ホテルのロビーで奇行を繰り返すネギを、影からひっそりと隠れて見る幾つもの視線があった。転がりまわったり歩き回ったりとせわしない様子に心配をしたのか、影からあやかとまき絵が出てきて、ネギに話しかけた。
「ネギ君、何かあったのかな?」
「ネギ先生、私たちに相談してください。一人で悩んでいても、解決しませんわ」
二人の純粋な好意。心配そうにしている二人を普段ならば有り難いと思ってしまうネギでも、今は別段有りがたくもない。だからといって無下に扱うわけにもいかず、慌ててふためきながらなんとか今の状態をごまかそうとするのだが、焦りからついつい舌を滑らせてしまう。
「い、いや誰も僕に告ったりなんてしてません!」
その言葉に過剰反応をする3-Aの生徒たち。それにあてられ、ネギもまたさらに落ち着きを失っていく。口が滑る滑る。スケートリング以上に滑る自分に、何を言っているかだんだんと分からなくなって冷静さを失い、ネギはとっさに逃げてしまった。今逃げても、何にもならないというのに。
しかしそれも仕方がないだろう。ネギは数えで十歳。嫌なところから逃げようとする傾向はある。エヴァンジェリンに襲われた時も、風邪を引いたと嘘をついて学校へ行こうとしなかった。今回もそれと同じで、心がいっぱいいっぱいになり、処理しきれなくなってしまったのだ。年を考えるならばむしろ健全的な行動だろう。
「ううん。大丈夫かしら、あのガキンチョ」
「さあ、知りません。それよりもお嬢様は」
逃げるネギの様子を見ていたアスナと刹那は、全く違う態度でいた。
一方ネギに逃げられた他の3-Aの生徒たちは納得がいかないでいた。あの可愛らしい
いきなり部屋に尋ねて来て、凄まじい勢いで話すあやかに若干引きながらも、その人物は快諾した。
「それで私の出番? まあ、良いけどさ。この朝倉和美にお任せあれ。スクープであるならば、必ずものにするよ」
自信満々に胸を張り、朝倉はカメラ片手に答えた。とはいえ他の少女たちと違い、冷静さを失っていない朝倉はすぐに告白した相手が分かっていたので、さっさと話を伺いに行くことにした。この行動力を他にいかせればもっと多くのことをできるのに、とは麻帆良の教師全員の談だが。
そんなものを知らんとばかりに朝倉は、持ち前の行動力でテープレコーダ片手に、とある部屋で目的の人物を見つけた。
挨拶もそこそこに、朝倉は言葉を投げかけた。
「アンタ、ネギ先生と寝たって本当?」
投げたといってもキャッチボールではなく、凄まじい豪速球ではあったが。捕球を失敗して、のどかはせき込んで顔を真っ赤に染め上げる。口はもごもご動き、何か言いたい様子ではあるが上手くしゃべれない。朝倉はとりなすようにのどかへ話を続けるが、それは全て彼女が聞きたい事を騙るように誘導するものであった。結局のどかはそれに気が付かず、今日有ったネギへのアプローチと告白したという経緯全てを朝倉に話してしまう。
「可愛いな、もう♡」
そんなのどかの様子が可笑しく、朝倉は彼女の肩をたたいて笑い、部屋を後にした。廊下を歩いている最中に、テープレコーダーの音声は消去して。さすがの朝倉も、これが有名人ならともかくも、クラスメイトの初々しい初恋を邪魔するつもりはなかった。
持ち込まれた話はたわいもない話だったけど、他に何かスクープはないかな、とホテルを徘徊していた朝倉。そんな時だ。彼女の前をネギが通ったのは。のどかにも話を聞いたんだし、一応ネギにもインタビューしておくか、と持ち前の好奇心から思い立ち、朝倉はネギを追いかけた。
幸いネギは彼女に気付いておらず、簡単に後を追う事が出来た。近くまで来て朝倉は気が付いたが、どうやらネギは俯き気味にぶつぶつと呟いて歩いていた。何か悩みでもあるのかなとは思いながらも、話しかけるために口を開こうとしたら、ネギは突然車道に飛び出してしまう。身を投げ出すときは違い、まるでアスリートがピストルの音を聞いたかのように全力で。
(ネギ先生!!?)
背景として車道を走行していた車を認識していた朝倉は、顔を青くする。彼女の脳裏では、ネギが車に轢かれ血だらけの肉塊になったイメージが沸き立った。
――ならば、目の前で起きているものは何だろうか。
朝倉は動かない頭でそう思った。宙に浮くトラック。ネギが手に持つ長い杖。まるで都市伝説に出てくる魔法使いのようだ。現実にはありえない光景に、彼女の時間は止まった。
ああ、こんな所にスクープがあった。それも特大の。もはや朝倉の思考は止まらず、暴走を開始する。咄嗟に体をネギから見えない場所に隠し、物陰でネギを伺いながら何としてでもこのスクープをものにしようと決心した。たとえどんな困難が有ろうとも、必ず。それがジャーナリストとして私の使命だと。
その数時間後、ネギの秘密を知る生徒が一人増えていた。