東方魔法録   作:koth3

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ちょっと量が少ないですが、投稿します


揺れ動く日本

 麻帆良学園女子中学校二年生の修学旅行が終わり、無事埼玉の麻帆良学園へ彼女たちが帰ってきて次の日、魔法先生と呼ばれる魔法関係者たちは、学園長室に集まっていた。

 日曜日いきなりの収集命令ではあったが、多くの魔法先生たちは押っ取り刀で駆け付けた。

 

 近右衛門は、懐に一通の封書を入れ、学園長室で魔法先生たちが集まるのを待っていた。近右衛門は、時折机を指で叩く。コツコツと骨ばった指が鳴らす音が次第に大きくなるにつれ、魔法先生たちも顔色を変えていく。

 

「学園長、どうやらこれで麻帆良にいる関係者は全員集まったようです」

 

 隣にいたタカミチが、そう学園長へ耳打ちする。首を振って近右衛門は、何度目かの魔法を使う。認識阻害魔法に、探査術式だ。今から話すものは、決して外へ洩れてはならない類のもの。その為に、狭くても態々学園長室に魔法先生たちを集めた。

 学園長室は麻帆良において最大の防諜が効いているといえる。ここでの会話を盗み聞けるものなどいないと言えるほどに。それでもなお、近右衛門は魔法を使った。魔法の効力が確かに効いているという確信を持ち、ようやく近右衛門は口を開く。

 

「皆の者、休日だというのに朝一で駆けてもらってすまぬの。しかしそれだけ重要な件ができてしまったのでな」

 

 顎から生えた長い髭をさすり、近右衛門は懐に仕舞い込んだ封書を取り出す。そこには関西呪術協会の刻印が刻み込まれている。間違いなく、関西呪術協会の人間が書いたものであり、封をしている蝋には、長を表す魔法刻印が刻まれていた。少し前に、関東魔法協会から関西呪術協会へ送った封書と完全に同じ形式を取られている。

 そして最大の問題は、長の名前が書かれる場所に、近衛詠春の文字がないことだ。

 

「どういうことですか!?」

 

 真っ先に声を上げたのは、葛葉刀子だった。神鳴流剣士である彼女は、誰よりも関西呪術協会と深い結びつきを持っているといえなくもない。なにせ関西呪術協会の長は、彼女が修めている神鳴流の宗祖の血を引く青山詠春、つまりは近衛詠春が長だ。そして神鳴流剣士と関西呪術協会は、最近こそぎくしゃくしているが、元来かなり親交のある組織だった。だからこそ、誰よりも早く反応した。

 

「関西呪術協会は、近衛詠春を長から罷免させたようじゃ」

 

 ざわめきが広がる。近衛詠春は、親魔法使い派で、日本最大の勢力を率いていた。その旨味は計り知れないものがある。関東魔法協会が幅を利かせられていた理由のひとつでもある。というのも、関西呪術協会は、昔から日本最大勢力であり続けた。その最大勢力の方針に真っ向から反対できる土着勢力など、この日本にはそうそうない。腹の中に黒い物をため込めさせながらも、にらみを利かせる呪術協会があるからこそ、関東魔法協会は大手を振って、日本中で動いていた面がある。

 逆を言えば、関西呪術協会の協力がなくなれば、関東魔法協会は多くのことに不利益ができてしまう。他地域で行動したくとも、その地域の勢力が許可をしないなどの可能性もある。

 そして、封書に書かれている新しい長の名前は、若いとはいえ能力があると裏の世界でも名が知れた、反魔法使い派だ。こうなっては多くの勢力が、手のひらを返すように――押さえつけられていた感情の爆発で――関東魔法協会の行動を批判するだろう。それは逃れようがない。

 

「それは、なぜですか? 学園長」

 

 近衛詠瞬が罷免されたという衝撃で頭が冷めたのか、青い顔をした葛葉がもう一度尋ねた。近右衛門は、なにも言わずに背を向ける。

 

「学園長!」

「……分からぬ。ネギ君が親書を渡すまでは上手くいっていたようじゃ。しかし今日いきなり、こんな封書が儂宛に送りつけられたのじゃ」

 

 そう言い、封書を開く。封書に込められた魔法――関西呪術協会からすれば呪術である――が発動し、一人の長と呼ぶには少し若々しい男が空中に投影される。

 格調高い服装、平安時代の貴族がするような和服を着、その男は坦坦と話す。内容は簡単に言えば、相互不干渉の提案だ。しかしその実、言外に他勢力の協力を匂わせておきながら。

 現状、どれほどの勢力が関西呪術協会へ着くか分からない。

 いくら関東魔法協会を外来の術者と嫌う輩が多いからと言って、魔法先生たちの実力自体は変わらない。麻帆良の教師は精鋭だ。凡百の術者程度ならば、退けられる。だが数で攻められると、いくら精鋭がそろう麻帆良といえど、危険だ。その為に、敵勢力が分からない今、下手に敵対するのはまずい。

 

「今聞いてもらった通りじゃ。どうやら関西呪術協会は、和平の道を閉ざし、徹底抗戦に近い形へと持っていきたいようじゃ」

 

 だからこそ近右衛門もまた、準備を進める。

 

「まだ戦争とならんだろうが、警戒を怠るわけにはいかん。明石教授、お主を筆頭に土着勢力たちの動向を調査する班を作る。調べてくれ。タカミチ君にガンドルフィーニ君達は、夜の防衛をより強く警戒して行うようにしてくれ」

 

 関西呪術協会が告げたのは相互不干渉という、要求であるというのに。しかし近右衛門はあたか関西呪術協会が関東魔法協会へ戦を仕掛ける気があると見せかけた。近衛近右衛門は、関西にもある程度のつながりは残している。しかしそれはあまりにも脆弱であり、一部の人間にしかつながらない程度のコネでしかない。だが今まではそれで良かった。詠春への指示ができるのならば、それだけで。

 だというのに長が変わってしまったせいで、もう近右衛門の力は関西呪術協会へもぐりこめない。使えない権力など邪魔でしかない。ゆえに、近右衛門は関西呪術協会を敵と断定した。

 

「分かりました」

 

 そしてまた魔法先生たちは気が付かない。関西呪術協会と長い間仲が良くなかったという前提条件もあるが、しかし近右衛門の言葉が彼らにある言葉を思わせたがため、冷静な判断能力を失っていた。

 戦争、そしてその勝者に与えられる称号。英雄という言葉に踊らされて。

 その様子に、近右衛門は一人、ほくそ笑んだ。

 


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