした。だがなんの反応も帰ってこないのが分かると、ネギはボロボロと泣きながらネカネを起こそうとした。幸いといっていいかは分からないが、ネカネの石化は足が膝から砕けたせいで進行はかなり遅いようだ。

 ネカネを起こそうとしているネギの背後に影が差す。そこにはあの男がいた。

 男は優しくネギを抱え、ネカネを魔法で浮かばせると、街が見える丘まで一飛びに移動した。

 

「すまない。来るのが遅すぎた」

 

 男は燃え盛る街並みを見て、苦しげに謝っている。顔が見えなくとも、その表情は分かる。しばらくすると、男はネギの方を振り向いた。

 男は少し驚いた様子になった。ネギが男と女性の間に立って、小さな杖をしっかりと握りしめている。

 男が近寄ると目をつむり震えるが、けしてそこから逃げようとはしなかった。

 

「大きくなったな」

 

 男がネギの頭をなでる。

 

「えっ?」

「ネカネはもう大丈夫だ。石化魔法は止めた。……そうだな、お前にこれをやろう。俺なんかには過ぎた物だった。だが、きっとお前なら十分使いこなせる。こんなこと言えた義理じゃないが、元気に育て。そしてネギ、ユギを頼む」

「お父さん?」

 

 ネギの疑問に答えず、男はそのまま浮かび上がる。どんどん離れていく男をネギは走って追いかける。

 

「お父さん!」

「ユギを、頼むぞ。お兄ちゃん」

 

 

 

 明日菜は気が付くと、エヴァンジェリンの別荘にいた。

 目の前にはネギがいる。

 

「あははは。ごめんなさい。みっともないところを見せてしまい」

「馬鹿、みっともなくなんかないわよ。……そのあとどうなったの」

 

 しばらく黙っていたネギは一度、空を仰ぎ言葉を紡ぎだした。

 

「三日後、僕とネカネお姉ちゃんは救助されました。ウェールズの山奥の魔法使いの街へ引っ越して。そこでユギと再会したんです」

「あ、そうなんだ。途中からユギ先生出てこなかったから心配だったのよ」

 

 不思議とネギは顔をくしゃくしゃと歪めた。

 

「……ユギは一週間以上も目を覚ましませんでした。目を覚ました後も、どこか様子がおかしく、病気がちになって」

 

 悲しそうにつぶやくネギは、諦めの交った微笑を浮かべた。

 

「その時思ったんです。お父さんと一緒にいたいからって、馬鹿ばかりをしていた僕に天罰が下ったんだって。ユギがあれだけ苦しんだのはすべて僕のせいなんだって」

 

 その言葉に明日菜は叫ばずにはいられなかった。

 

「ふざけるんじゃないわよ! 罰なんてあってたまるもんですか!」

 

 そう。そんなことあっていいはずがない。明日菜はそう確信する。苦しさは、痛みは罰として襲い掛かっていいものじゃない。もしそれを罰とする神がいるのならば、そんな神殴ってやる。そして説教のひとつでもしてやる。

 

「あんたはお父さんに会いたかっただけなんでしょう! だったら、その思いに間違いなんてないわ! ユギ先生が怒ったのは、やり方が間違えていたからよ! ユギ先生だって、会いたかったに決まってる!」

 

 勘違いしているネギに明日菜はきっぱりと伝える。

 

「会いたい気持ちが間違っているはずがない。だって、それは言葉にできないほど素敵なことだもの」

 

 どうしてか、明日菜は頬を熱いものが流れ落ちていた。


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