東方魔法録   作:koth3

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今回は主人公勢まったく出ません。ネギも黒も。その代わりに、関西呪術協会の勢力が出てきます。


関西呪術協会の翳り

 京都から東に車で走り続けて一時間ほどかかる山のさらに奥、山頂にほど近い場所に一件の建物がある。誰からも忘れられたかのようにぽつねんと立っていて、藁葺き屋根の粗末な家にしか見えず、一見するとその価値は無いように見える。持ち主すらも忘れているのではないかと思えてしまう程、周りは寂れている。しかし見る者が見れば、驚きとともに絶賛すらするだろう。

 建物の周りに張られている結界は、中を守るために用意されたものだ。その精密さはさながら熟練の時計技師が丹精を込めて作った時計のようで、術式を見ているだけで一種の芸術作品を見ているかのように錯覚させる。それでいて、術式の複雑さから期待される以上の強度を併せ持つことに成功していた。それはたとえ名のある魔法使いの一撃であろうと寄せつけない程のものだった。

 さらにはその結界と中にある建物が決して露見しないよう隠蔽用の結界も用意されている。それはこの場所を認識していないと、たとえどんな方法をもってしても決して近寄る事が出来なくなるという、近代魔法では有り得ない効力を発揮していた。

 そんな城のような堅固な建物の中に、狭いながらも多くの人が詰め寄り、何やら額を寄せ合って密談を交わしていた。そこにいたのは、関西呪術協会における支部の長たちだった。上座に近い方から滋岳(しげおか)(いさむ)三善(みよし)(ゆたか)加茂(かも)重孝(しげたか)知徳(ちとく)三蔵(さんぞう)蘆屋(あしや)道気(どうき)葛木(かつらぎ)縁矢(えにし)日下部(ひかべ)要蔵(ようぞう)菅原(すがわら)是孝(これたか)大津(おおつ)(ひこ)。彼らが皆一様に険しい面構えで座っている。

 彼らはいっさいはばかる気はないのか、激しい内容の言葉を、声を潜めることなく堂々と話し合っている。何せこの場所には長が来れないのだから当然(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)の事だろう(・・・・・)

 

「さてもさても。まさか天ヶ崎の小娘、おっと、千草と言うたか。少し前までは小んまい小娘だったというのに、いつのまにやら大きくなったものよ。あやつがした事、皆の者どう思う?」

 

 天ヶ崎千草は関西呪術協会の長の一人娘である近衛木乃香を攫い、今現在関西呪術協会への反乱を起こしている女の名前だ。その名前を口にした滋岳勇はなぜかどこかうれしそうだった。

 

「決まっておろう。正しい行為だ(・・・・・・)

「然り。あの子はただ正そうとしているだけ。たかだか公家の子孫を担ぎ続けてきたが(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)それが間違いだった(・・・・・・・・・)。近衛程度では、この世界に住む闇を認識できなんだ。我らが集まりこの国を守り続けてきたのは、高々利益を守るためではない。そんなものならば、我らの祖先はあのような事などせん。戦友を乏しめ、それでもなお世界を守ろうとするなどはな」

 

 口々に挙げられたのは千草に対する罵りではなく、むしろ賛美する声ばかり。この時点でどれだけ長が軽視されているか良く分かるものだ。普通の組織ならば、長の娘がたぶらかされて、賛美されるはずがない。だというのにこの有様。この時点で関西呪術協会がもはや組織としての体を保っていないのが丸分かりだ。

 

「そも、近衛が我らに口を出したのが全ての原因よ。何も知らぬくせに後からしゃしゃり出て、公家だからこそある程度の面倒を見ていたら増長するだけ増長しおって! 青山の小僧もそうだ。陰陽師でもないくせに、長になるだと! 少し考えれば筋違いというのが簡単にわかるだろうに。その所為で、神鳴流が全国から今もなお睨まれているというのが分からんのか!」

「分かる訳がなかろう。あれはただの傀儡よ。一人では何もできず、周りの選択に賛同するだけして、従う事を喜びとする、本当の愚昧よ」

「待て待て! あの長がどうしようもない事などすでに分かり切っておるだろう! 今は我らがどうするべきかを考えるとき。祖先たちから受け継いできた大願を叶えるためにはどうすべきかをな」

 

 もはや彼らの中では長というのはどうしようもない存在なのだろう。全員の瞳には、長に対する憤りが込められていた。そこには忠誠というものは一切ない。

 

「だからこそ変えねばならんだろう」

 

 今まで黙っていた大津彦が口火を切った。静かに、それでいて意義は許さんとばかりの強い断定の口調に、長に対して愚痴をしていた者どもは一様に黙り切り、彼を見た。この中でも一番若い彼は、常に口を閉ざし物思いにふけるようによくよく考える性格だ。滅多にその考えは口から洩れることはないが、漏れ出た場合は道理を踏まえ、多くの成果を挙げる様な考えばかりだった。

 

「本来の形に。その為だけに(・・・・・・)ようやく探し当てた(・・・・・・・・・)

 

 腹の底に沈澱してた思いごと絞り出されたその声と共に、狐火が誰も座っていない上座で燃え上がる。その炎の中から現れた男は、狐を思わせる面構えをしていた。そして、この場にいる超一流と言える陰陽師を足元にも許さないほどの力を、ただ垂れ流している。その姿を見てこの場にいた人間は目を丸くした後、慌てて平伏した。

 

「これが、今の陰陽寮(・・・)かい。随分とまあ、弱くなったものだ(・・・・・・・・)

 

 もし他の者が語ったのならば、今頃怒り狂った彼らに八つ裂きにされているだろう。しかし上座に座っているこの人物に限って言えばそうはならない。それが許されるのだ、彼だけには。

 

「申し訳ありません、安倍晴明様!!」

 

 安倍晴明。陰陽師として最強の名を欲しいままにしながら、神格としても崇められた日本でトップクラスの術者の一人。その影を追えるものは、陰陽師では道満ぐらいしかおらず、あとは畑違いで空海、或いは役小角など少しの人間だろう。それほどの力を持つ彼は、しかし既に死人でなければならない存在であるはずだ。

 だが、確かに清明は生きていた。心臓は間違いなく動いているし、誰かに黄泉の国から召喚されたわけでもない。単純に彼は、不可能な方法を可能にしてまで生き延びていた。古来から多くの権力者が求めた方法。つまりは不老不死の法によって。

 

「まあしかたがあるまい。それに、まだましだろう。あの時は早く忘れなければならなかった(・・・・・・・・・・・・・・)。それだけに関して言えば、成功したのだ。陰陽寮も存在し続けてきたかいがあったというものだ。だが今はそういうわけにもいかないようだ。忘れてはならない者たちがいるというのに、愚かな人間の所為で歴史を教えられもせずとは。嘆かわしいことだ。陰陽寮の人間だけは、あれら(・・・)を忘れてはならんというのに。……さて、お前たち。一つ訪ねよう。一人の娘が戦っている。本来の、正しい形に組織を治そうと。間違っている者たちに虐げられながらも、祖先の願いを、父母の思いを守るために。それを只座して待つと言うのか? それとも」

「決まっておりまする。なぁ、皆のもの」

「ああ。我らも久方ぶりに動かなければならんな、あの愚か者どもに教えてやろう。陰陽師とはいったい何なのかを」

「しからば、儂は天ヶ崎に連絡を付けよう」

「ならば我は一族の者をひきつれて、他の者たちを説得に回るとしよう」

 

 各々は素早く自身がすべきことを決めていく。統率のとれたその姿は、まさしく歴戦の戦士を思わせる。

 

「では我も動くとしよう。くっくっく。久方ぶりだな、世に知られてはならぬ闇が蠢くのは。この魔都にいる幾つかの妖(・・・・・)め。目に物を見せてやろう。まだ失っていない者もいるということを。お前たちを忘れておらず、刃向かう人間は残っていることを」

 

 夜の闇を鴉が飛び、月へと消えて行った。


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