紫視点で物語が進みます。
結界に囲まれた世界で、一人の妖怪が何かと話をしていた。
「そうですか。なら」
「ええ、あれは貴方にとって同一存在に近い魂でした。世界はいくつもありますが、死の世界はどの世界も同じ地獄です」
「私とほとんど同じ魂の質であり、そんな存在が自身の力に気づかず力を暴走させてはまずいと地獄は考えていらっしゃる」
「ええ、そうです。是非曲直庁もできれば貴方に対処してほしいと。
最悪、生まれおちた魂を殺すことも十王は視野に入れてます」
少々面倒だったが、自身とほとんど同じ魂ということに興味をひかれた紫は、
「良いでしょう。私がその魂を見てみましょう」
そう言い、彼女は結界の中からスキマを開き、言われた世界に移動する。
「頼みましたよ、八雲紫」
緑色のアシンメトリーの髪型に、特徴的な冠をかぶっている少女、四季映姫・ヤマザナドゥはそれだけ言い残して結界を解き、いるべき場所、彼岸へ帰っていく。
「あれね」
紫が映姫に教わった世界にスキマを開いて向かうと、倒れ伏した子供とその子供を抱える赤毛の男性がいた。
「くそ!! なんで回復魔法が効かないんだ!!」
男の魔力は絶大だ。それこそ、紫が知っている中でもなかなかと言わしめることもできるほどだ。
しかし、魔力ではどうしようもできない存在もいる。今目の前で倒れ伏している男の子のように。
妖怪へと変わってしまったその子供は魔法では癒えない。正しく言うと、人間の肉体をいやすのに適した形である魔法では、精神に依存する妖怪の怪我を治療するだけの方式が存在しない。
「無駄ですわ」
「!!?」
今まで必死に魔力を使い、分かりづらいが体の中身がぐちゃぐちゃになっている男の子を治療していた男はすぐさま起き上がり、紫を警戒する。
「ふふ、そこまで警戒する必要はないわ。その子を助けたいのでしょう?」
「ほ、本当か!? この子を救えるのか! 頼む!!」
藁にもすがる気持ちで、怪しいと思った相手に頭を下げてまでお願いする男に、紫は残酷な現実を教える。
「けれども、それでいいのかしら?
「妖怪……だと? どういう意味だ!」
「言葉通りよ。その子は境界を変えた。人間という境界をスキマ妖怪という境界へとね。妖怪であり、幻想の身には肉体を回復する程度の魔法はほとんど意味がないわ。幻想にとって一番重要なのは精神。肉体が滅びても精神が無事ならよみがえることすら可能な妖怪もいるわ。貴方が使っている魔法は肉体は癒えても精神が癒えないわ」
「それが……この子だと? そして俺ではこの子を救えないと?」
「ええ。そうね、なり立ての妖怪。それがこの子よ。そして、貴方では幻想に一切の手出しはできない。弱い妖怪ならまだしも、大妖怪級の潜在能力を持ったこの子には、貴方の力でも力不足よ。せめて、パチュリークラスの魔法が使えるようになりなさい」
男は紫の言葉に悩んだが、それでもすぐに答えた。
「妖怪だろうが関係ねえ。この子は俺の子だ。子供を助けようとしない親がいるか」
「そう。なら、救ってあげましょうか?」
「頼む! 俺に出来ることなら何でもする。だから」
そのまま紫は妖力で妖術を発動して治療する。肉体にではなく、精神に直接作用する妖術を。今までは男がいくら力を振り絞っても怪我が癒えなかったが、紫が治療した瞬間からみるみる内に回復していった。
「ハイ。これで終わり。早くその子を安全なところに運んであげなさい」
「すまねえ。だけど、俺にはこの子を運ぶ時間がない。すまないがこの子を頼めるか? アンタなら信用できる。この子を救ってくれたアンタなら」
炎が視界にちらつく中、紫はふと思い出す。昔はこういった眼をした人間がいて、こういった人間こそが妖怪と友情を持つことができたということを。
「見守る程度でいいならその頼みを受けてもいいわ」
「すまねえ」
そのまま、男は立ち去り紫は子供にマーキングして幻想郷へ姿を消す。
「なるほど。確かにこれは私と同一存在ということを証明するのにふさわしいわね」
紫の目の前には黒い空間が広がり、その中で多くの目が紫を見ている。
そんな中を紫は散歩するように空間を歩き回る。
「これがこの子のスキマね。私とはほんの少し違うようだけどなぜかしら?」
紫の能力は『境界を操る程度の能力』だ。しかしこの子供、ユギが持つ能力は『境界を変える程度の能力』。非常に似ているが決定的に違う能力だ。
「今はまだわからないわね。本人は能力のことを知っているようだけど無理して調べる必要もないかしら?」
紫は黒い空間の中で目の前に立っている眠り続けているユギを見つめ続けて、その能力の異常さに気づいてしまった。
「そんな……馬鹿な!! いくらなんでもあり得ない! こんな能力、魂が耐えられないはずよ!!」
紫が気付いたのは一つ。自身の能力と比較して推測してきたことだが、その能力の使用範囲だ。なぜ、自身と違う境界に関する能力を持ったかは分からないが、その能力の範囲は理解することができた。だからこそ紫はそれを信じることができない。
「他者の能力を使える? いくら私でもそんな事は出来やしない。魂に由来する能力を、いくら境界を操るといっても操ることはできないわ。私に効かないようにしたりするならまだしも、自身の力に利用するなんてありえない」
境界を操る妖怪といえど、ほかの妖怪の能力の境界を操ることなど出来はしない。それは他者の魂を操ることと同義だからだ。いくらユギの能力は強大でも、さすがにそこまではいかない。しかし、他者の能力という境界をコピーして自身の能力の境界に真似させることで、ユギは他者の能力をまねれる。同じように身体能力すら真似することができるのだ。これは紫ですらできないことだ。
「これが十王が殺すべきと考えた理由? 可能性は十分すぎる」
常に余裕を崩さない紫ですら驚いたほどだ。十王が危機と認識するのも当然。ユギの魂が生まれる前までは能力についてそこまで詳しくは分からなかったが、それでもこの魂が持つ力は強すぎるということだけは分かり、似た力を持つ紫に判断させるためにわざわざ映姫を遣わせたのだ。
映姫も知らない事だったが、十王はユギの能力をある程度認識していたがために、紫を誘導させてユギを見せたのだ。
ユギを殺させるために。死後の世界の十王が、現世に干渉するわけにはいかない。そのために紫を利用した。
「そう。だから地獄はこんなことを」
紫は目をつぶっているユギの首に手を伸ばす。そのまま首に手をかけて力を込めて……、
「やめたわ。わざわざ十王の考えに踊らされるのは癪に障るわ」
そのまま手を離し、十王に目に物を見せてやると思いながらユギが目覚めるのを紫は待つ。
「ふふふ。懐かしいものね。昔は私もまた、幻想の身になることを拒絶したもの。けれどもそれを拒絶する事は、絶対に出来ないものでもあるわ。幻想として存在したのなら、もう今までのように生活することは無理よ」
ぽつりと自身が作り出したスキマの中で紫は昔を思い出しながらつぶやく。
「それにしてもあの子は、自身が持っている力についてまだきちんと認識できてないのね」
自身の力におびえて、あれから一度もユギはユギ自身の意志で境界を変えていない。しかし、体は確実に幻想へと変わった。
そのためふとした拍子で力を使ってしまっている。能力だけではなく異常なまでの身体能力を。紫と同じスキマ妖怪だからか、その強固な肉体が武器である鬼と比べればそれほど高くはないが。幸い周りには気づかれていないよう上手く立ち回っているが、妖怪から見れば自身と同じ存在であることがすぐにわかってしまう。
「それにしても、こうしてあの子の周りの動きを見てみたけど少しまずいわね。身体調査なんて最悪よ。幻想であるあの子にはまともな検査結果が残るわけがないわ。……竹林の薬師に頼んで偽造したデータを用意してもらうしかないわね」
今しなければならないことをするために、紫はスキマを開く。幻想郷へ通じるスキマを。
何度も紫はユギに対して話しかけた。自身の力を認めず何度も自身を拒絶するユギに。
なぜそこまでしてユギを気にかけるのか。それは紫自身もわからない。同じスキマ妖怪だから? 同じ境遇だから? それともほかの理由があるのかもしれない。けれどもそれは意味のないこと。彼女はユギを見守り続けて誘いつづけた。そしてその結果。
「どうやら食事を始めたようね」
この黒い空間に響く咀嚼音。皮膚が切り裂かれる音。肉がえぐられる音。神経が切れる音。骨が砕かれる音。血がしたたり落ちる音。そして、
「いやだああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 痛い痛い痛いイタイタいたいイタイ痛い!! あああああああああああああああああああああああああああ!!」
響き渡る悲鳴の音。自身の体が喰われる恐怖から発する悲鳴。
恐怖。それこそが人の恐怖から生まれた妖怪という幻想の源。恐怖されることで消えかけていた幻想が世界に根付く。
「いるのは分かっているよ。出てきたらどう?」
紫はその言葉に素直にユギの前に体を出す。初めて会った二人だが、両者はお互いを理解しきっている。片方は同じ妖怪だから。もう片方は能力の恩恵で。
「八雲黒。種族はスキマ妖怪だよ」
紫はその時、違いなく心の奥底で歓喜していた。初めての同類。今まで自身と全く同じ種族はいなかった。それも人からスキマ妖怪へと変わった自身と
「それで、貴方はこれからどうするの?」
「分からない。何をするかも、何をしなければならないかも」
「なら、何でもいいから貴方の知らない事を探しなさい。そこからきっとあなたがするべき事が見つかるはずよ。求めよさらばあたえられんってね」
ふざけたように言う紫だが、その目はどこまでも真剣に話していた。それが分かる黒だからこそ、その忠告には素直に従った。
「わかったよ。私が知らないことを探してみる」
「それがいいわ」
それだけ紫は言い残して彼女のスキマを開き、そこに滑り込むように入り込む。
一方黒は自身が幻想であると認めた時から、能力をある程度理解することができたのか、今では自由にスキマを開くことができる。そのために誰もいない場所を選び、スキマを開く。
これがこれから先に、この世界で妖怪の賢者と呼ばれる二人目のスキマ妖怪の誕生だった。
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