東方魔法録   作:koth3

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鬼と吸血鬼

 林にある薄暗がりのけもの道を、刹那と明日菜は走っている。デコボコな道に、先ほどから額辺りに何度もぶつかる枝や木の葉に、刹那はうっとうしさを覚え、夕凪で枝葉を切り払う。切り開かれた道は、先ほどよりもわずかに明るくなった。

 だが、山道に慣れていないこともあり、いくら身体能力に優れている二人といえども、息が乱れてくる。それでも速度こそしだいに遅くなるものの、二人は前へと進むことをやめない。

 

「木乃香は、この先にいるん、でしょう、刹那さん?」

「ええ、そのはず、です。お嬢様の気が、このさきにある祭儀場から、感じられます」

 

 息も絶え絶えに会話を交わし、悲鳴を上げる体に鞭を打って速度を上げる明日菜と刹那。魔力や気で強化していることもあって、周りの風景が流れるように後ろへ行く。

 先へどんどん進む刹那。その後を追う明日菜。刹那はある地点を目指して走っている。しかしその目的である森の先あたりから、眩く神々しい光が発せられた。それと同時に、彼女はあることを感知して、立ち止まってしまう。

 今まで走ってきた方角を刹那は振り返っている。

 

「せ、刹那さん? どうしたの?」

「これは、どういう!?」

 

 明日菜には分からなかったが、気を感知できる刹那には、ふたつのことが分かった。ひとつはある存在が召喚されたということ。もうひとつは、木乃香の気が移動したということだ。それも木乃香にいたっては、先ほどまでいた関西呪術協会の総本山に。

 ――囮か? いや、そんなことをする必要はない。

 敵が木乃香を総本山へ連れて行く理由が刹那には分からない。ならば、囮かというと、それも刹那には肯定することが出来なかった。なにせ、囮をする必要も相手にはない。戦力は向こうの方が上であり、正面からぶつかり合えば負けるのはこちらということぐらい、兵法に疎い刹那でもわかる。さらに、今発せられている光の正体が刹那の予想通りであるならば、それこそ小細工ともいえる策などねる必要がなくなる。

 ――戦力の分散を狙ったか、あるいは。

 それでも無理やり解釈をしようとしたが、刹那はやめた。そんなことを考えている余裕などないし、敵の考えが分かるほど頭に自信があるわけでもない。

 刹那はすぐに、少し前で立ち止まり、わけのわからない状況に苛立っている明日菜に伝えた。

 

「明日菜さん、貴女はこのまままっすぐ行ってください。そうすれば、祭儀場につくはずです。私は、一度総本山へ戻ります」

「ど、どういうことよ、刹那さん! 敵は向こうにいるんじゃないの?」

「それがお嬢様の気が、総本山に移られたのです。罠かもしれません。ですが、もしかしたらお嬢様はそちらにいられるのかもしれません。私が総本山を確認し、明日菜さんはネギ先生を追いかけてください! おそらく、ネギ先生は空からの探索で、祭儀場を見つけていることでしょう。お嬢様の力を利用するならば、あそこ以外あり得ません! それにあの光はおそらく、この地に封印されている鬼神が召喚され、その際にあふれ出た力の残照です」

 

 それだけ告げると、刹那はまだ納得のいっていない様子の明日菜に背を向けて、来た道を駆け戻る。しかし月詠のいた場所を大きく迂回しなければならず、総本山へ戻るのに時間がかかってしまう。

 ――総本山にお嬢様がいなければ、私は。

 刹那は一度、自身の背中に目を向けた。

 

 

 

 リョウメンスクナは強大だった。しかし強大過ぎる力がゆえに、ネギは生き残ることが許された。

 かの鬼神が振るったその腕は、御身に触れるという反逆すら許さず、副次的に起きてしまう衝撃だけですべてを吹き飛ばす。矮小で、重さもほとんどないネギでは、鬼神の拳圧が巻き起こす暴風に耐えられなかった。

 急に体が押された感触をネギは覚えた瞬間、肌全体が震え、視界がいきなり黒く染まりかけた。

 

「ガアッ!?」

 

 声が漏れる。砲弾のように、小石を子供が蹴るかのように、その体は呆気なく吹き飛ばされ、湖畔にたたきつけられた。口から血を吐いて、ネギは腹を押さえている。

 暴風にうたれたときに、骨が折れてそれが内臓に突き刺さっていた。体の内側で焼けつく痛みが、今まで味わったすべての痛みを越えて、ネギを襲う。あまりの痛みに、のた打ち回ることしかできない。

 

「兄貴!」

 

 カモもまた酷い有様だった。体中傷がついている。白い毛は、大概が赤く染まっている。足も一本おかしな方向に曲がっている。だがそれでも、ネギよりかは幾らかましだった。それが分かるからこそ、彼は痛みをこらえている。

 

「クソッ! ふざけんな! どんな力があれば拳圧だけで、兄貴にここまでダメージを負わせられるんだよ!」

 

 おびえながら、カモは湖の中央を睨みつける。千草がリョウメンスクナと叫んだ化け物がいるであろう場所を。そして驚愕した。

 

「なっ!」

 

 湖の水がリョウメンスクナを隠すほどの大きさで、高波となって迫ってきている。

 カモは思い出した。リョウメンスクナが、殴りかかってきたとき、一歩足を動かしていたことを。ただ歩いただけで、災害染みたことを引き起こす。その尋常ではない力。カモは、体の震えを抑えきれない。

 

「兄貴! 兄貴! 頼む、逃げろ。逃げてくれ!」

 

 出せるだけ声を出す。しかし悲しいことに小動物ほどの大きさしかないカモでは、その声も小さいものであった。

 

「ぐぅうう!?」

 

 カモの声は、ネギには聞こえなかった。痛みがひどく、周りに意識を迎える余裕などなかった。そして、

 

「あに――」

 

 二人はなにもできず高波に襲われ、一本の樹木にたたきつけられて意識を失った。

 

 

 

「ぬぅう!? いかん! ネギ君が気絶してしまった! エヴァ、スクナを倒してくれ、頼む!」

「ふん。まあ、いいだろう。せっかく全力を出し切れるのだ。敵は強ければ強い方がいい。まあ、坊やが気絶しているせいで、オーディエンスがいないというのいささか寂しいがな」

 

 麻帆良学園の学園長室で、近右衛門とエヴァンジェリンが水晶玉越しに、ネギの戦いを眺めていた。エヴァンジェリンに掛けられた登校呪いをごまかすための準備中であったが、さすがの近右衛門も事態の推移が気になっており、準備をしながらであるが覗いていた。

 水晶玉が先ほどまで映し出していた光景は、生徒たちの協力もあって、主犯格のところまでネギがたどり着いた姿だ。それに幾ばくかの安堵を覚えた近右衛門ではあったが、リョウメンスクナがすでに召喚されており、振るわれたその一撃だけでネギが気を失ったその姿に、近右衛門は焦りだす。予想以上のリョウメンスクナの強さもあるが、もしネギが死んでしまったら、大変なことになってしまう。準備は途中であったが、エヴァンジェリンに京都で戦うよう伝えた。

 一方のエヴァは冷静に、水晶玉を使い、様々な角度から湖の付近を観察していた。まるでなにかを探すように。しかし目当てのものは見つからず、同時に近右衛門にその気配を覚られないために、相槌を打って誤魔化した。

 そして部屋の隅に控えていた茶々丸に命を下す。

 

「茶々丸、今から最大武装をして来い」

「最大武装ですか? しかしマスター、あれは威力がありすぎるがゆえに、使いようがないとおっしゃられていましたが」

「ふん。あの程度の威力がなければ、傷ひとつつかん。あれは、お前が今まで相手してきた魔と比べ別格だからな。それこそ、私に匹敵する力を有している」

 

 その言葉に、茶々丸は警戒を跳ね上げる。敬愛する主たる、エヴァンジェリンが聡明なのは重々承知している。だが、同時に誇り高い存在であるということも。相手の強さを客観的に見る知性があり、そしてそのうえでほとんどの存在を格下と侮れる。主以外ならばただの慢心であるが、ことエヴァンジェリンのそれは事実であった。少なくとも力を失っている今ですら、茶々丸はエヴァンジェリンが本当に追い込まれた姿を見たことはない。

 だというのに、そのエヴァンジェリンが同格と言葉にしたこと自体、茶々丸には信じがたいことだ。まだ動き出してから数年もたってない彼女は圧倒的に経験が足りない。ゆえに主の言葉が大きな衝撃となって襲う。

 CPUが高速で計算を導き出す。水晶玉から得られる様々な観測結果。エヴァンジェリンの言葉。それらからある答えを。だが、それと同時に、計算領域とは全く別の場所から、その答えを否定する信号が送られていた。論理的に矛盾する状態であるが、茶々丸は出された答えと、エラー信号すべてを無視した。

 

「分かりました。今すぐ武装を変更してきます」

 

 普段より、いくらか機械のような堅苦しい声だ。信号を却下しているというのに、いまだ出続けるエラー信号。それらの処理で負担がかかっているために、少しでも負担を軽くしようとしていた。しかし茶々丸は気が付かなかった。自身のモノアイが僅かに細まっていたことに。

 

「ああ」

 

 エヴァンジェリンの言葉に一礼して、茶々丸は部屋から出ていく。その気配が遠くなったのを確認し、エヴァンジェリンは近右衛門へ向き直った。

 

「さあ、さっさと京都へ飛ばせ」

「むぅ? 茶々丸君はどうするのじゃ?」

「ふん、あのポンコツロボでは、スクナとの戦いで邪魔になるだけだ」

 

 そう吐き捨てると、エヴァンジェリンは近右衛門へ視線で促す。近右衛門も、すぐにうなずき魔法を発動させる。

 

「うむ、分かった。今すぐ京へ送ろう」

 

 床が集められた魔力に発光していく。あらかじめ描かれていた複雑な陣に、ラテン語の文字が浮かぶ。そして、

 

「すまん、茶々丸」

 

 目を伏せて謝りながら、京都へエヴァンジェリンは転移された。

 京都の、リョウメンスクナの佇む湖のほとり上空。そこにエヴァンジェリンは転移した。麻帆良ならば魔法が使えないので落ちるしかないが、麻帆良外に出た影響でエヴァンジェリンは魔法が使えるようになっている。飛行魔法で、彼女は空を飛んでいる。

 

「ああ、この感覚、久方ぶりだ」

 

 熱く、吐息が漏れる。

 エヴァンジェリンの体を魔力が迸る。学園結界外に出たことで、彼女の力をしばる鎖は解けた。解放された力が体になじんでいく。多くの魔法使いが恐れた、悪の魔法使いがそこにいる。

 だがそれでも、エヴァンジェリンの眼前にいるリョウメンスクナは強大だ。単純な力ならば、今の彼女に匹敵している。

 

「くくく! これだ! この力だ! そうだ、お前もそうなんだろう! ようやく出せる全力だ。出し惜しみなどするまい! いくぞ、大鬼神。神話に描かれたその力、存分に振るえ! 古き貴様に引導を渡してくれる。今の世は、鬼ではなくヴァンパイアの世界だと!」

 

 ――リク・ラク・ラ・ラック・ライラック

 高高と、朗朗に始動キーが謳われる。大気中に宿る、わずかな精霊がエヴァンジェリンのもらす言霊に誘われていく。それらの精霊にエヴァンジェリンの魔力が受け渡される。精霊は、その魔力でエヴァンジェリンの望む現象を引き起こす。

 

「契約に従い我に従え! 氷の女王! とこしえの闇、永遠の氷河!」

 

 パキパキと音をたてて、世界が凍る。リョウメンスクナを中心とし、150フィートが凍りつく。稀代の魔法使いに、上級の魔法。その威力は凄まじい。少なくとも、近代の魔法使い程度では足元にも及ばない。

 

「やはり、出力不足か」

 

 だが、その魔法を受けたのもまた、神格を持つ存在。人知を超えた力を誇る。本来ならば、完全に凍りついたところを、『終わる世界』『凍る世界』という別種の魔法へつなげられるが、リョウメンスクナは凍りついた周りの空気を粉砕して(・・・・・・・・・・)、傷一つついていない姿をさらす。

 リョウメンスクナはぎろりと、その四つの眼で辺りを見渡し、空を飛んでいるエヴァンジェリンを見つけた。すると、四つの腕のうち、一本がラリアットをするかのように、横なぎに振るわれた。ただの人間ならば問題はないが、リョウメンスクナ程の巨体だと、その腕一本を避けること自体が難しい。氷雪と闇系統の魔法を得意とするエヴァンジェリンは、速度に優れているわけではない。最初からよけることは諦めていた。

 

「はっ! 貴様が最強の体を持つのならば、私の体は無敵の体だ!」

 

 リョウメンスクナが振るう腕に、体が木端微塵にされ、バラバラになったはずの体が一瞬で蝙蝠へと変じ、また元のエヴァンジェリンの形へと戻る。彼女の言葉通り、体には傷ひとつない。

 この攻防で、エヴァンジェリンは理解した。このままでは千日手になると。彼女の魔法は強力だが、リョウメンスクナへのダメージには至らない。一方、自身の体はダメージこそ受けるが、不死者の特権である“無敵”がその身を守る。ゆえに、決着がつかない。

 このまま戦い続けて、リョウメンスクナの存在を維持できなくさせるという方法もあるが、その方法をエヴァンジェリンは選ばない。彼女の誇りが許さない。強大な敵は、さらなる力を持って、粉砕する。それがエヴァンジェリンの戦い方だ。

 ゆえに、エヴァンジェリンは己が誇りのために、切り札を切ることを決心した。

 

「誇るがいい! これからするのは、私が編み出した魔法の極致だ!」

 

 どれくらいだったか、この魔法を使うのは。エヴァンジェリンは内心で呟いた。

 まだ力のないころに産み出した魔法。強くなった今ではその魔法を使うほどの相手などいなかった。本気の全力。それが出せる事実に、エヴァンジェリンの口元が吊り上っていく。

 

「刺激がなければ人生はつまらんというが、なるほどどうやらその言葉は本当だ!」

 

 喉から振り絞り、エヴァンジェリンは世界へと告げる。憎しみと憎悪によって産み出した魔法を。

 

「契約に従い我に従え! 氷の女王 疾く来たれ 静謐なる千年氷原王国! 咲き誇れ終焉の白薔薇! 術式固定! 『千年氷華』 掌握 術式兵装 氷の女王!」

 

 冷たい女王が闇夜に現れた。

 エヴァンジェリンの周りにある空気が零下になり、さらに際限なく温度が下がっていく。これこそが彼女の扱う魔法で、最大の魔法『闇の魔法』だ。自身の発動した攻撃魔法を体内に吸収することで、一時的に精霊になるという幻想化(・・・)することで、莫大な戦闘能力を得る。もちろん、攻撃魔法を吸収するため、制御を失敗すれば内側から傷つくことになる。生半可な魔法使いが手を出せば、血だまりになってしまう。それほど扱いが難しい魔法だ。

 

「行くぞ? リョウメンスクナ」

 

 空一面を塗りつぶすようにスノーダストが生み出される。作り上げたのは、エヴァンジェリンだ。彼女が発する冷気が、自然と周りを極地に匹敵する環境へ変えてしまう。その結果が、このスノーダストだ。彼女を追うように、スノーダストが一拍遅れて降り注ぐ。

 円を描くように、小粒の氷が生まれては、湖面に落ちていく。莫大な魔力を利用して、風魔法を使う魔法使いをはるかに上回る速度で、リョウメンスクナの周囲をエヴァンジェリンが旋回している。

 極低温のエヴァンジェリンが旋回することで、産み出された氷が下の湖へと落ちては埋め尽くして凍っていく。固まっていく湖に、リョウメンスクナの足がとられる。先ほどまで、空間を凍らせた魔法を粉砕したリョウメンスクナの足を。

 湖面の氷は、肉体を凍らせる普通の氷結魔法と違い、魂を凍らせる。魂魄に近い存在であるリョウメンスクナにとって、今のエヴァンジェリンが生み出した氷は自身をしばる力を持っていた。

 

「はっ! いくら貴様であろうとも、太陰の影響は受けるか!」

 

 エヴァンジェリンが湖面を凍らせたのは、太陰五行説を利用するためだ。

 世界が混沌だったとき、暖かい陽は上に登り、冷たい陰は下に落ちた。それが太陰といわれる考えだ。この暖かいとは五行においては火であり、冷たいとは水を指す。そして氷とは水の派生形だ。水が地面に落ちるということは、太陰五行説の影響を受けて、その影響が強まることにほかならない。それこそ、神という陽の存在を縛り付ける陰になるほどに。

 太陰の理を利用した湖面の氷は、リョウメンスクナに匹敵する力を発している。だからこそ縛り付けることを可能としていた。

 

「とはいえ、それもそう長くはもたんか」

 

 だが氷にはすでにひびが入り、場所によっては割れている。いくらエヴァンジェリンの最強の魔法であっても、限界はある。鬼神の力はその限界を超えることが可能だった。いつ氷が砕けるかもわからない状態だ。

 だが、ある程度の時間はある。それだけあれば、エヴァンジェリンには十分。

 リョウメンスクナの顔に、エヴァンジェリンはそっと手を置く。

 

「解放 千年氷華」

 

 吹き荒れる氷がリョウメンスクナの顔を凍らせる。

 

「砕けろ」

 

 その言葉とともに、氷を握りつぶして手が握られる。凍りついたリョウメンスクナの顔が砕けた。まるで、大紅蓮地獄に落ちた罪人のように。

 




エヴァンジェリンさんの活躍です。一応彼女は作中最強の魔法使いですから。他の魔法使いには不可能でも、彼女ならば鬼神の吐息ですが敵います。それ以外だと、ナギ・スプリングフィールドでも相手になりません。

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