東方魔法録   作:koth3

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幕間なので短いです。
戦いが集結し終えた後の話です。


幕間 刹那と木乃香の一日

 白髪の少年と戦った跡が残る、星明りに照らされた血が付き壊されたふすまといった光景が広がる部屋の中央、そこに白い翼を広げながら木乃香に抱きついて泣いている刹那が、えもいわれぬ幸せに浸っていた。

 長い間木乃香と触れ合わないようにしていたというのに、再び会話を許されるだけでなく、さらには悩ましい呪いとしか思っていなかった血をも受け入れられたことに。

 

「せっちゃん、せっちゃん。ちょっと、泣くのやめ」

「このちゃん?」

 

 だから木乃香が刹那を止めようとして語った言葉を悲しく思う。たとえどんなことであろうとも、彼女に否定されることが、桜咲刹那という存在すべてを否定したかのように聞こえてしまい、内側から体を引き裂かんばかりに鋭い痛みが刹那の心から生まれていく。

 思わず刹那はすがるように、木乃香の服を掴み見上げてしまう。

 

「そんな悲しそうにせんでも大丈夫やよ。ただなぁ、ウチかて恥ずかしいもん」

「…………へ? 恥ずかしい?」

 

 見上げる木乃香の顔は苦笑している。その顔に、刹那は小動物をかわいがる聖女の面影を見ると同時に、自分は木乃香にとって小動物でしかないのかと考え、すぐにそれでもいいかと花畑のようなことを考えた。

 緑の草原が視界いっぱい広がる中、木乃香と一緒に刹那はいて、一緒に遊ぶ。それだけで彼女は幸せになれる。頭の中で、そんな光景が広がる。

 だがすぐに恥ずかしいという言葉に気付き、刹那は気を使って音速に匹敵するかの速さで振り向く。首の痛みなどは気にならなかった。

 部屋の入り口には、一人の男性がいる。光が逆行となって、その顔は見えづらい。

 

「気付いたか」

 

 しわがれているが力強いその声に、刹那は熱くなっていた思考がすぐに冷たくなった。絶望という言葉が脳裏を埋め尽くす。

 刹那の目の前にいる人物は、術師として最高位の陰陽師であり、関西呪術協会の屋台骨とも言われる、幹部の一人、菅原是考(これたか)であった。

 目が逆行に慣れ、刹那にも声だけでなく姿も見えてくる。藍色の最高級品質の着物に、烏帽子を被り、しわだらけであるが細くしかし力強い眼で部屋の中央の様子を覗き見ていた。

 恥ずかしい場面と知られはならない血の秘密を見られたことに対して抱いた怒りは、すぐにしぼんでいく。後に残ったのは、氷柱で突き刺された冷たさだ。血管という血管が、凍てついていく。そのくせ、頭の中はめちゃくちゃに沸騰していた。

 刹那の血を知ってしまわれれば木乃香に近づく事すら二度と許されるはずもない。だからといって力づくで排除しようにも、刹那がどれだけ刀を振るったとしても、関西呪術協会幹部を相手に手傷を負わせられると思うほど、驕ってもいない。

 刹那は目の前が暗く感じられた。

 このままでは木乃香と距離を取らされてしまう。それだけは避けなければならない。だが、どうすればいい。なにをすれば木乃香とずっと一緒にいられるのか。そんなことばかり頭の中で堂々巡りする。

 

「二人とも、案内するからついてきぃ。ここはちと、物騒なもんが見え隠れするさかいに」

 

 くるりと背を見せた是考に、刹那は戸惑いを覚える。幹部になれるだけの実力者が、刹那が隠している殺気に気付かないはずがないだろう。だというのになにも言及されない、それどころか見逃されているような現状に、不安が湧いてくる。すでにこの身は殺されており、それに気が付いていないだけではないか、と。

 

「二人とも、言うたやろ。桜咲、…………刹那やったな。たしか」

「は、はい。刹那と申します。そ、その、わ、私の」

「いらんこと言わんでええ。ただ黙ってついてきぃ」

「ほら、せっちゃん行こう? 大丈夫やて。是爺皺くちゃで暗闇だと怖いけど、子供好きなええ人なんよ」

 

 木乃香がそういうと、刹那の目も不思議なことに、是考が孫に囲まれて幸せそうな笑顔を浮かべるような好好爺(こうこうや)に見えてくる。先行きの見えぬ、薄闇を泳ぐような漠然とした不安が襲うが、先を行き握っている手を引っ張ってくれる木乃香に勇気づけられ、刹那はついていく。

 木乃香と離れ離れにならなくても済むのかな、と刹那は思った。

 

 

 

 翌朝早く、刹那は木乃香と一緒に部屋で緊張していた。

 昨夜是考に案内された場所は、襲撃の際に無事だった一室で、案内された後、部屋から出ず寝ているようにと厳命され、勝手に出られないよう結界まで張られてしまった。そのため、刹那はなにもできないという現実に、傷だらけの体が限界を迎えたことも合わさり、木乃香と話をすることもできずに、すっかりと眠りこけてしまった。

 朝日で目が覚めたときなど、慌てて飛び起きて心配そうに見つめていた木乃香の額にぶつかってしまうという、とんでもない不敬すらしてしまったくらいだ。償おうと夕凪で切腹しようとしたが、それは木乃香に止められた。

 

「それにしても、是爺おそうない、せっちゃん」

「お嬢様「せっちゃん? なんか言うたか? アブでもおるんかな? 変な言葉が聞こえたで」そ、その……このちゃん」

 

 恥ずかしさで顔が熱くなったが、このちゃんという言葉ににっこりと笑う木乃香に、恥ずかしいが我慢して言った甲斐はあった、と刹那は心の中でガッツポーズをする。

 

「きっと大切な話があるんですよ。関西呪術協会関連で」

「ほうか。せっちゃんがそういうなら、もう少しこうして待っていようかな。あ、そうやせっちゃん」

――なんや、こ、このちゃん――

 

 言おうとした言葉は空気が漏れる音にもなりはしなかった。

 木乃香が刹那の膝に頭を置いて横になっていた。

 

(こ、こここ、これはあの、ひ、ひ膝枕というものでは!?)

「ああ、せっちゃん足ほっそりしているから、丁度ええ高さや。それに暖かくて気持ちいいで。色色あって、ウチも疲れてしもうた。少しこうさせてくれへん?」

 

 このちゃんの方が気持ちいいです。その言葉はなんとか隠し通した刹那だが、鼻からこぼれてくる熱いものは止められなかった。

 

「わわ! せっちゃん鼻血、鼻血!」

「だ、大丈夫です、お嬢様!」

「このちゃんや! ってそれよりもティッシュティッシュ!」

 

 それから後は、朝食に呼ばれるまでワイワイ木乃香と騒ぐばかりで、刹那はよく覚えていなかった。

 

 

 

 朝食の席にはすでにネギ達がおり、すっかり存在を忘れていた刹那は胸に張りつく罪悪感からできるだけ彼らの方を見ないよう、しかし心配していたそぶりだけは一応しておくことにした。

 しかし刹那としては、ネギよりその傍らにいるエヴァンジェリンに気を取られていた。なぜ学園にいるはずの彼女がいるのか、かなり気になった刹那だが、木乃香の「これ、美味しいでせっちゃん」の言葉に、忘却の彼方へ全力で投げ飛ばす。

 結局、ネギたちが一度旅館へ帰らされた後、また部屋にいるよう厳命され、長と一緒に出掛けるまで、刹那は片時も離さず木乃香のそばにいた。

 

「それじゃ、行ってくるで皆。昨日は大変やったみたいやし、十分休んでぇな」

「行ってらっしゃい、お嬢。それと桜咲、お嬢をお守りせいよ」

 

 玄関に見送りに来た集団から是考が出てきて木乃香へ挨拶を交わすし、後半の言葉を刹那にだけ聞こえるよう耳打ちをした。

 

「はっ! 命に代えても」

 

 刹那もまた、木乃香に聞こえぬよう細心の注意を払い、答える。

 

「ならええ」

 

 高ぶりを抑えきれなかった。長だけでなく、刹那は幹部の人間にも木乃香を守ることを認められた。そう思うと、体の震えを抑えきれない。

 

「ほな、いくで。お父様も、せっちゃんも」

「ああ、ほら木乃香そう慌てないで。まだ時間は十分ありますから」

「お、お待ちくださいこのちゃん」

 

 背後から聞こえてきた鈴の鳴るような可愛らしい声に、刹那は慌てて追いかける。木乃香の隣にいるために。




ちなみに是考は石化魔法を解除するために来ました。また、二人を部屋に閉じ込めている間に、長派の説得をしています。

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