東方魔法録   作:koth3

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別荘

 ガゼボにて明日菜たちはエヴァンジェリンから説明を受けていた。外では雨が降っているはずなのに晴天で、夏が過ぎているというのに真夏のように暑いこの不可思議な場所の。明日菜としてここがどこかという説明よりも、ネギの修行環境について尋ねたかった。実際、先ほどの吸血行為は、ただエヴァンジェリンの魔力補充ということで納得したが、だとしてもネギの疲れ方は異常だ。保護者として知らねばならない。しかしクラスメイトたちはネギよりも、現状の方が知りたいらしく我慢するしかない。この説明が終わったら、ネギのことを絶対聞き出すと決め、明日菜はエヴァンジェリンの説明を聞き始めた。

 エヴァンジェリン曰く、この世界は外で明日菜たちが見た魔法球の中であるらしい。たしかに外で見たのは大きなガラス球だったが、とうてい人などは入れる代物でない。それなのにエヴァンジェリンの言葉通りだとすると、広大な空間が小さなガラス球に広がっている。それだけでも驚きだが、続きの言葉には顎が外れるかの衝撃を明日菜は受けた。

 

「ここでの一日は外の世界の一時間に設定している。浦島太郎の逆のようなものだ。昔使っていた別荘だが、坊やの修行のために引っ張り出した」

 

 こともなげに話すエヴァンジェリンだが、聞いている方は頭が追いつかない。一時間が一日になる。まさしく学生にとっては垂涎物のアイテムだ。とくに、夕映は時と空間を変えられるということに先ほどから食いついている。

 明日菜としても、一日が増えるのならばいろいろなことができる。ネギの修行以外に使わないならば、開いている時間に利用させてほしいくらいに。そうすれば、美術部の作品や普段できない料理の練習ができるだろう。あわよくば、高畑先生へのプレゼントを作れるかもしれない。

 

「まあ、欠点として時間軸の整合性を整えるため、一日経たんと出れん。特殊魔法力学第四法則に沿った安全装置があるからな」

「それでも時間を延ばすことができるなんて。素晴らしいです。時間という概念を根本から変えることなく、“影”を変えるなんて! 時間軸の影響を変えるというのはSFでよくありますが、実現することが不可能なと言ってもおかしくはありません。そもそも時間という概念自体が人間の作りだしたものでありますから。だというのに、非日常(ファンタジー)の力を使って、それを変えるなんて! これは素晴らしいとしか言いようがありません」

「お、おう? 綾瀬夕映、貴様人が変わっていないか?」

 

 冷や汗をかいて引いているエヴァンジェリン。ネギはその様子に乾いた笑いを浮かべ、なにもしない。明日菜としても、今の夕映とかかわりを持ちたくない。というよりも、語られる言葉が先ほどからまったく分からない。

 ただ分かることはひとつ。

 

「つまり、ネギ君教師としてだけでなく、ここで一日修行をしているん?」

「そうだな。ちまちましてもあまり意味がない。まあ、こいつの弟レベルで仕事ができるんなら話は別だが」

「ユギ先生? そんなに優秀なの?」

 

 エヴァンジェリンの言葉に、思わず明日菜が聞き返す。確かにユギ先生はネギよりも頭が良いらしく、場合によってはネギよりもよっぽど頼りになる。魔法が使えないらしく、魔法関係ではまったくあったことがないが。

 

「そうだな。一教師がする仕事の二三倍は平気にしているさ。それこそあの新田と同レベルの仕事をこなしている。麻帆良の教師陣ではトップクラスの優秀さだぞ。坊やは教師としては平凡だがな」

 

 最後の毒のある一言に、ネギが顔を顰めた。ただ、何も言い返さないことから、それほどユギ先生はすごいのだろう。

 

「って、そんなこと聞きたいんじゃなかった。ネギ、あんた大丈夫なの? そんな無理をして」

「大丈夫ですよ。それに、修学旅行のようなことがまたあったとき、今度こそみなさんを守れるよう、力をつけないと。ユギも守れるように」

 

 意気込むネギだったが、明日菜はその顔を見ると不安の嵐が生まれ、心を揺さぶった。

 

 

 

 別荘内を斜陽が照らす。赤みのかかった世界は麻帆良でもなかなか見られないほど、優しく静かに移り変わっていく。木乃香や刹那はそのあまりの美しさから、夕日に見惚れているほどだ。

 明日菜たちは、ガゼボで宴会染みたどんちゃん騒ぎをしていた。綺麗な夕日もいいが、それよりもみんなで楽しむ方がおもしろいらしい。別荘内の貯蔵しておいた肉やら野菜やら飲み物をバーベキューのように焼いて、食べて、飲んで楽しんでいる。エヴァンジェリンは、ワインを片手に、もう片方の手を額においてため息を吐く。

 

「それで、綾瀬夕映。私になにか用か?」

「その、実は魔法を習いたいのですが」

 

 後ろから近寄ってきた綾瀬に、エヴァンジェリンは振り返りもせず尋ねた。

 しばしエヴァンジェリンはワイングラスを傾け、綾瀬の方を振り向く。

 

「笑わせるなよ、綾瀬夕映。魔法というのは貴様が考えているほど非日常(ファンタジー)ではない。高度な理論で体系化された技術だ」

「それは分かっています。たとえどれほど難解だとしても――」

「バカレンジャーが良く言う。そもそも、だ。貴様になぜ私の魔法を教えなければならん? 長い時で磨き抜いてきたそれらを。それに、知っているか?」

「なにをでしょうか?」

「武道家というのはな、師を見つけることも大変だ。なにせ、頭を下げた程度では技を教えられん。そもそも道場をまたぐことすら許されん。頭を下げ、殴られ、それでも敬意をもって教えをこい、それでようやく道場の末席にいることを許される。そこからも礼儀を失えば、その瞬間には破門だ」

 

 なにを話しているか理解できないのだろう。綾瀬は眉を顰めながら「はぁ」と気の抜けた返事をしている。

 

「ふん。人に教えをこうというのはそれほど大変なことであり、礼を尽くさなければならないものだ。人の家に押し入り、好き勝手している貴様になぜ教えを授けなければならん? 家の鍵をかけ忘れた私も悪かったからこそ、侵入自体は目をつむったがな、あまりふざけたことを抜かすなよ?」

 

 ようやく意味を理解したのか、顔を俯かせている綾瀬を一睨みし、エヴァンジェリンは別荘内の自室へ向かった。

 別荘ではエヴァンジェリンもある程度の力を取り戻す。吸血鬼と蔑まられるその身体能力もそうだ。だからこそ、石でできた天井で遮られるはずの話し声も聞こえる。

 先ほど魔法を教わろうとした綾瀬が、今度はネギに魔法を教わっている。うまいこと言い含められたらしいネギは、おそらく笑顔で教えていることだろう。

 

「愚か者が。魔法は非日常なんかじゃない。いつも唐突に襲いくる、災害のようなものだ。それすらも理解していない貴様が、魔法を覚えたってなんにもならん。そうさ。いつも勝手にすべてを奪うんだ。魔法は」

 

 

 

 


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