東方魔法録   作:koth3

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今回結構批判されやすいかもしれません。気に入らない点がありましたら、かんそうなどでおしゃってくだされば、より詳しく説明させていただきます。


千の怒り

 馬鹿馬鹿しい。千雨は傍観者としてその騒ぎをつまらなそうに眺めていた。

 修学旅行二日目、麻帆良の異常な結界によって起こされる煩わしい事件に関わる必要もなく、担任の教師が原因の騒ぎにも巻き込まれずホテルに帰るまで酷く上機嫌だった。鼻歌を高らかに歌い足取りは軽く、今にもスキップをしそう。普段の感情を表さない仏頂面と違うその様子に、周りのクラスメイト達は奇異なものを見るかのように遠目で眺めていた。

 しかしホテルに入って、すぐにそんな愉快な気持ちはしぼみ、またもとの面構えに変わってしまった。クラスで話題になっている話が心底不愉快でしかなかった。ネギとのどかの恋話が。千雨にとって許せるものではなかった。

 教師と生徒の恋愛など許せるものではない。故に千雨は、のどか(・・・)に対して怒りすら覚えていた。別に恋をするのは良い。誰だって、人を好きになる権利はあるだろう。けど、現状を見ずに告白するのは、可笑しい。恋というものは自分の欲望を叶えるためにあるのではない。それでは只の自己満足だ。恋をしたんだというだけの満足。

 ネギは教師。のどかは生徒。これだけでも社会的にどれだけ否定されるか。しかも、その教師であるネギはのどかより幼い。何故待てない? のどかが卒業したその日に告白したというのならば、賛成はしないまでも、否定もしなかっただろう。どうぞご勝手に、千雨がそう思うだけで終わった。

 そもそも、今ののどかの行為は恋ですらないだろう。本当にネギを愛しているというのなら、彼の立場を陥れるような行動をとれるはずがない。それがのどかという少女がおそらく本来的にとる行動だ。それなのに、のどかがネギに告白したということは、相手のことを考えるほど強い思いを持っていないという事を逆説的に証明している。告白をせず胸に潜め、青春のほろ苦い経験と、年を取って誰かと笑いあえる。

 ではなぜ告白したのか。その原因が分かるからこそ、余計千雨の機嫌も悪くなる。のどかとしては自分の常識に従ったのだろう。つまりは、社会的規範に縛られない麻帆良の常識、麻帆良大結界で構築させられた非常識な常識に。それで理性が止めるべきはずだった未成熟な感情を止められなかった。

 結局、麻帆良の魔法使いが悪いのだ。全ての原因は麻帆良大結界で常識が歪まされていたため。狂った常識は、時に人を不幸へ貶める。淡い恋とすらいえない感情を、まるで愛という名の業火に見せかける。惑わされたのが、たまたまのどかなのだ。だからこそその怒りをぶつける訳にもいかず、内側で籠り続ける。

 千雨にとって麻帆良の魔法使いというものは虫唾がはしる。そもそもが、彼らがいなければ千雨は小学生の頃いじめられることもなく、クラスから孤立する事もなかった。今もこうやって人の人生を滅茶苦茶にしている。すべては麻帆良の都合が良い世界を生み出すために行われた様々な行動の結果。そのしわ寄せを一心に受けた彼女が魔法使いを嫌うのは仕方がないだろう。そして今もまた、魔法使いによって犠牲者が増えた。怒りを覚えないはずがない。

 それで一気に機嫌が悪くなり、そこへ阿呆臭い事件が人為的に起こされた。――くちびる争奪!! 修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦。

 もはや耐えられるものではなかった。「馬鹿馬鹿しい」と一人静かに、そして素早く班の部屋に立てこもり、意思表示を示した。即ち、関わるなと。そもそも魔法と関わるつもりは千雨に一切ない。平穏に日常を過ごす。それが夢だ。ネギと魔法関連で付き合うつもりはないし、卒業したら精神安定のためにさっさと存在自体を忘れようとすら思っている。

 それなのに、傍観者であろうとしている千雨に、先ほどからクラスメイトの朝倉和美がしつこくそのふざけたものに出てくれと頼み込んでいた。

 

「ねっ、ねっ? 出てくれるだけで良いから。絵になるんだって。普段ネギ先生に興味を見せない人が参加するとさ」

「断る。私は忙しいんだ」

「何言ってんの。修学旅行で忙しい訳が無いじゃん」

 

 何を言ってもしつこく詰め寄るその態度に、とうとう千雨の堪忍袋の緒が切れた。

 

「いい加減にしろよ、朝倉」

 

 顔を赤くしたわけでもない。大声を出したわけでもない。けれど冷たい鉄のような音色は、朝倉を驚かせるには十分だった。

 

「私は参加したくないって言っているんだ。これ以上、私に関わるなら新田を呼んででもお前を邪魔するぞ。それが嫌なら、もう私に付きまとうな」

 

 ヤバイと朝倉が思ったときにはすでに遅く、千雨は扉を開けた。最後通告をされてしまった朝倉は、しぶしぶと出ていく。

 締め出される形になった朝倉は、後ろで勢いよく閉じられた扉の音に驚きながら、後で謝らないと、と気楽に考えていた。自分のすることがどういう意味を持つか知らなかったのだ。それも仕方がない。あくまで魔法というもののさわりに触れただけ。力が何を意味するかなど分からないのだ。むしろこの年代でそこまでわかっているのならば、それこそ異常だ。それを考えれば一概に彼女を責められるものではない、真に責めるべきは、都合の良いことばかり話した魔法関係者だ。この場合入れ知恵をしたのは、ネギのペットとされているオコジョのカモミール。

 追い出されながらも機嫌よく歩き、千雨の代わりとする人間は誰にしようかと考えながら、朝倉は廊下を去っていった。

 一方、朝倉を追い出した千雨は、部屋の中で髪をかき乱していた。いまから何が起きるかが、彼女には分かっており、同時に止めるわけにはいかないから(・・・・・・・・・・・・・)。なぜ朝倉がそれに関与しているかは分からないが、主犯の一人であることに変わりがない。それが悲しい。接点が無かったとはいえ、それでもクラスメイトが間違った方向へ(・・・・・・・)進んでしまったのだから。

 千雨は窓に近づき、大地を見下ろした。うっすらと暗闇で見えづらいが、その瞳にはそれが映っている。彼女が望めばどんな真実であろうともあらわになる。魔法で隠蔽されていようとも、物理的に見ることが不可能だったとしても。

 そして顔を盛大に苦々しく歪め、舌打ちをついた。

 その魔法陣の効果がまたふざけている。日本国の法に真っ向から喧嘩を売っているようなものだった。キスをした者たち同士で、仮契約を強制的に結ぶという術式が、ぐるりとホテル全体をカバーして書かれている。お互いの同意があるならまだしも、勝手に契約を結ばされてはたまったものではない。魔法のイザコザに巻き込まれる方としては。どこの世界に、地形を変えられる攻撃が飛び交う危険極まりない世界に飛び込みたいと心の底から思える人間がいるのか。

 ネギのペットとされているあのオコジョの仕業だろう。確信を持って窓から書かれている、隠蔽されているはずの術式を見下ろすその瞳は、ガラス球をはめ込んだかのように光がともっていなかった。何時の間にか、格調高い装飾の施された、大辞林ほどもある本が千雨の手にはあった。それをパラパラとめくりながら、あるページに到達したところで窓硝子から目をそらす。そのまま椅子に座り、その本をめくり続ける。暫くの間、部屋の中は本をめくる音しかしなかった。

 参加者がどんな不利益を被ろうが、今の千雨には一切助けるつもりがない。風俗的に問題ある行為に手を出した者たちが悪い。しっぺ返しを食らっても、それが()だ。故に助けない。人の世と関わるべき身分では(・・・・・・・・・・・・・)すでにないのだから(・・・・・・・・・)

 

「本当に、魔法使いってのは厄介なことしかしない」

 

 その言葉が全ての気持ちを表していた。

 

 

 

 千雨が班の部屋で一人本を読んでいる頃、ロビーは大騒ぎになっていた。あり得ない事態をロビーにいた人たちが見てしまったからだ。全く同じ顔形をした四人のネギがロビーに集まった。摩訶不思議な光景を見て騒ぎにならない筈がない。

 そもそもの発端は、ネギが自分の身代わりを作ろうとして刹那からもらった式神を召喚するのに失敗し、その処分をきちんとしなかったことや、朝倉とカモが共同して開いたネギ先生ラブラブキッス大作戦、本来は仮契約大量GET大作戦が悪い具合に重なり、五人のネギがホテル内に現れてしまったのだ。

 しかし幸い既に一体に関してはのどかと夕映によって撲殺された。しかし残り四体が暴走を始めてしまっているのだ。麻帆良大結界下で普段生活している3-Aの生徒たちは、今の状況を只のイベントとしか見ていない。しかし他の人間たちから、一般的な常識を持っている者達から見ればそれは全く違う。目の前で起きているのは、正真正銘の怪現象なのだ。ホテルに泊まっていた人たちは携帯で写真を撮っている者もいるし、悲鳴を上げてネギから遠ざかろうとする者もいる。逃げようとする者の中にはホテルの女将も含まれていた。

 

「いったい何が起きっているって言うのよ!」

 

 髪が白くなるまで働き続けて、それで初めて見る現象に、パニック状態になるのは仕方がない。愛着を持つ、全てを知り尽くしたともいえるホテルに訳の分からない何かが混ざり込んでいるというのもまた、一つの恐怖を浮かび上がらせる。腰が抜けて倒れてしまうのも仕方がない。むしろ恐怖が湧き上がらないとしたら、そちらの方が可笑しいだろう。実際周りで携帯を使っている人間たちも、目の前で起きている怪現象を日常の動作へと取り入れて何とかごまかそうとしているにすぎない。

 

「なあ、これって」

「莫迦! そんな訳ないだろう。これはアレだ。ほら」

「あれって何だよ」

「アレだよ! そうだ、四つ子だよ。きっと」

 

 うすうす本当は違うとわかっていても、彼らはそれから目を背ける。そうしなければならない事を本能で理解しているから。心を守るため、出てきてはならない者を封じ続けるために。

 四人のネギと生徒たちが去った後も、しばらくロビーは整然としていた。誰も今起きたことを話したくなかった。したら戻れなくなる(・・・・・・)。ふとそう思ってしまったから。

 

「これは、まいったなぁ。やりたくはないけどしょうがないか(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 騒ぎになっているロビーに足を踏み入れたのは麻帆良の教師の一人だった。スーツを付けていると個性というものが見当たらないほど影が薄く、どこにでもいる商社マンにしか見えない人物だった。

 スーツの内ポケットから一本の短杖(ワンド)が出される。15cmあるかないかの杖ではあるが、使用するのに些かの問題も無いようで、すぐに魔法が発動された。

 

「ごめんなさい、でもこれもネギ君の為なんだ」

 

 そう呟く男の顔には、何の気負いもなかった。禁止されているも同然の記憶消去魔法を使ったというのに。

 麻帆良の魔法使いである彼からすれば、一般人などどうでも良いのだろう。ネギと黒の為に優秀な生徒を集めるなどを平然とする彼らだ。人身御供を容認し、諸手を挙げているような魔法使い達はすでに腐りきっている。自浄作用など望めるはずもない。

 

「あれ?」

「俺達って何やっていたんだっけ?」

「さあ」

 

 おぼつかない視線で、うろんな眼のままロビーにいた人たちはバラバラに散っていく。何をしていたのかを忘れさせられて。散っていく人にまぎれて男もロビーから離れて行く。もうロビーには誰もいない。ただ一人を除き。

 

「あ、あら? 可笑しいわね。私何で座り込んでいるのかしら?」

 

 何度も立ち上がろうとするのだが女将は立つ事が出来ず、たまたま通りかかった従業員の手を借りてようやく立ち上がれた。それからひどい頭痛や手足のしびれ、力が入らない事に悩まされるようになる。不思議がりながらもそれでも淡々と仕事をしていたのだが、麻帆良学園がチェックアウトした日の午後、女将は脳溢血で急死した。

 

 

 




多分珍しいかと思いますけど、あえて一般人のかたを登場させてみました。第三者から見た場合、魔法がどう見られるかを描写したかったからです。
また、記憶消去魔法についてですか、ハリーポッターみたいな、完全なファンタジーならこうしません。葉加瀬が言っていましたが、この世界の魔法は物理法則に従うようです。つまりは、万能とは言えません。ですので、記憶を消すという過程で代償を支払う必要があり、それが脳細胞への傷という形で現れると私は定義しました(過去の話で確か書いたはずです)。女将は運悪く脳の血管も傷ついてしまい、脳溢血で亡くなりました。

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