東方魔法録   作:koth3

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関西呪術協会に迫る影

 ネギが回復するのを待っていた一行は、参道からやってきた集団に度肝を抜かされた。なにせそこには3-Aの生徒達が呑気に騒ぎながら歩いている。ここが危険という事を理解していないで。

 なぜ敵の本拠地近くに生徒たちがいるのか。あってはならない事態に休んでいたネギは、あわてて起き上がろうとしてふらつき、結局明日菜に担がれた。

 

「あれ、ネギ先生、それに明日菜と本屋も。はは~ん、なるほどなるほど」

「あれ? ネギ君汚れているしてるけど、どうしたの?」

「馬鹿ね。若い男女が人気のない屋外で汚れているったらあれしかないでしょう」

 

 にやにやと笑うハルナを明日菜は無視して刹那へ近づいていく。刹那は困った顔をしており、助けをこうて目じりを下げているが、興奮している明日菜がそんな細かな表情に気が付くはずもなく、竹の葉を踏み荒らしながら刹那のそばまで行き尋ねた。

 

「なんであいつらがいるのよ」

 

 ネギも現状を理解できず、明日菜の質問の答えをその背中で待っている。

 助けがないと分かった刹那は、一度俯いてすぐに答えた。

 

「それが、お嬢様を抱えてここまで来たのですが、どうやら発信機をいつのまにやら入れられたらしく……。申し訳ありません。これは私の落ち度です」

「あ、いや別に責めようとした訳じゃ」

「そういう問題ではありません。もし発信機が爆弾だったら今頃お嬢様は……。護衛として失格です。それも素人の仕掛けた物に気付かないとは」

 

 刹那は顔を青ざめ、首を振った。その様子に二人は何も言えなくなってしまう。責めるつもりはなかったのに、そこまで自分を追い込むことはないと言いたかったが、口にする事が出来ない。

 そうこうしているうちに大きな門が見えてきて、ハルナたちが騒ぎ出す。明日菜たちが会話に夢中になっている間にそれを見つけた少女たちは、門の雰囲気を見て『いかにも』と思い駆けて行く。

 

「あ、待って皆!」

「何があるか分からないんです。止まってください」

 

 ネギと明日菜の二人は敵の本拠地である関西呪術協会へ、笑みを浮かべて向かっていく彼女たちを呼びとめようとした。しかし興奮している彼女たちが止まるはずもない。門を勝手に越えていってしまう。慌てて追いかけ門を潜ったネギたちの目前に、幾人もの巫女衣装をした女性たちが人形のようにまったく同じ笑顔を浮かべて待ち構えていた。とっさに杖を取るネギ。

 

「おかえりなさいませこのかお嬢様」

「へ」

 

 間の抜けた声をネギと明日菜は漏らし杖が力なく垂れ下がる。二人の阿呆面と違い、木乃香は顔を赤くし出迎えに来た人々に挨拶をしていく。巫女たちは柔らかい笑顔で木乃香に挨拶を返す。傷はないか、麻帆良でなにかされなかったか、はたまた体が大きくなったなど、とにかく話せる事があるならばすべてを話そうとする勢いだ。

 

「大丈夫やよ。元気にやっとるよ」

 

 その歓迎ムードが理解できない二人は、今度こそ刹那に詰め寄った。

 

「これはどういうこと!?」

「ええと、つまりはですね。ここは関西呪術協会の総本山であると同時に、木乃香お嬢様が生まれ育った場所なんです」

 

 つまりは今まで散々明日菜たちが敵だと思い込んでいた関西呪術協会は、木乃香にとってもっとも信頼できる家でもある。それを理解した明日菜たちは、肩の力が抜けていく。

 

「先に言ってよ、桜咲さん」

「す、すみません。今ここに近づくのは政治的な問題から危ないと思っていたのですが、その判断が裏目に出ておりまして。ですので、こうして総本山に来て保護を求めようとしたのです。ここならば安全です」

 

 そのままネギたちが通されたのは謁見の間で、古来よりこの国に伝わる楽器が鳴り、古めかしい武装をした女性たちが厳めしく儀礼的に立ち並んでいる。ドラマでしか見たこともない光景に、少女たちは戸惑いながらも楽しんでいた。良く現状を理解せずとも、気にしない。

 長が来る。そうネギと明日菜に耳打ちされた。

 奥の方から頬が痩せこけて青白い顔をした男性が降りてくる。それを見た木乃香は立ち上がり男性の胸元へ飛び込んだ。

 

「お父様久しぶりや――♡」

「これこれ、このか。お客様を待たせてしまうよ」

 

 まんざらでもない様子で木乃香を受け止めた長は、ゆっくりと彼女を降ろし続いてネギがおずおずと差しだした文書を受け取った。

 

「確かに承りました。ネギ君、大変だったようですね」

 

 そう言いながら、長は親書を開き中身を確認する。そこには二枚目までは公式な書として書かれていたが、三枚目は私的な事が書かれていた。

 

『下も抑えられんとは何事じゃ。しっかりせい婿殿!!』

 

 ご丁寧に近右衛門のイラストにぷんすかという擬音すらつけて。

 苦笑いを浮かべた詠春は、手紙を懐にしまう。

 

「分かりました。東の長の意を汲み、私たちも仲たがいの解消に尽力すると伝えてください。任務御苦労でしたネギ・スプリングフィールド君!!」

「は、はい!!」

 

 喜ぶネギに、何が何だか分からないが目出度い気配を感じとり騒ぎ出す生徒。その姿を見た長は、落ち着くのに時間が掛かりそうだと察し、ネギへ提案する。

 

「どうでしょう、ネギ君。今から山を下りると日が暮れてしまいます。君たちも今日は泊まっていくといいでしょう。歓迎の宴をご用意いたしますよ」

「で、でも僕達修学旅行中だから帰らないと」

「それは大丈夫です。私が身代わりを立てておきましょう」

 

 喜んでいる生徒と案内を買って出た長に促され、ネギも結局泊まる事に賛同した。長自ら案内を買って出る。

 奥へ進んでいた一行を見送った後、武装している一人の女性が舌打ちをした。

 

「ッチ。あの剣士風情が何を考えている。一般人がいるというのに、関西呪術協会の総本山であるここへ泊まらせるだと。恐れ多いという事分からんのか! それにあの小僧もそうだ。仮にも長相手にため口。ハッ! さすがは西洋魔術師様だ!!」

 

 誰もその言葉に何も言わない。それどころかほとんどの者は険しい顔をし、手に持っているものを強く握りしめている。それ以外の者はうつむいて、長が去っていた場所を眺めては床へと視線を逸らした。

 

「これで分かったろ、お前さんたちも。あの長が私たちの事を考える訳がないちゅう事を。東の言葉に唯々諾々として、下の諫言を無視する。あいつは東の人形や」

 

 俯いていた女性たちは涙を流している。

 

「今の長はダメや。東や西や言う前に、人として信用ならん。あの計画私はのるで」

 

 

 

 どんちゃん騒ぎは夜まで続いた。人工の明かりがないせいか、夜闇でとっぷりと暗くなった本山で、ネギたちは宴会を楽しんでいる。中には雰囲気に酔ったのか、へべれけになった者もいるが。

 その宴会の真っ最中、長が刹那の元を訪れた。

 

「こ、これは長。私のような者にお声を」

 

 すぐさま蹲踞(そんきょ)して、(こうべ)を垂れる。

 

「そうかしこまらないでください。……この二年間木乃香を守ってくれ、ありがとう。私個人のわがままでしたが、それに君は答え、尽力してくれました。苦労を掛けましたね」

「いえ、お嬢様の護衛はもとより私の望みなれば。それよりも私ではお嬢様を守りきれない事もあり、私の不徳です」

「ええ、話は聞きました。木乃香が力を使ったそうですね。しかしそれも君の命を守るため。友の為にならばあの力を使うのも正しいことなんでしょう」

 

 長は笑みを浮かべ、すぐに苦い顔になる。

 

「このかには普通に暮らしてほしかったのですが、それでももう無理なようです。刹那君、君の口からこのかに伝えてくれますか」

「ハッ、長」

 

 伝えられた事がどれほどの思いを込められているか分からない刹那ではない。決意を胸に秘め、刹那は唇をかんだ。

 

 

 

 宴も終わり、生徒たちは借りた和服を着てそれぞれ思い思いに楽しんでいた。

 明日菜が部屋に入りすぐに木乃香を呼ぶ。刹那からの言伝で、来てくれとの事だと。木乃香と刹那の仲を怪しんでいた他の者たちにとって、それは疑惑に火をつけたらしく茶々を入れてさらに騒ぎ始める。

 

「馬鹿な事言ってんじゃないわよ。じゃあ、行きましょう木乃香」

「うん」

 

 廊下を進んでいく明日菜と木乃香。話をしながら歩いていた明日菜は頭をぶつけてしまう。

 何が当たったのか気になり額を撫でながら前を見る。そこには部屋から逃げ惑う姿をした石像が障子の間から覗いていた。

 

「なによ、これ」

 

 明日菜の額から痛みではなく汗が流れていく。

 

 

 

 すべては迅速に行われた。ネギたちが宴を楽しみ部屋へ戻った頃、天ヶ崎とフェイトが本山へ正面から入っていった。

 

「ホンマに、私の行動を支援しくれてるんか」

「はい。我が一族は、偽りの長を降ろすつもりです。その為にも、貴方の協力をせよと族長は命を私に与えました」

 

 正門の所には一人の女性が立ち、二人を迎え出ている。その目には何の迷いもなく、呪術協会にとって秘匿しなければならない情報を包み隠さず二人へ伝えていく。

 

「ところで、ひとつお尋ねるのをお許しください」

「なんや」

「木乃香お嬢様はどうされるのでしょうか。長はどうなってもかまいません。しかしお嬢様は先代の忘れ形見であり、私たちにとっても実の子供と変わりありません」

「安心しい。うちかてその大恩忘れたことなどありゃせん。忘れたのは今の長くらいや。自分の嫁さんが、ここ守るにどれだけ心血を注いだことか。お嬢様の力の一部を利用するが、それが終わったらすぐに安全な場所まで避難してもらう手筈や。……ウチかて本当は傷付けとうない。やからその記憶を認識させないためにも少しの間だけ、人形のようになってもらう」

「そう、ですか。分かりました。ではこちらに」

 

 天ヶ崎が案内されたのは、長に忠を尽くしている巫女達の所だった。突如現れた二人に最初はなんの反応も示さなかったが、フェイトが詠唱し始めた時にようやく逃げ出そうとした。しかしそれは遅すぎて、放たれた石化魔法に、彼女達は逃げ惑い、何をすることもできず石と化した。

 

「ここまで練度が悪いとは思わんかったわ」

「……行きましょう」

「せやな」

 

 次に向かったのは長の部屋だった。そちらもすぐに終わってしまう。

 

「む。誰かな。ここには今日来ないよう伝えたはずだが」

「連合の英雄も落ちたものだね、青山詠春」

「なっ!!?」

 

 書き物をしているその背中に向かって放たれた石化魔法はレジストこそされたものの、確実に長を石にしていく。事態のまずさに、長は闘う事をせず、逃走の一手を決めた。とっさに手にした刀で壁を切り裂き、腕力だけで体を浮かばせ飛んでいく。

 二人はもはや長に出来る事がなにもないなど分かったから、見逃す。その程度の人間に関わるほど暇ではない。

 

「錆びついた刃に価値はないよ」

 

 フェイトは詠春の逃げた方を見て、そう呟いた。

 

「これで、ええ。あとはお嬢様だけや」

「いや、まだだよ」

「うん? ああ、そうか。まだ一般人がおったんか。何をホンマ考えていたんやろうか、アイツは。裏の本部に表の人間連れ込んで」

「さあ、知らないよ。というよりも、知りたくもない。まるでメガ、いやなんでもない」

「……そうか。聞かなかったことにしといたる」

「ありがとう」

 

 詠春は固まる足を引きずりながら、人を探している。今も動ける人を。真っ先に助けを求めた詠春の忠臣は全員石化されており、助けにはならない。

 それでも諦めずに歩き続けた詠春は運よく近くにいたネギと刹那に出会えた。

 

「二人とも、も、申し訳……ない。本山の結界を些か以上に過信していたようで。か、かつてのサウザンドマスターの盟友が情けない」

「長ッ!!」

「ネギ君刹那君。気を付けなさい。白い髪の少年は別格だ。助けを呼びなさい。すまない。木乃香を、木乃香を」

 

 

 

 夕映は枝を振り払いながら山を走っていた。曖昧になっていく自己の常識と闘いながら。

 カードゲームをしていた数分前、夕映たちは白髪の少年に襲われた。部屋の入り口から入ってきた少年が何か呟いたと思うと、いきなり白煙が出てきてそれを浴びたハルナが固まり、のどかすら石となった。全員が石と化す前に朝倉が機転を利かせて夕映だけは逃がされた。言葉でまとめてみても、理性がそれを否定する。そんな事有り得ないと。しかし実際にはそんな馬鹿げた行為が起きている。

 朝倉のお蔭で逃げられた夕映は、とにかく石にされた彼女たちを助けたかった。

 どうすればいい。いくら麻帆良での異常事態に慣れているといえ、こんな事を話したとしても警察が本気にするはずがないと分かる。考えに考えた結果、携帯電話で彼女はある人物へと連絡を取った。

 その電話を取ったのは、ホテルにいた長瀬楓だ。

 

「おや? バカリーダー? 落ち着くでござるよ。ふむふむ。ほう……なるほど。つまり助けが必要でござるな」

 

 それと同じく全く別の場所でも電話が鳴る。麻帆良学園の学園長室で、囲碁を打っていた学園長は電話を取り、最初こそ機嫌の良い声をしていたがネギの話に冷や汗を垂れ流す。

 

「何じゃと!? 西の本山が……! 婿殿までが!? 助っ人か。し、しかしタカミチは今海外じゃ。それにいますぐそちらへ行け戦力となる人材は」

 

 そこまで言い、近右衛門は気が付いた。目の前にいるのが魔法使いの中でも最強であるエヴァンジェリンであることを。

 




この話をかいている時一番疑問に思ったのが、原作で刹那がバッグにGPSを入れられたと苦笑いで済ませていた事なんですよね。プロのボディーガードでしたら、それだけでもう失格ですよ。爆弾が入っていたらそれだけでアウト。まあ、本職じゃないと考えれば仕方がないのでしょうが。

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