東方魔法録   作:koth3

43 / 110
覚醒

 桜咲刹那は近衛木乃香の手を引きながら走る。木乃香と走っているために気こそ使っていないが、その速度は女子中学生としてはかなりのものだ。班の班員は、追いかけるのに精いっぱいで、先ほどから時折刹那の手が不審な動きをしていることに気がついていない。

 今も彼女の腕は心臓、首、頭部、腰椎などの重要な場所を庇うように動く。誰にも見えないように隠した手には、幾つもの鋲が握られている。敵から遠距離攻撃を仕掛けられており、それから避けるために刹那は走っていた。もしこれが刹那一人狙われているならば班員をその場に置いてきぼりにし、攻撃している相手を探し、攻撃する。しかし今はそれが出来ない。

 息が少し上がりながら、刹那は右手に感じる体温を力強く握りしめる。自分と違い疲れ始めている木乃香に胸が痛む。しかし今は逃げなければならない。護衛であり、彼女の命を守る必要がある刹那は、後手に回り続けてしまうように誘導されていた。事態を好転させようにも、策はない。攻撃から逃れるためには、走って狙いを絞らせないようにすることしかできずにいた。

 とにかく動き回っているうちに、だんだんと人が多くなってきている。人影にまぎれても的確に狙いを付けた攻撃は来るが、一般人を傷つけないためにその回数自体は減っており、敵も迂闊に動けない。

 

「ちょ、せっちゃん! どこ行くん? 速すぎんよぉ~」

「も、申し訳ありませんこのかお嬢様」

 

 そうこうしているうちに、刹那とこのか、それに他の班員である綾瀬夕映に早乙女ハルナは観光施設であるシネマ村へたどり着いた。大勢の人がいて、さらにこのシネマ村ではレンタルで衣装を借りられる。その事を知っていた刹那は、躊躇することはなかった。

 

「すみません。ハルナさんに夕映さん。私たちは二人で回らせてもらいます」

「え? いや、私は別に」

「よ、ようや、く追いつけ、ました」

 

 二人の返答など元々聞く気はなかった刹那は、そのまま木乃香を抱きかかえ、気を使いシネマ村の中へ飛び込んだ。人間の限界を簡単に越えて、白い塀を飛び越えた刹那は、真っ先に衣装を借りられる場所へ急ぐ。シネマ村ではほとんどの人がせっかくだからと衣装を借りており、まるで江戸時代になったかのような状態だ。そんな中を、麻帆良学園の制服と、現代風なコーディネートで身をかためている木乃香では目立ってしまう。それではわざわざ逃げ込んだ意味が無い。

 

「ではこちらでお着替えください」

「うん、せっちゃんもなにか着替えたら?」

「は、はい」

 

 木乃香よりも早く着替え終わった刹那は、刀の柄に手をかけ辺りを見回している。

 

「ネギ先生にちび刹那を張りつかせなかったのは失敗だったか」

 

 刹那には、自身の分身に近い身代わりを作る符がある。しかしそれを使うだけの気を惜しんで、今回刹那は使っていなかった。ちび刹那を使うだけの気も、木乃香を守るために利用したかったからだ。

 今の所、刹那が見る限り敵が仕掛けてくることはない。乱れていた息はすでに落ち着き、精神的にも余裕が出来た。いきなり襲われたことで混乱していたが、いざ落ち着けば逆に腹をくくれ思考も明確になっていく。

 関西呪術協会へ逃げ込む事を行動指針に置き直し行動する。それが木乃香の身を守るために最適な事だ。あまり近寄りたくはなかったが、仕方がない。

 

「せっちゃん♡ どう? 見てくれへん?」

「お嬢様?」

 

 振り返った先には、木乃香がいた。ドラマに出てくるような姫君の衣装に身を包んでいる。着飾るというよりも余計な装飾を省くことで若々しい生命力にあふれた可憐さが際立って見える。思わず刹那は顔を赤くしてしまう。同性であるはずの刹那ですら見とれてしまう程、木乃香は美しい。しばし呆けていた刹那は思わずと言った風に賞賛の言葉を漏らす。

 

「お綺麗ですよ、木乃香お嬢様」

「せっちゃんの衣装も勇ましくてかっこええで」

 

 満面の笑みを浮かべた木乃香は、刹那の姿を見てそう言った。

 刹那が着ているのは新選組をモチーフにしてある衣装だった。服の上に胴当てをつけその上に陣羽織を羽織っている。確かに刹那の凛々しい顔立ちと相まって勇ましく見える。しかし本人としては納得がいかないらしく、先ほどから打刀と違う大太刀を腰に差しているのを何度かいじくっている。地面すれすれまで切先が落ちているのだから、だらしなく見えてしまうのは仕方がない。

 

「せっちゃん、こっち行こう、こっち」

「あ、お嬢様! どこへ行かれるのですか!?」

 

 刀をどうにかできないかと試行錯誤している刹那の手を握り、今度は木乃香が刹那を引っ張っていく。慌てて追いかける刹那ではあるが、それもすぐに終わった。様々な商品が並んでいる場所で木乃香は止まった。

 

「ここは、お土産を売っているお店ですか?」

 

 なにかこのお店に用があるのだろうか。しかし今危険な状態であるため、木乃香には我慢してもらわなければならない。そう思い、木乃香へその旨を伝えようとしたが、

 

「せっちゃんせっちゃん」

「お嬢様?」

「ふぉれ」

 

 口いっぱいに饅頭を頬張った莫迦らしい顔に、刹那は吹き出してしまう。それが失礼であるということは分かっているのだが、それでも笑いは止められず噴き出し続けている。

 

「ぐっ、も、申し訳……くっ!」

「やっと笑ってくれたせっちゃん♡」

「え?」

 

 饅頭の食べかすを頬に付けたまま、木乃香は満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔を一体いつぶりに見ただろうか。刹那は覚えていなかった。影に日向に刹那はいつも木乃香を護衛していた。笑っている顔は何度も見ていたが、今のように屈託のない笑顔を浮かべていたのは刹那と木乃香が仲の良かった、刹那が距離を取る前しかしなかった。

 その笑みを向けられ、刹那は何も言えない。本当に楽しそうな木乃香を、久方ぶりに見た気がする。

 

「お嬢様……」

「あ、ほらせっちゃんあそこ面白そうやよ」

「ああ、お待ちください!!」

 

 それからも刹那は振り回され続けた。こんな風に遊んでいる場合ではないと分かりながら、刹那は止められなかった。楽しくて仕方がない。命を狙われているというのに、こうして遊んでいることが純粋にうれしかった。気は緩み、刹那の眉間のしわは解ける。

 そんな様子を影から見ている者たちがいた。刹那たちを追ってシネマ村に入ったハルナと夕映に、その後合流した雪広あやか、朝倉和美、長谷川千雨、那波千鶴、村上夏美が路地裏から二人を覗き込んでいる。年頃の彼女たちは、二人の様子に禁断の愛という妄想を想起し、勝手に興奮していた。

 

「怪しいね~♡ できているみたいだ」

「いやいや、幾らなんでも」

「分かんないよ。木乃香はともかく刹那はあまり人と関わるタイプじゃないし」

「あ、なんか来た」

 

 蹄の音が響く。凄まじい速さで、馬車が二人の前まで走ってくる。客車の部分には、中世の貴婦人じみた格好の女性がいた。

 

「お、お前は!!?」

「どうも、神鳴流です。じゃなかったです、今は。そこの東にある洋館の主でございます。そこな剣士、今日こそ借金のかたにお姫様を貰い受けに来ましたえ」

 

 客車から降りた女性は恰好こそ違えど、初日に木乃香を攫おうとした一味の女剣士であった。顔を扇で隠し、刹那にだけ見えるように口元を上げてみせる。

 

「な、何を言っている? それにこんな場所でするというのか?」

「せっちゃん、これお芝居みたいやで? せっかくやから参加しよ」

 

 劇と見せかけて木乃香を攫う。敵の目論見が分かった刹那は叫んでいた。

 

「そうはさせん! お嬢様は私が守る!」

 

 刹那本人はそれ以上の意味を持たせてはいなかった。自分にとって最も大切な親友を助ける。その気持ちが素直に表れただけだった。しかしその言葉は今の刹那の恰好では違う意味にも取れてしまう。周りの人間はざわめきと共に拍手をして、男に見えなくもない刹那を応援している。

 

「良く言った!」

「頑張ってお姫様を守って~!」

 

 周りからの声援に気を取られている刹那に、女剣士はドレスグローブを外すと刹那の胸目掛けて投げた。それほど勢いもないそのグローブは刹那の手によって掴み取られる。

 

「ではこの月詠、木乃香お嬢様をかけて決闘を申し込ませていただきます。三十分後、シネマ村入口の日本橋にてお待ちしております」

 

 告げられたその内容に周りが沸き立つ中、月詠は刹那と木乃香にだけ殺気を送った。木乃香を殺すわけにはいかないが、それでも彼女の(さが)がそうしてしまう。

 怯える木乃香を刹那は庇うため、月詠との間に割り込みその殺気を散す。

 

「いいだろう。三十分後だな?」

「ほな、また。刹那先輩」

 

 にんまりとした笑みは、可憐である彼女にあっているのだが、とかく不気味過ぎた。笑みを向けられた刹那は、月詠が余計にわからなくなってしまう。なぜ自分を狙うのか。そして彼女の瞳にあった希望(・・)が分からなかった。殺し合いをするのになぜ希望の光などを目に灯らすのか。

 逃げるべきではあるのだろうが、もし逃げた場合月詠が何をしでかすか分からず、刹那は退却をふさがれた。

 これから起きる事に覚悟を決めた刹那は、とてつもない速度で自分たちへ駆け込んでくる人影に気がついた。気がついた時には既に反応できるような距離ではなく、その人物たちに囲まれてしまう。そこにいたのは、先ほどから木乃香と刹那を伺っていた3-Aの生徒達だった。

 特に千鶴、朝倉、ハルナなどは、興奮しすぎて刹那が反応を返せないほどの勢いである。囲んで姦しく騒ぐ彼女らの、勢いやパワーに押されっぱなしの刹那では、抑え込むことなど出来るはずもなく、刹那と木乃香の恋を応援するとまで言われてしまう。

 

「な、何の話ですか!!」

 

 刹那からしてみればたまったものではない。自分が木乃香を守るのは、あくまでも大切な友人であり失いたくないからで、間違っても恋愛感情からではない。しかも刹那からしてみれば彼女たちは邪魔でしかない。裏の世界を生きるものにとって、表に世界を生きる人間は守るべき弱者であり、間違っても応援される(・・・・・)ような関係ではない。それだけの力関係がある。

 それでも手伝うというのならば、せいぜいが肉の盾となって木乃香を守らせることしか刹那は思いつかない。そしていくら疎遠であってもクラスメイトに、いやそもそも表の人間にそんな事を言う程刹那は冷酷無情ではない。

 やる気満々の彼女たちには申し訳がないが、どこかへ行ってほしい。それが刹那の偽らざる思いだった。それでも自分たちから離れる気配を見せないクラスメイトに内心でため息をつきながら、刹那は日本橋へと向かっていく。

 

 

 

 日本橋の橋の中央、刹那が来るまで川を見ていたため、欄干の近くに月詠はいた。相変わらず薄気味悪い、人形じみた笑みが顔面に張り付いている。可愛らしいその顔立ちは逆光によって影が作り出され、不気味さを際立てさせていた。

 

「ああ、来てくれはったんですね。楽しいひと時になりそうです。ほな、始めましょう? 先輩。それと助っ人の皆さん」

 

 刹那は何も語らずに一歩踏み出した。

 前へ進んでいく刹那へ何か語ろうとした木乃香であったが、刹那がそれを押しとどめる。

 

「大丈夫です。木乃香お嬢様」

「せっちゃん……! うん!!」

 

 不安だらけだった木乃香の顔に、笑みが取り戻された。

 

「ツクヨミ……だったな」

「それくらい私も心得てます~~~。私のかわいいペットに相手してもらいましょう『百鬼夜行』」

 

 現れたのはデフォルメされた、馬鹿馬鹿しい姿の妖怪たちを象った式神だった。

 しかし馬鹿馬鹿しい姿であっても、マスコットにすら見えるその姿は可愛らしいものがある。まだ中学生であり、女の子である3-Aの生徒達が心奪われるのも仕方がない。ほかにいた観客たちも、その妖怪たちをCGと思い込み、感心している。ここがシネマ村であるという事が秘匿という意味でプラスしていた。

 騒ぐ人が多い割に、彼らの顔には危機感などは出ていない。単純にシネマ村のアトラクションを楽しんでいた。

 

「このかお嬢様、ここをから離れられないように」

 

 刹那が木乃香のいる場所へ符術を使う。単純だからこそ効力の強い守りの符だ。これで戦っている最中に木乃香を攫われるということは起きないだろう。安心した刹那は刀の柄に手をかけて走り出す。それに呼応して、月詠もジャンプした後欄干を一度蹴って三角跳びをし、刹那との距離を急速に詰める。

 

「二刀連撃斬鉄閃」

 

 二刀であるが故の速さは、先の戦いと同じく刹那の長刀とは相性が良い。それが分かっているからこそ、刹那は借り衣装のひとつである模造刀を、気を使って強化して疑似的な二刀流で応戦した。しかしあくまでも模造刀。おもちゃのような刀では、斬鉄閃を受けきれるはずもなく、一度の交差で砕け散ってしまう。

 しかし刹那にとってはそれで十分だった。その大太刀を振るい、月詠を吹き飛ばし欄干へ自身もまた飛び乗る。高所という地の利を刹那は手に入れた。刹那の刀は、欄干の上からでも十分な間合いを持っている。しかし月詠が持つ二振りでは間合いが足りず、斬撃を振るうためには踵を上げる必要が有ったりなど、斬撃の速度も威力もなくなってしまう状況になった。これならばたとえ今の刹那でも、二刀流に対抗できる。

 橋の欄干から振るう太刀と下から掬いあがる小太刀。獲物こそ違うがそれは義経と弁慶の五条大橋での大立ち回りと同じだ。

 月詠も不利を無くすために欄干へ移ろうとするのだが、それを刹那はさせない。優位になろうと二人は橋の上を走りながら刀を振るい続ける。けたたましい鋼のかち合う音が続く。一瞬の隙が命を奪う殺し合い。そしてそこにある高速の駆け引き。それは刹那の精神を少しずつ、薄皮を剥ぐように摩耗させていく。良く鍛えているが、それでも刹那の精神は常人のそれと殆ど変わらない。

 摩耗していけば集中力も乱れる。だからこそそれは必然だった。

 

「え?」

「せっちゃん?」

 

 月詠と一進一退の攻防を繰り広げていた刹那の胸に、一本の矢が突き刺さった。

 刹那も木乃香も、そしてなぜか月詠もその矢に唖然としている。何故何故何故? じわりと血が刹那の服を染めていく。困惑した表情を浮かべ、それでも最後に木乃香を見て安堵した顔になり刹那は欄干から落ちていった。

 

「せっちゃん!!」

(ああ、約束守れんでゴメンな、このちゃん。でも、無事で良かった)

 

 水柱が立った。刹那が川に落ちた。ついでもうひとつ水柱が立つ。

 木乃香が川に飛び込んでいた。着物が絡まり、溺れそうになっている。しかしそれでも彼女は諦めずに泳ぎ続ける。橋脚に刹那の体が引っ掛かっていた。

 

「せっちゃ、ゴボッ! ゲホッ! せっちゃん! せっちゃん!」

 

 刹那の体に触れた手が赤く染まる。流れ出る血が冷たく、木乃香は怖かった。涙が頬を伝い川へ飲み込まれる。

 

「嫌や、せっちゃん!!!」

 

 莫大な魔力が指向性もなくただ暴れだす。行き場のないほど濃密な魔力は、刹那の体に流れ込み、木乃香が望む形へ変貌させる。“桜咲刹那には傷ひとつない”という形に。

 

「お、……嬢様?」

「せっちゃん!」

 

 木乃香は刹那に抱き着いた。

 

 

 

 

 橋の上、そこで月詠は無表情にシネマ村にある城の上にいた天ヶ崎千草を睨む。戦いを邪魔しただけではなく、千草はあわよくば自身を含めて葬れるよう式神に命じ刹那を射った。いくら神鳴流は遠距離からの武器が効かないといわれていても、それはあくまでもそう嘯いているだけに過ぎない。技量以上の遠距離からの攻撃は捌けないし、そもそも今みたいに認識外からの攻撃は防げない。殺気に反応しようにも、刹那は月詠からの殺気で気づけず射抜かれた。またいくら式神程度の矢といえ、その鏃を向けられて反感を覚えないはずがない。しかし、

 

「まあ、いいか。それは私にとって当然だし」

 

 月詠は周りの喧騒にまぎれるように消えて行った。この程度の勝手でも、文句は言わせない。そもそも邪魔をしたのは天ヶ崎千草である。

 千草も天守閣から誰にも知られず消えて行った。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。